2018年01月15日号
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artscapeレビュー

2016年08月01日号のレビュー/プレビュー

メアリー・カサット展

会期:2016/06/25~2016/09/11

横浜美術館[神奈川県]

印象派を代表するアメリカ人女性画家、メアリー・カサットの回顧展。日本では1981年に伊勢丹美術館と奈良県立美術館を巡回した展覧会から35年ぶりにカサットの絵画を鑑賞できる貴重な機会である。油彩画をはじめ、パステル画や版画、カサットと親交のあったエドガー・ドガやベルト・モリゾ、カミーユ・ピサロらの作品、そしてカサットに大きな影響を与えた葛飾北斎や喜多川歌麿の浮世絵など、併せて112点が展示された(なお同館の後、京都国立近代美術館に巡回する[9月27日~12月4日])。
「あふれる愛とエレガンス。」──本展のチラシに記載されたキャッチ・コピーが示しているように、メアリー・カサットは愛と優美の画家として語られることが多い。事実、カサットの代名詞とも言える母子像──例えば《眠たい子どもを沐浴させる母親》(1880)や《母の愛撫》(1896頃)など──を見ると、母子に限りなく接近したスナップショット的な構図に基づいているせいだろうか、子どもに注がれた温かい視線と慈しみの感情を存分に味わうことができる。
しかしメアリー・カサットの真骨頂は、必ずしも母性愛を美しく描いた点にあるわけではない。それは、むしろ「母性愛」から女性を解放するジェンダー・フリーの視点を巧みに描き出した点にある。
本展最大の見どころは、本邦初公開となる《桟敷席にて》(1878)である。中心に描かれているのは、劇場の桟敷席からオペラグラスをとおして舞台を見つめる女性。きらびやかなドレスを着飾る周囲の女性たちとは対照的に、彼女はシックな黒いドレスに身を包んでいる。社交の場である劇場には似つかわしくないが、逆に言えば、社交を望んでいないことの現われでもある。事実、彼女の横顔から伺えるのは、脇目もふらず舞台を一心に見つめる力強い眼差しだ。左手で持つ硬く閉じられた扇子も、周囲の喧騒をよそに舞台に集中する彼女の頑なな意志を体現しているように見えなくもない。
この絵画が面白いのは、彼女の背後に男性の視線を描いているからだ。桟敷席の奥にいるのは、同じくオペラグラスで彼女を露骨に見つめる男性。身を乗り出すほどだから、おそらく好色の視線で彼女を凝視しているのだろう。けれども、彼女が男性の視線に応えることはない。あるいは、オペラグラスを持つ右手で不快な視線を遮断しているのかもしれない。いずれにせよ、この絵画には決して交わることのない2つの視線が描き出されているのである。
視線の非応答性。カサットの《桟敷席にて》に見出すことができる特徴をそのように言い表わすとすれば、それは、例えばオーギュスト・ルノワールの《桟敷席》(1874)と比較してみれば、よりいっそう際立つにちがいない。カサットが描いた控えめな彼女とは対照的に、ルノワールの描いた彼女は艶やかなドレスを着飾り、胸元のバラが華やかな印象をよりいっそう強めている。しかも、ルノワールの彼女の視線は絵画を鑑賞する私たち自身にしっかりと向けられているが、その先には対面の桟敷席から彼女をオペラグラスで見つめる男性がいることは想像に難くない。なぜなら、彼女の背後には同伴しているのだろうか、オペラグラスで劇場内の女性を物色している男性が描かれているからだ。つまり、彼女は自らに注がれた男性からの視線に応答しているわけだ。口元には、かすかな微笑みが浮かんでいるから、これから何かが始まるのかもしれない。
見る主体としての男性と見られる客体としての女性。ジェンダーアートにとっての基本的な図式を踏まえるならば、ルノワールは見られる客体としての女性を順接的に描いたのであり、その反面、カサットは見る主体としての女性を逆接的に描いたと言えよう。あるいは、カサットはルノワールが描いた旧来の女性像を転覆したと言ってもいい。男性からの視線に一切応答せず、あくまでも自らが見たい対象を一心不乱に見る。そのような自立した女性像は、印象派のみならず、当時の社会状況のなかでも画期的だったと考えられるからだ。グリゼルダ・ポロックが的確に指摘したように、「そうして積極的に見ているところを描くことによって、彼女が対象化されるのを防ぎ、彼女を視線の主体にしているのである」(『視線と差異』p.126)。
ただ、あえて深読みするならば、メアリー・カサットは見る主体としての女性を描写することで、見る主体としての男性と見られる客体としての女性という支配関係を象徴的に反転させただけではない。カサットは、そこからもう一歩踏み込んで、男性に依存しない、より自由な女性の生き方を絵画のなかで夢想していたのではなかったか。
前述したように、メアリー・カサットは母子像を繰り返し描いていたが、よく見ると、そこには父親としての男性が一切含まれていないことに気づく。むろん家庭という私的領域に囲い込まれた母と子の深い紐帯を強調して描写した結果として、公的領域と私的領域のあいだを自由気ままに往来する男性が画面から除外されてしまったと考えることもできなくはない。しかし母と子の多幸感あふれる世界を見ていると、カサットは男性=父親を意図的かつ入念に画面から排除したように思えてならない。ちょうど《桟敷席》の彼女が男性からの吟味の視線をはねつけながら、あくまでも観劇する主体として振舞っていたように、カサットは母と子だけで完結した幸福な想像世界を画面上に確信的に描写したのだ。
そこに、カサット自身が生涯未婚であり、子どもを産むこともなかったという事実を重ねて見ることは容易い。けれども重要なのは、カサットの想像力を事実によって裏づけることより、むしろその想像力に私たち自身の想像力を重ねることだろう。カサットの母子像における男性ないしは父親の不在が暗示しているのは、家父長制に束縛された母性愛とは対照的に、女性同士の連帯を示すシスターフッドによって成立する母性愛ではなかったか。その先にレズビアンにとっての家族のイメージを見出すことすらできるだろう。

