2021年12月01日号
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artscapeレビュー

荒木経惟「古希ノ写真」

2010年06月15日号

会期:2010/05/08~2010/06/05

Taka Ishii Gallery[東京都]

恒例となっているTaka Ishii Galleryでの誕生月写真展。今年70歳(古希)を迎える荒木の現在の状況を確認するには格好の企画といえる。
人気歌手・パフォーマー、レディ・ガガをモデルとした、力のこもったモノクロームのセッションから開始され、「緊縛」「Kaori」「人妻エロス」「クルマド」「空」「バルコニー」などの見慣れたシリーズが並ぶ。目に馴染んでいるだけに、逆にそこに写し出されている光景の荒廃ぶりが胸を突く。バルコニーは錆つき、そこに置かれた恐竜のおもちゃのようなオブジェは地面に打ち伏し、水の染みが黴をともなってそこここに広がっている。タクシーの窓(クルマド)から見られた町の眺めはよろよろとよろめき、そこにも細かなひび割れが少しずつ広がり、通行人は前のめりに傾いていく。人妻の三段腹はたぷたぷと波打ち、厚化粧の下の疲れてたるみきった表情が容赦なくあばき立てられる。その忍び寄る荒廃の影を、最も色濃く背負っているのが「チロの死」のパートだろう。二十二歳という長寿を保って亡くなった愛猫は、ぼろ雑巾のように痩せさらばえて毛布の上に横たわる。その「死者」のイメージの前後に置かれた、誰もいない台所や浴室の写真がぞっとするほど怖い。まるで、チロがふたたび亡霊となってよみがえり、そのあたりを歩きまわっている、「死者」の眼差しで眺められた場面のように見えるのだ。
だが、これらの荒廃や衰弱の気配を、額面通りに受け取る必要はないだろう。今回の「古希の写真」は、「チロの死」の写真を中心に組み上げられることがあらかじめきまっており、荒木はその構成の作業を正確に、熟練の手際で遂行しているのが目に見えているからだ。手品師がハンカチを開けば、次の瞬間、そこにはくるりと幸福とエロスの祝祭的な空間が出現するはずだ。

2010/05/27(木)(飯沢耕太郎)

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