artscapeレビュー

2023年03月15日号のレビュー/プレビュー

深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ

会期:2023/03/03~2023/06/04

東京都写真美術館2F展示室[東京都]

本展を見て、深瀬昌久の写真家としての凄みをあらためて感じることができた。深瀬の回顧展は、15年程前から企画されていたのだという。だが、2012年に深瀬が亡くなるなど、さまざまな事情が重なり、ようやく開催に漕ぎつけることができた。

東京都写真美術館の所蔵作を中心に、クオリティの高いプリントがほぼ年代順にならぶ展示構成は揺るぎなく、オーソドックスなものだった。「遊戯」「洋子」「家族」「烏(鴉)」「サスケ」「歩く眼」「私景」「ブクブク」の8部構成で全114点、ほかに資料・書籍15点が加わる。「洋子」「家族」「烏(鴉)」など、既に評価の高いシリーズの素晴らしさはいうまでもないが、愛猫を撮影した「サスケ」、自分の足跡を改めて辿り直したスナップ作品「歩く眼」など、これまであまり取り上げられてこなかった作品も紹介されている。特に最後のパートの、8×10インチのサイズに引き伸ばしたプリント100枚余りを壁に直接貼り付けた「ブクブク」のインスタレーションの迫真性は比類のないものだった。

ほぼ過不足のない展示なのだが、それでもまだ多面的な広がりを持つ深瀬の写真の世界を全面展開できていたとはいえない。深瀬には、1962年に『カメラ毎日』に連載した「カラー・アプローチ」シリーズに明らかに感じられるシュルレアリスムの影響、1992年の「事故」後も続けていたというドローイングの仕事など、写真という表現メディアをはみ出し、乗り越えていこうとする側面もあった。そのあたりにまで目配りした、より大きな規模の展覧会も、充分に考えられるのではないだろうか。


公式サイト:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4274.html

2023/03/02(木)(飯沢耕太郎)

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The Original

会期:2023/03/03~2023/06/25

21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2[東京都]

もう10〜20年前になるが、ミラノ・サローネの話題が日本で定着しはじめ、日本企業や日本人デザイナーの参加も相次いだことから、猫も杓子もこぞって現地へ取材やリサーチに出かけた時代があった。イタリア語どころか英語もおぼつかないにもかかわらず、私も何度か訪ねた。しかしブームが下火になり、テロや不景気、コロナ禍など世界情勢への不安も重なったことから、渡航者はだんだん減少傾向に。一方でどんな時代になろうとも、毎年、必ず足を運んでいるジャーナリストも周りに何人かいる。この展覧会のディレクターを務めた土田貴宏がそのひとりだ。本展はそんな彼のライフワークの成果を見るような内容に思えた。企画原案として携わった深澤直人も、ミラノ・サローネで華々しく発表される新作家具や日用品のいくつかを長年多岐にわたりデザインしてきた日本を代表するデザイナーだ。したがって家具や日用品を中心に世界のデザイントレンドの概要や変遷を見るという点では、本展はこの上ないのだろう。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1[撮影:木奧恵三]


タイトルである「The Original」とは、「確かな独創性と根源的な魅力、そして純粋さ、大胆さ、力強さをそなえたデザイナーによるプロダクト」だという。つまり本展で着目しているデザインのポイントとは、主に造形性なのだ。深澤が本展に寄せたコメントを見ても、デザイナーとして造形を生み出す際の葛藤や苦労、そして優れた造形への賛美などが語られている。「オリジナルのすばらしさを感じて欲しいのと、一緒に感動を分かち合いたいのだ」というように。それはそれでいいのだが、もっとデザインの本質や役割とは何かを突き詰めていくと、造形性はあくまでデザインの一要素でしかないことを思わざるを得ない。本展を見てやや引っ掛かったのは、その点だった。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー2[撮影:木奧恵三]


私もかつて雑誌やウェブマガジンなどでデザイントレンドの記事をたくさん書いてきた。そこでは有名デザイナーがデザインしたプロダクトなど、メディアで取り上げやすい記号化されたものに偏らざるを得なかったので、本展の企画に対してあまり責めたことは言えない。とはいえ、名作と言われる家具や日用品をきちんと調べてみると、造形面だけでなく、その時代の新しい素材や技術、使い方などに挑んだからというエポックメーキングな経緯が多いことは事実だ。もし私がオリジナルという言葉を解釈するならば、そうした革新性を伴い、それが人々や社会にどれほど役立ち、貢献したのかという点を重視したいと思う。オリジナルを考えることは、デザインなり、その分野のそもそもを突き詰めることと同義であることを感じた。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー2[撮影:木奧恵三]



