artscapeレビュー
杉江あこのレビュー/プレビュー
ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築
会期:2023/03/17~2023/06/04
六本木ヒルズ展望台東京シティビュー[東京都]
SDGsや多様性、ウェルビーイングといった言葉を、いま、目にしない機会はない。それは高度に科学技術が発達した世の中で、我々が人間らしい生き方を少し見失いかけている証なのかもしれない。ヘザウィック・スタジオはそんな現代人が抱える問題に対し、明快な解決策を示してくれているようだ。彼らの作品はまさに「共感する(される)建築」であると、本展を観て感じた。まず圧倒されたのは、2010年の《上海万博英国館》である。まるで両手でクシャクシャと折り曲げた紙のような敷地に、ハリネズミのような外壁のパビリオンがポツンと建つ。 “針”の正体は無数の透明アクリルの棒で、内壁にまで及ぶその棒の先端には植物の種が埋め込まれており、このパビリオンが地球の未来をつくる種の集合体で成り立っていることを知るのだ。万博というシチュエーションだからこそ成立した、アートのような建築と言える。
ヘザウィック・スタジオ《上海万博英国館》(2010)
展示風景:「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」東京シティビュー(2023)[撮影:古川裕也/画像提供:森美術館(東京)]
米国カリフォルニア州シリコンバレーに建てられた、グーグルの新社屋《グーグル・ベイ・ビュー》もいまの時代を象徴する建築だった。まず過剰な柱や壁で分断されてもいなければ、廊下もない、開放的なフロアであることに目を引く。人と人とが自然に出会い、集い、会話が始まり、コラボレーションが生まれることを促す社屋なのだ。全面開口された外壁や、亀甲のような有機的な屋根と屋根との隙間からは自然光や眺望をふんだんに取り込む。さらに屋根には大規模なソーラーパネルを備えるなどして、2030年までにカーボンフリーエネルギーで稼働する社屋を目指しているのだという。従来の閉鎖的なオフィスビルではない、人間らしさを大事にしたワークスペースでこそ、イノベーティブなアイデアは生まれるのではないかと思わせる。
ヘザウィック・スタジオとビャルケ・インゲルス・グループ《グーグル・ベイ・ビュー》(2022)カリフォルニア州マウンテン・ビュー
展示風景:「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」東京シティビュー(2023)[撮影:古川裕也/画像提供:森美術館(東京)]
こうした画期的なプロジェクトを次々と眺めた後、最後の展示スペースでは彼らがデザインした遊び心いっぱいの回転椅子《スパン》に座ることができた。それに腰掛け、身体をぐるんぐるんと揺らしながら、同スタジオ創設者のトーマス・ヘザウィックの講演動画に見入ると、現代人の心に刺さる言葉を彼は投げかけてきた。印象的だったのは「建築的多様性」という言葉だ。つまりいまの時代に求められるのは、機能性ばかりを追求した画一的な建築ではなく、人々の心を豊かにする多様で斬新なアイデアにあふれた建築であると。そんな建築に多く出会える社会がいずれ訪れてほしいと願う。
ヘザウィック・スタジオ《スパン》(2007)Courtesy: Magis
展示風景:「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」東京シティビュー(2023)[撮影:古川裕也/画像提供:森美術館(東京)]
公式サイト:https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/heatherwick/
2023/04/28(金)(杉江あこ)
吹きガラス 妙なるかたち、技の妙
会期:2023/04/22~2023/06/25
サントリー美術館[東京都]
本展に出品されている現代ガラス作家、関野亮の作品「Goblet(mezza stampatura)」シリーズを、実は私が関わるクラウドファンディングで販売させてもらったことがある。彼は若い頃からヴェネチアングラス様式に憧れ、挑戦し、自らの腕を磨いてきた実力派だ。ヴェネチアングラス特有の超絶技巧を透明ガラスで再現することで、装飾的でありながら洗練された作品を多く生み出している。吹きガラスの道に進んだ理由として、「一つひとつの制作時間が非常に短いので、結果がすぐにわかり、何度も試行錯誤できる」ことを彼は挙げている。確かに熔解炉でガラス種を熔かし、熱いうちに息を吹き込んで成形・加工する吹きガラスは、スピード勝負だ。それゆえに型を用いたとしても、つくり手の技量に大きく左右される技法と言える。
船形水差 イタリア 16〜17世紀 サントリー美術館
籠目文赤縁碗形氷コップ 日本 20世紀 個人蔵
本展は古代ローマ、中世ヨーロッパおよび東アジア、近代日本と、古今東西の吹きガラス作品を一覧できる展覧会である。こうして見ると、吹きガラスの成形・加工(ホットワーク)が、15〜17世紀のイタリア・ヴェネチアでひとつの頂点に達したというのは頷けるし、現代ガラス作家が自らの技を磨くうえでひとつの目標にする様式であるのも納得できた。おそらく現代よりも設備が整っていない工房で、当時の職人たちは切磋琢磨して複雑かつ繊細な装飾をつくり上げたに違いない。その彼らの情熱が遺された作品からもヒシと伝わった。
