2020年07月01日号
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artscapeレビュー

ダークアンデパンダン

2020年06月15日号

非公開

「ダークアンデパンダン」展は、アーティストが自由に出品できるウェブ版とは別に、キュレーションされたリアルな会場があり、こちらを某所にて鑑賞した。これは通常の展覧会とは違い、場所や作品の内容について他言してはいけない。正確に言うと、個別の作品や作家については了解が得られたら、言及は可能だが、ここではあえて展覧会の形式について論評する。

会場で選ばれた作品群はいずれもヘヴィであり、現地を訪れて、非公開になっている理由も理解した。あいちトリエンナーレ2019に対するネットの反応を思い返せば、間違いなく炎上するだろう。もっとも、本来はこうした作品も、普通に公開できるような社会が望ましいはずだ。ともあれ、本展は一方的に鑑賞するというよりも、目撃者、もしくは当事者として巻き込まれるような形の企画である。実際、来場者は、内容を他言しないことにサインさせられたり、問題が起きた場合の応援団になることも要望されている。そもそも場所は非公開であり、誰もが来場できる展覧会ではない。企画者サイドが鑑賞者を選び、その名前の一覧はネット上で公開された。

現代アートがわかりやすく、誰にでも開かれた場を探求していく傾向とは真逆である。むしろ、観客もキュレーションによって選ばれ、閉じた場がつくられる。作品が観る人を選ぶという感覚は、以前、キリンアートアワードの審査で、K.Kの映像作品《ワラッテイイトモ、》に出会ったときにも思ったことだ。こちらが作品を選ぶのではない。作品が鑑賞者、もしくは発見者を指さしているのだ。

ところで、コロナ禍のために在宅時間が増え、Amazonプライム・ビデオで低予算系の映画ばかりを鑑賞していたのだが、カスタマレビューにおける、通常はフツーの作品しか観ていなさそうな人の罵倒コメントの多さに驚かされた。おそらく、ネットがなければ、両者は出会わなかったはずである。本来は映画館に通いつめたり、レンタルヴィデオを大量に利用するようなコアな鑑賞者がたどりついたものだ。同様に、現代アートがネットで炎上しているのも、展覧会と無縁の人間が遭遇することで交通事故を起こしているからだろう。そうした状況を踏まえて、閉じることの意味を問うのが、「ダークアンデパンダン」展だ。ちなみに、あいちトリエンナーレ2019の一件やコロナ禍を受けて企画したものではなく、それ以前から構想をあたためていたものらしい。

実は筆者にとって、これは1カ月半ぶりに展覧会を生で見る機会となった。それほど大きくない会場だったが、約1時間半かけて、じっくりと全作品を鑑賞したのは、身体的な悦びも大きかったからである。

開催期間:2020年5月20日、22日、24日、25日、27日、29日

公式サイト(ウェブ版):https://darkindependants.web.app/

2020/05/25(月)(五十嵐太郎)

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