公式サイト:https://www.2121designsight.jp/program/original/

2023/03/02(木)(杉江あこ)

風間健介遺作展

会期:2023/02/02~2023/03/05

東川町文化ギャラリー[北海道]

風間健介は1960年、三重県津市出身の写真家。1989年に北海道・夕張に移住し、閉山後に放置されていた「炭鉱遺産」を撮影し始めた。遺棄され、朽ち果てていこうとしていた住宅、選炭施設、発電所などを、長時間露光の手法で、むしろ生々しい息遣いを感じさせるように緻密に撮影した写真群は高く評価され、2005年に刊行した写真集『夕張』で、日本写真協会賞新人賞、写真の会賞を受賞した。2008年に新天地を求めて埼玉県狭山市に移住、さらに14年には千葉県館山市に移って制作活動を続けた。だが、2017年に体調が悪化して死去する。2002年に第18回東川賞特別賞を受賞するなど、かかわりが深かった東川町文化ギャラリーで開催された今回の遺作展には、生前から彼の写真をコレクションしていた幸村千佳良氏が所蔵するプリント、232点が展示されていた。

定評のある「夕張」シリーズは、むろん堂々たる出来栄えの作品なのだが、むしろ注目したのは、風間が埼玉、千葉に移ってから制作した写真群である。それらを見ると、「夕張」のドキュメンタリー写真家というイメージを払拭し、新たな方向に踏み出そうともがいていたその軌跡が、生々しく刻みつけられているように感じる。ソテツや岩を撮影し、風景にあらためて向き合ったシリーズだけでなく、「ドローイング」と自ら称した、ボンドや食材を使ったフォトグラムの手法による純粋抽象作品まである。残念なことに、その試みの多くは彼の逝去によって未完に終わってしまったのだが、まさに自己凝視、自己表現の意欲がみなぎり、噴出しようとしていたことが伝わってきた。それらの「レイト・スタイル」の作品群も含めて、風間健介の作品世界をあらためて見直していく時期に来ているのではないだろうか。東京などでの展示もぜひ実現してほしいものだ。



会場風景[写真提供:東川町文化ギャラリー]



公式サイト:https://higashikawa-town.jp/bunkagallery/topics/128

2023/03/04(土)(飯沢耕太郎)

赤瀬川原平『1985-1990 赤瀬川原平のまなざしから』

発行所:りぼん舎

発行日:2023/02/01

赤瀬川原平の仕事は多岐にわたるが、その「写真家」としての側面は、まだ充分に解明されているとはいえない。彼は引き出し16段にぎっしりと詰まったポジフィルムを遺していたという。本書はそのうちの1段目、1985~1990年までを整理し、そこからピックアップした写真127点に、著書から引用した言葉を添えた写真集である。ということは、まだ15段分の写真が残っているということで、それらがすべて明るみに出たならば、「写真家・赤瀬川原平」の恐るべき全体像が姿を現わすことになるだろう。

1985~1990年といえば、彼が『写真時代』に「超芸術トマソン」を連載(1983年1月号~1985年4月号)して、多くの読者に衝撃を与えていった時期にあたる。1986年の路上観察学会の結成につながるこの時期には、役に立たない階段、壁に塗り込められた窓、植物が風に揺らいで壁に残した軌跡など、さまざまな「トマソン物件」が、赤瀬川らによって発見され、その面白さが認められていった。本書にも、その成果が多数おさめられている。だが、それだけでなく、展覧会や調査などで訪れたイギリス(オックスフォード)、中国、韓国などの写真を含む日常スナップに、むしろ赤瀬川の「写真家」としての眼差しの質がよく表われているのではないだろうか。天性の観察力、尽きることのない好奇心、物事の成り立ち本質的に捉え直す力を存分に発揮したそれらの写真群は、赤瀬川の「写真力」の産物といえるだろう。ぜひ続編を期待したい。

2023/03/05(日)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス | 2023年3月15日号[近刊編]

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます





「二つの栃木」の架け橋 小口一郎展 足尾鉱毒事件を描く

編集:木村理恵子(栃木県立美術館)
発行:栃木県立美術館
サイズ:15.5×21.5cm、220ページ

2023年1月21日(土)〜2023年3月26日(日)まで、栃木県立美術館にて開催されている企画展「「二つの栃木」の架け橋 小口一郎展 足尾鉱毒事件を描く」のカタログ。







