2018年04月15日号
次回5月15日更新予定

artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

太宰府天満宮アートプログラムvol.10 ピエール・ユイグ 「ソトタマシイ」

会期:2017/11/26~2018/5/6

太宰府天満宮[福岡県]

福岡県美でやってる「中村研一展」を見に行くんだけど、それだけじゃもったいないので「近くでなにかやってないかな」と探してみたら、太宰府天満宮の境内でピエール・ユイグが作品を展示しているではないか。太宰府でユイグというミスマッチが楽しみだが、屋外作品なので雨が降り次第公開中止になるという。今朝の福岡の天気予報は降雨の確率50パーセント、朝早くに羽田を発って太宰府に着いたときはどんよりとした曇り空。公開開始の11時に駆けつけたのでなんとか見られたが、昼すぎから降り始めたため公開中止になったとさ。危なかった。この太宰府天満宮アートプログラムという企画、2006年に始まって今年で10回目。なぜ太宰府で現代美術かというと、神社は文化の守り手であり、歴史と未来が出会う「広場」であるべきと考えるからだ。なるほど、日本には10万を超す神社があるそうだから、そのすべてが同じ考えをもってくれたら世界屈指のパトロンになるのにね。「ジンジャート」なんてね。

ユイグの作品は思ったより大がかりなインスタレーション。天満宮の奥にある小高い山のてっぺんを整地し、四角い池を掘って睡蓮を浮かべ、金魚を放ち、アメリカでモダンアートを学んだ戸張孤雁の彫刻《淵》を置き、その頭部に蜂の巣をのせ、蜂が授粉する梅や橙の木を植えている。彫刻に付着した蜂の巣はドクメンタ13にも岡山芸術交流にも出ていたユイグの専売特許だが、睡蓮はいうまでもなくモネのジヴェルニーの庭を、梅は菅原道真を追いかけて飛んできたという飛梅を連想させる。古今東西の文化をツギハギした空間になっているのだ。いやーおもしろい。境内は人があふれているのに(韓国人と中国人が多い)、ここまで入ってくる人はほとんどいないので静かに作品と向き合える。奥の目立たない場所に大きな立方体の箱が置いてあって、最初これも作品かと思ったが、どうやら夜間および雨が降ったときに彫刻をしまう収容ケースらしい。裏方も大変だ。

境内美術館

太宰府天満宮アートプログラムにはこれまで日比野克彦や小沢剛らが参加してきたが、そのうちライアン・ガンダーとサイモン・フジワラの2人の作品7点が境内のあっちこっちに残されているので見て歩いた。池に囲まれているという想定で(実際は砂利が敷きつめられている)浮殿と呼ばれる社の内部をのぞくと、ライアン・ガンダーの《本当にキラキラするけれど何の意味もないもの》が鎮座している。これは金属部品に覆われた球体状のオブジェで、中心にある磁石の力によって引き寄せられているそうだ。このように中心にあるけど見えないものに引き寄せられる現象は、神を信じて集まるわれわれと似ていないかと問うているのだ。同じ作者の《すべてわかったⅥ》は、芝生に置かれた大きな岩の上部に人が座った跡が残っているもの。ロダンの彫刻《考える人》が考えに考え抜いて「すべてわかった」後に立ち去ったという設定だ。

宝物殿の前に放置された白い椅子は、サイモン・フジワラの《歴史について考える》という作品。なんでこんなところにチープな椅子を置くのか理解に苦しむが、実はこれブロンズ製だという。椅子は見かけによらないものだ。幼稚園の向かいの池のほとりに据えられた《時間について考える》という作品は、岩の表面に幼稚園児の手をのせてスプレーで吹きつけ、手形を残したもの。これは先史時代の手形(ネガティブ・ハンド)をわれわれ現代人が見るように、1万年後の人類が不思議な思いでながめるかもしれない。なんでこんなところに手形を残したんだろう? と。まさかワークショップの賜物とは思うまい。いやあ作品探しも含めて、ナゾ解きの楽しみを味わうことができました。

2018/03/03(村田真)

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第41回 五美術大学連合卒業・修了制作展

会期:2018/02/22~2018/03/04

国立新美術館[東京都]

時間がなくて日芸と造形大は見られなかったけど、この2校は人数が少ないので無視するとして(失礼)、今年の感想はなんといってもぼくが見始めて以来の大不況ということだ。武蔵美と女子美はほぼ全滅、多摩美に合格点を挙げられる作品が2、3点あったくらい。1点だけ挙げると、名前はメモし忘れたけど、キャンバスの表裏に地表と地中の様子を描き、両面が見えるように壁に斜めに立て掛けた作品。キャンバス画は本来、木枠が見えないほうが表だが、この木枠には植物のレリーフが施されており、これを額縁と見れば表になり、木枠として見れば裏になる。つまり両面とも表であり、裏でもあるリバーシブル絵画なのだ。木枠と額縁というパレルゴンの相互入れ替えを可能にした発想に脱帽。

2018/03/03(村田真)

岡上淑子コラージュ展──はるかな旅

会期:2018/01/20~2018/03/25

高知県立美術館[高知県]

