2019年02月15日号
次回3月1日更新予定

artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

ヒトラーvs.ピカソ 奪われた名画のゆくえ

ナチス・ドイツは美術に関して、おもに2つの蛮行を犯した。ひとつは、ルーヴル美術館をはじめとするヨーロッパ中の美術館や、裕福なユダヤ人コレクターから略奪同然に名画を集めたこと。もうひとつは、表現主義を中心とする前衛美術に「退廃芸術」の烙印を押して弾圧したことだ。この映画は、1930-40年代に行なわれたこれらナチスの暴力的な美術政策を、当時の映像を交えながら、略奪されたコレクターの子孫や歴史学者らの証言によって浮き彫りにしていくドキュメンタリー。

「名画略奪」と「退廃芸術」はどちらも、若いころ芸術家を目指しながら挫折したヒトラーの歪んだ「趣味」を反映したものといえる。彼はルーヴル美術館に飾られているような古典美術をこよなく愛する一方で、モダンアートはわけがわからないと目の敵にした。そのアナクロで短絡的な芸術観を白日の下にさらしたのが、アカデミックで陳腐な写実絵画を並べた「大ドイツ芸術展」であり、それとは対照的に「悪い見本」として同時開催された「退廃芸術展」だった。皮肉なことに「悪い見本」のほうは入場者が200万人を超え、ドイツ・オーストリア各都市を巡回するほど大衆の人気を集めたという。もし入場料を取っていれば莫大な収入を得られたはずなのに、価値のない作品だから無料にせざるをえなかった。

また、ナチスが摘発した退廃芸術を中立国スイスで売りさばいて軍資金に充てようとしたとき、タテマエとしては退廃芸術だから価値がないはずなのに、ホンネとしては軍資金を得たいために高く売りたいという自己矛盾に陥っている。しょせん無理がある政策だったのだ。さらに、その過程で、ヒトラーの片腕だったゲーリングが前衛美術品をくすねていたとか、ヒトラー専任の画商グルリットが千点を超える前衛作品を戦後70年近く隠し持っていたとか、謎めいたエピソードにこと欠かない。

略奪名画のほうはもっと悲惨だ。ナチスが奪った美術品はおよそ60万点といわれているが、要塞に隠していたラファエロをはじめとする名画が焼失したり、戦後ソ連軍がいち早く持ち帰って秘匿したり、さまざまな理由でいまだ10万点が行方不明とされている(ちなみに、日本の国立美術館5館の収蔵点数は合計しても5万点に満たない)。ユダヤ人の元所有者のなかには、ナチスに脅されて安く売ってしまったため戦後になっても返還されないケースや、なかには一家全員が虐殺されたため行く場所を失った名画もある。笑えるのは、ゲーリングが取得したフェルメール作品が真っ赤なニセモノだったこと。この作品を売ったオランダ人のメーヘレンは戦後ナチスに協力した罪に問われたが、法廷で自分が描いた贋作だと告白し、逆にナチスを手玉にとった男として英雄扱いされたという。欧米には美術作品を巡る推理小説が多いが、その多くがナチスの名画略奪や贋作をモチーフにしているのは、戦後70年以上たったいまでも多くの謎が解決していないからだろう。

映画のタイトルは「ヒトラーvsピカソ」だが、残念ながらピカソは言葉だけしか出てこない。だが、ここでピカソの名は、同時代芸術を弾圧したヒトラーに対し、古い芸術観に異議を申し立て、《ゲルニカ》に代表されるように巨悪と戦い、新たな芸術を創造し続けた20世紀美術の象徴として用いられているのだ。監督は、ヴェネツィア・ビエンナーレやイタリア国立21世紀美術館などのテレビドキュメンタリーの撮影・編集を手がけたクラウディオ・ポリ。これが初の映画監督作品という。


公式サイト:http://hitlervspicasso-movie.com/

2019/01/25(金)(村田真)

イケムラレイコ 土と星 Our Planet

会期:2019/01/18~2019/04/01

国立新美術館[東京都]

見ごたえのある個展だった。久しぶりに絵画を堪能したって感じ。イケムラレイコの名前と作品は、80年代にドイツの新表現主義の画家として初めて知った。当時はドイツで活躍する日本人の女性画家というだけでけっこう珍しく、しかも流行の新表現主義絵画だったので記憶に焼きついた。その後、何年かにいちど作品を目にする機会があったが、幽霊のような少女像を描いてみたり、薄塗りの幻想的な風景画だったり、テラコッタによる人物彫刻をつくったり、断片的に見る限り一貫性がなく、よくわからない作家としてやりすごしてきた。

