artscapeレビュー
生誕120年 山沢栄子 私の現代
2019年07月01日号
会期:2019/05/25~2019/07/28
西宮市大谷記念美術館[兵庫県]
1931年に大阪で写真スタジオを開業した山沢栄子(1899〜1995)は、日本の女性写真家の草分けのひとりである。戦後も、関西を拠点にユニークな作家活動を展開した。だが、日本の写真表現の歴史において極めて重要な作家であるにもかかわらず、作品(プリント)があまり残っていないこともあって、これまで大規模な展覧会は開催されてこなかった。今回の西宮市大谷記念美術館での展示は、赤々舎から刊行されたカタログを兼ねた同名の作品集も含めて、その空白を埋める好企画である。
展示は4部構成で、1階の第1部には、1970〜80年代に制作されたカラーおよびモノクロームの抽象作品「私の現代/What I am doing」の28点が並ぶ。さまざまな材料の物質性を活かしつつ、力強く画面を構成していく同シリーズには、最後の大作にチャレンジしようとする意欲がみなぎっている。2階の第2部には、1962年に未來社から刊行された写真集『遠近』におさめられた作品が展示されていた。ネガやプリントがほとんど残っていないため、写真集のページをそのまま額装しているが、精度の高いグラビア印刷なので、充分鑑賞に堪える。山沢は1926年に渡米し、美術学校で油絵を学びながら女性写真家のコンスエロ・カナガの助手となって写真技術を身につけ、1929年に帰国。1955年にカナガの招きで再渡米し、半年ほどニューヨークに滞在した。『遠近』には、このときに撮影した「ニューヨーク6ヵ月の目」をはじめとして、ポートレート、風景、静物などの代表作、さらに後年の抽象表現につながる実験作などが収録されている。山沢の表現力がピークに達した時期の、多彩で充実した内容の作品群である。第3部は、山沢がカナガを通じて間接的に影響を受けたアルフレッド・スティーグリッツ、エドワード・ウェストン、彼女が師事した商業写真家ニコラス・マーレイら、アメリカの近代写真家たちの作品による「山沢栄子とアメリカ」のパートである。展覧会は、さらに戦前・戦後の彼女の歩みを写真と資料で再構成した第4部「『写真家』山沢栄子」で締めくくられていた。
約140点の作品展示は、山沢の写真家としての活動を過不足なく浮かび上がらせており、とてもよく練り上げられている。東京の写真家たちと比較すると、関西在住の写真家たちへのアプローチはやや手薄になりがちだ。今後もより細やかな調査・発掘が必要になるだろう。なお、本展は2019年11月12日〜20年1月26日に東京都写真美術館に巡回する。東京での反響も楽しみだ。
2019/06/20(木)(飯沢耕太郎)