2022年12月01日号
次回12月15日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

装いの力─異性装の日本史

会期:2022/09/03~2022/10/30

渋谷区立松濤美術館[東京都]

「異性装の日本史」とは、公立美術館としてはずいぶん“せめた”テーマである。キワモノ的なのかと思いきや、『古事記』でのヤマトタケルの逸話からテーマを紐解いており、いたって真面目で学術的な内容だった。

神話に始まった日本の異性装がどのような変遷をたどるのかというと、中世には宮中物語や芸能で取り上げられ、戦国の世では女武者が登場し、江戸時代には若衆や蔭間が存在した。また江戸時代に始まった歌舞伎は、ご存知のとおり、現代まで続く異性装の最たる文化だ。いままで歴史の表舞台ではあまり語られてこなかったが、こうして俯瞰して見ると、もともと、日本は異性装やそれに伴う同性愛がごく自然に存在した国だったことがわかる。


三代・山川永徳斎《日本武尊》昭和時代初期(20世紀)個人蔵


その証拠に、異性装が異端として扱われるきっかけとなるのは、明治時代に西洋諸国に恥じぬようにと異性装禁止を含んだ軽犯罪法「違式詿違条例」が制定されたことだった。数年後にそれは別の法令へと引き継がれ、異性装禁止はなくなるのだが、異性装や同性愛は精神の病とする西洋精神医学の導入などにより、それらは世間で嫌悪や偏見の対象となってしまう。近頃、LGBTやジェンダーの問題が頻繁に取り上げられるようになったが、見方を変えれば、ようやく元の日本文化へ戻ったとも言えるのかもしれない。

それにしても、本展タイトル「装いの力」という言葉には考えさせられる。顔つきや声、体形に男女差があるとしても、社会において人は服装や髪型、化粧、持ち物などによって男性か女性かを見分け、また見分けられていることを示すからだ。例えば男性がスカートを履いていれば変な人に見られることの方が多いだろう。それは男性は男性らしい格好をしなければおかしいという固定観念があるからで、逆に言えば男性が男性らしい格好をしていれば「女性に間違われない」という安心感がある。対する相手も、男性らしい格好をした男性を女性に間違えることはないので、混乱を招かずに済む。つまり社会の中で、男性か女性かを見分ける目印として装いは大いに機能しているのだ。そう考えると、装いは社会における優れたデザインと言える。男性か女性かを見分けることは、ひいては男女が結ばれ子を成すことにつながるため、人にとっては非常に根源的な問題なのだ。そうした前提があるからこそ、異性装は異性に化けるための手段として使われてきた。人が異性に化けたときの違和感やドキドキ感がこれまでエンターテインメントの題材となってきたが、しかし近年の性に対する社会的価値観の変化により、我々の意識も揺らぎ始めている。社会の中で男性か女性かを外見で見分けることを必須としなければ、異性装という概念もなくなる時代がやってくるのかもしれない。


森村泰昌《光るセルフポートレイト(女優)/白いマリリン》(1996)
作家蔵(豊田市美術館寄託)



公式サイト:https://shoto-museum.jp/exhibitions/197iseisou/

2022/09/28(水)(杉江あこ)

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宮城壮太郎展──使えるもの、美しいもの

会期:2022/09/17~2022/11/13

世田谷美術館[東京都]

「ものを作る側の論理ではなく、真にユーザーの立場に立つこと、に尽きるのではないだろうか」。本展のチラシに載っている、このひと言ほどデザインの本質を突いた言葉はない。2011年に亡くなったデザイナーの宮城壮太郎(1951-2011)を知る人はそれほど多くないかもしれない。しかし彼が遺した仕事の数々を見れば、多くの人々が“すでに知っていた”ことになるだろう。例えばアスクルのロゴマークやオリジナル製品、プラスのファイル類やホッチキス、バーミックスの調理器具など。いつも身の回りにある日用品は、その存在を忘れるくらい暮らしに溶け込んだものでなくてはならないのだろう。機能や使い勝手はもちろん、美醜で言えば醜くてもいけないが、美の主張が強すぎてもいけない。いちいち目に留めてしまう姿ではかえってノイズとなるからだ。本展を観て、ユーザーに添い続けた彼の姿勢を改めて思い知った。


