2022年12月01日号
次回12月15日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

ミロコマチコ展「うみまとう」

会期:2022/04/05~2022/05/23

クリエイションギャラリーG8[東京都]

とにかく、圧倒される。ミロコマチコの絵の魅力をひと言で言うなら、これに尽きるだろう。私が彼女の作品と出合ったのは、亡き愛猫との日々を描いた絵本『てつぞうはね』だった。飼い猫との逸話は、正直、何でも物語になる。世の猫好きの心を鷲掴みにしやすいからだ。しかし同書はそんなありきたりな評価に値する絵本ではなく、彼女が全身全霊で愛猫を愛した様子が伝わる力作だった。猫の生命感と彼女の有り余る愛にとにかく溢れていたのだ。絵本作家としてデビューした彼女は、その後、画家としても活躍の場を広げ、2019年には奄美大島へ拠点を移し、新たな手法で創作活動を始めていた。本展はそんな現在の彼女の作品を知ることができる貴重な機会である。


展示風景 クリエイションギャラリーG8


会場に入り、やはり圧倒された。最初の展示室では空間全体が作品だったのだ。床、壁、柱を埋め尽くすように描かれた鮮やかな生物の絵は、開催初日から5日間かけて実施されたライブペインティング作品なのだという。私が訪れた日にはすでに完成されていたが、ビニールシートが敷かれた“道”を通って空間の中に入ることができ、作品の中に身を置くことができた。その勢いある筆致を間近で見つめると、彼女の息づかいまで伝わってくるようである。このライブペインティングを記録した映像を側のモニターで見ることができたが、画面が小さくていまひとつ伝わりづらい。そう思っていたら、一番奥の展示室で新作《光のざわめき》の制作風景を大きな映像で見ることができた。これが圧巻だった。

奄美大島の森の中に大きな木製パネルを置き、彼女が絵を描いていくのだが、驚いたことに最初から最後まで筆を使わず、自身の手のひらで描いていたのだ。チューブを握り、絵の具を紙に直接塗りつけ、それを手のひらで大胆に伸ばしていく。絵の具を幾層にも塗り重ね、ときにはちぎった紙を貼り、小石を擦りつけて絵の具を掻き落とす。映像を見ているだけではいったいどんな絵に仕上がるのか想像がつかなかったが、最後には何かの四つ脚動物と鳥が太陽の光を浴びている神秘的な絵が完成した。「絵の制作過程にこそ生み出す力や創造性があることに気づいたミロコは〜」という彼女についての紹介文にとても納得する。奄美大島の環境は、全身全霊で絵に向き合う彼女の姿勢を後押ししているようだ。島の水や植物を用いて伝統的な染色方法でキャンバスを染めているというのも興味深い。奄美大島でも彼女は猫を飼っているのだろうかと想像して、ふと微笑ましくなった。


展示風景 クリエイションギャラリーG8



公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/2204/2204.html

2022/04/21(木)(杉江あこ)

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調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ─大成建設コレクションより

会期:2022/04/09~2022/09/19

国立西洋美術館 新館1階 第1展示室[東京都]

ル・コルビュジエを語るにあたり、建築家と、彼のもうひとつの顔である画家との両側面を見る必要があるのかもしれない(とはいえ私はフリークではないので、詳しいことはあまり語れないと先に言い訳しておく)。3年前に同館で開催された展覧会「国立西洋美術館開館60周年記念 ル・コルビュジエ 絵画から建築へ─ピュリスムの時代」で、私はル・コルビュジエの初期絵画作品を一覧した。画家のオザンファンとともにピュリスムを宣言した頃の作品だ。この頃に描かれた絵画は規則的な構成といい、制御された色使いといい、非常に秩序立った印象を受けた。世界に向けてモダニズム建築を提示し、「近代建築の五原則」を提唱した機能主義者らしい絵画だったように思う。

しかし晩年には一転して、ル・コルビュジエはモダニストの信条を貫きながらも、人間の感情にもっと寄り添いながら、人間と機械、感情と合理性、そして芸術と科学の調和を目指したという。この思想の変化には、第二次世界大戦での荒廃や冷戦の脅威が影響していた。第一次マシン・エイジ(機械時代)に次ぎ、第二次マシン・エイジと呼ばれた時代精神である。本展ではル・コルビュジエの晩年の絵画と素描が紹介されており、その作風の変化が確かに見て取れた。キュビスムに似た幾何学的構図であるのは変わりないが、人間の身体や顔、開いた手、牡牛などを題材に盛り込むことで有機的な世界観を生み出していたのだ。こうした変化のなかで、ル・コルビュジエの晩年の最高傑作「ロンシャンの礼拝堂」が生まれたのかと腑に落ちた。まるでフリーハンドで描いたかのような独創的な造形をした礼拝堂は、合理的で洗練された「白い箱」を設計してきた建築家と同じ建築家が設計したとは思えないほどの変容ぶりであるからだ。

