artscapeレビュー

2011年03月15日号のレビュー/プレビュー

石川光陽 写真展

会期:2010/12/07~2011/03/21

旧新橋停車場鉄道歴史展示室[東京都]

石川光陽(1904~1989)は1927年に警視庁に巡査として採用されて以来、63年に退職するまで主に写真撮影を業務としてきた。犯罪や政治活動だけではなく、そのなかには昭和史を彩るさまざまな場面が含まれている。特に有名なのは1942年から終戦に至るまでの東京空襲の記録である。凄惨な状況を克明に記録したそれらの写真は戦後になってから発表され、貴重な資料として高い評価を受けている。だが彼は、昭和初期から戦後にかけての東京の街の風俗の変化を写しとったスナップ写真も多数残していた。今回は東京・九段の昭和館が保存する9,000点あまりの石川の作品のなかから約80点を、「交通と乗り物」「都市と下町」「警察官として」の3部構成で展示している。
本展を監修した東京都写真美術館専門調査員の金子隆一がカタログに書いているように、石川の写真はプロの報道写真家とはやや異なった肌合いを感じさせる。報道写真家はあるテーマを強調して現実を分析的に切り取ってくる。それに対して石川の写真は個人的なメッセージではなく、あくまでも客観的な記録に徹しているため「引き気味な撮影ポジション」が選ばれており、「写真の中にはいくつもの現実が交錯している」ように見える。彼自身の視点が希薄な分、写真を見るわれわれは直接的に1930~40年代の街の情景に向き合っているように感じるのだ。そうやって見えてくる街や人のたたずまいは、戦時下にもかかわらず意外に穏やかで居心地がよさそうだ。いくつもの読み取りの可能性を示唆してくれるという意味でも貴重な写真群といえるだろう。

2011/02/01(火)(飯沢耕太郎)

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王子直紀「KAWASAKI」

会期:2011/01/15~2011/02/27

photographers’gallery[東京都]

王子直紀はこれまでもずっと川崎周辺の路上をスナップしたモノクローム写真を発表し続けてきた。だが今回の「KAWASAKI」展を見て、その完成度が格段に上がり「黒ベタ、縦位置の美学」といえるような強度にまで達していると感じた。以前は不規則に傾き、揺れ動いていくような、ノーファインダーの画面に執着していたのだが、今回の展示作品はどっしりと落ちついて見える。川崎市市民ミュージアムの中庭にある溶鉱炉のモニュメントや、「京浜急行発祥の地」という石碑が写っているということもあるのだが、人物や建物の一部を切り取った作品でも、モニュメンタルに直立するようなあり方が強調されているのだ。王子自身、「歩く速度が遅くなった」と言っていたが、たしかに光景を把握し、捕獲していく姿勢そのものが変化しているということだろう。
もうひとつ気になったのは「鳥獣保護区」「水子地蔵・子安地蔵・子育地蔵」「信号直進 ココ左折」「元祖チヂミ本店」「D & G」といった看板や掲示物の文字が写り込んでいる写真が多いこと。ちょうど中平卓馬展を見たあとだったので、その共通性を強く感じた。ただ、言葉の意味を軽やかに宙づりにしてしまう中平の写真と比較すると、王子の場合は塗り込められたようなモノクロームの調子もあって、文字の物質性(呪術性といってもよい)がより強調されているように感じる。いずれにせよ、「KAWASAKI」という場所へのこだわり方が、彼の作品世界中に凝固し、揺るぎないものになってきていることは確かだ。

2011/02/02(水)(飯沢耕太郎)

アートみやぎ 2011

会期:2011/01/15~2011/03/21

宮城県美術館[宮城県]