展示風景 世田谷美術館1階展示室


私が宮城を知ったきっかけは、アッシュコンセプトのオリジナルブランド「+d」の商品「Tsun Tsun」である。共同デザイナーである高橋美礼が私の知人でもあることから、実はかつてその商品を彼女からいただいたことがあった。それはゴム製の石鹸置きで、何本もの柔らかな棒状のゴムが草のように垂直に伸びた形状をしている。あるいは虫の繊毛のようにも見える。手に触れればその柔らかさは明らかなのに、何本ものゴムの先端が石鹸をそっと受け止める不思議な石鹸置きだ。使ってみるとわかるが、石鹸の接触する部分がすべて点であるため、石鹸が張り付くことがなく、また水はけが良くて洗いやすい。「+d」は暮らしに彩りや楽しさをもたらすブランドであるため、宮城にしてはやや主張の強いユニークなデザインとなるのかもしれない。しかし素材の特性を生かした最たる形という点で、彼の冴えた腕を窺い知ることができる。さぁ、周囲を見回してみよう。あなたの自宅や職場などにも、きっと宮城がデザインした商品があるはずだ。


宮城壮太郎+高橋美礼 +d Tsun Tsun(2004)[アッシュコンセプト]


展示風景 世田谷美術館1階展示室



公式サイト:https://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/special/detail.php?id=sp00210

2022/09/16(金)(杉江あこ)

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イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき

会期:2022/09/17~2022/11/10

Bunkamura ザ・ミュージアム[東京都]

わが家にイッタラの「バード」が4羽いる。大小さまざまな赤、青、白、黒の鳥たちだ。この愛らしいガラス作品がどのようにつくられているのかを知らなかったのだが、本展でその工程が実物と映像で紹介されていて、腑に落ちた。吹きガラスの宙吹き技法で、吹き竿に巻き取ったガラスを引っ張ったり押し付けたりして、鳥の首と胴体、尾を一気に形づくり、別の吹き竿で巻き取ったガラスを首の上に乗せて頭とくちばしの形にする。主な成形方法はこの2工程で、あとは全体のバランスやサイズ、色や模様などに工夫を凝らし、個性的な鳥たちを生み出しているようだ。映像の中でいとも簡単そうにガラスを操る職人の姿を見て、私も頭ではおおよそ理解できたが、そもそも吹きガラスで鳥のオブジェをつくろうと考えたデザイナーのオイバ・トイッカは奇才以外の何者でもない。


オイバ・トイッカによる《バード バイ トイッカ》コレクション ©Iittala


イッタラは、日本でも多くの人々から愛されるガラス製品を中心としたライフスタイルブランドだ。ことに最近の北欧デザインブームの波に乗って受け入れられたように感じる。本展では140年におよぶイッタラの歴史をはじめ、哲学、デザイナーたちをわかりやすく紹介しており、全体を俯瞰して捉えることができた。そのうえでつくづく感じたのは、ブランディングの巧みさである。


展示風景 Bunkamura ザ・ミュージアム


もともと、イッタラは、燃料の薪を大量に確保できる豊かな森林地帯の村に創立したガラス工場だった。時を経て、デザインコンペティションをきっかけに優れたデザイナー陣を積極的に採用したことや、他社との吸収合併を繰り返したことで成長していく。さらに近年は国外デザイナーを多数起用して世界市場へ進出し、陶磁器やカトラリーなどもコレクションに加えることでブランドとして大きく飛躍した。一方でフィンランドの自然や精霊などを創作の源とすることや、環境保護への取り組みにも熱心であるなど、足下のアイデンティティが揺らがない点も信頼につながっている。

こうしたイッタラの軌跡をたどるうち、日本のメーカーが見習うべきヒントがいくつもあることを痛感した。正直、吹きガラスの技術そのものは日本の工房や職人も負けていない。問題はいかに世界に通用するブランドへと成長させられるかにある。何かの役に立つわけではないのに無性に買いたくなる、そんな魅力にあふれた「バード」がブランドの強さをよく物語っている。


展示風景 Bunkamura ザ・ミュージアム



公式サイト:https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_iittala/

2022/09/16(金)(杉江あこ)

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LIVE+LIGHT In praise of Shadows 「陰翳礼讃」現代の光技術と

会期:2022/08/26~2022/09/25

BAG-Brillia Art Gallery[東京都]

谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』は、言うまでもなく、建築家やデザイナーらに広く読まれている名随筆である。私も何十年か前に初めて読んで以来、ことあるごとに書棚から文庫を取り出しては目を通してきた。昭和初期、日本家屋に電灯やストーブ、扇風機といった文明の利器がどんどん入り込んできたため、それに対して抱く違和感や嫌悪感についてを全編通して述べた作品だ。当時、日本は近代化すなわち西洋化への過渡期にあり、そうした不協和音は重々にしてあったのだろうと想像に難くない。もともと、日本家屋は奥まで採光が行き届かない造りとなっていたため、日本人はその薄暗さの中で暮らしを営み、いつしか闇に美を見出すようになったというのが谷崎の見解である。

