artscapeレビュー
笠木絵津子「『私の知らない母』出版記念新作展」
2019年07月01日号
会期:2019/06/10~2019/06/22
藍画廊[東京都]
笠木絵津子は2000年以降、「戦前の東アジアに生きた私の母の半生を、古い家族写真と私が現地に赴いて撮影した現在写真を交錯させて描いたデジタル作品シリーズ」を発表し続けてきた。昨年、母の死から20年を迎えたことを契機に、それらを作品集『私の知らない母』(2019年9月に発売予定)にまとめることを思いつく。今回の藍画廊での個展では、その中におさめられる予定の新作16点中5点を発表した。
笠木が、同シリーズを制作し始めた20年前と比較すると、デジタル加工技術の進化は驚くべきものだ。今回の展示には、最大110×400センチの大作が出品されているのだが、この大きさと画像の精度は以前には考えられなかった。それだけでなく、祖父のアルバムの写真に写っている旧満州や台湾の風景、母のポートレート、あらためて撮影した「現在写真」などをコラージュ的につなぎ合わせていく手法も、ずっと洗練されたものになってきている。とはいえ、《1941年、満洲国哈爾濱市にて、17歳の母と松花江を望む》の解説に記された、ホテルの窓いっぱいに広がる松花江を目にして、「泣きながら窓の外の大陸を撮り続けた」という述懐によくあらわれているように、亡き母親に対する哀切極まりない感情の表出はキープされている。個人史と、日本とアジア諸国との関わり合いの歴史をクロスさせていく視点も、今なお有効性を保ち続けているのではないだろうか。作品集の刊行というひとつの区切りを経て、このシリーズがこの先どんな風に展開していくのかが楽しみだ。
2019/06/13(木)(飯沢耕太郎)