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加地大介『もの──現代的実体主義の存在論』

2019年02月15日号

発行所:春秋社

発行日:2018/12/25

名著『穴と境界──存在論的探究』(2008)の著者による、10年ぶりの新著。本書が答えようとするのは「ものであるとはいかなることか」という壮大な問いであり、そこではアリストテレスに端を発する「実体主義的存在論」の立場が擁護される。専門的な内容であるには相違ないが、全体の論証になんとか食らいつくことができれば、「もの」を中心に据えるこの存在論が個体・因果・時間などにまつわる形而上学的問題に「有効な見通しや解決を与えてくれる」(6頁)という著者の言葉も、説得的なものとして聞こえてくるに違いない。

本書のタイトルにある「もの(agents)」ないし「実体的対象」とは、「純然たる実体とは言えないかもしれない」が、「典型的実体の特徴を一定程度において共有する擬似的な実体」をもそのうちに含むものである。反対に、そこからはっきりと除外されるのは、「集合・数・命題などの抽象的対象」や「できごと・プロセス・事態・事実などの、いわゆる『こと』として総称されるような対象である」(335頁)。裏がえして言えば、本書における「もの」概念は、時空や素粒子のような「基礎的な物理学的対象」はもちろんのこと、穴や境界のような「擬似的物体」、さらには人物や精神のような「物体」とは言いがたい対象や、企業や国家のような「社会的・制度的対象」すら(原則的には)排除することがない(4頁)。

非常に興味深い想定ではなかろうか。繰り返すが、専門的な哲学書である本書は、あくまで形而上学的概念としての「もの」の解明の試みであり、それは私たちが用いる日常概念としての「もの」と必ずしも一致しない局面もあろう。また、本書の議論を理解するには、様相論やカテゴリー論で用いられる論理式にあるていど親しんでおくことが必要である。とりわけ前半の様相論が難関だが、存在論により関心のある読者は、いちど前著『穴と境界』に迂回してみるのもよいだろう。気の短い読者は、第6章「総括と課題」へ。そこでは「ものであるとはいかなることか」という問いに対する著者の回答が簡潔に述べられるとともに、ある著名な画家の残した作品(のタイトル)について、ひとつの形而上学的な解釈が示される。

2019/02/18(月)(星野太)

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