今回初めて全体を通して見て、新表現主義が初期の過度的なスタイルに過ぎず、もっと大きなものを相手にしていることがわかった。拙い言い方だけど、たとえば同世代の辰野登恵子のように「絵画」と格闘してきたというより、絵画を通してなにかと格闘してきた、あるいは格闘を絵画にしてきたという印象を持った。なにと格闘してきたのかはわからないけれど、女ひとりで(という言い方はよくないが、以下70-80年代の話なので)日本を離れ、スペイン、スイス、ドイツと移り住み、画家として自立してきた経歴を見れば、すべてが格闘だったといえるかもしれない。

展示は、プロローグから「原風景」「少女」「戦い」「アマゾン」「炎」「コスミック・ランドスケープ」、そしてエピローグまで16室に分かれ、油彩画、ドローイング、彫刻、写真など約210点におよぶ。初期の「原風景」に、《マロヤ湖のスキーヤー》と題された雪舟の山水画に基づく表現主義的な絵画があって驚いた。これは海外在住の日本人画家が陥りがちな東西の折衷主義かと思うが、幸いなことに長続きしなかったようだ。ところが最後の「コスミック・ランドスケープ」で屏風絵のような大画面の山水画が再び現れるのだが、これを折衷主義と見る者はいないだろう。ここでは完璧にイケムラレイコの世界観が立ち現れているからだ。これが格闘の成果というものかもしれない。

「有機と無機」では、1990年ごろから始まるテラコッタ彫刻がまとめて並べられている。興味を惹かれたのは、初期のころは家の形状をしているものが多いのに、やがて柱または塔状を経て、少女をはじめとする人物彫刻に移行していくこと。もうひとつは、これらは陶彫なので中身がどれも空洞であることだ。空っぽというより、中になにかを入れるための器というべきか。3.11後の《うさぎ観音》は内部に人が入れるほどの大きな空洞になっている。つまり人物(うさぎ観音)であると同時に「家」でもあるのだ。

同展でもっとも違和感を覚えたのは「戦い」のコーナー。1980年から近作まで戦争(とくに海戦)を描いた絵画を集めたもので、表現主義的なタッチの《トロイアの女神》や、近作の《パシフィック・オーシャン》《パシフィック・レッド》などは絵としての美しさが勝っているが、《カミカゼ》と「マリーン」シリーズはプロパガンダとしての戦争画そのものではないか。次のコーナーの戦う女を描いた「アマゾン」の版画シリーズともども、イケムラの「格闘」を象徴するものかもしれない。

2019/01/24(木)(村田真)

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未来を担う美術家たち 21st DOMANI・明日展

会期:2019/01/23~2019/03/03

国立新美術館[東京都]

文化庁新進芸術家海外研修制度の成果を発表する展覧会。今回はここ3、4年内に派遣されたアーティストを中心に、計10人の作品を展示。成果発表といっても、派遣先でつくった作品だけを見せるわけではなく、また「派遣前」「派遣後」に分けて「こんなに効果が表れました」みたいなあからさまな展示でもなく、近作・新作を個展形式で自由に見せている。作家にとっては国費を使ったことに対する務めであり、また、国立美術館で作品を見せられる特権でもあるだろう。逆に鑑賞者にとっては、こういう奴らに税金が使われたのかと確認する場でなければならない。派遣作家を選ぶほうも大変だ。

展示で目を引いたのは蓮沼昌宏。展示室に長大なテーブルを置き、14台のキノーラと呼ばれる簡易式ぺらぺらアニメを並べた。当日は中学生が団体で訪れていたので、テーブルは満席。みんな席を移動しつつ作品に見入る様子は理科の実験室のようで、現代美術展では見慣れない風景だった。村山悟郎の絵画と呼ぶにはあまりに逸脱した「織物絵画」も目を引いた。麻紐を放射状または鳥の羽根のように織った上に絵具を施した作品は、本人によれば、雪の結晶やアリの巣などに見られる自己組織的なプロセスやパターンを絵画で表現したものだそうだが、ぼくから見ると、未開民族の呪術的装飾を思わせると同時に、はるか絵画の原点に思いを馳せさせもする。

