artscapeレビュー

2016年06月01日号のレビュー/プレビュー

瀧弘子展 うつしみ

会期:2016/05/14~2016/06/04

CAS[大阪府]

自身の身体を用いたパフォーマンス、写真、ヴィデオ・インスタレーションなどで知られる瀧弘子の新作展。最近の彼女は、鏡に写る自身の姿を鏡面になぞり描きし、照明を当てて反射光を壁面に投影する作品を手掛けている。本展では光の代わりに自身を撮影した動画を用いて、壁面に静止画と動画が重なって投影される新作を発表。同シリーズのさらなる深化に成功した。また、男性器をモチーフにした創作折り紙を発表していたのも気になるところ。彼女の創作折り紙は以前にも見たことがあり、即興的につくったとは思えぬ出来栄えに感心した記憶がある。今回の作品を見て、その才能がただ者ではないことを確信した。こちらも今後の展開が楽しみだ。

2016/05/16(月)(小吹隆文)

没後100年 宮川香山

会期:2016/04/29~2016/07/31

大阪市立東洋陶磁美術館[大阪府]

近代陶芸をリードした初代・宮川香山(1842 ─ 1916)の没後100年を記念する大回顧展。本展では、出世地の京都時代から岡山で虫明焼の指導を経て、輸出用陶磁器を製造するために横浜に眞葛窯を開き、後年に釉下彩磁など釉薬の研究に携わるまでの作品、約150点が展示されている。見どころはなんといっても、眞葛焼の超絶技巧「高浮彫」。香山が世界的に活躍していた明治期は、万国博覧会において日本が国家威信をかけて輸出工芸を「アート」に高めようと奮闘していた時代。万博で彼の高浮彫作品を見た西洋人はびっくり仰天したに違いない。器形の練られた造形には、金と色彩きらびやかな絵付け意匠があり、加えて表面にはスーパー自然主義ともいうべき彫刻的動植物が装飾されているのだ。鳥や猫の毛並み、表情やポーズ、いまにも動き出しそうなリアルさだ。さらに香山の作品中には物語がある。どの花鳥もひとつとして同じではないし、その動きや時間の移ろいまで感じられる。作品の技巧にはそれこそ作家の執念が感じられるが、表現される生物はユーモアやウィットに富む。その独自の作品世界には感嘆するしかない。彼が世界から絶賛されて「魔術師」と呼ばれたのも頷ける。[竹内有子]

2016/05/17(火)(SYNK)

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まぼろしの紙幣 横浜正金銀行券 ──横浜正金銀行貨幣紙幣コレクションの全貌──

会期:2016/04/23~2016/05/29

神奈川県立歴史博物館[神奈川県]

横浜正金銀行は、貿易為替業務を主目的に1880年(明治13年)2月に開業した。当初欧米との外国貿易為替業務を展開していたが、日清戦争(1894年/明治27年)以降日本と中国の貿易取引が増大したことに対応して対中国業務を進めてゆく。そうしたなかで商取引を円滑に進めるために横浜正金銀行が中国大陸の9支店で発行した銀行券が本展で「まぼろしの紙幣」として紹介される横浜正金銀行券だ。「まぼろし」とされる理由は、この銀行券が1902年(明治35年)から30年あまりのあいだのみしか流通せず、朝鮮銀行券、満州中央銀行券にとって代わられ、ほとんどが回収、焼却処分されたため。横浜正金銀行本店の建物を継承する神奈川県立歴史博物館が2006年に東京三菱銀行(当時)から寄贈を受けた旧横浜正金銀行関連資料にこれらの紙幣が含まれており、今回の展覧会はその全貌を公開する初めての機会だという。


展示風景

中国大陸の9支店で合計90種が発行されたとされる横浜正金銀行券のうち、神奈川県立歴史博物館が所蔵するのは87種184枚。流通紙幣1枚を除くすべてが見本券で、「見本」等の文字が加刷されていたり、穴が開けられている。これらは各支店に配布されて贋造券の鑑定に用いるために作られたものだという。デザインは金種と兌換対象となる貨幣の本位ごとに違い、また発行した支店によって表記されている文字が異なる。87種のうち47種に双龍がデザインされ(図版1)、また31種に正金銀行本店ファサードの画像がデザインされている(図版2)。本展の企画を担当した寺嵜弘康・神奈川県立博物館学芸部長によれば、これらの紙幣の抄紙・デザイン・印刷はすべて印刷局が行ない、正金銀行側からはデザインについての注文はほとんどなかったという。



左:図版1「横浜正金銀行牛荘支店銀両券100両」(1902/明治35年7月)
右:図版2「横浜正金銀行大連支店金券1円」(1913/大正2年10月)
図版は神奈川県立歴史博物館提供

