2020年07月01日号
次回7月15日更新予定

artscapeレビュー

範宙遊泳『バナナの花』#1

2020年06月15日号

会期:2020/06/05〜

『バナナの花』#1は範宙遊泳が「むこう側の演劇」として始めた新たな試みの第一弾。合わせて発表された「むこう側の演劇宣言」で作・演出の山本卓卓は「場の共有こそが演劇の根源的なアイデンティティ」だとし、ならば「観客が赴く場所は、劇場であろうと野外であろうとオンラインであろうと、場であることに変わらない」「劇場を剥奪された我々は、新たな場をみつけ、その場所を劇場とすることができる」と力強く宣言する。「演劇は一度死んだのです。でもこれから蘇ります」とも。

今回、YouTubeの範宙遊泳公式チャンネルで配信されたのは連作の第一作。約15分と短めの映像(編集:埜本幸良)で物語の全体像はいまだ掴めないものの、オンラインという条件に対応しつついかにも範宙遊泳らしい導入となっている。映像は無料公開されているので、レビューの続きを読む前にぜひ本編をご覧いただきたい。



登場人物は二人の男。ひとりは33歳、独身、彼女なし、アルコール中毒、趣味はアダルトビデオウォッチング、元詐欺師、前科一犯のブドウヤバナナ、人呼んで「穴蔵の腐ったバナナ」。もうひとりは「穴蔵の腐ったバナナ」をマッチングアプリで「釣ろう」(=騙して小銭を稼ごう)とする百三一桜(ひゃくさいさくら)。「穴蔵の腐ったバナナ」は百三一から送られてきたメッセージを「釣り」だと見抜き、しかし「君は変われる」と励ましの言葉を送りつけた挙句に「これでおいしいものでも食べてよ」と1万円を課金する。百三一は反発と苛立ちを覚えながらも「会えませんか? 男ですけど」とメッセージを送るのであった。

#1で描かれているのはここまでだ。近年の範宙遊泳はいわゆる社会規範のなかで生きづらさを抱える人々を多く描いてきた。「穴蔵の腐ったバナナ」にせよ百三一桜にせよ、その意味でいかにも範宙遊泳らしい登場人物なのだが、物語の全貌が明らかでないいまの段階でそこに踏み込むことはひとまずやめておこう。だが、物語とそれを描く手法とは切っても切れない関係にある。山本自身の宣言の言葉を借りればそれは「むこう側」への想像力を起動させるためのものだ。

冒頭、長方形の画面の左半分に「穴蔵の腐ったバナナ」の自己紹介文らしきものが文字として映し出されていく。右半分はさらに四分割され、それぞれにどこか無人の室内を映している。自己紹介を読み上げる声。やがて四分割されたマスの左下に男(福原冠)が現われ「穴蔵の腐ったバナナがそれをマッチングアプリに書き込んだのは2018年6月」と語る。一瞬、彼が「穴蔵の腐ったバナナ」なのだろうと思うが、直後、左上のマスに男がもうひとりが現れる(埜本幸良)。どうやら彼こそが「穴蔵の腐ったバナナ」らしい。

範宙遊泳はプロジェクターとプレゼンテーションソフトを使って舞台上に文字などを投影し、それらと俳優を「共演」させることで観客の想像力に働きかける手法を用いてきた。現代を生きる私たちは、コミュニケーションの多くを文字=画面を介して行なっている。舞台/画面上に文字が投影され、観客がそれを読むという形式は、そのようなコミュニケーションのあり方を演劇に導入するための実践でもあるだろう。「想像力を使おう 言葉の先に人がいる」と「穴蔵の腐ったバナナ」は歌う。文字を読む私はその向こうの「相手」とコミュニケーションをしているつもりだが、それは私の想像力の産物でもある/でしかない。百三一桜という名前は「穴蔵の腐ったバナナ」が一方的に名づけたものだった。

だから、冒頭で福原を「穴蔵の腐ったバナナ」だと誤認する私の想像力は、ある意味では間違っていない。実際、作中に登場する「穴蔵の腐ったバナナ」のメッセージの多くは百三一=福原によって読み上げられることになる。私は「穴蔵の腐ったバナナ」の言葉を福原の声で受け取るのだ。

分割された画面で彼らの姿を映す四つのマスのうち二つはどうやら、彼らのスマホの画面=カメラ越しの風景らしい。そこにはときにセルフィーを撮る「穴蔵の腐ったバナナ」の様子が、ときにアプリに届いたメッセージを読んでいるらしい百三一の顔が画面いっぱいに映し出される。それらは残る2コマに映る固定カメラで捉えられた(=「現実」の?)彼らの姿と文字通り地続きだ。現代人の多くは「現実」と画面の中の二つの世界を生きている。曖昧に揺らぎ、ときに容易に乗り越えられてしまうその境界のあり方を示す映像表現が巧みだ。

そう言えば、「穴蔵の腐ったバナナ」がマッチングアプリに登録したのは、『君の友達が君自身だ』という自己啓発本を読んで友達をつくろうと思い立ったからだった。画面越しにコミュニケーションをする「友達」は私自身を映し出す。「むこう側」でもそうだろう。コミュニケーションはいつもすれ違っていて、それは画面越しだろうが対面だろうが変わらないのかもしれない。二人の男の出会いはどこに向かうのか(あるいは出会わないのか)。『バナナの花』#2の配信は7月初旬に予定されている。


公式サイト:https://www.hanchuyuei2017.com/

2020/06/07(月)(山﨑健太)

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