artscapeレビュー
パオロ・ジョルダーノ『コロナの時代の僕ら』
2020年06月15日号
訳者:飯田亮介
発行所:早川書房
発行日:2020/04/24
コロナ禍で話題を集めているという噂を頼りに、本書を手に取ってみた。このイタリア人作家の文学をこれまでに私は読んだことがないが、専門的で数学的な情報と、叙情的な言葉、強いメッセージ力が備わったエッセイ集で、心に優しく響いた。新型コロナウイルスの専門的な情報については、テレビや新聞などのメディアでさんざん報じられているので、ある程度は聞いたことのある情報であったが、著者は人類のうち感受性人口(ウイルスがこれから感染させることのできる人)を「75億個のビリヤードの球」に例えて、感染症の流行の仕組みを説明するなど、ユニークなエッセイを展開する。なるほど、こうして説明されると、誰もが頭のなかに具体的なイメージを描きやすい。訳者の力もあるのだろうが、非常に滑らかな文体で何編ものエッセイが綴られていた。
圧巻は、著者あとがきとして綴られた「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」である。著者は「すべてが終わった時、本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか」と問いかける。そのうえで忘れたくない物事を列挙していく。自分自身の自己中心的な行動をはじめ、初期段階における人々の不信、いい加減な情報の伝播、政治家の態度、欧州の対策の遅れなどを叙情的に批判する。そして今回のパンデミックの原因が、「自然と環境に対する人間の危うい接し方、森林破壊、僕らの軽率な消費行動にこそある」とまで言及する。ウイルスと森林破壊とが直接的な関係があるのかどうかという点はさておき、つまりいまこそゼロベースで人間社会のあり方を見つめ直すときであることを、著者は訴えるのだ。
最近、よく政治家らから「コロナに打ち勝つ」といった言葉が聞かれるが、私はそれに違和感を感じてならない。どんなウイルスとも生物とも、結局、人間は共生していかなければならないからだ。コロナ時代に突入したいま、我々はどう生きるべきか。厚生労働省が打ち出した「新しい生活様式」とか、そういうことではない。実はもっとも大事なのは、我々の心のありようではないか。本書はそんなシンプルなことに気づかせてくれる。
2020/05/22(金)(杉江あこ)