1928年高知市生まれの岡上淑子は、1953年と56年に瀧口修造の推薦で、タケミヤ画廊で個展を開催し、その清新なフォト・コラージュ作品が注目された。だが、1957年に結婚して創作活動から遠ざかったこともあり、2000年に第一生命ギャラリーで44年ぶりの個展を開催するまでは「忘れられた作家」になっていた。だが、それ以後内外の美術館に作品が収蔵され、作品集も次々に刊行されるなど、再評価の機運が高まりを見せている。今回の展覧会には、彼女のコラージュ作品140点余りのうち80点が出品されていた。

あらためて展示作品を見ると、彼女の『ライフ』や『ハーパーズ・バザー』などの雑誌の図版を切り貼りしていく構想力と技術力とが傑出したものであったことがよくわかる。これまで岡上の作品については、文化学院デザイン科出身の若い女性が「頭のなかに描いた空想や夢」の産物という見方が一般的だった。ところが、今回作品を見て、彼女が戦後の日本の現実や当時の女性の社会的な立場をきちんと見つめて、むしろそれに対する反抗の思いを込めて制作していたのではないかと強く感じた。例えば、「戦場の歌」(1952)、「戦士」(同)といった作品にあらわれる、廃墟と化した戦場のイメージには、男性中心に進められた戦争への忌避の感情が滲み出ているようでもある。岡上は2012年のインタビューで「当時日本の未婚女性に押しつけられていた制約や慣習から解放された、独立した女性になること」を望んでいたと述べている。彼女の仕事をフェミニズムの先駆として位置づけることもできそうだ。

高知県立美術館には、石元泰博フォトセンターが設けられており、やはり高知県出身の彼の遺作3万5千点もコレクションされている。そちらでは、ちょうど平成29年度第3回コレクション展として「色とことば」展が開催されていた。樹木やビルなどのシルエットに多重露光で原色を重ね写した、遊び心あふれるユニークな作品群である。

2018/03/01(木)(飯沢耕太郎)

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荒木経惟「私、写真。」

会期:2017/12/17~2018/03/25

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館[香川県]

荒木経惟は2017〜18年に21回もの展覧会を開催した。その「大爆発!」の掉尾を飾るのが本展である。出品点数は何と952点。あの名作「父の死」(1967)と「母の死」(1974)から始まって、壁に大量の写真が直貼りで展示されている。「展覧会には必ず新作を出品する」という荒木の展示のポリシーはここでも貫かれていて、今回も「北乃空」、「北斎乃命日」、「恋人色淫」、「花霊園」と、2017年に制作された新作が並ぶ。京都旅行のスナップをネガでプリントした「センチメンタルな京都の夜」(1972/2014)、電通時代のスケッチブックに写真を貼り付けた写真帖「Mocha」、「赤札堂の前で」、「女囚2077」、「アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集」など、これまでほとんど発表されたことのない作品もある。荒木の過去・現在・未来を大盤振る舞いで見せつける力作ぞろいだった。

ちょっと気になったのは、丸亀出身の生け花作家・中川幸夫にオマージュを捧げた「花霊園」、急逝した編集者・和多田進の奥さんから贈られたハーフサイズのカメラで撮影した「北乃空」など、展示作品全体にタナトス的な雰囲気が強く漂っていたことだ。フィルムの高温現像で現実世界の眺めを変容させた「死現実」(1997)、銀色の「死」という文字を書き続けた「死空」(2010)も凄みのある作品だ。だが、エロスとタナトスの対位法(「エロトス」)は荒木の作品世界の基本原理であり、今回はたまたまその振り子がタナトス側に振れたということなのではないだろうか。次はあっけらかんとエロス全開の作品を見せてくれそうな気もする。

2018/02/28(水)(飯沢耕太郎)

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土田ヒロミ『フクシマ 2011─2017』

発行所:みすず書房

発行日:2018/01/25

土田ヒロミの執念が、大判ハードカバーの写真集として形になった。土田は東日本大震災の後、「ひとりの表現者としてどのように向き合えばよいのか」と悩み抜いていたが、まずは福島第一原子力発電所の大事故で避難指示が出た地域の「ボーダー線上を歩いてみることから始めよう」と心に決める。2011年6月から開始されたその撮影の作業は、6年越しで続けられ、今回写真集にまとめられた。

土田の方法論は明確である。デジタルカメラによって、風景の細部をきっちりと押え、ひとつの場所を何度も繰り返し訪れることで、定点観測的に画像が蓄積されていく。その結果として、いくつかの季節を経て微妙に姿を変えていく「フクシマ」のベーシックな環境が、撮影された日付と地名を添えて淡々と提示された。だが読者は、どうしてもそれらの一見静穏なたたずまいの写真群に、見えない放射能の恐怖を重ね合わせないわけにはいかなくなるだろう。さらに、2013年頃から開始された除染作業によって、大地は削り取られ、それらの土壌廃棄物を詰め込んだ「フレコンバッグ」が、あちこちの「仮々置き場」に不気味に増殖していく。時折あらわれる、白い防護服を来た人物たちの姿や、さりげなく写されている線量計なども、ここが「フクシマ」であるという現実を突きつけずにはおかない。

土田の代表作のひとつは、原爆が投下された広島のその後を検証した「ヒロシマ三部作」である。その彼が「フクシマ」に向き合い始めたことに、写真家としての役割を全うしようという強い意志を感じる。それは同時に「人類が直面している人と自然との関係の文明的危機」を受けとめ、投げ返そうという渾身の営みでもある。

2018/02/27(火)(飯沢耕太郎)

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