artscapeレビュー
中井奈央「雪の刻(とき)」
2023年06月15日号
会期:2023/04/20~2023/06/18
砂丘館[新潟県]
中井奈央は2006年に日本写真芸術専門学校卒業後、写真作家としての活動を積み上げてきた。2018年に写真集『繍』(赤々舎)を出版するなど、既に注目を集めていたが、昨年刊行した写真集『雪の刻』(赤々舎)を目にしたとき、ひとつ抜け出したという印象を強く抱いた。そこにさし示された写真の世界が、揺るぎなく、しかもみずみずしく、見る者に語りかけてくる力を備えていたからだ。同年度の日本写真協会賞新人賞、さがみはら写真新人奨励賞を受賞したのも、当然というべきだろう。
『雪の刻』は、豪雪地帯である新潟県津南町を中心に、2015~2021年に長期にわたって通い詰めて撮影した写真群をまとめた連作である。中井のカメラワークは、柔らかく伸び縮みしながら、津南町の人々、風景を絡めとっていく。特に強い印象を残すのは、画面の中心に被写体となる人物を置いた正面向きのポートレートで、説明的な要素を削ぎ落として、その人の全存在(過去・現在・未来)と向き合おうという意思が明確にあらわされている。それだけではなく、多くの写真に、この人、ここにあるものとの出会いが、置き換えのできない1回限りの経験であることが示されており、見ていて静かな感動の波紋が広がっていくように感じた。
新潟の砂丘館の古い建物の蔵、2階での展示も素晴らしいものだった(キュレーションは同館館長の大倉宏)。天然木の台座に、和紙のプリントを1枚ずつ置いた2階の展示など、37点の作品が展覧会場と溶け合って、得がたい視覚的な経験を与えてくれる。展示空間の力によって、写真が新たな生命力を獲得しているようにも見えた。
公式サイト:https://www.sakyukan.jp/2023/04/9773
2023/05/13(土)(飯沢耕太郎)