本展のチラシやチケットのデザインには、これらまぼろしの横浜正金銀行券に使われていた彩紋や図案から採集した文様があしらわれている。古い紙幣にありそうな染みまで表現した凝ったデザイン。また図録は展示では片面しか見ることができなかった正金銀行券87種の表裏の図版を原寸大で収録したマニアックなもの。しかも通常の網点による印刷ではなく高精細印刷だ。図版をルーペで見ると、細かな彩紋、マイクロ文字ばかりではなく、紙の折り目、破れ目まではっきりと再現されていることに驚く(オークションに出る紙幣の真贋鑑定にも使えるのではないだろうか)。各紙幣の詳細データも掲載されており、資料的価値も高い。
本展では横浜正金銀行券のほかに、正金調査部資料、元行員から寄贈された資料、正金銀行と1946年(昭和21年)に業務を引き継いだ東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)が鑑定業務のために蒐集した世界のコインが並ぶ。いずれも普段は非公開の貴重なコレクションだ。
なお、神奈川県立歴史博物館は本展終了後、5月30日から空調設備改修のために全館休館となる。再オープンは2018年春を予定しているとのことだ。[新川徳彦]

2016/05/17(火)(SYNK)

ジャック=アンリ・ラルティーグ 幸せの瞬間をつかまえて

会期:2016/04/05~2016/05/22

埼玉県立近代美術館[埼玉県]

ジャック=アンリ・ラルティーグ(1894-1986)の写真をどう見たら良いのか、よく分からないでいる。家族や友人、身近な人々、出来事を写した写真の数々は、とても良いと思う。富裕な家庭に生まれ、写真機という新しい高価な機械を買ってもらった少年が、身近なものに目を向け、また動きのある被写体から瞬間を切り取ることに夢中になったであろうことも理解できる。しかし、対外的に発表するつもりで撮られたのではない写真、極めて私的なアルバムをどのように見れば良いのか、そこに何を見出せば良いのか、迷うのである。他の写真家であれば、たとえ私的な写真であっても、そこに同時代の社会、事件などの証言を見ることができるものが多いのだが(あるいはそういう視点を含めて紹介されることが多いのだが)、ラルティーグの写真にはそのような時代、社会の記録をほとんど見ることができない(あるいはそういう視点では紹介されない)。二度の大戦を経ているはずなのに、彼はそのような世事に関心を持っていなかったように見えるし、また彼の写真を見る人々もそのようなドキュメンタリーを求めていない。いったい、1962年に米国で「発見」され、翌1963年に69歳で「デビュー」した「新人写真家」の作品に人々は何を見てきたのだろうか。
今回の展覧会の後半では、カラー作品40点が展示されている。筆者はラルティーグのカラー写真は初見。実際、そのほとんどが日本では初公開だ。解説によればラルティーグが残した写真の3分の1がカラーだが、これまでほとんど紹介されてこなかったという。撮影年代を見ると、1920年代に撮影されたオートクローム作品を除くと、リバーサルフィルムで撮影されたカラー写真はいずれも1950年代以降。改めて本展の作品リストを見てみると、出品されているモノクローム作品の撮影年代は1920年代までに偏っている。第二次世界大戦後の写真はわずかで、それもピカソや、ラルティーグの作品集出版に尽力した写真家リチャード・アヴェドンのスナップだ。ということは、カラー写真が紹介されてこなかったというよりも、ラルティーグの戦後の写真全体がほとんど紹介されてこなかった(あるいは関心を持たれてこなかった)ということなのだろう。海外で刊行された作品集をいくつか見てみたが、掲載されている作品には同様の年代の偏りがある。代表作とされ、これまでの展覧会でもとりわけよく取り上げられてきたのは、ベル・エポック期の写真だ。このようなバイアスの存在を考慮しつつ最初の疑問に立ち返れば、写真家ジャック=アンリ・ラルティーグを「発見」した人々、そして私たちは、写真に写すことで永遠のものとなったラルティーグの幸せな少年時代、古き良き時代という幻想を自分自身に重ね合わせて見ているということになろうか。[新川徳彦]

2016/05/19(木)(SYNK)

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いぬと、ねこと、わたしの防災「いっしょに逃げてもいいのかな? 展」

会期:2016/04/23~2016/05/22

世田谷文化生活情報センター生活工房

この展覧会でいちばん印象に残ったのは、災害発生時の状況別(ペットとともに在宅中、ペットとともに外出中、ペットを残して外出中)に、避難生活までをシミュレーションしたイラスト入りのチャートだった。東日本大震災の経験、そして本展が始まる直前に熊本から大分にかけて起きた震災の報道で、ペットを同行する避難によってどのようなトラブルが起こりうるか、どのように対策すべきかについては考える機会があった。しかし、災害発生のまさにその時にどのような状況が生じうるかについてはとくに考えたことがなかったことに気づかされた。ペットと一緒にいれば対応できることも、勤務先、外出先で被災し、容易に自宅に戻ることができなかったらどうしたらよいのか。自宅が損壊し、壊れた窓や壁からペットが逃げ出して迷子になったらどうやって見つけたら良いのか。展覧会会場では事前にできる備えから、災害発生時の対応、避難所での生活まで、現在可能な対策のほかに、クリエーターたちによるペット用キャリーや簡易柵などの提案も展示。配布されていたパンフレットは手近なところにおいて、ときどき読み直すようにしようと思う。さしあたり、迷子対策のためにペットの写真を撮ったり、特徴を記したメモを用意しておこう。参加できなかったけれども、迷子ポスターづくりのワークショップはとてもいい企画だ。[新川徳彦]

2016/05/20(金)(SYNK)

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