宮城県にゆかりのあるアーティストを紹介する恒例の企画展。トップを飾る志賀理江子は、オーストラリアや仙台などで制作された「カナリア」のシリーズを展示する。展覧会や写真集などで、すでに何度か見ていた作品ばかりだったので、欲を言えば、新作を見たかった。とはいえ、7組の作家のなかでは、ひときわ存在感を放つ。ほかには鹿野護のインタラクティブな映像作品や、佐々木加奈子による異国の地ボリビアにおける沖縄村を通じて、日本の記憶をたどった「オキナワ・アーク」も印象深い。加えて、キリンアートアワードの審査と展覧会で担当した椎名勇仁が現在は仙台在住と知る。なお、常設展の方、今回は「よみがえる岸本清子」が思わぬ拾いものだった。ネオダダに唯一の女性アーティストとして参加した後、活動休止を経て、過激なパフォーマンス、空飛ぶ赤猫シリーズ、雑民党から「地獄の使者」として参議院に立候補したときの政見放送など、「前衛」が機能していた時代に思いをはせる。

2011/02/02(水)(五十嵐太郎)

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吉村和敏「MAGIC HOUR」

会期:2010/12/22~2011/02/12

キヤノンギャラリーS[東京都]

「MAGIC HOUR」というのは「夕陽が沈んだ直後から、空に一番星が現れるまでのわずかな時間」のこと。たしかに空や大気の色が一瞬のうちにみるみる変化し、家々のイルミネーションが宝石のように瞬くこの時間には、魔術的な魅惑がある。「奇蹟」とか「永遠」とか言う言葉がよく似合うこの「MAGIC HOUR」の風景を、吉村和敏はアメリカ、カナダ、フランス、ドイツ、ベルギー、スウェーデン、フィンランド、ニュージーランド、そして日本など世界各地で撮影した。そのなかから厳選された作品が小学館から写真集として刊行されるとともに、品川のキヤノンギャラリーSの会場に、スポットライトに照らし出されて並んでいた。
「MAGIC HOUR」はたしかに美しく魅力的だが、それは同時に「黄昏時」であり「逢魔が時」でもある。つまりどこか禍々しさを秘めた、死者たちの領域と近接する時間でもあるのだが、吉村の作品はひたすら安らぎの微光に満ちあふれていて、そんな気配は微塵もない。だが、それはそれでいいのではないだろうか。風景を品のよい上質の「絵」として定着するのが彼の本領であり、多くの観客を引きつける理由にもなっているからだ。一方で吉村は、ほぼ同時期に『CEMENT』(ノストロ・ボスコ)という写真集も刊行している。北海道の石灰岩採掘現場とセメント工場を大判カメラで撮影したこのシリーズは、「MAGIC HOUR」とは対極にあるハードな仕事だ。風景写真家としての野心と志を、彼は多様な領域にチャレンジすることで、さらに強く発揮し始めているように感じる。

2011/02/04(金)(飯沢耕太郎)

ルーシー・リー展──ウィーン、ロンドン、都市に生きた陶芸家

会期:2010/12/11~2011/02/13

大阪市立東洋陶磁美術館[大阪府]

陶芸家ルーシー・リーの没後初の本格的回顧展として、約200点の作品が展示された。土や釉薬の研究を繰り返しながら技法、制作ともに独自のスタイルを模索したウィーン時代。バーナード・リーチなど、亡命当時、英国で熱狂的に支持されていた陶芸家たちや、陶芸環境とは相容れなかったものの、新たな技術や様式にも積極的に目を向け、高温で焼成する陶器や磁器に取り組んだロンドン時代。ロンドン時代からはじめた掻き落とし技法によりさまざまな文様のバリエーションを展開した鉢や、個別に作成した各パーツを組み合わせ、ひとつのフォルムに成すという手法で独自のスタイルの花器を生み出した円熟期と、会場は大きく三つのセクションに分かれていた。時代を追うごとに洗練されていく作風の変化とその見応えもさることながら、バーナード・リーチやハンス・コパーに宛てた手紙、直筆の釉薬の研究ノートなど、ひたむきに制作に取り組む姿勢や人となりをうかがわせる資料が作家自身への親しみを覚えるもので、いっそう作品が魅力的に感じられる。会場の混雑ぶりにその人気も改めて思い知る機会でもあったが、贅沢な気分になる充実した内容だった。

2011/02/05(土)(酒井千穂)

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2011年03月15日号の
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