artscapeレビュー

林勇気「遠くを見る方法と平行する時間の流れ」

2018年12月15日号

会期:2018/11/23~2018/12/07

FLAG studio[大阪府]

同時期にギャラリーほそかわで開催された個展「times」とともに、「デジタルデータのアーカイブ」に焦点を当てた個展。映像作家の林勇気は、デュッセルドルフにあるimai – inter media art instituteで映像作品のアーカイブについての調査を2ヶ月間行なった。その経験を元に、「映像作品の保存形式(の複数性)」と「時間軸」という観点から、新作が発表された。

メインスクリーンに映し出された《trajectory - timelines》は、無数のカラフルな色の帯がゆっくりと軌跡を描きながら落下し、氷柱や鍾乳石の形成を極端に時間を速めて眺めているような、あるいは流れる滝をスローモーションで見ているような有機的な印象を与える。だが、これらの色の帯の1本1本は、インターネット上の著作権フリーの動画を素材に制作されており、設定した範囲内に小さく圧縮したものを、軌跡を残しながら上から下に移動させている。近づくと、コマ同士の切れ目が見える場合もあり、「連続した時間の流れ」が文字通り可視化されている。また、素材となった著作権フリーの動画のうち、約100本はアーカイブ化され、2台のPCモニターで自由に検索して閲覧できる。



林勇気《trajectory - timelines》 FLAG studioでの展示風景 [撮影:麥生田兵吾]

一方、《trajectory - timelines》は、別の問題提起も孕んでいる。メインスクリーンの手前のテーブル上には、2種類の紙資料が置かれている。ひとつは、作品の購入者と制作者の林との間で交わされる「作品証明書・利用契約書」であり、タイトルや制作年、時間の長さに加え、保存メディア、解像度、ビデオフォーマットとコーデックといった基本情報、購入者が所有するマスターデータと林が所有するアーティストプルーフが存在すること、展示の際に守るべき使用規定(機材や動作環境など)が細かく記されている。またもうひとつは、映像作品のスクリーンショットをプリントアウトしたものだ。一見どれも同じに見えるが、キャプションをよく見ると、ビデオフォーマット(MP4/MOV)、データ容量のサイズ、アスペクト比、ビデオコーデック、ビットレートなどの数値の違いが表記されている。加えて、防湿庫に保管されたハードディスクも保存の規定書とともに「展示」されており、管理湿度、3ヶ月ごとにハードディスクを通電させること、3年ごとにデータの入れ替えを行なうこと、などの旨が記されている。



FLAG studioでの展示風景 [撮影:麥生田兵吾]

このようにデジタルデータの映像には複数の形式があり、その保存や再生は物理的なハードディスクに依存せざるを得ない。また、古いデータ形式は、新しい動作環境では見られなくなる可能性があり、マスターデータを残しつつ、常に複数の保存形式を確保する必要がある。個展タイトルの「遠くを見る方法と平行する時間の流れ」は、まさにこの事態を詩的な言い回しで言い当てている。それはまた、「オリジナル」「固有性」といった近代的な価値基準を、「複製・コピー」という従来的な観点からではなく、「データの保存形式の複数性」というデジタルデータに内在する条件から問い直す。作品を未来へと延命させるための「データの保存形式」が差異を生み出すのであり、それらは共通項とズレを孕みながら、分岐していく未来をつくり出すのだ。

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2018/12/01(土)(高嶋慈)

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