artscapeレビュー

アニッシュ・カプーア in 松川ボックス/オペラ『シモン・ボッカネグラ』/アニッシュ・カプーア_奪われた自由への眼差し_監視社会の未来

2023年12月01日号

会期:2023/09/20〜2024/03/29
THE MIRROR[東京都]

会期:2023/11/15〜2023/11/26
新国立劇場[東京都]

会期:2023/11/23〜2024/01/28
GYRE GALLERY[東京都]


以前、筆者が監修した「戦後日本住宅伝説」展(2014)の調査で伺ったことがあった、宮脇檀の設計による住宅《松川ボックス》(1971)を再び訪れた。秋から清水敏男がディレクターを務めるアートギャラリー「THE MIRROR」として、内部が一般公開されたからである。コンクリートの箱の内部に木造のインテリアが挿入された入れ子状の建築は、変わらず心地よい居場所だったが、アニッシュ・カプーア展が開催されており、あまり見たことがなかった彼の激しく赤色が塗られた絵画作品は、空間を異化させるものだった。畳の上に置かれた鏡面状のオブジェも、ギャップが興味深い。この会場にヴェルディのあまり有名ではないオペラ『シモン・ボッカネグラ』(新国立劇場)が置かれていたのは、カプーアがその舞台美術を担当しているからだ。そして空間演出の予告編のように、この《松川ボックス》での展覧会を振り返ることもできる。


「アニッシュ・カプーア in 松川ボックス」展示風景


「アニッシュ・カプーア in 松川ボックス」展示風景


『シモン・ボッカネグラ』は、男ばかりが登場し、政争が軸になるというオペラには珍しい物語である。もっとも、鍵となる女性=アメーリアがひとり存在するので、逆に紅一点のソプラノも目立つ。そして主人公は、かつて政敵からひどい仕打ちを受けていたのだが、25年後に今度は逆の立場を経験する。さて、カプーアの美術は意外な起用だと思われるかもしれないが、すでにロンドンで上演された『トリスタンとイゾルデ』(2016)を彼は担当しており、今回のオペラが初めてではない。また演出のピエール・オーディは、彼と『ペレアスとメリザンド』や『パルジファル』でコラボレーションを経験しており、その特徴をよく知ったうえで依頼している。プロダクション・ノートによれば、ヴェルディのこの作品(「ボッカネグラ」は人名だが、直訳すると「黒い口」という意味)は、カプーアの抽象的かつ象徴的な表現に耐えるものだと考えたようだ。そしてオーディは、孤独と死がつきまとう主人公の人生を、エトナ山の近郊に住み、最後に火口に身投げした古代ギリシアの哲学者エンペドクレスに重ね合わせるという発想をカプーアに提示したという。

美術や衣装においてもっとも強烈な印象を与えるのは、赤・黒・白の3色だろう。赤と白は、物語の舞台となるジェノヴァの国旗、すなわち白地に赤い十字にちなむ。また黒は主人公の名前に含まれた色彩である。プロローグは、天井に届かんとする、おそらく10メートル以上の高さをもつ、赤と白の直角三角形のパネルが背景を構成していた。これらは港町ジェノヴァの船の帆を想起させるだろう。とりわけ異様なのは、第1幕から最後の第3幕まで、歌手たちの頭上にずっと存在している逆さの火山であり、その巨大さやぽっかりと穴が空いた火口、あるいは下降する運動によって、空間に緊張感をもたらしている。また幕間に現われる赤いイメージの不穏な背景幕は、《松川ボックス》で展示された絵画を想起させるだろう。そして最後は床面に溶岩のようなオブジェが広がり、吊られた火山が上昇すると、背後に巨大な黒い太陽が出現する。

かくして、絶えず舞台美術が凄まじい存在感を放っていた。初演(1881)のセットプランを見ると、総督宮殿の大会議室が細かい装飾とともにつくられていたが、今回はそうした具象的な表現とはまったく違う、カプーアの世界も巨大なスケールで楽しめるオペラになっている。


「アニッシュ・カプーア_奪われた自由への眼差し_監視社会の未来」展示風景


オペラを鑑賞した後、カプーアの個展「奪われた自由への眼差し_監視社会の未来」が始まったと聞いて、GYRE GALLERYに足を運んだ。壮大なオペラの舞台とは違い、小さい空間だが、そのサイズを生かしながら、『シモン・ボッカネグラ』の美術と共通するイメージの絵画や、どろどろした赤いインスタレーションを散りばめている。劇場では不可能だが、ギャラリーだと近距離で作品を鑑賞できることが嬉しい。またエスカレーターの吹き抜けにも、彼の作品が吊られていた。

ただし、ギャラリーで設定された主題は、監視社会と情動である。前者における現代社会の「ビックブラザー」(『1984』)から『シモン・ボッカネグラ』への補助線を引くのは難しいが、人間存在そのものに潜むカオティックな情動は、普遍的なテーマでもあり、オペラともなじむだろう。ダイナミックに舞台で展開されたカプーアの作品と、この展覧会を切り離して考えるのには、あまりに両者のイメージは似ている。


「アニッシュ・カプーア_奪われた自由への眼差し_監視社会の未来」展示風景



アニッシュ・カプーア in 松川ボックス:https://coubic.com/themirror/4453019/
オペラ『シモン・ボッカネグラ』:https://www.nntt.jac.go.jp/opera/simonboccanegra/
アニッシュ・カプーア_奪われた自由への眼差し_監視社会の未来:https://gyre-omotesando.com/artandgallery/anish-kapoor/

2023/11/06(月)、23(木)(五十嵐太郎)

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