一方で、日本の明治末期から昭和初期にかけて多くつくられたという「氷コップ(かき氷入れ)」にも心惹かれた。確かにこの形状のガラス器を骨董品でよく見るような気がする。まだ紙コップが普及しておらず、冷菓といえばかき氷くらいしかない時代に、氷コップは産業吹きガラスの象徴と言えるものなのだろう。至極シンプルな形状で、凝った技巧があまりないからこそ、親しみがじんわりと湧く。近代日本の文化の一端を知れて興味深かった。また、新進気鋭の若手作家の現代アート作品を鑑賞できたのも有意義だった。器という機能を離れ、純粋にガラスを使って造形表現をした作品は、どれもダイナミズムにあふれている。このダイナミックさは、吹きガラスだから実現できたに違いない。ガラスを熱で熔かすと、まるで飴細工のごとく操れるからだ。現代アートとして見ても、吹きガラスは魅力的な素材と技法であることを痛感した。
小林千紗《しろの くろの かたち 2022》(2022)作家蔵
公式サイト:https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2023_2/
2023/04/28(金)(杉江あこ)
グラフィックトライアル2023 ─Feel─
会期:2023/04/22~2023/07/09
印刷博物館 P&Pギャラリー[東京都]
本展は、第一線で活躍するクリエイターと凸版印刷とが協力し合い、新しい印刷表現を探るという恒例のプロジェクトである。今回のテーマは「Feel」。これにはコロナ禍がそろそろ終わりを迎え、先行き不透明な時代でありながらも、我々はより健やかに前向きでありたいといった思いが込められている。参加クリエイター4組がそれぞれに得意とする分野でアプローチをしたなかで、私が注目したのはアートディレクター・グラフィックデザイナーの木住野彰悟の作品「再構築」だ。円柱状の紙製飲料容器「カートカン」のリサイクル回収品をはじめ、段ボールの端材、断ち落とされたカラーバー(印刷時に色濃度の管理を行なうためのマーク)、製本加工時のクズなど、廃材を再利用して紙を漉くというトライアルを行なっていた。もちろん再生紙自体は珍しい試みではない。しかしこのトライアルではあらゆる産業廃棄物が工夫次第でアップサイクルも可能になるという、明るい未来を指し示しているように感じたのだ。
展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー
廃材を細かく砕き、水でドロドロに溶かし、手漉きと機械漉きの両工程を経て生まれ変わった紙は、実にユニークな表情をしていた。カラーバーを原料とした再生紙は、赤や青などの鮮やかな色が繊維の中にわずかに見え隠れし、その面影を残す。当然、これらの再生紙にまっさらな白さはない。しかし従来のように漂白するのではなく、表面に白インキを一度あるいは二、三度刷ることで、印刷紙としての機能を十分に果たすことを検証したのである。結局、再生紙ならではの風合いを「個性」として人々が積極的に認めるかどうかではないか。実際に商品化にあたってはコスト面や製造方法などを整備する必要があるだろうが、これはSDGsに適った問題解決であり、多様性にもつながる価値を持った商品になるのではないかと感じた。
展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー
また、凸版印刷でアートディレクター・デザイナーを務める島田真帆の作品「風光」は、特殊インキと特殊紙を組み合わせて、日本の四季を繊細かつ淡い色調で表現したものだ。彼女が同社で企業カレンダーの企画制作を手がけてきたという経歴に納得した。特段、風景写真や絵がなくても、色彩のニュアンスだけで四季を表現できるという点が興味深かった。それだけ日本人が四季に対するイメージをしっかりと持っている証なのだろう。こんなビジュアルのカレンダーがあったら、わが家にぜひほしい。
展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー
公式サイト:https://www.toppan.co.jp/biz/gainfo/graphictrial/2023/
関連レビュー
グラフィックトライアル2022 ─CHANGE─|杉江あこ:artscapeレビュー(2022年05月15日号)
グラフィックトライアル2020 ─Baton─|杉江あこ:artscapeレビュー(2021年06月15日号)
2023/04/25(火)(杉江あこ)
そばにあった未来とデザイン「わからなさの引力」展
会期:2023/03/18~2023/03/26
何なのだろう、この展覧会は。13人のクリエイターが自分にとって「説明しがたい魅力をもっているもの」をひとつずつ紹介し、その「わからなさ」を探る言葉を展示するという内容である。いや、そうした主旨は理解できる。ものづくりや表現に携わる美術家やデザイナー、クリエイティブディレクター、建築家らのまるで原風景を覗き見るような、至極個人的な感情で選ばれたものは非常に興味深かったし、客観的に見てもどこか郷愁や愛情を感じられるものが多かったからだ。例えば「ペラペラの温泉タオル」「コンベックス」「ソフビの虎」「ハワイアナスのサンダル」など、一見、おしゃれでも何でもない、どちらかと言えばチープで、一昔前の価値観を思わせるものも展示されていた。それでも共感を呼ぶのは、私を含め観覧者が彼らと同時代を生きてきたからだろう。まさに説明しがたく、人間くさい情のようなものが、それらに湧いていることを理解できるからだ。そうしたものを恥ずかしげもなく、本展の意向に沿ってさらした13人のクリエイターには脱帽する。何というか、自らの創造性の手前にある心の内を見せるような行為にも思えたからだ。私の知り合いのデザイナーも何人か参加していて、個人的にも面白く観覧した。
