artscapeレビュー
西野達《ハチ公の部屋》
2023年12月01日号
会期:2023/11/12
渋谷駅前 忠犬ハチ公像[東京都]
渋谷駅前にあるハチ公が、こぎれいな部屋のなかでふかふかベッドに座っている。ハチ公像を取り込んだ西野逹の今日1日だけのインスタレーションだ。西野は有名なモニュメントを囲むように部屋をつくり、ホテルとして泊まることもできる空間に変えてきた。これまで実現したプロジェクトは、横浜トリエンナーレにおける中華街のあずまやをはじめ、シンガポールのマーライオン、ニューヨークのコロンブス像など世界数十カ所に及ぶ。今回はハチ公生誕100年記念ということで、銅像を管理する渋谷区が西野に働きかけたのかと思ったら、それ以前から西野はハチ公に目をつけていたそうで、両者の思惑が合致して実現の運びとなった模様。ただし1日のみの公開なのでホテルにはできず、片面を開けたコンテナでハチ公を囲むようなかたちで見せることになった。
昼過ぎに行ってみた。周囲にフェンスが設けられ、近づいて写真を撮りたい人は列に並ばなければならず、ぼくは10分ほど並んで正面に立つことができた。設営から撤去までわずか1日しかなく、しかもハチ公は動かせないので、あらかじめコンテナ内部に壁紙を貼り、ベッドやテーブル、椅子、照明などをセットした状態で夜中に運び込んで設営したという。銅像がつくられて約90年、たまにはベッドの上で休んでもらおうというアイデアだが、見事にハマっている。このコンテナを劇場に見立てれば、ハチ公の一人舞台という風情であり、コンテナを額縁に見立てれば、ベッドという台座に載ったハチ公の立体絵画と見ることもできる。また、ハチ公を一種のパブリックアートと見なせば、パブリックアートのパブリックアート化といえなくもない。
ハチ公(1923-1935)はよく知られているように、東京帝大教授の上野英三郎が飼っていた秋田犬で、名前はハチ。主人の帰りを渋谷駅まで迎えに行っていたが、上野の死後も変わらず駅前で待ち続けていたため、「忠犬ハチ公」と呼ばれるようになったという。これが美談として新聞に取り上げられて有名になり、1934年には彫刻家の安藤照による銅像が設置された。動物の銅像建立は異例のことだが、それだけ当時は忠誠心が尊ばれていた時代であり、また銅像がポピュラーなメディアとして機能していた時代だったのだ。
第2次世界大戦末期には金属供出によりいちど溶かされたが、戦後、安藤の息子の士によって再建された。しかし物資不足だったため、父照の代表作である《大空に》を溶かして使ったという。ちなみに、コンテナ内部に貼られたライラック色の壁紙には、この《大空に》をはじめ、上野博士や銅像建立当時の渋谷駅などの図像があしらわれているが、これも西野が描いたもの。細かいところまでおろそかにしない完璧な仕上げである。
関連レビュー
「西野達 別名 大津達 別名 西野達郎 別名 西野竜郎」西野達作品集出版記念展|村田真:artscapeレビュー(2011年01月15日号)
2023/11/12(日)(村田真)