しかし現代の日本の暮らしときたらどうだろう。衣食住の様式がすっかり西洋化したうえ、世界的に見ても最先端の機器やインフラに恵まれた便利な暮らしへと変貌した。そして街も住宅も昼夜問わず、明るさに満ちるようになった。それゆえなのか昭和初期に書かれたこの随筆が、時折、そんな我々の暮らしに疑問を投げかけるように引用されることがある。懐古趣味なのか、それとも温故知新なのか……。

本展も『陰翳礼讃』を題材にした展覧会なのだが、その試みは温故知新に当たるのだろう。「現代の光技術」であるLEDを使い、谷崎がその著述の中で美しいと誉めそやしたシーンを再現したのである。和紙を通して見たろうそくの炎のような灯り、薄明かりの中で映し出される漆器や羊羹、そして暗い家の中でレフ板効果を果たした金屏風など。会場は想像以上に真っ暗闇で、その中でLEDの光が点々と灯っていた。恐る恐るたどり、それぞれに近づいて見てみると、確かに漆器は表情がより浮き上がって見え、羊羹は闇にほぼ溶け込んでいた。羊羹について「あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ」と表現した意図が理解できたのである。


展示風景 BAG-Brillia Art Gallery展示スペース1 photo by Akihiro Sugiura


近年、光源としてLEDの精度が上がり、太陽光、月明かり、炎といった自然光の色みに(製品によって多少のばらつきはあるが)、最高値で97%まで近づいたという。これは従来の白熱灯や蛍光灯では成し得なかった色みだ。つまりLED灯を使えば、現代の暮らしでも『陰翳礼讃』の世界を再現できるというわけである。古い日本家屋に住まい、ろうそくを灯して明かりにする暮らしをいまさら我々はできないが、最新技術を使えば、その美しさや豊かさを享受できるかもしれない。そんな可能性を本展では示唆していたのだが、それを実行するにはまず我々が暗がりに慣れることから始めなければならないのだろう。


展示風景 BAG-Brillia Art Gallery展示スペース1 photo by Akihiro Sugiura



公式サイト:https://www.brillia-art.com/bag/exhibition/09.html

※キービジュアル:photo by Takashi Kurokawa, courtesy LUFTZUG

2022/08/27(土)(杉江あこ)

東北へのまなざし 1930-1945

会期:2022/07/23~2022/09/25

東京ステーションギャラリー[東京都]

日本のなかで工芸を語る際に欠かせない地域が東北である。昭和初期にドイツの建築家のブルーノ・タウトをはじめ、民藝運動を牽引した柳宗悦、フランスのデザイナーのシャルロット・ペリアン、考現学を提唱した今和次郎といったクリエイターや研究者らが東北を訪れて功績を残したことは史実として知っていたが、本展を観るまで、なぜ彼らが訪問に至ったのかの経緯についてはよくわかっていなかった。これまで特に不思議に思うことはなかったのだが、本展の終盤でふいに現われた「Ⅳ『雪調』ユートピア」の章で腑に落ちた。

雪調とは「積雪地方農村経済調査所」のことで、当時の農林省の出先機関として昭和8年に山形県に設置された。雪調は積雪と凶作によって疲弊した農村経済を更生させることを目的に、調査・研究・指導の任務を負っていた。部署のひとつに「副業・農村工業係」があり、農村経済を助けるには農閑期に現金収入に結びつく副業を研究し奨励することを急務とした。そこで東北で昔ながら行なわれてきた藁仕事などを現金収入に換えることに目を付け、柳宗悦ら民藝運動家と手を組んで東北の工芸を盛り立てたほか、当時の商務省の要請で来日していたシャルロット・ペリアンを招聘するなど、外部の専門家を積極的に巻き込んでいったのだ。


芹沢銈介 《日本民藝地図(現在之日本民藝)》 部分(1941)日本民藝館


当時のこうした施策により、東北の工芸は日の目を見るようになったのである。ものづくりに携わるデザイナーやプロデューサーらが学ぶべきは、この点ではないかと実感する。とはいえ、本展の主題はあくまで外部の専門家の目を通して見た東北の姿だ。正直、想像のおよぶ展示品や見覚えのある作品もあるにはあったが、これらを大系的に示そうとする切り口は面白かった。蓑や草鞋にしろ、木版画にしろ、こけしや張子人形にしろ、いずれもプリミティブな力強さがあるし愛おしさがある。仮に土着と洗練という対義語で語るなら、東北の工芸は土着性を圧倒的に強く感じる。それは下手に洗練させない方がいいと思えるほどである。


《こけし(木地山系)》(1925-41頃)原郷のこけし群 西田記念館


芹沢銈介『手仕事の日本』挿絵原画より《けら(陸奥)》(1945)日本民藝館



公式サイト:https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202207_tohoku.html


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2022/08/20(土)(杉江あこ)

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