展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3[写真:鈴木優太]
展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3[写真:鈴木優太]
むしろ私が不可解だったのは、こうした主旨の展覧会を企画したNTTドコモの狙いである。企業の文化事業でも、商品やサービスをPRする場でもなく、自社の先端テクノロジーとは逆行するものを紹介する場をあえて設けたのだ。これについては「テクノロジーの進化のなか、機能的・理性的に価値をはかろうとすることでこぼれてしまっていた『なにか』を探る展覧会」と説明されている。それはトップランナーがふと立ち止まって足元を見回すような行為だ。同社はそうした潮目に立たされているのだろうか。結局、どれだけテクノロジーが進化しても、ものを所有し道具を使うのは人間だ。人間の視点を置き去りにしてしまっては、そのテクノロジーも生きてこない。そうした生身の人間の肌感覚のようなものを改めて再点検しているのかもしれない。もし本展が新たな創造性を生む場となるのなら、なかなかである。
展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3[写真:鈴木優太]
公式サイト:https://design.idc.nttdocomo.co.jp/event/
関連レビュー
少し先の未来とデザイン「想像する余白」展|杉江あこ:artscapeレビュー(2022年04月15日号)
2023/04/01(日)(杉江あこ)
TDC 2023
会期:2023/03/31~2023/04/28
ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]
文字の視覚表現を軸にした国際賞「東京TDC賞2023」の受賞作品とノミネート作品を展示する、恒例の展覧会が今年も開かれた。今回は国内から1983点、海外から1696点の応募があったという。ここ数年、海外からの応募作品が増加傾向にあることから、受賞作品全体に占める海外作品も増えた印象がある。特に中国からの受賞作品が目立っていた。
なかでも面白かったのは、タイプデザイン賞を受賞したJunyao Chuの作品「15」だ。15×15ピクセルのビットマップを独自に設定し、そこに黒白を塗り分けることで、「手書き風」漢字の文字をいくつも浮かび上がらせたのだ。ビットマップを拡大して見ると、何の漢字なのかが少々わかりづらいが、縮小して見ると、確かにそれらは漢字として成立している。日本人が見ても、だいたいの漢字を読むことができた。現代のコンピューターではアウトラインフォントが主流のため、ビットマップフォントへの需要がどれほどあるのかはわからないが、中国人が母国語の文字のデザインを追求する姿勢には共感を持てる。なぜならコンピューターは西洋文化を基に開発され発展したものであるため、フォントの発展も欧文が基となっている。そんな背景があるにもかかわらず、平仮名、片仮名、漢字が入り混じった日本語のフォントがよくここまで発展できたものだと一方で思う。中国語のフォント事情については知らないが、想像するに、そんな西洋文化主流のフォントに対するジレンマが中国人にはあるのではないか。つまり、これは複雑な構造をもつ、漢字のコンピューターに対する可能性を探った結果なのだろう。
展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリーB1[写真:藤塚光政]
中国からの受賞作品で、もうひとつ注目したのはHan Gaoの作品『Frankenstein Itself』である。世界的に有名な文学「フランケンシュタイン」をタイポグラフィー的に再解釈した作品とのことで、意図的に位置をずらし、向きを変え、大小を混ぜ合わせた、奇妙な文字で組んだ書籍である。その奇妙な面持ちは、まさに同文学に登場する醜い人造人間(怪物)のようだ。一文字ずつ反転させたり、180度回転させたりといった徹底的かつ極端な方法で欧文フォントをいじることができたのは、彼にとって欧文が母国語ではないからではないか。おそらく西洋文化圏のデザイナーはここまで大胆に欧文フォントをいじることはできないだろう。そうした点で、今後も西洋文化圏以外からの視点が国際賞としての東京TDC賞を面白くするに違いない。
展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー1F[写真:藤塚光政]
公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000816
[ポスターデザイン:Kim Dohyung]
関連レビュー
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TDC DAY 2020|杉江あこ:artscapeレビュー(2020年05月15日号)
2023/04/01(日)(杉江あこ)