artscapeレビュー
「ふつう」をつくったデザイナー 桑澤洋子 活動と教育の軌跡
2018年02月01日号
会期:2018/01/12~2018/01/13
桑沢ビル1階[東京都]
「ふつうの人の生活をより良くすること」。この一心で、ジャーナリストや服飾デザイナー、造形教育者として、大正、昭和の時代を走り抜けたのが桑澤洋子である。桑澤洋子の名を知らなくとも、桑沢デザイン研究所と東京造形大学の創立者といえば、なるほどと思うだろう。本展は、彼女の活動の軌跡を紹介する2日間のみの貴重な展覧会であった。同時代に服飾デザイナーとして活躍した女性はほかにもいるが、彼女が際立っていたのは、ドイツの造形学校バウハウスが掲げたモダニズムの思想を身につけていたことである。
本展には桑澤洋子が製作した、もしくは近年にデザイン画や写真を元に再製作された衣服が、「ふだん着」「外出着」「ユニフォーム」の3つに分類され展示されていた。併せてファッションショーも行なわれた。興味深いのは「ユニフォーム」だ。この中には1964年東京オリンピック競技要員作業衣もあった。これは競技場で働く人たちのユニフォームで、屋外作業で寒さが伴うことや袖をまくることが多い仕事であることを考慮し、襟元と袖口をジャージ素材で仕上げたことが特徴だった。実はユニフォームこそ、桑澤洋子がデザイナーとしての力を存分に発揮した分野である。当時、彼女は工場作業衣やビジネスウエアなどのいくつものユニフォームを手がけている。デザインにあたり、彼女は必ず現場に足を運び、実際の仕事を観察し、従業員の意見をヒアリングし、人が本当に働きやすい衣服をつくることに尽力したという。
「デザインは個の問題ではなく、衆の問題であり、社会の問題である」。桑澤洋子が語ったこの言葉は、現在も前述した両校の教育指針として継承されているという。つまりデザインはデザイナーの自己表現ではなく、いわば社会的表現であるということを意味している。高度経済成長期以降、デザインは経済の渦に飲み込まれ、実に矮小化してしまった。しかしデザインは製品に表面的な装飾を施して、単に購買意欲を煽るためのものだけではないはずだ。何やらおしゃれでかっこいいものでもない。デザインで「生活をより良くすること」という、桑澤洋子の思いをいま改めて噛み締めたい。
2018/01/12(杉江あこ)