artscapeレビュー
2019年07月01日号のレビュー/プレビュー
The end of company ジエン社『ボードゲームと種の起源』
会期:2018/12/11~2018/12/16
アーツ千代田3331 B104[東京都]
The end of company ジエン社の第13回公演『ボードゲームと種の起源』は同タイトル・同モチーフ・同設定のもと、2018年12月の「基本公演」と2019年5月の「拡張公演」の二つのバージョンが上演された。こちらは「基本公演」のレビューとなる。
物語は新作ゲームの開発にいそしむボードゲーム作家の男・中大兄(寺内淳志)と、彼の(近親相姦的愛情を寄せ合っているらしい)妹・個子(名古屋愛)、同棲している(しかし恋人ではない?)女・ニホエヨ(沈ゆうこ)、そして新たにやってきたボードゲーム妖精を自称する女・チロル(高橋ルネ)の4人の関係の(ほとんど停滞と見紛うばかりの)変化を描くものだ。
本作では家族、あるいはそれ未満の男女の関係を舞台=フィールドとし、それを成立させているルールの再検討が行なわれる。新作ゲームのブラッシュアップとコミュニティ(男女の関係)のあり方の問い直しが劇中で並行して進んでいく趣向だ。舞台美術もボードゲームの盤面を模している。中央に置かれたテーブルの周囲の床には四つの長方形に区切られたスペースがあり、それぞれがひとつの部屋を意味しているらしい。劇中に登場する『魔女の森に座る』が正しい椅子に座ることを目指すゲームであったことを考えれば、登場人物たちは自分たちの「正しい場所」を探して試行錯誤しているのだと言うことができるだろう。ただし、『魔女の森に座る』には後から来た者に場所を明け渡さなければならないという理不尽な、しかし現実を映したものでもあるルールがある。全員が「正しい場所」に収まることは果たして可能なのか。
場所の占有というモチーフは前作『物の所有を学ぶ庭』から引き継がれたものであり、同時に、ジエン社が一貫して描いている震災後の世界において(いや、もちろんそれらの問題は震災以前からあり、多くの闘争がなされてきたことは言うまでもないが、改めて)避けては通れない問題系である。
ところで、私はこの作品を観ながら、また別のゲームを思い浮かべていた。複数の女性キャラクターの中から意中のひとりを落とすことを目指す、いわゆるギャルゲーだ。設定の異なる複数の女性が選択肢として用意されているところなどそっくりである。なるほど、たしかに本作には既存の家族のあり方への問いが含まれている。だがそれは、どこまでいっても中大兄に都合のいいものに過ぎない。椅子取りゲームに参加するのは女たちだけだ。男の居場所は保証されている。
劇中で「ホモ」という(基本的には蔑称として機能してきた)言葉が特に回収されることなく使われていたことも気になった。ルールの再検討が異性愛男性を中心とした価値観のもとに行なわれるならばそんなものに意義はない。基本公演は現代日本の宿痾をそのまま映し出していた。だからブラッシュアップされたゲームは『魔女の森を出る』と名づけられ、ニホエヨは出ていく。さて、本作はどのように「拡張」されるのだろうか。
公式サイト:https://elegirl.net/jiensha/
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The end of company ジエン社『ボードゲームと種の起源・拡張版』|山﨑健太(2019年07月01日号artscapeレビュー)
2018/12/14(山﨑健太)
BankART AIR 2019 オープンスタジオ
会期:2019/05/31~2019/06/09
BankART Station、 BankART SILK[神奈川県]
みなとみらい線の新高島駅に直結するBankARTの新スペースBankART Stationと、関内のシルクセンター1階にオープンしたBankART SILKの2カ所をアーティストたちに活動の場として提供、計31組60人以上が2カ月間制作し、その成果を見せている。BankART Stationのほうは人工光に照らし出された新しい地下空間、BankART SILKのほうは坂倉準三設計のモダンなオフィス空間で、どちらも古い倉庫を利用したBankART Studio NYKのような強固なたたずまいはなく、制作のとっかかりが少なそうな雰囲気。そんなわけで、この場所自体を主題にしたり、空間そのものから発想した作品は少ない。
