2019年05月15日号
次回6月3日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

プレビュー:写真展「EXIT」

会期:2019/03/29~2019/04/19

BOOTLEG GALLERY[東京都]

2019年3月29日のEU離脱★1に向けて、いまイギリスが混乱している。この日から始まる本展は、写真家の金玖美がまさに「ブレグジット」をテーマに発表する写真展だ。混乱しているのは政治家や議員ばかりでなく、市井の人々も然り。本展はそんな市井の人々に焦点をあてた、私的なドキュメンタリーである。

金は幼少の頃、イギリスの伝承童話『マザーグースのうた』を繰り返し読み、そのなかに登場するイギリスの地名に惹かれ、いつか行ってみたいと思いを馳せて大人になったと言う。20歳のときに一人旅でイギリスを初めて訪れ、さらに写真家になった後、2004年にロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーションに留学し、その地に2年半滞在した。そんな金が2004年から15年間かけて、ロンドンを中心にイギリス各地で撮り溜めた写真が、本展では展示される。

おそらく『マザーグースのうた』が生まれた頃のイギリスと現在のイギリスとでは、国のあり方がずいぶん変わっているはずだ。金が最初に訪れたときのイギリスは、多民族、多文化が共存する、多様性のある国だった。彼女はそこに魅力を感じ、居心地の良さも感じたと言う。ちなみに金自身も在日コリアンとして生まれ、その出自に戸惑う経験もしたが、イギリスの寛容さに触れたことが自身のアイデンティティを確認する良い機会になったと言う。

写真に写されているのは、金がイギリス滞在中に引っ越しの内見で知り合った人やいっしょに暮らした人、学校の友人やそのまた友人、街で声をかけた人、そして街の何気ない風景などだ。金がかつて住んだ地域は、1990年代以降、賃料の安い空き倉庫を目当てにクリエイターが多く移り住んでいたイーストロンドンで、そこには移民も多く暮らしていた。2016年以降には、彼らにブレグジットについて話を聞きながら、撮影した。彼らはあくまでも仕事や家族、生活環境などの個人的な事情に基づいて、離脱か残留かの見解を述べた。これまで多様性を受け入れてきたイギリス社会だけに、彼らの自己主張は強く、ゆえに戸惑いも大きい。金はそんな彼らを優しく見つめるように、シャッターを切る。素のままの顔でカメラを真っ直ぐに見つめる人、カメラの存在すらないかのように部屋でくつろぐ人、抱き合うカップルなど。それらの写真はフィルムカメラで撮影され、金が調整して手焼きしたものであるため、昔のフィルム写真のように柔らかな質感をまとっている。そのためか、彼らの混乱や戸惑いよりも、その奥にある本性だけがすっと写し出されているようにも見える。この先、彼らの生活がどう変わりゆくのか……と想像を巡らせると、胸がやや詰まる。


金玖美《チェスと男》



金玖美《彼らは今、セント・アイブスに住んでいる》



金玖美《金さえあればどっちでもいい》


※2019/07/05〜2019/07/29、静岡県浜松市BOOKS AND PRINTSにて巡回展を予定。

※2019/04/11追記:会期の延長にともない、展示終了日を04/14から04/19に変更した。

★1──英議会の採決で、4月以降への離脱延期が決まりつつある(2019年3月29日現在)。

2019/03/26(火)(杉江あこ)

菅俊一展 正しくは、想像するしかない。

会期:2019/03/20~2019/04/15

松屋銀座7階デザインギャラリー1953[東京都]

例えば2つの点が左右に並んでいて、その真下に1つの点があるだけで、人の顔に見えるという現象がある。壁や天井に付いた模様やシミを眺めて、人の顔を想像したという経験はないだろうか。本展は、そんなふうに人が根本的に持つ想像力を試す実験のような内容だった。実験されるのは、鑑賞者だ。「ここに並んでいるのは手がかりだけです。正しいイメージは、鑑賞しているみなさんの頭の中にしかないのです。」というメッセージが、まさに本展の主旨を物語っている。

