artscapeレビュー

春の画 SHUNGA

2023年10月01日号

日本美術史には長いあいだ触れてはいけないタブーの領域があった。その代表が「戦争画」と「春画」だろう。両者は絵の目的こそ真逆に思えるが、どちらも見る人の気分を高揚させる点、それゆえお上が統制した点では似ていなくもない。その結果、両者は一時期ながら狂い咲きのように豊穣な成果を生み出した。しかし戦争画が敗戦とともにわずか数年で終息し隠蔽されたのに対し、春画は繰り返し何度も取り締まられたにもかかわらず密かに流通し、いまだ根強い人気を保っている。そして偶然の一致だが、両者とも2015年から再評価の気運が高まっているのだ。戦後70年にあたるこの年、戦争画を含む展覧会が各地の美術館で開かれ、また永青文庫で大々的な「春画展」が開催されたのだ。

戦争画はさておき、春画については、2013年にロンドンの大英博物館で大規模な「春画展」が開かれたので、それを日本にも巡回させようとしたら国公立美術館・博物館が開催を拒否。結局、細川護煕が理事長を務める永青文庫が受け入れることになったという経緯がある。そんなドタバタ劇が前宣伝になったのか、21万人を動員し話題になった。お上が見せまいとするほど大衆は見たがるものなのだ。

この映画は、鳥居清長の「袖の巻」の復刻プロジェクト、数人が寄り集まって密かに春画を鑑賞する「春画ナイト」、大英博物館での「春画展」発案者や春画コレクターら外国人へのインタビュー、北斎の春画「蛸と海女」のアニメ化など、盛りだくさんのエピソードを折り重ねたドキュメンタリー。もちろん百点を超える春画も無修正で登場する。

春画は西洋にもあるが、違うのは、日本では名だたる浮世絵師のほぼ全員が春画を手がけていることだという。描いていないのは正体がはっきりしない写楽くらい。それほどポピュラーなジャンルだったのだ。いや春画は浮世絵の単なる1ジャンルではなく、たとえ禁止されようが需要は確実にあったことから、役者絵や風景画などに比べてはるかにカネもテマもヒマもかけてつくられていた。それゆえ現在の技術では復刻するのが難しいのだ。その意味では春画こそ浮世絵のなかでも最高峰の芸術だといっていい。

また、春画というと男性が密かに楽しむものというイメージが強いが、実は嫁入り道具のひとつとして嫁にもたせ、夫婦で楽しむこともあったという。政府も少子化対策を進めるなら春画の振興に力を入れたらどうだろう。映画にも意外なほどたくさんの女性が登場する。春画ナイトの出席者は朝吹真理子、橋本麻里、春画ールら大半が女性だし(ヴィヴィアン佐藤も出ていた)、そもそも監督がアートドキュメンタリーを得意とする平田潤子だ。ちなみに、大英博物館での「春画展」の入場者も約半数が女性だったという。と書いてるうちに、女性の描く春画も見たくなってきた。


公式サイト:https://www.culture-pub.jp/harunoe/

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