2020年07月01日号
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artscapeレビュー

俳優座劇場プロデュースNo.109 『彼らもまた、わが息子』/演劇研修所第13期生修了公演『社会の柱』

2020年03月15日号

2007年から窓学のリサーチ・プロジェクトに関わり、先日、その成果のひとつとして、「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」(東京国立近代美術館)が開催された。東北大学五十嵐研では、主に窓の歴史とその表象を分析しているが、テーマはさまざまな広がりをもつ。すでに美術、漫画、映画、広告などのジャンルは着手したが、他にも演劇の舞台美術における窓、あるいはインテリア・デザインにおける窓などが、調べられるのではないかと考えている。


先日、俳優座劇場において、アーサー・ミラーの重い原作をもとに桐山知也が演出した『彼らもまた、わが息子』を観劇した。アフタートークを聞いて、訳者の水谷八也による現代日本の口語になじませる苦労と解釈も興味深かったが、とりわけ印象的だったのは、舞台の前面にプロセニアム・アーチのような巨大なフレームが自律して設置されていたことだった。この抽象的な白い窓をまたぐと、俳優は物語世界に入るのだが、デザインとしても家屋のポーチの枠や奥の壁に表現された窓の群と呼応している。ほかにも不在を示す椅子の群、見えない木と林檎など、舞台美術はさまざまな工夫が施されていた。ちなみに、この演劇における囲われた世界=庭と過去は、いまだ太平洋戦争の歴史の亡霊に取り憑かれる現代日本の話でもあるだろう。


宮田慶子が演出したイプセンの『社会の柱』は、ノルウェーの小さな港町を舞台とする1877年の作品だが、まったく古びれず、現代に通用するのは、近代化というパラダイム、あるいは偽善的な村社会vs自由と真実の新世界という構図をわれわれが共有するからだろう(いささかアメリカが理想化されすぎているが)。特に悲劇を予感させる後半の展開は、目が離せない。舞台美術としては、大きなカーテンと両側の古典主義風の柱によって窓であることが表現された四角いフレーム(その中央の下側には具象的な扉がある)が、家屋の内外を区切る。その奥には何も支えない白い柱群が並ぶ(タイトルからのインスパイアか?)。窓学を通じて、窓は物語を駆動させる重要な装置であると確信したが、演劇においてもそれが当てはまるのではないかと考えている。


俳優座劇場プロデュースNo.109 『彼らもまた、わが息子』 2020/02/07/~2020/02/15 俳優座劇場/鑑賞日:2020/02/08(土)
演劇研修所第13期生修了公演『社会の柱』 2020/02/21~2020/02/26 新国立劇場/鑑賞日:2020/02/22(土)

2020/02/22(土)(五十嵐太郎)

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