artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
荒木経惟「古希ノ写真」

会期:2010/05/08~2010/06/05
Taka Ishii Gallery[東京都]
恒例となっているTaka Ishii Galleryでの誕生月写真展。今年70歳(古希)を迎える荒木の現在の状況を確認するには格好の企画といえる。
人気歌手・パフォーマー、レディ・ガガをモデルとした、力のこもったモノクロームのセッションから開始され、「緊縛」「Kaori」「人妻エロス」「クルマド」「空」「バルコニー」などの見慣れたシリーズが並ぶ。目に馴染んでいるだけに、逆にそこに写し出されている光景の荒廃ぶりが胸を突く。バルコニーは錆つき、そこに置かれた恐竜のおもちゃのようなオブジェは地面に打ち伏し、水の染みが黴をともなってそこここに広がっている。タクシーの窓(クルマド)から見られた町の眺めはよろよろとよろめき、そこにも細かなひび割れが少しずつ広がり、通行人は前のめりに傾いていく。人妻の三段腹はたぷたぷと波打ち、厚化粧の下の疲れてたるみきった表情が容赦なくあばき立てられる。その忍び寄る荒廃の影を、最も色濃く背負っているのが「チロの死」のパートだろう。二十二歳という長寿を保って亡くなった愛猫は、ぼろ雑巾のように痩せさらばえて毛布の上に横たわる。その「死者」のイメージの前後に置かれた、誰もいない台所や浴室の写真がぞっとするほど怖い。まるで、チロがふたたび亡霊となってよみがえり、そのあたりを歩きまわっている、「死者」の眼差しで眺められた場面のように見えるのだ。
だが、これらの荒廃や衰弱の気配を、額面通りに受け取る必要はないだろう。今回の「古希の写真」は、「チロの死」の写真を中心に組み上げられることがあらかじめきまっており、荒木はその構成の作業を正確に、熟練の手際で遂行しているのが目に見えているからだ。手品師がハンカチを開けば、次の瞬間、そこにはくるりと幸福とエロスの祝祭的な空間が出現するはずだ。
2010/05/27(木)(飯沢耕太郎)
田中幹人 PHOTO EXHIBITION~あぶない所へ行ってみよう~

会期:2010/05/25~2010/05/30
同時代ギャラリー[京都府]
工事中の高速道路の橋脚や今は使われていない遊園地の観覧車、公園のモニュメントなどに登ってポーズを決めた写真を、地上から仰ぎ見るように撮影している。写っているのは作家本人だ。基本はゲリラ活動で、時には管理者に怒られながらも懲りずに制作を続けているらしい。とてもシンプルで馬鹿馬鹿しいとも言えるのだが、それゆえに痛快さが際立っていた。アホなことを真剣にやる格好良さ。その一点に賭けた作品だ。
2010/05/26(水)(小吹隆文)
Wu Chin-Chin「A. face 2 face」

会期:2010/05/14~2010/05/23
ZEN FOTO GALLERY[東京都]
面白そうな展覧会だとは思っていたが、見に行く時間がなかった。ところが、ZEN FOTO GALLERYのオーナーのマーク・ピアソンから突然メールが来て、クロージング・ドリンクをやるというので慌てて出かけてきた。どうやら台湾で印刷していた展覧会のための写真集の輸入に、「風俗を害する物品」ということで税関からストップがかかり、そのことへの緊急アピールという意味もあったようだ。
冗談のような名前のWu Chin-Chin(呉泌泌)は、上海生まれで北京在住の女性アーティスト。原子物理学者だった父の仕事の関係で、14歳でアメリカに渡り、パリで写真を学んだ。今回、日本で初公開された「Vis- -vis」シリーズは、50人あまりの女性モデルの性器をクローズアップでクリアーに写した作品。女性性器を主題にした作品は、クールベの「世界の起原」(1866年)以来、特に珍しいものではないが、本作は作者が女性であること、性器の存在を通じて自らを含めたアイデンティティを問い直すという意図が明確であることが重要だろう。なお、方向性は違うが、荒木経惟のモノクローム作品も同時に展示されていた。
むろん、性器のイメージにはエロティックな意味合いを呼び起こす要素がないわけではない。だが、このような生真面目な作品を杓子定規に「風俗を害する物品」とみなすこと自体、何とも時代遅れで硬直化したものに思える。むしろ、あまりにも生真面目過ぎて、人類学的な記録写真の羅列のように見えてしまうことの方が問題だと思う。もう少し笑いを呼び起こすような、いい意味で不真面目なアプローチもありえたのではないかとも思った。
2010/05/23(日)(飯沢耕太郎)
國森康弘 人生最期の1%

会期:2010/05/20~2010/05/31
コニカミノルタプラザ ギャラリーB[東京都]
島根県内の介護施設「なごみの里」で暮らす90歳代の老人3人の晩年をとらえた写真作品。それまでにどんな辛苦や苦労があったか、写真からうかがい知ることはできないけれど、最後の最後で自分の生をまっとうしていた老人たちの姿は、望まない死を迫られる人びとが依然として多い世界にあって、ひとつの幸福のかたちを示していたように思う。では自分はどのように生きて、どのように死を迎えるのか。その点を突きつけてくるメメント・モリとしての写真である。
2010/05/22(土)(福住廉)
沈昭良「STAGE」

会期:2010/05/12~2010/05/25
銀座ニコンサロン[東京都]
沈昭良は1968年台湾・台南市生まれの写真家。日本に滞在して日本工学院専門学校で写真を学んだ時期があり、流暢な日本語を話す。この「STAGE」のシリーズは2006~2009年に4×5判の大判カメラで撮影されたものである。
はじめて目にする観客は、いったいこれは何だろうといぶかしむのではないだろうか。きらびやかな電飾が光輝く舞台が、夜空に大きくせり上がっている。これは「台湾綜芸団」(タイワニーズ・キャバレー)と呼ばれる見せ物の舞台として使われるもので、トラックの荷台にセットされ、油圧電動式のモーターによってパタパタと開くようになっているものだ。ステージトラックと呼ばれるこの舞台は台湾全土で600台ほどあり、夜ごといろいろな場所で歌謡ショーや民俗芸能大会などが開催されている。時には「女装の男性によるショー」なども見ることができるという。
沈の撮影の方法はきわめてオーソドックスなドキュメンタリーだが、逆にこのテーマにはそれしかやりようがないのではないだろうか。ドラゴンとディズニー・キャラが共存する華洋折衷というべき舞台のデザインそのものが、もう既に作り物の極みなので、演出的な撮影をする必要がないともいえる。ただ今回の展示では、舞台をあまり大きく扱わず、周囲の状況を取り入れた作品が多くなっていた。亜熱帯の、ねっとりと肌にまつわりついてくるような空気感が丸ごと伝わってくる。華やかだが、どこか悲哀感も漂う、台湾の都市文化のひとつの貌が浮かび上がってきているようにも感じた。
2010/05/21(金)(飯沢耕太郎)


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