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細谷巖 突き抜ける気配 Hosoya Gan─Beyond G

2022年10月15日号

会期:2022/09/05~2022/10/24

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

細谷巖(1935-)は永井一正(1929-)や田中一光(1930-2002)、横尾忠則(1936-)らと並び、一時代を築いたアートディレクター兼グラフィックデザイナーとして知られている。87歳を迎えてもいまだ現役で、東京アートディレクターズクラブの現会長も務める。そんな70年近くもの長い活動歴を持ちながら、本展で展示されたほとんどがデビューから間もない時代の作品だったことが目を引いた。その意図は、原点回帰なのか。1955年の日宣美展に出品し特選を受賞したポスター「Oscar Peterson Quartet」をはじめ、1960年代に発表した広告ポスター、パンフレット、書籍の一部、雑誌表紙などが並んでいた。こういう言い方は何だが、彼がもっとも脂が乗っていた頃の作品なのだろう。当然、アナログとデジタルという手法の違いもあるが、半世紀以上も前のこれらの作品にはいまの時代にはない鋭い感覚をはらんでいるように感じた。これが細谷の持ち味なのだろう。

「フォトデザインとも呼ばれるジャンルを確立した」と当時評価されたとおり、細谷は何より写真の扱い方が卓越している。ポスター「Oscar Peterson Quartet」では、ブレのあるモノクロ写真を重ねることでジャズピアニストの指の動きを臨場感たっぷりに表現した。また1961年の「ヤマハオートバイ」ポスターでは、二人乗りのオートバイが道を走っている写真を採用したのだが、「ありきたりな写真だったから」という理由で、写真を90度回転させ、上から下へ落下するような感覚を見る者に与えてより疾走感を演出した。これらの作品には、パソコンで写真をいかようにも加工できてしまう環境ではなかったからこその気迫がある。不自由は自由を生み、かえって自由は不自由を招くのではないかと思えた。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー1階[撮影:藤塚光政/提供:ギンザ・グラフィック・ギャラリー]


ところで本展に寄せた識者の解説の中で、面白いキーワードがあった。1935年生まれの細谷は「戦中派」世代であるという指摘だ。彼らは物心がついた少年期はずっと戦争中で、軍国教育を受けて育つものの、ある日突然に戦争が終わり、民主主義の世の中へと転換し、教科書に墨塗りをさせられたという背景がある。つまり大人にだまされた世代であるため、彼らは世の中に対する見方がどこか懐疑的で、屈折しているという分析だ。なるほど、そうした精神構造がクリエイティブにも少なからず影響を与えているのか。冒頭で述べた一時代を築いたデザイナーらが皆、戦中派というのは興味深い事実である。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー地下1階[撮影:藤塚光政/提供:ギンザ・グラフィック・ギャラリー]


公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000789

2022/09/30(金)(杉江あこ)

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