ル・コルビュジエほど先駆的な建築家であっても、時代や社会の風潮にこうも左右されるものなのかと、本展を観て改めて感じた。ということは、2022年は歴史的に見て大きな転換期となるのかもしれない。なぜなら世界的な疫病の蔓延に続いて、世界を二分する軍事侵攻が起こった年だからである。今後、クリエーティブの世界でどのような変化が起きるのかをとくと観察していきたい。


公式サイト:https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2022lecorbusier.html


関連レビュー

国立西洋美術館開館60周年記念 ル・コルビュジエ 絵画から建築へ──ピュリスムの時代|杉江あこ:artscapeレビュー(2019年03月01日号)

2022/04/21(木)(杉江あこ)

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青山見本帖 ショウケース展示「Paper Trip〜読む紙見本〜」

会期:2022/04/04~2022/05/06

青山見本帖[東京都]

人類史上で、紙は何のために生まれたのか。それは人が文字を記し、他者や後世に伝えるためである。つまり紙は文字を載せてこそ生きるものだ。本展を観て、そんな原点を見つめ直した。これは紙の専門商社、竹尾のショウルーム「青山見本帖」で行なわれた展示だ。タイトルに「読む紙見本」とあるとおり、文字で紙を紹介するユニークな内容だった。同社が販売する50種類の「ファインペーパー」に対し、文筆家のシラスアキコが50篇のショートストーリーを書き下ろし、それぞれの紙に印字して空間に展示するというインスタレーションが繰り広げられた。スペースデザインを手掛けたのは、シラスアキコも所属するCOLOR.である。ショートストーリーはいずれも短く、わずか2〜3文程度なので、物語のある断片を抜き出したかのような印象も受けるが、読みやすい軽やかな筆致で、独自の世界観がギュッと詰まっているので、まるで短編小説を読み終えたかのような爽やかな余韻を残す。空間に漂う紙1枚1枚に目を通しながら、そんな心地良さを味わった。


展示風景 青山見本帖


それにしても、おとぎばなしや詩、少女漫画、青春映画、SFといったさまざまな要素を持ったショートストーリーを、シラスはいったいどこから着想を得てふくらませたのだろう。解説を読むと、紙の風合い・色味・感触からだという。つるつるした紙、凹凸のある紙、透けるほど薄い紙、キラキラした紙など、確かに紙の個性はそれぞれに際立っている。色味も豊富だ。端に記された紙の名前も併せて見ると、ショートストーリーの世界観がグッと広がった。この展示は印字された紙の佇まいを見てもらうことがもともとの目的だと思うのだが、文字がその紙の個性に起因した物語になっているという二面性をはらんだ点が面白かった。


展示風景 青山見本帖


展示風景 青山見本帖


ひとつ残念だったのは、くり抜いた紙の形やレイアウトは変化に富んでいたのだが、書体だけ同一の丸ゴシック体を使用していた点だ。どうせなら、ショートストーリーに合わせたいろいろな書体を使ってみてほしかった。「読む紙見本」なのだから。しかし、そうすると煩雑な雰囲気になるといった判断で同一にしたのだろうかと想像する。


公式サイト:https://www.takeo.co.jp/news/detail/003679.html

2022/04/19(火)(杉江あこ)

TDC 2022

会期:2022/04/01~2022/04/30

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

文字の視覚表現を軸にした、グラフィックデザインの国際賞「東京TDC賞2022」の展覧会が今年も開催された。執筆、編集の仕事をしている身としては、文字のデザインへの興味はずっと尽きないのだが、今年のグランプリを目にして驚いた。その変化球ぶりに、である。それはNHKの番組「名曲アルバム+(プラス)」のために映像作家の大西景太が手がけた、マヌエル・カルドーゾ作曲の合唱曲「レクイエム」を視覚化した映像作品だった。私はこのテレビ番組を知らなかったのだが、「新進気鋭のクリエイターが名曲を独自の解釈と手法で映像化する」番組とのこと。その試み自体が面白いではないか。



