artscapeレビュー

鈴木理策「知覚の感光板」

2018年12月15日号

会期:2018/11/28~2019/01/16

キヤノンギャラリーS[東京都]

タイトルの「知覚の感光板」というのはセザンヌの言葉から引いたものだという。セザンヌは、芸術に個人的な表現意図や先入観を持ち込むべきではなく、「ただモチーフを見よ。そうすれば、知覚の感光板にすべての風景が刻印されるだろう」と語っていた。鈴木理策はこのセザンヌの考え方を写真に適用しようとする。なぜなら「表現意図を持たず、ただ純粋に対象を知覚」するカメラは、まさに「知覚の感光板」そのものだからだ。セザンヌは、自らの身体を「感覚の記録装置」と化し、匂いや音などの視覚以外の感覚も画布上に定着できると考えていた。鈴木もそれに倣って、大判カメラの描写力と「構図やフォーカシング、シャッタータイミングの選択」とを合体させ、「目に見える自然」と「感じ取れる自然」とを一体化した表現を試みようとした。

今回の展示にはもうひとつ仕掛けがあって、撮影対象として選ばれているのは「近代の画家たちがモチーフに選んだ土地」なのだという。たしかにセザンヌ、モネ、ホッパーなどの絵を彷彿とさせる写真があるのだが、具体的な地名や鈴木が参照した絵画作品名は示されていない。だが、そのあたりをあまり詮索しすぎると、鈴木の、風景の中から精妙な構図をつかみ出すフレーミングの的確さや、光の移ろいや雲の変幻、草むらの微かなざわめきなどを、まさに「知覚の感光版」に写し取っていく写真術の冴えを見落としてしまいがちだ。いつもは、テーマやコンセプトを明確に設定して発表することの多い鈴木だが、今回はかなり緩やかな枠組で、ゆったりと写真を並べていた。むしろ、一点一点の作品にしっかりと向き合って、ずっと気持ちのいい空気感に浸っていたいと思わせる展示だった。

2018/11/30(金)(飯沢耕太郎)

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