2016/07/05(火)(福住廉)

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土木展

会期:2016/06/24~2016/09/25

21_21 DESIGN SIGHT[東京都]

「土木」についての展覧会。それは私たちの日常生活の基盤を構築する重要な技術知であるにもかかわらず、日常生活の基底にあるため日頃は自覚的に実感される機会は乏しい。本展は、その知られざる実態を土木の専門家やアーティストら22組によって詳らかにしたもの。
土木というと、文字どおり土や木の圧倒的な迫力やそれらと拮抗しうる重量感あふれる重機などを連想しがちだが、残念ながら本展にそのような展示はない。あるのは、来場者の「参加」を要請する当世風の展示である。例えば、エアーで膨らませたビニールのピースを積み上げさせたり、マンホールを模した穴の下から顔を覗かさせたり、来場者の参加によって土木の世界を体験することが本展の醍醐味とされている。
しかし、このような「体験」「参加」型の展示手法が土木の本質を突いているとは到底思えない。いくらそのような参加体験を繰り返してみたところで、本展には土木の本質には決して到達しえないある種の「障壁」が設置されているからだ。その「障壁」とはメディアにほかならない。
「土木」とは、土や木といった自然物を人為的に改変ないしは抑圧することで人間の利益に資する営み全般を指す。であれば、それは必然的に土や木の物質そのものと密接不可分であるはずである。ところが本展は写真や映像、ないしは建築模型というメディアによって土木の物質性を媒介するばかりで、肝心の物質そのものはほとんどと言っていいほど見せられていなかった。企画者が言明しているように、土木が日常生活の根底にあるのは事実だとしても、それを自覚的に相対化するのであれば、日常生活にあふれているメディアを多用したところで、土木を日常性のなかからつかみ出すことはできない。むしろ、非日常性こそが日常性を相対化しうるという現代美術の大原則に則れば、日常では決して出会うことのない土木の現場の生々しい物質感こそが、私たちの足下に広がる土木の世界に想像力を差し向けるはずだ。もし、あの広大な会場に重機のひとつでも展示されていたら、もしあの無機質な展示空間の床に底が見えないほどの暗い穴がひとつでも穿たれていたら、本展の印象は一変していたにちがいない。
物質の忘却と参加体験の強制。本展の特徴をあえて乱暴に要約すると、このようになる。だが、こうした点は、本展の固有の特徴というわけではあるまい。それは、ポスト・プロダクト、関係性、参加、といったキーワードによって整理されがちな、昨今の現代美術の一部の潮流と共振しているように考えられるからだ。有無をいわさず参加を強制されたり、望みもしない関係性を無理やり結ばされたり、「地域社会」という公的な題目があろうとなかろうと、平たく言えば、「大きなお世話」というほかない作品が昨今あまりにも多すぎる。だいたい赤の他人と一緒にカレーを食べたところで、それがいったい「不愉快」以外のどんな感情を惹起するというのか。夢であれ希望であれ、自らの内面をポストイットに書かせる手法も、「馬鹿のひとつ覚え」という悪態が口に出るより先に、内に秘めた心情をあけすけにさせようとする、無遠慮で無神経なふるまいに怒りが募る。一見すると、非常に民主的かつ平和的な手法であるかのようだが、そのじつ、人の心に土足で踏み込むかのような、きわめて暴力的な悪意に満ちた作品が跋扈しているのだ。
参加体験という価値観に立脚した本展は、知ってか知らずか、そのような現代美術の悪質な潮流に巻きこまれてしまっている。必要なのは、土木の世界の物質性を、いかなるメディアにも媒介させることなく、そのまま展示することだった。物質をあるがままに提示すること。そう、ポスト・プロダクトないしは関係性の美学などを吹聴するアートが、とうの昔に批判的に乗り越えたはずの「もの派」的な作品のありようが、この場合に限って言えば、じつはきわめてまっとうだったのではあるまいか。