反戦と西洋美術 ちくま新書

著:岡田温司
発行:筑摩書房
発行日:2023年2月7日
サイズ:新書判、224ページ

戦争とその表象の関係という古くて新しい問い。17世紀から現代に至る「反戦」のイメージを手がかりに、その倫理的、あるいは政治的な役割について捉え直す。






アルトー横断──不可能な身体

編:鈴木創士
発行:月曜社
発行日:2023年2月17日
サイズ:四六判、308ページ

この一冊から始まるアルトー・・・ドゥルーズ、デリダ、フーコーらに決定的な啓示を与え、土方巽、寺山修司らを揺り動かしたアントナン・アルトーとは何者なのか。14名の最前線の書き手による、24年ぶりの論集。「自殺論」新訳3編併録。






現代都市のための9か条 近代都市の9つの欠陥

著:西沢大良
発行:オーム社
発行日:2023年2月17日
サイズ:四六判、322ページ

困難な時代の試練にわれわれはどう立ち向かうべきか。 人口流動性、メガスラム、環境・生態系、食料・エネルギー、震災、パンデミック、戦争など……、あらゆる問題はすでに出尽くした。まもなく、いまだ人類が見たことのない、新しい都市の形態が誕生するだろう――。 発表されるや大きな注目を集めた伝説的テキスト「現代都市のための9か条――近代都市の9つの欠陥」を書籍化するものである。本書では、「9か条」に加えて、主要な設計論である「木造進化論」、近年書かれた最新テキストやインタビュー・談話などを選りすぐり収録。西沢大良の思考と、「9か条」をよりよく理解するための一冊。






わたしのコミュニティスペースのつくりかた みんとしょ発起人と建築家の場づくり

著:土肥潤也・若林拓哉
発行:ユウブックス
発行日:2023年2月18日
サイズ:A5変判、184ページ

朝日新聞「天声人語」やNHK総合などでも取り上げられ、3年間で全国約50館に広がった民営図書館「みんとしょ」の発起人、そして話題の小商い建築「ARUNŌ」の設計・運営を手掛ける若手建築家による自分流コミュニティスペースづくりのガイドブック。 悩み相談、軌道に乗せるまでのハウツウ、事例の具体的なストーリーなどヒントが満載です。






わたしと『花椿』 雑誌編集から見えてくる90年代

著:林央子
発行:DU BOOKS
発行日:2023年2月24日発行
サイズ:A5変形判、280ページ

Web花椿の好評連載「90s in Hanatsubaki」に大幅加筆した、待望の書籍化。







震災後のエスノグラフィ

著:高森順子
発行:明石書店
発行日:2023年3月1日
サイズ:四六判、368ページ

「阪神大震災を記録しつづける会」のアクションリサーチ
活動を「よい物語」にしたい欲望もめぐる中、そのままならなさを含み込む研究は可能か。アクションリサーチの可能性を提起する。






食客論

著:星野太
発行:講談社
発行日:2023年3月2日
サイズ:四六判、272ページ

傍らで食べるもの──それはだれか?

ロラン・バルト、ブリア=サヴァラン、フーリエ、ルキアノス、キケロ、カール・シュミット、ディオゲネス、九鬼周造、北大路魯山人、石原吉郎、ポン・ジュノ、メルヴィル、アーレントらのテクストに潜む、友でも敵でもない曖昧な他者=「食客」。彼らの足跡をたどり、口当たりのよい「歓待」や「共生」という言葉によって覆い隠されている、「寄生」の現実を探究する。






アール・デコ 戦間期フランスの求めた近代建築

著:三田村哲哉
発行:中央公論美術出版
発行日:2023年3月8日
サイズ:A5判、516ページ

アール・デコの原点を紐解く―。
戦間期を中心にフランスで建設された数々の建築、
その萌芽と興隆、および地方都市への波及と受容の
過程を明らかにすることで、今日も世界各地で愛好の
止まないアール・デコの由縁をフランスに探る。






拡張するイメージ 人類学とアートの境界なき探究

編著:藤田瑞穂、川瀬慈、村津蘭
著:ふくだぺろ、西尾美也、柳沢英輔、奥脇嵩大、佐藤知久/矢野原佑史、金子遊、小川翔太
発行:亜紀書房
発行日:2023年3月8日
サイズ:四六判、404ページ

ケニアと日本をつなぐ洗濯物、風を可聴化するハープ、コロナ禍を経た展示──。
アートと人類学が切り結ぶ場所で、まだ見ぬイメージの可能性を考える11人の、研究、制作、展示をめぐる実践と思考。









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展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
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2023/03/14(火)(artscape編集部)

2023年03月15日号の
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