2020年06月01日号
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artscapeレビュー

没後30年 諏訪直樹展

2020年04月01日号

会期:2020/02/01~2020/04/05

三重県立美術館[三重県]

津市の三重県立美術館へ。新型コロナウイルスのせいか、祝日なのに観客はぼくを除いて2、3人しかいない。これはゆっくり見られるぞ。諏訪直樹は1970年代後半から80年代にかけて独自の絵画を追求し、1990年に36歳の若さで不慮の死を遂げた画家。同展は没後30年を記念して館のコレクションを公開するもの。

諏訪は1980年以降、伝統的な日本絵画の形式を採り入れた独特の絵画を発表して注目されたが、今回はそれ以前の1970年代後半の初期作品がおよそ半数を占めており、当時の時代状況も浮かび上がってくる。70年代というと、表現を極度に抑制するミニマリズム、コンセプチュアリズムが美術シーンを支配し、「絵画」「彫刻」は死んだといわれ、「平面」「立体」に言い換えられていた時代。若い作家たちはこうした閉塞状況を脱して新たな表現を獲得するため、普遍的な幾何学的構成から始めたり、矩形のキャンバスを放棄したり、抽象表現主義に立ち戻ったり、日本の伝統形式に着目したり、試行錯誤を繰り返していた。まだ20代前半だった諏訪は、貪欲にもこれらすべてを試みた。

《IN・CIRCLE NO.1》は、7枚の画面を垂直に分割して点描で彩色した連作で、分割の比率も色彩の配置も厳密なシステムに則っていることがわかる。これらを横にぴったり並べて遠くから眺めると、個々の画面を超えて別のパターンが浮かび上がってくる仕掛け。個で完結せず全体でひとつの作品に見せるのは、のちの《無限連鎖する絵画》にもつながる発想だ。諏訪はさらに黄金分割を使って画面を縦横に組み合わせたり、斜めにカットしたりするシェイプトキャンバスのシリーズ「The Alpha and the Omega」を発表。アルファとオメガはギリシャ文字の最初と最後で「永遠」を意味し、これも《無限連鎖する絵画》を予感させる。ここまでが初期作品だ。このように数字や幾何学などの外的システムに頼るのは、諏訪に限らず、内発的表現が困難だった当時としては、「美術」「絵画」を再起動するために必要とされた方便だったのだ。

そして1980年、その後の諏訪の方向性を決定づける「波濤図」シリーズを始める。これは画面を屏風のように折り曲げ、荒々しいタッチで(しかし幾何学的パターンに沿って)伝統的モチーフである波濤を描いたもの。これを懐古的な日本回帰と見る向きもあるが、そうではなく、日本絵画の形式に当時流行の兆しを見せていた新表現主義のエッセンスを採り入れた、ハイブリッドな現代絵画と見るべきだろう。同展では、衝立状の「日月山水」シリーズ、掛軸の形式を借りた「PH」シリーズ、屏風仕立ての「八景残照」へと展開していく過程が見て取れる。絵の内容も初期のように分割した画面に均質に色彩を置くのではなく、幾何学的形態のせめぎあう空間に奔放にストロークを走らせている。このあと諏訪は死ぬまで終わることのない、従って遺作となった《無限連鎖する絵画》に着手することになるのだが、この3部からなる超大作が単なる思いつきなどではなく、初期作品にすでに胚胎していたことは前述のとおりだ。

いま見てきた作品は《無限連鎖する絵画》を除き、すべて三重県立美術館のコレクションに収まっている。それは諏訪が四日市出身の、いわば地元作家だからだが、なぜか最重要の《無限連鎖する絵画》の3部作だけは宇都宮美術館、目黒区美術館、千葉市美術館に分散している。これらをまとめて見られないのは残念だけど、もしすべてが1館に集中していたら地域の人以外はあまり訪れず、それこそ地元作家の1人として埋もれてしまいかねない。3館に分散させたのは偶然かもしれないが、ある意味戦略的とも言えるだろう。

2020/02/24(月)(村田真)

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