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artscapeレビュー

ガルギ・バタチャーリャ『レイシャル・キャピタリズムを再考する──再生産と生存に関する諸問題』

2023年06月15日号

翻訳:稲垣健志

発行所:人文書院

発行日:2023/01/30

本書は、イギリスの社会学者ガルギ・バタチャーリャ(1968-)の初の邦訳書である。バタチャーリャの専門は人種およびセクシュアリティの諸問題であり、英語ではすでに10冊を超える編著書がある。本書『レイシャル・キャピタリズムを再考する』(原著2018年)は彼女の最新の仕事のひとつであるが、その内容に入っていく前に、いくつか前提を確認しておく必要がある。

まず、「レイシャル・キャピタリズム」といういささか聞き慣れない用語は、アメリカの政治学者セドリック・ロビンソンの『ブラック・マルクシズム』(1983)に由来する。これは、資本主義が生みだす社会構造には、必然的にレイシズムが浸透するという考えかたである。『レイシャル・キャピタリズムを再考する』の訳者解題(342-353頁)によれば、このロビンソンの議論は従来そこまで注目されてきたわけではなかった。だが、2020年のジョージ・フロイドの死をきっかけとしたBLM(Black Lives Matter)への関心の高まりもあり、このロビンソンの議論にも近年ふたたび注目が集まっているという。むろん本書はジョージ・フロイド事件よりも前に書かれたものであるが、『ブラック・マルクシズム』をはじめとするロビンソンの議論に新たな光が当てられるいま、本書をひもといてみるのは時宜に適ったことであろう。

そのうえで言うと、本書はそのタイトルが示すように、レイシャル・キャピタリズムを「再考する(rethinking)」試みである。つまりここでは、資本主義があらかじめレイシズムを構造化しているというロビンソン的なテーゼは、なかば暗黙の前提とされている。本書は、資本主義とレイシズムの複雑な関係をより精緻に──すなわち、一見レイシズムとは関係のないようなところにまで視野を広げて──検討するための試みなのだ。その点を見落としてしまうと、なぜ本書が、フェミニズムやエコロジーといった多種多様な問題に多くの頁を割いているのかがまったくわからなくなってしまうだろう。

ここではさしあたり、本書のイントロダクションとして書かれた「レイシャル・キャピタリズムをめぐる一〇のテーゼ」に即して、その要点のみを見ておきたい。ここで明示的にのべられているように、バタチャーリャが「レイシャル・キャピタリズム」と呼ぶもののなかには、ジェンダー、セクシュアリティ、障害、あるいは年齢などを通じた「他者化」と「排除」の手法もまた含まれる(19-20頁)。つまり、問題は帝国主義の時代における奴隷貿易や、近代において黒人たちが被ってきた職業差別の話にとどまる(べき)ものではないのだ。昨今しばしば耳にする言葉でいえば、本書でバタチャーリャは「交差性(インターセクショナリティ)」とよばれる複合的な差別や抑圧の存在を明らかにすることによって、ロビンソンのレイシャル・キャピタリズム論を現代的にアップデートすることを試みているのだと言えよう。

以上のような複雑なコンテクストが畳み込まれているがゆえに、日本語で本書を読む読者にはまず「緒言」(小笠原博毅)と「訳者解題」(稲垣健志)に目を通すことを勧める。バタチャーリャが巧みな表現でのべているように、「利益を追求するために規定された人種的な略奪」は、それに関わるわれわれ全員を道徳的に退行させる(34頁)。その一方で彼女は、そのような信念を共有しない読者に対して、以上のような「道徳的な問題」を押しつけるつもりはない、とも言う。いくぶん逆説的なことながら、ここに読み取られる暗黙のメッセージは次のようなものであろう──それは、読者の信念がどのようなものであるかにかかわらず、現実に・・・、資本主義の根幹には人種的な略奪が存在するということだ。本書は、これまでそうした問題を考える必要すらなかった人たち──たとえば極東にいるわれわれ──にこそ、届けられるべき書物である。

2023/06/11(日)(星野太)

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