展示の後半は映像系の作品が多くてスルーしたが(^^;)、最後の三瀬夏之介の部屋で立ち止まってしまった。いや、立ち止まらざるをえないでしょ、展示室いっぱいに《日本の絵》と題された超大作が立ちはだかっていたんだから。もちろんデカすぎて通れないという意味ではない。具象・抽象を問わず多彩なイメージを織り込んだ紙を切り貼りし、支持体に貼らずに上から吊るし、どこからどこまでがひとつの作品かわからないようなインスタレーション形式で見せるなど、日本画の範疇を超えたより大きな「日本の絵」を目指していたからだ。これまでの9人の作品が吹っ飛ぶほどのインパクト。よく見ると、三瀬は文化庁の海外研修制度の恩恵は受けておらず(五島記念文化財団の助成を受けたことはある)、今回はゲスト作家という扱い。文化庁の研修制度が色あせて見えないか心配だ。

2019/01/24(木)(村田真)

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─プラザ・ギャラリー30年の軌跡─写真展 光陰矢の如し

会期:2019/01/12~2019/03/31

東京アートミュージアム[東京都]

東京・仙川のプラザ・ギャラリーは1988年10月に開設された。2004年には同ギャラリーの向かいに姉妹スペースというべき東京アートミュージアム(設計・安藤忠雄)がオープンする。今回の展覧会は、同ギャラリーの30周年を記念して企画されたもので、これまで展覧会を開催してきた写真家たち12名が出品している。

桑原敏郎、五井毅彦、小平雅尋、小林のりお、齋藤さだむ、白汚零、鈴木秀ヲ、田村彰英、築地仁、奈良原一高、村越としや、山本糾という出品作家の顔ぶれが感慨深い。1931年生まれの奈良原と、1980年生まれの村越を例外として、ほかの出品者たちの多くは、1970~80年代に「写真とは何か?」、「写真を撮る“私”とは何か?」という根本的な命題をあらためて問い直すところから、写真家としての活動をスタートさせた。その彼らも50歳代~70歳代にさしかかろうとしている。プラザ・ギャリーの30年の歩みは、彼らの活動の範囲と背景が急速に変化していった時期に重なり合っているわけだ。

端的に言えば、その最大の変化はアナログ写真からデジタル写真への移行だろう。彼らもそれに対応しつつ、新たな領域にチャレンジしていった。今回の展示で言えば、鈴木秀ヲのMcDonald’sの看板のMマークをデジタルカメラで撮影したデータをUSBメモリに取り込み、それを破壊して出力した作品、小平雅尋のデジタルカメラに「ベス単」(ヴェスト・ポケット・コダック)のレンズを付けてスナップショットを撮影する試み、五井毅彦の音声付きの動画にテキストを字幕で加え、インスタレーションとして展示した作品などに、現時点での彼らのチャレンジ精神がよくあらわれていた。

もうひとつ感慨深かったのは、本展に当然出品しているはずの山崎博(2017年に逝去)が不在だったことだ。仙川在住だった山崎は、プラザ・ギャラリーの初期にアドバイザーとしてかかわり、同ギャラリーで何度も個展を開催している。桑原敏郎が、山崎の方法論を取り込んだ「カメラを一方向に固定し、フォーカスを移動することや風に揺れる変化を撮影」した連続写真で、彼にオマージュを捧げていた。

2019/01/24(木)(飯沢耕太郎)

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片桐飛鳥「光と今──Photon Superposition」

会期:2019/01/19~2019/02/23

KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHY[東京都]

片桐飛鳥はこれまで一貫して「光」をテーマとした写真作品を制作・発表してきた。1998年に開始された「Light Navigation」のシリーズは、レンズを介さずに、「光」を直接フィルムに定着した抽象化の極みといえそうな作品だが、2009年頃からより幅広く「光」にかかわる現象を被写体にするようになった。今回東京・西麻布のKANA KAWANISHI PHOTOGRAPHYで展示された「21_34」シリーズ(7点)もその一環であり、夏の夜空に打ち上げられる花火を撮影している。

とはいえ、よく目にする「花火写真」とは完全に一線を画しており、片桐の関心が、花火そのものの色やフォルムではなく、それらが表出する、より普遍的な「光」のあり方に向けられているのは明らかである。千変万化する光のパターンは、むしろ日常世界から隔絶した数式の図示化のようにも見えてくる。また、タイトルの「21_34」というのは、フィボナッチ数(どの項もその直前の二つの項の和になっている数式)に基づくものであり、それに合わせて今回のプリントは21インチ×34インチの大きさに引き伸ばされているのだという。いかにも片桐らしい厳密な思考の産物なのだが、花火のパターンそのものは、むしろエモーショナルとさえ言えそうな、感覚的な美しさを保っている。

片桐は、今後も写真を媒介としてさまざまな「光」の現象にこだわり続けていくはずだ。そのなかで、どんな認識や思考が導き出されてくるのかが楽しみだ。

2019/01/23(水)(飯沢耕太郎)

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