おもしろかったのは、この地下空間から地上にはい出て、更地に1坪程度の白い小屋を建て、内部を真っ黒に塗って四方の壁に小さな穴を開けたカメラ・オブスクラをつくった細淵太麻紀のプラン。カメラ・オブスクラ自体は珍しいものではないが、照明を消せば真っ暗な地下のスタジオを出て日光の下でわざわざブラックボックスをこしらえるというのは、ある意味コミカルなリプレイスメント・プロジェクトと捉えることもできる。ということは逆に、BankART Stationの空間自体を巨大なカメラ・オブスクラに見立てることも可能かもしれないという思考実験でもあるはずだ。
で、実際に中に入れてもらった。まずは地上に出て、日産、資生堂、京急などのビルを横目に見ながら1ヘクタールはあろうかという雑草の生い茂る更地に入り、ブラックボックスの中へ(こうしたプロセスが重要だ)。内部は完全な闇で、ピンホールを開けると反対側の壁に倒立像が映る……はずだが、小雨で光量が少ないせいかすぐには映らず、2、3分してようやくうっすら光が見え始める程度。全体像が浮かび上がるには(つまり目が闇に慣れるまで)5分以上かかった。撮影するときも相当の時間がかかるそうだ。ピンホールは4面の壁にひとつずつ開けられているので、四方向すべてを撮影することができる(ただし開けるのはひとつずつ)。
闇の中でふと思い出したのは、元ひきこもりのアーティスト渡辺篤が、光を閉ざした箱に1週間ほど閉じこもったこと。この小屋に閉じこもって倒立した世界を見ていたら、どんなひきこもり人間が生まれるだろう。
2019/06/07(金)(村田真)
JAGDA新人賞展2019 赤沼夏希・岡崎智弘・小林一毅
会期:2019/05/28~2019/06/29
クリエイションギャラリーG8[東京都]
今年もJAGDA新人賞展の季節がやってきた。同賞には毎年、3人前後の受賞者が選ばれるが、受賞者のキャリアは大半が決まっている。大手広告代理店か大手メーカー、もしくは有名デザイン事務所に所属しているか出身者である。いずれも広告の世界で敏腕を振るってきた実績が受賞につながる場合が多いのだ。しかしたまに例外もいる。今年の受賞者のひとり、岡崎智弘(1981年生まれ)もそうではないか。39歳以下という対象年齢もギリギリなうえ、岡崎は広告よりも、映像制作や展覧会の空間構成などで独特のセンスを発揮し、注目されてきたデザイナーだからだ。今年の受賞者に岡崎の名前が入っていたこと自体、正直、とても驚いた。逆に言えば、彼が受賞することで、JAGDA新人賞の懐の深さを見たような気もした。
岡崎の作品は、2018年の個展のポスターや出品作品、空間構成、映像「イメージの観測所」、また博物館・放送局の企画展(「デザインあ」展)の出品作品「概念のへや じかん」、同グッズ「しめじの解散!」などである。まさにNHK Eテレの子ども番組「デザインあ」での「解散!」をはじめとする映像制作こそ、岡崎の真骨頂と言えるだろう。これは身の周りのものの部品や要素をバラバラに分解し、それらを体系的に並べ、ものの成り立ちを観察する映像だ。コマ撮りによる緻密な作業にはただただ脱帽するばかりだが、何しろ映像がユニークなので、本人がもっとも楽しんでつくっていることが伝わる。そこが岡崎の作品の魅力であり、本展ではかなり異彩を放っていた。
ほかの受賞者は博報堂に所属する赤沼夏希(1990年生まれ)、資生堂に所属したのち、独立した小林一毅(1992年生まれ)である。赤沼が手がけた美濃吉食品「みやこの鯖寿し」のロゴや一連のポスターは潔く、爽やかで、古色蒼然となりがちな老舗料理店のイメージを覆す、好感の持てるグラフィックデザインだった。一方、資生堂で商品広告やパッケージデザインを手がけてきた経験を持つ小林は、本展では個展のポスターや自主制作作品を中心に出品しており、イラストレーションによる大胆なアイコンが印象的だった。来年はどんな若手デザイナーが選ばれるのだろう。また良い意味での裏切りを期待したい。
公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/201905/201905.html
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「イメージの観測所」岡崎智弘展|杉江あこ(2018年09月01日号artscapeレビュー)
企画展「デザインあ展 in TOKYO」|杉江あこ(2018年09月01日号artscapeレビュー)
2019/06/08(杉江あこ)
所蔵作品展 デザインの(居)場所
会期:2019/05/21~2019/06/30
東京国立近代美術館工芸館[東京都]
