2020年07月01日号
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artscapeレビュー

烏丸ストロークロック『まほろばの景2020』

2020年03月15日号

会期:2020/02/16~2020/02/23

東京芸術劇場シアターイースト[東京都]

深い山。障がい者介助施設「太陽の家」で職員として働く福村洋輔(小濱昭博)は立ち込める霧のなか、盛山和義(澤雅展)を探していた。自閉症で足に麻痺があるという和義は半年前に施設からいなくなってしまったらしい。物語は福村が山で出会う人々とのやりとりと福村の過去の断片とを行き来しながら進んでいく。浮かび上がるのは業と弱さを抱えながらそれでも生きるしかない人々の姿だ。

東日本大震災で家をなくし、「夢みたいだな」「なんにもね」と呆けてしまう福村の父(小菅紘史)。福村は「想い出見ようや」とかつてそこで起きた大切な、あるいはささいな出来事を思い出すよう父に促す。やがて神楽を舞い始める父。だが習うのを途中でやめてしまっていた福村は最後まで踊ることができない。「親父、これ、どうだったっけ?」と福村が問うた先に父の姿はない。

[撮影:東直子]

山で出会う人は気づけば福村に縁ある人に姿を変え、そしてまたふいにいなくなる。それは現実だろうか幻だろうか。実際には、福村は父に声をかけることはできなかった。「怖かったんです、親父の悲しさにやるせなさ、さわんのが怖いんだな」。

和義の失踪に「何か前触れがなかったか振り返ります」と後悔を見せる福村だが、実は「この手に繋いでいた和義の手を離して、目を離した隙に、和義は山に入っていなくなったんです」と後に自らの罪を懺悔する。しかしそれすらも嘘だ。福村は「雨に濡れる和義を置いて、神社の前から去り」「振り返りもしなかった」。直視できない弱さとごまかし、後悔と贖罪。それすらもまた弱さのうちだ。

被災して風呂を借りに来たかつての不倫相手・ナナエ(あべゆう)に福村はよりを戻そうと提案し「後ろめたいことは今はいいから」と言われてしまう。そこにあったのは性欲か寂しさか優しさか。

大阪で働きながら仙台の父母に仕送りをする同級生・セージ(澤)は老人介護の仕事を辞め熊本に復興のボランティアに行くという福村に「それ、お前がやることなんかな」「生きようや」と説教をする。福村のやっていることは善意か偽善かそれとも逃げか。

[撮影:東直子]

和義の姉・橙子(阪本麻紀)は、両親亡き後、和義の世話をひとりでせねばならず、満足に仕事に就くことも難しい。やがて橙子は「洋輔さん、ウチに来て?」と福村に想いを告げるが、福村は和義を理由に決断を先延ばしにしようとする。「優しい顔で見てばっかり、なんも、なんも手くださへん」「仏さんみたいな洋輔さん、うち、好きや」という橙子の言葉は痛烈だ。結局、福村は三人で暮らすことを選ぶ。

だが、そこにある弱さは福村だけのものではない。彼らは福村の半身でもあり、互いに理解し合うことはできずとも弱さを、欲望を、優しさを分かち合っている。掴もうとすればするりと逃げる霧のように、複雑に絡み合った感情を切り分けることはできない。人はそれに耐えられず惑う。

作品の中心的なモチーフに据えられた神楽はひとりの人間のそれを越えた時間的スケールを舞台に呼び込む。延々と巡る営みと世界。劇中の祭文でも言及のあるように、世界の始まりには「みどのまぐはひ」があったとされる。聖なることと生きること、性の営みはなかなかに分かち難い。舞台にしばしば濃厚な性の気配が立ち上るのは必然だろう。

[撮影:東直子]

[撮影:東直子]

舞台上舞台とそこに垂れる幾筋もの白布(舞台美術:杉山至)はときに霧深い山中の風景となり、ときに福村の心中となり、ときに神楽の舞台となる。それを囲む俳優たちの祝詞や朗唱は観客の現実と舞台の上の現実とを接続し、音楽と音を融通無碍に行き来する中川裕貴のチェロもまた不定形の霧のように漂う。舞台の上で水飛沫をあげる不格好な神楽はそのまま、のたうちあがく福村の現実だ。

福村は山で出会う人々をきっかけに自身の過去を想起していくようであり、福山の過去が化身して彼の前に現われているようであり、そして彼らは福村自身の鏡像のようでもある。クライマックスの神楽のなかでそれらは渾然一体となり、頂に立った福村の「……俺がいる……山がある、」という最後の言葉に結実する。登る山は福村の人生そのものだが、同時にそれはもっとずっと大きい。烏丸ストロークロックと作・演出の柳沼昭徳は茫漠とした世界に生きる卑小な存在を描き続けてきた。峻厳たる孤独を引き受けるのは自分しかいない。傲慢になるでもなく卑屈になるでもなく、あるいは屈服するのでもなく、そのことをただ受け入れて生きることはかくも難しい。


公式サイト:https://www.karasuma69.org/

2020/02/17(月)(山﨑健太)

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