artscapeレビュー
生誕120年・没後100年 関根正二展
2020年04月01日号
会期:2020/02/01~2020/03/03
神奈川県立近代美術館 鎌倉別館[神奈川県]
生誕120年・没後100年って、20年しか生きていないじゃん! ふつう画家の回顧展で10代の作品が出ることはほとんどないが、関根は逆にほぼすべてが10代の作品だ。亡くなった1919年には、関根とともに「夭逝の天才画家」として語られることの多い村山槐多も22歳で世を去ったし、その前年にはエゴン・シーレも28歳で亡くなっている(師のクリムトも同年没)。死因は関根以外、約1世紀前のこの時期に世界的に猛威を振るったスペイン風邪だった。いまの新型コロナウイルスと違ってスペイン風邪は、高齢者より若者の死亡率が高かったらしい。
さて、展覧会だが、なぜ広い葉山ではなく鎌倉別館でやることになったのか知らないけれど、おかげで約100点の作品と資料、関連作家の作品はいっぺんに公開できず、前後2期に分けての展示となった。お目当ての《信仰の悲しみ》は後期なので、初日に続いて2度も足を運んじまったよ。ちなみにもうひとつの代表作《少年》はブリヂストン、じゃなかったアーティゾン美術館の開館記念展に、ピカソとマティスに挟まれて展示されているので必見だ。
作品はほぼ時代順に並んでいる。初期のころは河野通勢の影響下で風景画を描いていたが、徐々に関根ならではの人物画に絞られてくる。といっても油彩の人物画は10点少々しかないが。これらの人物画で目を引くのは、なんといってもヴァーミリオンの鮮やかさだ。横顔を描いた《少年》の頬や花、《信仰の悲しみ》の真ん中の人物、不出品ながら《子供》の服などに顕著だが、それだけでなく、背景や輪郭線にも隠し味のようにチョロっと使って絶妙な効果を生み出している。窮乏生活を強いられた関根が、なぜ高価なヴァーミリオンをこんなに使えたのか。ていうか、本当にこれ、ヴァーミリオンだろうか。カタログには、《信仰の悲しみ》の地面に金色が使われているとの説を検証するため調査したら、代用品の真鍮だと判明したとあるが、このヴァーミリオンも代用品? それにしては鮮やかなので、おそらく関根は一食抜いてでもヴァーミリオンを塗ることに自虐的な快楽を覚えていた、と思いたい。
関根の人物画で以前から気になっていたのは、人物の目に光(白い点)がないこと。ふつう人物を描くとき、最後に画竜点睛のごとく瞳に反射光を入れて生命を吹き込むものだが、関根の人物には油彩、素描を問わず白い点が入っていない。だから関根の人物画はどれも不気味な印象がある。《井上郁像》《村岡みんの肖像》《真田吉之助夫妻像》といった肖像画の薄気味悪さはそれが一因だろうし、3人の人物がこちらを向く《三星》にいたっては、もはやホラーだ。
今回もうひとつ気づいたのは、横顔がヘタなこと(笑)。油彩で横顔を描いたのは《少年》をはじめ、《姉弟》の姉、《神の祈り》の右側、《婦人像》などいくつかあるが、《少年》は目、鼻、口のバランスの悪さを微妙な色彩と筆触でカバーしているのでよしとして、ほかの横顔はことごとく失敗している。横顔では瞳に白い光を入れる余地がないことと、なにか関係しているのだろうか。ナゾだ。
2020/02/22(土)(村田真)