「レクイエム」はソプラノ、アルト、テノール、バスなど6人の歌い手による無伴奏の合唱曲で、ポリフォニー(多声音楽)の様式を採る。大西は歌い手の声に着目し、なんとそれぞれの声を筆記体の文字(歌詞)に置き換える表現を行なった。つまり音の高さや長さに合わせて、文字が滑らかに動いて進むアニメーションとしたのだ。黒背景のなか、複数の白抜き文字がすらすらと流れていく様子は、観ていて実に心地が良かった。これら筆記体の文字は基本的には一筆書きなのだが、まるで文章を終えるように、途中でひと区切りする場面がある。これは歌い手の息つぎの瞬間で、つまり1本の描線をひと息として表現したのだという。

人間の声のメタファーとして人間の手が綴る文字を選んだ点に、私はとても共感を覚えた。いずれも素朴な身体的パフォーマンスと言えるからだ。昨今はコンピューターによる音声合成技術「ボーカロイド」の活用が盛んで、若者を中心に大流行りしている。こうした時代だからこそ、逆に鍛練された肉体的な美や芸術を求めたくなる。そんな気持ちに寄り添ったような作品だった。

一方、フランスの銅版彫刻文字を題材にしたデジタルタイポグラフィー「Altesse」がタイプデザイン賞を受賞しており、そこにも人間の手による美しい綴りへの憧憬や愛を感じて止まなかった。ところでわが国の中学校の英語授業で、近年は筆記体の読み書きを教えなくなっていると聞く。筆記体を習得した世代としては、この先、彼らが不便を感じないのかとやや不安に思う。私自身、筆記体を覚えるのは最初こそ面倒だったが、いったん身につけてしまうと書くのが楽しかった思い出がある。グランプリの映像作品を見るうちに、筆記体を一所懸命に書いていた当時の記憶さえもふと蘇ってきた。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー1階[撮影:藤塚光政]


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリーB1階[撮影:藤塚光政]



公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000786


関連レビュー

TDC DAY 2020|杉江あこ:artscapeレビュー(2020年05月15日号)

2022/04/02(土)(杉江あこ)

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吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる

会期:2022/03/19~2022/06/19

東京都現代美術館[東京都]

ル・コルビュジエには日本人の弟子が3人いたとされる。前川國男、坂倉準三、そして吉阪隆正だ。3人のうち一番年下の吉阪は、前川や坂倉と比べるとそれほど著名な方ではない。正直、私も名前くらいしか知らない程度であった。本展はそんな吉阪の活動全般に触れる「公立美術館では初の展覧会」だ。しかしタイトルが非常にユニークで親しみ深く、「ひげから地球へ、パノラみる」である。確かに吉阪のポートレートを見ると、妙に長い顎ひげが目を引く。これを自身の表象かつ等身大スケールとして捉えていたという解説が面白く、言わばひげも吉阪にとって「モデュロール」の一環だったのか! と思うと微笑ましくなった。


吉阪隆正[写真提供:アルキテクト]


さらに本展を観ていくうちに、建築を中心としながら民俗調査、教育、登山、探検・紀行、都市計画など、領域横断的な活動に精力的に取り組んできた生き様に好感が持てた。自身の体験をとても大切にし、それを根幹にして表現してきた人なのではないかと思う。逆に言えば「頭でっかち」な態度や、「机上の空論」を打つことを絶対にしなかった人ではないか。何しろ幼少期に家族と共にスイスで暮らし、青年期にフランスに留学し、さらに壮年期にはアフリカ大陸横断や北米大陸横断、2年間のアルゼンチン赴任を成し遂げるなど、吉阪の並々ならぬ経歴や行動力には驚く。20世紀初頭〜半ばの時代背景を考えればなおさらだ。このように自らの足で地球を駆け巡った体験が、俯瞰的にものを「パノラみる」姿勢や、地球規模でものを考える力へと帰着したのだろう。これは多様性やSDGsが問われる現代においても重要な視点で、巡り巡って、吉阪に時代が追いついたと言えるだろう。

本展にはさまざまな見どころがあったが、特筆すべきは吉阪の活動拠点だった《吉阪自邸》の断面図がなんと1/1サイズで壁面に描かれていたことだ。併せて吉阪自身の等身大パネルも添えられていた。ル・コルビュジエが掲げた近代建築の五原則のひとつ「ピロティ」を実践し、「大地は万人のものだ」という思想のもと、当時、1階の庭部分を周囲の人々に開放したという試みにもやはり好感が持てる。吉阪は真の意味でのコスモポリタンだったのだ。改めて、吉阪隆正という人間味あふれる建築家に興味を抱いた。



《吉阪自邸》(1955)[撮影:北田英治、1982]


展示風景 東京都現代美術館



公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/takamasa-yosizaka/

2022/03/23(水)(杉江あこ)

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