デザインという概念の誕生には、18世紀後半から19世紀前半にかけてイギリスで起こった産業革命が大きく影響している。ウィリアム・モリスは職人の手仕事が失われていく状況を嘆き、大量生産に異を唱えた人物として知られるが、一方、同国で活躍したクリストファー・ドレッサーは大量生産を受け入れ、機械生産のための専門知識を学んだ最初のインダストリアルデザイナーだった。さらに19世紀末から20世紀初めにかけてフランスから世界に広がり流行したアール・ヌーヴォーやアール・デコといった装飾美術、20世紀前半にドイツで開校したバウハウスが推し進めた合理主義に基づく製品の規格化など、世界のデザイン史を大きく振り返るところから本展は始まる。そのなかでデザインがどう関わり、デザイナーがどのような理念を掲げたのかを紹介していく。
例えば合板を曲げる技術を利用して椅子を設計したチャールズ&レイ・イームズ。日本の素材と伝統技術を生かした家具を生み出し、ジャパニーズモダンを提唱した剣持勇。彫刻を通じて、芸術と人々と社会との間の橋渡しをしようとしたイサム・ノグチ。グラフィックデザインを学んだ後、新しい友禅のあり方を探求した森口邦彦。家具、日用品、ポスター、テキスタイル、陶磁器、ジュエリーなどさまざまな分野を横断して、その時代に活躍したデザイナーの象徴的な作品を取り上げる。
結局、いつの時代もデザイナーは挑戦してきた。本展のメッセージはそういうことではないか。そもそも産業革命が起こる以前、工芸しかなかった時代にはデザインという概念が希薄で、工業化が進んだことでインダストリアルデザイナーの存在が明確となり必要となった。しかしデザインという概念がいったん確立されると、工芸にも工業にも、デザインの力は多かれ少なかれ必要であることがわかってくる。いまの日本のものづくりを見ても然り。工芸事業者とデザイナーが組み、モダンクラフトやプロダクトを生み出す例は枚挙にいとまがない。本展は工芸館ゆえに主に工芸にスポットを当てた内容だったが、極論を言えば、日常生活のありとあらゆるものにデザインが介在する。「デザインの(居)場所はどこ?」という命題に対し、「すべて!」と答えられる人は果たしてどのくらいいるだろうか。
公式サイト:https://www.momat.go.jp/cg/exhibition/wheredesign2019/
2019/06/08(杉江あこ)
『東京計画2019』vol.2 風間サチコ
会期:2019/06/01~2019/07/13
gallery αM[東京都]
東京都現代美術館学芸員の薮前知子氏をゲストキュレーターに迎えたαMプロジェクト2019の第2弾は、いまどき珍しいアナクロ・アナログなモノタイプの巨大木版画を制作する風間サチコ。タイトルの「東京計画2019」は、かつて丹下健三が東京湾に海上都市を建設するという大風呂敷を広げた「東京計画1960」に基づく。というわけで、今回は丹下健三に矛先ならぬ彫刻刀の刃先を向けた作品群。
最大の作品は幅640センチにもおよぶ《ディスリンピック2680》で、2680は皇紀の年号だから西暦に直すと2020年、つまり次の東京オリンピックの開会式を揶揄したものだ。画面はほぼ左右対称で、大げさなつくりものの足下で整然と行進する人々はアリのように小さく、ファシズム臭がプンプン漂う。
ちなみに、皇紀2600年は最初の東京オリンピックが開かれるはずだった年。同じ年には万国博覧会も計画されていたが、どちらも幻に終わった。また、満州平原を走っていた超特急あじあ号を朝鮮半島、対馬海峡を経て東京までつなげようと「弾丸列車」の計画を立てていたのも同じころ。これらの計画は戦後20年ほどを経て、東京オリンピック、大阪万博、新幹線というかたちでゾンビのごとく復活・実現していく。そしてこれらに深く関わり、成功に導いたのが丹下健三だった。丹下はまた戦時中、国威発揚のための大東亜建設記念営造計画で一等を獲得するが、戦後かたちを変えて真逆ともいうべき広島平和記念公園として復活させていく。これらを踏まえて作品を見ると、また格別の味わいがある。
たとえば、青焼き風・絵巻風戯画《青丹記》。土星型UFOの環が外れて中心の球体が海に落下、それを漁師たちが陸に引き上げて、格子状に組んだヤグラの上に載せるというもの。この格子上の球体から、お台場に建つフジテレビ本社を連想してしまうのは、もちろんそれが丹下最晩年の作品のひとつだからだ。歴史を読み直す視線や、ひと味違った風刺精神もさることながら、それを白と黒だけの力強い大作に彫り込んでしまう技量も見事というほかない。
2019/06/08(土)(村田真)