artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
酒井佑「Horizont」/城田清弘「slide2」(仙台写真月間2013)
会期:2013/09/03~2013/09/08
SARP(仙台アーティストランプレイス)[宮城県]
毎年8月~9月に仙台のSARPを舞台に開催されている「仙台写真月間」。今年は小岩瞳子、稙田優子、酒井佑、城田清弘、伊東卓、花輪奈穂、小岩勉、阿部明子、山田有香の9名が参加した。たまたま仕事で仙台に行っていたので、そのなかの酒井と城田の展示を見ることができた。
酒井佑の「Horizont」は、広々とした海岸の風景を6×6判(マミヤC220)で撮影し、モノクロームプリントに引き伸ばしたシリーズである。画面のほぼ中央に水平線を置き、サーファーや松の木などがシルエットとして浮かび上がる端正な作品だが、これらが東日本大震災で津波の被害を受けた仙台市若林区、宮城野区などの沿岸地域で撮影された写真であることを知ると見方が変わってくる。瓦礫を焼却するために建造された処理場や、海に取り残されたままの自動車のタイヤやボディなど、震災の傷跡も写っているのだが、長時間露光の効果もあって、どちらかと言えば風景作品としての完成度の高さが目につく。それでも、酒井があえて震災後の風景を「このように見たかった(見せたかった)」という思いが、しっかりと伝わってきた。
城田清弘の「slide2」も震災の余波から形をとっていったシリーズだ。一見何の変哲もない、6×7判のフォーマットで撮影されたモノクロームの都市写真だが、実はこれらは仙台市内の活断層に沿って撮影されているのだ。仙台市中央部の北から南にかけては、「大年寺山断層」と「長町─利府線」という二つの活断層が走っている。城田は、道路や河原や住宅の敷地に活断層によって段差が生じている状況にカメラを向ける。正確に、淡々と撮影しているだけに、逆にもし直下型の地震が来たらと考えるとかなり怖い。都市の表層の眺めにこだわりつつ、「見えない」構造をあぶり出そうとするいい仕事だが、より情報量の多いカラー写真を使うという選択もあったのではないだろうか。
残念ながら、他の写真家たちの展示を見ることはできなかったのだが、相当に質の高い「写真月間」に成長しつつあることが充分に伺えた。
2013/09/08(日)(飯沢耕太郎)
大西みつぐ「物語」
会期:2013/09/02~2013/09/08
銀座奥野ビル三〇六号室[東京都]
東京都中央区銀座1丁目の奥野ビルは、1932(昭和7)年竣工という古い建物。戦前はモダンな文化人たちが住むアパートだった。その三〇六号室に、やはり戦前から「スダ美容室」が営業していた。店主の老齢化とともに、昭和60年代に廃業したが、その後も住居として使用されていたという。「銀座奥野ビル三〇六号室プロジェクト」は、その部屋をそのまま維持しつつ活用することを目的として、何人かの有志によって運営されている。美容院時代に使われていたという丸い鏡だけでなく、剥落しかけた壁や壁紙の一部などもそのまま残され、往時の面影を留めている。
大西みつぐは、その三〇六号室の雰囲気をそのまま活かしつつ、いろいろな素材を持ち込んでインスタレーションを試みた。ラジオからは、甘いオールデイズの曲が流れ、古写真が棚や床に散らばり、書棚には古い『平凡』が薄明かりに照らし出されている。今回は自作の写真ではなく、ウィーン辺りで撮影されたとおぼしき交通事故の記録写真を「森山大道の『アクシデント』ばりに」複写して、コントラストを強くプリントしたパネルなども展示していた。部屋から引き出され、形をとっていった「物語」を、その固有の空間に凝固させ、併せてそこを訪れる観客の記憶と重ね合わせていくという大西の試みは、さらなる可能性を孕んでいるのではないだろうか。
この三〇六号室では、以前、今道子も作品を展示したことがあった。その時は三〇六号室で撮影した写真を、同じ部屋に飾るという試みだった。この部屋と写真とはとても相性がいいので、誰かほかの写真家の展覧会も見てみたいと思っている。
2013/09/06(金)(飯沢耕太郎)
川田喜久治「Unknown 2013」
会期:2013/07/20~2013/10/20
ライカギャラリー東京[東京都]
川田喜久治は須田一政よりもさらに年長の1933年生まれ。ということは今年80歳になるわけだが、創作意欲はまったく衰えを知らない。「2013年1月20日にライカMモノクロームを手にしてから今日まで毎日作品を作り続けている」というのだから恐れ入る。今回のライカギャラリー東京での個展には、日々撮り続けた「眼の日記」とでも言うべきモノクロームのスナップ作品14点が展示されていた。川田の写真観もまた、明晰で揺るぎがないのは、会場に掲げられた以下のコメントを読んでもわかる。
