artscapeレビュー
庭劇団ペニノ『地獄谷温泉 無明ノ宿』
2015年09月01日号
会期:2015/08/27~2015/08/30
森下スタジオ[東京都]
この3年ほど海外公演が続いた庭劇団ペニノ。久しぶりの日本公演ではなかろうか。幕が上がると、森下スタジオに小さな田舎宿の玄関が出現している。マメ山田扮する父と50才くらいに見える息子。人形劇の依頼があり、宿に来てみたが、依頼主は現われず、主不在の宿に住む老女も要領を得ない。事故で盲目となった青年の暮らす部屋に一晩居候させてもらう。舞台で描かれるのは2人が翌朝に宿を出るまでの時間だ。いつものこととはいえ、驚かされるのは舞台美術。古びた宿の臭いを嗅いでしまうかのようなリアリティは、お話の筋を追うのとは別種の、お話の底に漂う、〈人間の皮を剥いだところにある何か〉を感じさせる。それにしても圧巻だったのは、暗転した30秒後に、玄関が盲目青年の部屋へと瞬時に転換していたことだ。後でわかるのだが、これは回り舞台で、玄関→部屋→脱衣所→風呂場と90度角の空間が四つつくられていた。この順で回転していけば、人間が次第に自分を露出して、最後には裸体になるという格好だ。登場人物たちは、親子と老女、盲目の青年のほかに、三助(銭湯の使用人)と中年・初老の温泉芸者2人。誰もが見事に常識から外れていて、観客の心を不安定にする。この温泉「地獄谷」は、人間の隠された部分をやさしく開陳させる世界だ。観客はそこで、エロティックな解放感を得る。それがいわば戯画的に展開されるのが、風呂場でのシーンで、そこで登場人物たちは三助以外全員が全裸となり、文字通り剥き出しにされる。マニ車みたいに、くるくると舞台は回り、登場人物たちが自分を露出していくと、観客のなかでなんともいえない、禁じられていていつもは蓋がされている快楽が広がっていく。主人公は50才ほどの息子なのだが、小学校すら通わず、父の人形劇の助手となり、この年まで生きてしまった。自由を奪われた人生を哀れに思いつつ、観客はそこに自分を透かし見るだろう。そして、そのとき、主人公から受ける痛がゆいような感触が、急にすべての人間を映す鏡として立ち現われてくるのである。
2015/08/20(木)(木村覚)