artscapeレビュー
2018年09月01日号のレビュー/プレビュー
「建築」への眼差し —現代写真と建築の位相—
会期:2018/08/04~2018/10/08
建築倉庫ミュージアム[東京都]
寺田倉庫が運営する建築倉庫ミュージアムの企画展。記録としての建築写真ではなく、芸術としての建築写真を集めている。おもしろいのは写真だけでなく、その建築のマケットも展示していること。しかも表に展示するのではなく、その建築のかたちにくり抜いた穴からのぞき見るように壁の内部に置いているのだ。だから観客は「のぞく」というちょっと恥ずかしいアクションを起こさなければ見ることができない。肝腎の写真家は、杉本博司、鈴木理策、畠山直哉、宮本隆司、米田知子、トーマス・デマンド、カンディダ・ヘーファー、ジェームズ・ウェリングら13人で、被写体となった建築は、ル・コルビュジエの「サヴォア邸」から、ミース・ファン・デル・ローエの「トゥーゲントハット邸」、ヘルツォーク&ド・ムーロンの「エルプフィルハーモニー・ハンブルク」まで13件。
基本的には写真展だが、これは建築展でもある。建築展はふつう実際の建物を出品することができないので、写真や設計図、マケットなどに頼らざるをえない。ここにはない写真やマケットを見ながら建築を想像するのが建築展だとすれば、これはまぎれもない建築展なのだ。プラトン風にいえば、まずイデアとしての建築があり、それを模型化したマケットがあり、最後に2次元に置き換えた写真がある。だから写真家はサル真似にすぎず、地位が低いとプラトンならいうだろう。あれ? 写真家が主役であるはずなのに、いつのまにか立場が逆転してしまった。
2018/08/03(村田真)
ヒロシマ・アピールズ展
会期:2018/08/04~2018/09/09
毎年8月になると、否が応でも、戦争について考えざるをえないムードに包まれる。8月6日は広島原爆の日、8月9日は長崎原爆の日、そして8月15日が終戦記念日。奇しくもお盆と時期が重なることから、8月前半は多くの戦没者に黙祷する日々が続く。とはいえ、私はこうしたムードは嫌いではない。
広島の原爆に関しては、小学生の頃に読んだ漫画『はだしのゲン』が私の原体験となった。描写が過激、残酷など賛否両論をいまだに巻き起こしている漫画であるが、私はすこぶる名作であると絶賛したい。この漫画のおかげで、私は原爆の恐ろしさと惨たらしさを身をもって知り、戦中戦後のどんな苦難においても「麦のように」たくましく生き抜いていく強さを教わった。熱中しすぎて、小学生ながら「原爆ドームを見てみたい」と両親に頼み、広島へ家族旅行に連れて行ってもらった思い出もある。今にして思えば、これはある種のオタク的な“聖地巡礼”だったのだろう。
そんな原体験を持つ私としては、本展は見逃せない展覧会だった。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)とヒロシマ平和創造基金、広島国際文化財団が、純粋に中立な立場から「ヒロシマの心」を訴えることを目的に、JAGDA会員のグラフィックデザイナー1人が毎年、無償でポスター1点を制作。それを歴代の広島市長に贈呈するほか、国内外に向けて頒布する活動を行っており、その1983年から2018年までの全21点が紹介された。何より、1983年の第1回ポスターを制作したのは亀倉雄策である。それは無数の美しい蝶が炎を被って燃え落ちていくという、ファンタジーと恐怖を併せ持ったポスターだった。このポスターに敬意を払いつつも、この偉大な壁をいかに超えるかが、きっと次の年から課せられた目標だったに違いない(この構図は、東京オリンピックポスターとどこか似ている)。さて、21点のポスター表現は種々様々だった。このうち何かが誰かの心に響き、原爆に関心を少しでも持つきっかけになればいいと思う。ポスターと漫画では媒体が違うとわかっているが、願わくば、小学生の頃の私を強く突き動かした『はだしのゲン』のように……。1点1点のポスターにじっと見入りながらも、ふと目線を外すと、壁から天井にかけて雲が棚引く青空の壁紙が貼られているのに気づいた。それを眺め、あぁ、広島に原爆が落ちた日も空は青かったんだよなぁとしみじみした。
公式ページ:http://www.2121designsight.jp/gallery3/hiroshima_appeals/
2018/08/04(杉江あこ)
亜細亜の骨×亜戯亜 共同企画『同棲時間 The Brotherhood』
会期:2018/08/02~2018/08/05
シアターモリエール[東京都]
散らかった部屋を片づけるひとりの男。そこへスーツを着た男がやってくる。どうやら二人は兄弟らしい。と、弟が兄に強引にキスをする。弟は関係を続けようと迫り、兄はこんな関係は普通じゃないとそれを拒もうとするが、結局はずるずると身を任せてしまう──。
本作は、アジアの演劇交流を目的とする日本の団体「亜細亜の骨」と台湾の劇団「亜戯亜」との共同企画だ。台湾の気鋭の劇作家・林孟寰(リン・モンホワン)が描くのは兄弟間での同性愛。腹違いの二人は互いの存在を知らないままに日本と台湾でそれぞれ過ごし、兄弟と気づかずに関係を持ってしまう。父の葬式で思いがけず顔を合わせた二人は、そこで初めて真実を知る。日本人になろうとしてなりきれず、台湾に戻った兄弟の父と、日本に妻子を持ちながら台湾の男と関係を持ってしまう兄。兄弟の関係に日本と台湾との関係が影を落とす設定が巧い。遺品が片づけられていくにつれて語られる兄弟と父の過去。部屋が片づいたそのとき、二人は歩む道を決めることになる。