「アンノウンという、不明であやしいものへ日々接近する。突然の反応とシャープなピントが見知らぬものとシンクロする。そのとき、なにかが逸脱し、異化されたものが現れる?」
ここで川田がいう「アンノウンという、不明であやしいもの」とは、須田一政の「未知のナニ」とほぼ同義だろう。両者とも日常のただなかから、自らの思惑を外れた「異化されたもの」を拾い集めようとしているのだ。だが、須田の「テンプテーション」の、ぬめぬめと蠢きながら、湿った真綿のようにまつわりついてくるような感触と比べると、川田のそれはより乾いていて、モノとして輪郭がエッジのようにくっきりと切り立っている。それはむろん、彼らの写真家としての体質の違いからくるものだ。観客は異なった入口から、都市の現実に裏返しに貼り付いている悪夢のなかに入り込んでいくわけだが、もしかすると彼らの世界は、どこかで双子の臍の緒のようにつながっているのかもしれない。
2013/09/05(木)(飯沢耕太郎)
須田一政「テンプテーション2011-2013」
会期:2013/09/04~2013/10/05
フォト・ギャラリー・インターナショナル[東京都]
須田一政は展覧会のリーフレットに寄せた「TEMPTATION」と題する文章で以下のように書いている。
「写真家ならざるものを撮ってみたいという変な衝動にかられている。これまでは対象物をぐっと自分に引き寄せるかたちで作品を創ってきたのだが、近年、被写体に引き込まれるような感覚にとらわれているせいかもしれない。/写真は自らを反映すると言いながら、できるだけ自意識を離れたいと考えてきた。どこかで内なるものを覗くことに抵抗していたのだ。その視覚こそ絶対の原則に、未知のナニが入り込んできたような気がするのだ」
1940年東京生まれ、70歳を超えた須田の現時点での写真観が、過不足なく言明されていると言えるだろう。ここで語られている「被写体に引き込まれるような感覚」は、確かに須田の近作を集成した今回の展示作品にはっきりと表われている。さらに言えば、「被写体に引き込まれる」のは写真家だけではない。その写真を見るわれわれ観客もまた、そこに写っている幽明の境界を漂うようなモノ、人、生きものたちの方へ引き寄せられ、吸い込まれてしまうような恐怖にとらえられてしまう。そこには確かに「未知のナニ」が、不気味だがどこか笑いを誘うような姿で、のっそりと横たわっているのだ。
ギャラリーの控え室に、まるでこちらをそっと覗き見るように掛けられた自写像を含めた全30点。縦位置の写真が多いのは、そのまま写すと縦長に写ってしまう6×4.5判のカメラを使っているためだろう。そこには、入退院をくり返しつつも、ますます融通無碍な境地に達しつつある須田一政の写真表現の現在が、血を滴らせるように生々しく露呈していた。
2013/09/05(木)(飯沢耕太郎)
川本健司「よっぱらい天国N」/「よっぱらい天国M」
会期:2013年8月22日~9月8日/8月26日~9月1日
今回、東京・四谷三丁目のGALLERY SHUHARIと新宿御苑前のM2 galleryで同時期に開催された「よっぱらい天国」展には、川本健司が2008年頃から撮り始めた同名のシリーズが展示されていた。川本は吉永マサユキが主宰するresist写真塾を卒業後、GALLERY SHUHARIを共同運営するメンバーのひとりである。同塾の出身者には、やや愚直なほどにひとつの被写体、同じテーマにこだわり続ける者が多いが、川本の「よっぱらい天国」もそのひとつだ。
タイトルが示すように、川本が撮影し続けているのは、東京とその周辺の鉄道の駅や広場、バス停などで酔っぱらってうたたねしている人物たち(ほとんどが男)である。確かに、よく目につく被写体には違いないが、なかなか長期間にわたってシャッターを切り続けるのは難しいはずだ。彼も最初は何気なくカメラを向けたのではないかと思うが、そのうち彼らの存在の面白さに気がつき、集中して撮り続けるようになったことが想像できる。このような無防備な姿を、何の躊躇もなく人目にさらすことができる国はそれほど多くないはずで、これだけ数が増えてくると、日本の現代社会を象徴する光景として分析の対象になるのではないかと思う。貴重なドキュメンタリーであり、労作と言えるのではないだろうか。
ただ最初は35ミリカメラで、次は4×5判の大判カメラで、最終的には6×7のフォーマットで撮影するようになって、画面の中の酔っぱらいの男たちのたたずまいが、おさまりがよく、ほぼ均一に見えてくるのが気になる。背景となる風景とのバランスに気を取られすぎて、当初の異様な雰囲気が薄れてしまっているのは、それでいいのだろうか。資料的価値だけではなく、表現としての可能性を再考する時期に来ているのかもしれない。
2013/09/05(木)(飯沢耕太郎)