artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
村田兼一「眠り姫~Another Tale of Princess」出版記念展
会期:2013/06/12~2013/06/29
神保町画廊[東京都]
村田兼一は1990年代半ば頃から、モノクローム・プリントに彩色した耽美的なヌード・フォトを発表し続けてきた(手彩色は山崎由美子による)。相当にきわどいポーズの写真が多いにもかかわらず、どこか品のよさを感じさせ、浮世絵に通じるような手の込んだ工芸品としての魅力も備えた村田の作品は、ヨーロッパで人気が高く、特にドイツでは『JAPANESE PRINCESS』(Edition Reuss, 2005)以来、すでに写真集が4冊も刊行されている。ところが日本ではなぜか本格的な写真集出版が実現していなかった。今回初めて『眠り姫~Another Tale of Princess』(アトリエサード)が刊行されたのを記念して、神保町画廊で開催されたのが本展である。
写真集におさめられている手彩色作品の代表作も展示されていたのだが、僕がむしろ注目したのは近作のデジタルカメラを使った写真群だった。村田のヌード・フォトは、ブログなどを通じてコンタクトをとり、大阪市近郊の彼の自宅を改装したスタジオを訪れた女性モデルたちとの共同作業というべきものである。以前は村田の世界観にモデルを「当てはめていく」傾向が強かったのだが、最近は彼女たちの個性をのびのびと発揮させるように、対話を繰り返しながら撮影を進めていくようになった。その相互交換的なコミュニケーションのあり方が、デジタルカメラを使うことでさらに加速され、軽やかなものに変わりつつあるのではないかと思う。
すでにドイツで写真集として刊行された『UPSKIRT VOYEUR』(Edition Reuss, 2012)にもはっきりとあらわれているのだが、スナップショット的な偶発性を活かした撮影のやり方によって、村田の写真の世界にのびやかな風が吹き通ってきているように感じる。これから先の彼の作品は、細やかにつくり込んだ手彩色写真と、デジタルカメラによるスナップショットとの二本立てで進めていくべきなのではないだろうか。
2013/06/15(土)(飯沢耕太郎)
EXIF Hideo Anze 2013
会期:2013/06/12~2013/06/25
DMO ARTS[大阪府]
カラフルな紙(タント紙)を絵具代わりに用いて写真作品を制作する安瀬英雄が、2年ぶりの個展を開催した。前回は室内の一隅と思しき空間をつくり上げ、絵具の垂れや飛沫といったペインタリーな要素も表現していたが、本展では白い箱状の空間に紙を配置するシンプルなスタイルに移行。ミニマルアートにも通じる静謐な世界をつくり出すことに成功した。また、紙の断面の重なりや、丸めた紙の組み合わせによる動的な作品もあり、バリエーションも豊かだった。ちなみに展覧会タイトルの「EXIF」とは、デジタル写真の撮影時に、画像データと共に記される撮影時のさまざまな付属情報とのこと。ペーパークラフトがアート作品へと生まれ変わる際のソースコード的な意味合いで名付けたのであろうか。
2013/06/13(木)(小吹隆文)
いつかいた場所 酒井咲帆 写真展
会期:2013/06/12~2013/06/23
iTohen[大阪府]
兵庫県出身で、現在は福岡県を拠点に活動する写真家・酒井咲帆の個展。2001年に富山県氷見市女良で4人の子どもたちと出会った彼女は、その後も彼ら彼女らと交流を続け、年に一度同地に出かけては写真を撮り続けた。本展では、2001年から12年までの作品を編年体で展示するとともに、4人から届いた手紙なども紹介した。当たり前のことだが、子どもにとっての10年は長い。最初は小さな小学生だったのがいつしか成人となり、4人が通った小学校は過疎化で閉校となった。その過程を綴るのに、写真ほど適した媒体はないだろう。ひとつの出会いを大切に温め、長期間のシリーズ作品にまで育て上げた作者に感心した。
2013/06/13(木)(小吹隆文)
山本渉「線を引く」
会期:2013/06/04~2013/06/16
photographers' gallery/KULA PHOTO GALLERY[東京都]
山本渉の「線を引く」も「3.11」を挟み込んで成立した写真のシリーズである。山本は2010年10月と2011年3月に、二度にわたって熊野の原生林の中に踏み込んだ。最初はひとりで「森と一つになりたい」という気持ちで撮影に臨み、「写真の中で森と共に生きていける気がして大きな満足感」を得た。二度目は震災の直後で「とても一人ではいられなかった」ので、友人とともに森に入ったという。「目に映るもの全てに震災・津波・原発のレイヤーがかかっていて私は正常な意識ではありませんでした」と率直に述懐している。
4×5インチの大判カメラを森の中に据え、山本自身が紐のような「線」を木々の間に張り巡らしていくパフォーマンスを記録していく写真のあり方は、2010年でも2011年でも変わりはない。実際にphotographers' galleryとKULA PHOTO GALLERYでの展示を見ても、どれが震災前でどれが震災後の写真かを区別するのはむずかしいだろう。それでも、山本にとっても、彼の写真を見るわれわれにとっても、「3.11」を区切りとする「線」がくっきりと浮かび上がってくるように感じる。彼自身はそれほど強く意識していたわけではないだろうが、山本のパフォーマンスは、いやおうなしに象徴的な儀式性を帯びてきているのではないだろうか。まっすぐにぴんと張られた「線」が大部分だが、特にKULA PHOTO GALLERYに展示された作品では、紐が緩んだり、曲がりくねったりしているものが目についた。山本自身の心の震えに同調しているような、そんな「線」の方にシンパシーを感じる。
なお、本展は写真研究家のダン・アビーの編集で刊行された写真集『Drawing A Line/線を引く』(MCV)の出版記念点を兼ねている。しっかりと構成・造本されたクオリティの高い写真集だ。
2013/06/11(火)(飯沢耕太郎)
坂本政十賜「東北」
会期:2013/06/10~2013/06/23
ギャラリー蒼穹舎[東京都]
坂本政十賜の「東北」展のDMが送られてきたとき、直感的に「震災絡み」の展示ではないかと思った。DMに使われている写真に、直接的に震災の傷跡が写っていたわけではない。だが、「東北」というタイトルも相まって、そのトタン屋根、モルタル、ブロック塀などがモザイク状に組み合わされた建物と駐車場の写真もまた、震災の見えない影に覆い尽くされているように見えてしまったのだ。
実際にギャラリー蒼穹舎での展示を見て、その予想が半ば当たり、半ば外れていたことを知った。坂本がこのシリーズを撮影し始めたのは、2009年で、11年には『アサヒカメラ』で最初の発表をしている。その1カ月後に震災が起きる。いうまでもなくそのことによって、彼が撮影していた青森県、岩手県、秋田県の内陸部の家々を見る視点も変わったのではないだろうか。「東北の家の造形美は、そこに生きる人々の感性から生まれ、豊でかつ厳しい風土がディテールに宿る」ことで成立してくることが、はっきりと見えてきたのだ。
坂本の撮影の姿勢は、震災前も後もほとんど変わってはいないはずだ。6×7判のマミヤ7 IIの80ミリレンズで、東北の家々が環境のなかでどのように在るのかを、丁寧に押さえていこうとするアプローチは一貫している。それでも、その一見素っ気ない写真群には、「土地に生きる人々の魂、そして土地の霊」に肉薄していこうとする、彼の心の昂りがみなぎっているようにも感じる。熱っぽさと冷静さとが同居する、ぴんと張りつめた、いいシリーズに育ちつつあると思う。
2013/06/11(火)(飯沢耕太郎)