artscapeレビュー
岡崎藝術座『(飲めない人のための)ブラックコーヒー』
2013年07月01日号
会期:2013/06/14~2013/06/23
北品川フリースペース楽間[東京都]
岡崎藝術座の芝居のほとんどを占めているモノローグは、とても攻撃的に観客に迫ってくる。この攻撃性については、作・演出の神里雄大のパーソナリティに由来するものかあるいは彼の社会的境遇に由来するものかなんて考えさせられることが多く、これまでの場合、攻撃性に思いを馳せるとき、作者本人の怒りや不安にその原因を求めがちだった。しかし、本作はすさまじい攻撃性を感じさせられるものの、その根底にあるのは個というよりもっと普遍的なものであると強く思わされた。観客に人間というものへと反省を向けさせる、ここにこの作品が傑作である理由がある。少女誘拐監禁という話題と刑事ポワロとその友人ヘイスティングズが関わる殺人事件の話が併存し進む。これら基本要素のなかで、5人の役者たちの演じる10人近い人間たちの思いが、憎悪や偏見、軽蔑やおせっかいなどを噴出させ、終始舞台は混沌としている。噴出する人間たちの思いを混ぜっ返してさらに複雑にしているのは、ダンスというべきか否か、役者たちの不思議な動作だ。口から漏れ出すセリフを冷やかし、ふざけて手にしては弄んでいるみたいに見える諸々の動作は、ただでさえ照明の暗い舞台を一層暗くさせる。見ていて、ずっと嫌な気持ちになっていた。いやがらせ?と思わされる感じは、相変わらずの岡崎藝術座。けれども、このダンスにも似た動作が部分的な統率を生み出して、舞台全体はいままでにないような独特で濃密な密度を保って進んでゆく。この全体の完成度が人間を語るという次元を成立させているのかもしれない。
2013/06/22(土)(木村覚)