artscapeレビュー

矢作隆一展 Boundary──目には見えない境界線──

2019年07月01日号

会期:2019/06/17~2019/06/29

巷房[東京都]

メキシコ・ベラクルス大学で教鞭を執りながら、石彫を中心に作家活動を展開している矢作隆一は、東日本大震災以降に福島県浪江町、富岡町を訪れて作品を制作するようになった。今回、東京・銀座の巷房の、3階および地下の3つのスペースで展示された作品も、震災と、それにともなって発生した福島第一原子力発電所の大事故が中心的なテーマになっている。

3階の巷房・1には、2018年3月11日に発行された『福島民報』と『福島民友新聞』の新聞紙を折って作った、5000個の小さな舟がインスタレーションとして展示されていた。壁には富岡町で撮影した復興後の新造住宅と、浪江町の人影のない商店街の写真が掲げられている。地下の階段下のスペースには、やはり3月11日の『福島民報』で作った折り鶴を鳥籠に入れたインスタレーションが、巷房・2には「浪江町中浜から双葉海水浴場を臨む」とキャプションに記された写真(遠くに小さく福島第一原子力発電所が写っている)と、彼のトレードマークともいえる「模石」のシリーズが並ぶ。「模石」というのは、拾ってきた石とそっくりに模倣した石を彫り上げるもので、今回は、日本全国17カ所の原子力発電所の周辺の石を、メキシコで唯一の原子力発電所であるラグナベルデ原子力発電所近くで拾った石で「模石」していた。

矢作の制作意図は、どの作品でも的確かつ明確であり、技術的な完成度も高い。特に注目したのは写真の活かし方で、特定の時間、場所を定着した画像が、インスタレーションと組み合わされることで、より普遍的な意味を持つものとなっていた。東日本大震災をテーマにした作品制作は今後も続いていくが、「模石」のシリーズには、さらに広がりのある歴史的、地理的な要素を加えていく予定だという。今後の展開が楽しみだ。

2019/06/23(日)(飯沢耕太郎)

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