artscapeレビュー

ミレーと4人の現代作家たち─種にはじまる世界のかたち─

2023年10月01日号

会期:2023/07/01~2023/08/27

山梨県立美術館[山梨県]

山梨県立美術館は開館前の1977年にミレーの《種をまく人》(1850)を1億円余りで購入し、公立美術館のコレクション1点としては高すぎないかと賛否を呼んだ(いまとなってはあまりに安い買い物だが)。そのおかげで山梨は「ミレーの美術館」として全国的に有名になり、地方の美術館としては異例の入館者数を記録。後続の美術館も山梨に続けとばかりに一点豪華主義に走ったものの、どこも成功したとはいいがたい。柳の下にどぜうは1匹しかいないのだ。

山梨がエライのは、その後もミレー作品を買い集め、いまでは油彩12点を核に素描、版画など合わせて70点、「ミレーの美術館」に恥じないコレクションを築いたこと。しかし、いつまでもミレー頼りでは時代に取り残されると思ったのか、近年は現代美術にも力を入れるようになった。開館45周年を記念する今回の企画は、ミレーと現代美術を正面からぶつける大胆な試みだ。駆り出されたアーティストは山縣良和、淺井裕介、丸山純子、志村信裕の4人。いずれも山梨という土地柄や、ミレーがモチーフにした「土」「農」「食」「羊」などに触発された作品を制作している。

最初の山縣の部屋に入ると、さまざまな道具や家具や衣服がいくつかに分かれて集積され、壁にはミレーの絵画や写真が掛かっている。大掛かりなインスタレーションだが、山縣がファッションデザイナーと知ってびっくり。だから大きな織機や古着があるのね。それにしてもこれがミレーとなんの関係があるんだろう? ミレーは19世紀半ばにパリを襲ったコレラの流行を機にバルビゾン村に移り、農民画家として生涯を過ごすことになったが、山縣もコロナ禍で山梨県の富士吉田と長崎県の小値賀島に活動の場を広げることになったという。この富士吉田と小値賀島に共通するのが養蚕業だった。なるほど、ミレーと自分の活動を重ねたインスタレーションなのだ。

次の部屋の淺井は、壁や床に泥絵具で先史時代の岩絵のようなプリミティブな図像を描いている。これらの素材は山梨県内で採集した土で、白っぽい象牙色から黄土色、赤茶色、濃い焦茶色まで、柔らかく暖かいいわゆるアースカラーと呼ばれるものだ。驚くのは正面の深紅の壁の中央に、泥絵具に囲まれてミレーの《種をまく人》が据えられていること。同館を代表する目玉作品をこんな大胆に扱うとはずいぶん思い切った試みだが、もともとこの《種をまく人》が描かれた当時は「土で描いたみたいだ」と評されたそうだ。確かに次の世代の印象派に比べれば泥のような暗褐色に覆われている。だとすれば、この名画を当初の「土の絵」として見直そうということかもしれない。



淺井裕介 展示風景[筆者撮影]


その次の丸山の作品は、中央に家屋の廃材を並べ、そこにレジ袋でつくった花を挿したインスタレーション。なんだか朽ちた廃屋からカビが生えてるような独特の侘しさを感じさせる。壁には食用の廃油で描いた花のような不定形のドローイングを展示。いずれも新たに購入した素材ではなく、日々の生活のなかで出てくる廃物を再利用したものであり、農村で自然のサイクルのなかに生きたミレーのつましい生活と重なり合う。 最後は志村で、以前は場所に合わせたサイトスペシフィックな映像インスタレーションを発表していたが、近年は羊をモチーフにしたドキュメンタリー映像になってしまった。同館にはミレーの《夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い》(1857-1860)があり、羊つながりで選ばれたわけだが、悪いけど映像作品は苦手なので素通り。


丸山純子 展示風景[筆者撮影]



この期間中、ミレーの主要作品はコレクション展の観覧料(520円)では見られず、倍近い特別展の料金(1,000円)を払わなければならない。おまけにミレーを見ようとすると妙な現代美術まで目に入ってくる始末。知らずにミレーを鑑賞しにきた観客にとってはとんだ「災難」だが、これを機に現代美術にのめり込んでいく人がいるかもしれない。ミレーだけでなく、現代美術も見れーってか。


公式サイト:https://www.art-museum.pref.yamanashi.jp/exhibition/2023/939.html

2023/08/25(金)(村田真)

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