2016/07/06(水)(福住廉)

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デトロイト美術館展 太西洋を渡ったヨーロッパの名画たち

会期:2016/07/09~2016/09/25

大阪市立美術館[大阪府]

メトロポリタン美術館やボストン美術館と並ぶ、アメリカ屈指の美術館のひとつ、デトロイト美術館。同館が誇るコレクションから、近代ヨーロッパ絵画の名品52点を紹介しているのが本展だ。その内容は、「印象派」、「ポスト印象派」、「20世紀のドイツ絵画」、「20世紀のフランス絵画」の4章から成り、19世紀後半から20世紀前半のヨーロッパ美術の流れがコンパクトにまとめられている。ドガ、ルノワール、ゴッホ、セザンヌなど複数の作品が見られる作家も多く、特にピカソの7点は見応えがあった。……などと褒め言葉を書き連ねてみたが、筆者が興味をそそられたのはそこではない。デトロイト市が財政破綻し、コレクション売却の危機に見舞われた美術館が、そのコレクションで企画展をパッケージして海外に売り込み、延命を図った経緯のほうである。少子高齢化が進む日本でも、近い将来、財政破綻する自治体が次々に現われるだろう。そのとき、日本の美術館はどのように生き残りを図るのか。今から具体策を考えておいたほうがいと思う。

2016/07/08(金)(小吹隆文)

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ヒデとサッコのアトリエショウ

会期:2016/07/07~2016/09/03

FUKUGAN GALLERY[大阪府]

*キャンプ合宿は、島ヶ原温泉・やぶっちゃの湯[三重県]

画家の田中秀和と栗田咲子が、ギャラリー内にアトリエを移設して公開制作を実施(その前にプレイベントも)。途中でキャンプ合宿(一般の方も有料で参加できる)を行ない、8月に展覧会で成果を発表する。それが本展の概要だ。筆者が取材したのは前期の公開制作のみ。しかも田中は仕事と掛け持ちのため不在という、中途半端な状態だった。それでもこの企画を取り上げたのは、制作現場を見たいというシンプルな欲求もさることながら、会場に漂うリラックスした雰囲気が気に入ったからだ。そこには、アーティスト(つくる側)と観客(見る側)の区別が曖昧で、美術業界のシステムから解き放たれた空間があった。既存のシステムを否定することなく、オルタナティブな価値観を提示すること。そこに本企画の意義がある。

2016/07/07〜07/09(前期 公開制作)
2016/07/16〜07/17(キャンプ合宿「野営芸術」)
2016/07/21〜07/31(中期 公開制作)
2016/08/20〜09/03(後期 成果発表展示)

2016/07/08(金)(小吹隆文)

学業から職業へ ─京都高等工芸学校と京都市立美術工芸学校の図案教育III─

会期:2016/06/20~2016/08/08

京都工芸繊維大学美術工芸資料館[京都府]

本展は、「浅井忠・武田五一と神坂雪佳 ─京都高等工芸学校・京都市立美術工芸学校の図案教育I─」(2014)、「“倣う”から“創る”へ ─京都高等工芸学校と京都市立美術工芸学校の図案教育II─」(2015)に続く連続展覧会企画の第三回。大正から昭和初期の京都の図案教育の成果として、京都高等工芸学校と京都市立美術工芸学校図案科の学生作品である、着物、ポスター、家具、住宅等のデザイン、33点が、学業が職業につながり結実した成果として、両校の卒業生や教員によるデザイン、29点が展示された。学生作品といっても充分な描写力や創造性が認められるものばかりだが、やはり卒業生や教員の作品にはプロらしい精確さや緻密さが感じられる。なかでも、村野藤吾(1891-1984)が手がけた貨客船「橿原丸」平面図と本野精吾(1882-1944)が手がけた「出雲丸」内観パース、高島屋大阪店による「橿原丸」と「出雲丸」の室内設計案は技術という点だけでも圧倒的だ。
京都市立美術工芸学校(現京都市立芸術大学)は、日本初の公立画学校として創立し1891年に京都市美術学校と改称すると同時に工芸図案科を設けた。京都高等工芸学校(現京都工芸繊維大学)は、東京高等工業学校(1901年東京工業学校から改称)に次いで1902年に創立した旧制専門学校。いずれも近代日本を牽引したデザイン教育機関である。その活動の一端を明らかにする一連の展覧会は、日本のデザイン教育史構築においても意義深い展覧会といえるであろう。[平光睦子]

2016/07/09(土)(SYNK)

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2016年08月01日号の
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