LGBTを扱った作品としてもさまざまなことを考えさせられる。たとえば作中には、女性への性転換手術を受けている最中のサルサという人物が登場する。サルサと弟は互いに惹かれ合うが、ゲイの弟はサルサが性転換することを望まない。二人の心はすれ違い、「変わらなくていい」という弟の言葉がサルサを揺さぶる。
この作品が娯楽作品としてよくできていることは極めて重要だ。禁断の愛と三角関係。ベタベタのメロドラマ。サルサと弟との間にある複雑さでさえ、メロドラマをメロドラマたらしめるために機能している。しかしだからこそ観客はお勉強としてではなく登場人物たちに興味を持つことができる。固定観念を問い直すことは芸術の重要な役割だが、端から観客に拒絶されてしまうのでは意味がない。LGBTを扱うにせよ国際関係を扱うにせよ、このレベルの娯楽作品が増えることはより多くの人の興味関心を呼ぶことにつながるだろう。
公式ページ:https://2018asianrib.stage.corich.jp/
林孟寰インタビュー:https://courrier.jp/news/archives/129459/
2018/08/04(山﨑健太)
KAATキッズ・プログラム2018『ニューオーナー ─幸せを探して─』
会期:2018/08/04~2018/08/05
KAAT神奈川芸術劇場大スタジオ[神奈川県]
オーストラリアの劇団ザ・ラスト・グレート・ハントの新作の主人公は飼い主とはぐれてしまった犬・バーニー。ストリートで生き抜き、友と出会い、さらわれた友を助け出し、そして再び飼い主のもとへ帰ろうとする。パペットとアニメーションの組み合わせで描き出される冒険譚はチャーミングだ。
「ふじのくに⇄せかい演劇祭2012」で『アルヴィン・スプートニクの深海探検』を観て以来、私はこの劇団の熱烈なファンである。同作は2016年には日本4都市ツアーを敢行。昨年はKAATキッズ・プログラムのひとつとして上演された。日本でも人気の演目だと言っていいだろう。同劇団の作品としてはほかに認知症の老人の世界を描いた『It’s Dark Outside おうちにかえろう』が日本で上映されている。共通するのは孤独とそこに寄り添う優しさだ。それは彼らがパペットを扱う手つきにも表れている。そこにある愛が、命を持たぬ人形に息を吹き込む。
本作の魅力はパペットと物語のチャーミングさだけではない。アニメーションとの組み合わせによる表現の多彩さが作品世界を大きく広げ、物語の展開とともに「次はどうなるのだろう」と観客を惹きつけ続ける。可変式の舞台はバーニーが走り出すのに合わせてワイドスクリーンのように横幅がグッと広がったりする。見える風景の変化は走り出したバーニーの体感と呼応するかのようだ。アニメーションの背景はスピードに乗って次々と後ろに流れていく。夜の街、屋根の上をバーニーが疾走する場面はそれだけで楽しい。真上からの俯瞰視点や奥行きの表現も自由自在。表現の多彩さはそのままバーニーのアクションの多彩さであり、バーニーのチャーミングさはより一層増すことになる。
ザ・ラスト・グレート・ハントの作品はどれも「こんな表現があったのか」という驚きに満ちている。孤独に世界と対峙し、そこに喜びを見出すこと。そう、世界はこんなにもワクワクするものだった。
公式ページ:http://www.kaat.jp/d/newowner
『アルヴィン・スプートニクの深海探検』トレイラー:https://www.youtube.com/watch?v=8ye1KF9HBzM
『おうちに帰ろう It’s Dark Outside』トレイラー:https://www.youtube.com/watch?v=u0qDI-Mm9PA
2018/08/04(山﨑健太)
熱く、元気なあの時代 1980年代展
会期:2018/08/01~2018/08/13
日本橋三越[東京]
今年は「80年代展」の当たり年。金沢21世紀美術館では「起点としての80年代」が始まったし、秋には国立国際美術館でも「現代美術の80年代」が開かれる。30年を経てようやくナウでバブリーな時代が客観的に歴史化できるようになった、というのは美術の話。こちらはサブカルの80年代展だ。展示構成は当時のファッションを振り返る「時代とファッション」、携帯やパソコンなど80年代に登場した生活用具を紹介する「暮らしと革命」、アニメ、コミック、キャラクターグッズを並べた「マニア誕生」、懐かしのアイドルが登場する「青春カルチャー」など、なんのひねりもない区分け。
展示を見ると、ファッションやコミックなどはそう変わってないが、携帯電話やパソコンといったライフスタイルを根本的に変えるアイテムが登場した時代だったことに気づく。無印良品やユニクロ、ドンキなどが登場したのも80年代。サブカル誌では『宝島』『スタジオボイス』『ビックリハウス』などが隆盛を誇ったけど、なぜか『ぴあ』が出てないぞ。また、イラストレーターの永井博は1コーナーを設けられているのに、シュナーベルやキース・ヘリング、日比野克彦らニューペインティングやヘタうまは小さな壁に写真パネルでしか紹介されてない。なにより「熱く、元気な」と謳いながら会場はスカスカで、ガラスの陳列ケースに収まったアイテムもペカペカで、80年代というよりもっと前の昭和レトロの香りが漂う60年代の空気。この「スカ」な感じが80年代らしいといわれればそうかもしれないが、それにしても中身なさすぎ。監修が泉麻人だから仕方ないけどね。
2018/08/05(村田真)