「1. 透明の発生」では、透過の感覚をつくり出す試みとして、さまざまな線の質感や表現方法が紹介される。4つのディスプレイに、斜めに傾いた正方形が、大きな長方形の中を通過していく様子が映る。その通過の過程で、正方形の輪郭が長い点線や短い点線、二重線であったり、四つ角の点しかなかったり、黒く塗りつぶされていたり、または何も映らないだけで、透過の感覚がそれぞれ微妙に異なって見える。いや、目に見えるのはあくまでも点や線でしかないため、心の中での想像が微妙に異なるというわけである。


展示風景 松屋銀座7階デザインギャラリー1953
[撮影:ナカサアンドパートナーズ]

「2. 乗り越える視線」は、「視線」の実験だ。これはやられた、という感じである。まず正面のディスプレイに映っている、四角と線だけで描かれた単純な顔を見ると、黒目がある方向を向いている。その視線の方向を辿ると、その先の壁には同じ単純な顔があり、また黒目がある方向を向いている。その視線の方向を辿ると……ということを繰り返していくと、気がつけばあちこちを向かされ、最終的に元のディスプレイに戻ってくるという仕組みだった。これは視線同士をつないで、空間に見えない線を描く試みだそうだ。


展示風景 松屋銀座7階デザインギャラリー1953
[撮影:ナカサアンドパートナーズ]

「3. その後を、想像する」では、ディスプレイ映像と、本を模した板の図版とで、日常的な行為の続きを想像させる試みが行なわれる。例えば、トングで掴んだ角砂糖をカップに入れようとする。映像や絵はそこでストップし、その後どうなるのかは、鑑賞者の想像に委ねられる。液体がカップの外にまでポチャンと飛び跳ねるのか、液体の水面が少しだけ揺れ動くのか、その想像は鑑賞者自身の経験値によって変わる。いわば想像力が働くことで、人は日常生活のなかで危険回避ができるというわけだ。これら3つの展示を通して、限られた視覚情報であっても、想像力でさまざまな情報を補うことができる人の知能の偉大さを、改めて教えられた。


展示風景 松屋銀座7階デザインギャラリー1953
[撮影:ナカサアンドパートナーズ]


2019/03/23(土)(杉江あこ)

フレンチ・デザイン展「NO TASTE FOR BAD TASTE スタルク、ブルレック…」

会期:2019/03/15~2019/03/31

21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3[東京都]

先日、パリに駐在する日本人からこんな話を聞いた。彼は多くのフランス人と接するなかで、フランス人のなかに「アール・ド・ヴィーヴル」という思想があることに気づいたと言う。直訳すれば「暮らしの芸術」「日常に息づく芸術」ということだが、彼はこれを「心の琴線に触れる素晴らしいものを暮らしに取り入れること」と意訳してとらえていた。フランス人はそうしたものへの欲求が強く、暮らしに積極的に取り入れて人生を楽しみたいと考えるのだと言う。本展でもこの言葉が最初に登場し、腑に落ちた。

本展はVIA(フランス創作家具振興会)が主催する世界巡回展である。国際的に活躍するデザイナーや建築家、シェフら40人のクリエイターにより結成されたシンクタンクが、「フレンチ・デザイン」を定義する10のキーコンセプトを導き出し、これらを象徴する家具などのプロダクトを選出。会場ではテントに愛らしいイラストレーションが描かれた各ブースで、それぞれのキーコンセプトとプロダクトとが展示されていた。

東京展で紹介されたのは、10のうち5つのキーコンセプトである。それらは「ラグジュアリーの香るエレガンス」「持続可能な革新性」「大胆さ」「サヴォアフェール(職人技)」そして「アール・ド・ヴィーヴル」である。実際に観てみると、キーコンセプトとそのプロダクトとが「なるほど」と結びつくものもあれば、「そうなの?」と思うようなものもあったが、総じていずれのプロダクトもこれらのキーコンセプトに当てはまるような印象を受けた。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3
[photo : Ryoichi Suzuki]


やはりフレンチ・デザインは独特の魅力を持っている。誤解を恐れずに言えば、それは型にはまらないということではないか。「伝統」や「品格」といったキーコンセプトも10のうちに入っているので、もちろん破天荒や羽目を外すということではないのだが、結局は「心の琴線に触れる」ことをもっとも大切にし、生きるうえでの信条としているのではないか。タイトルの「NO TASTE FOR BAD TASTE」とは、「悪趣味のセンスはない」。フランス人の飽くなき芸術への追求と、それを世界に知らしめようとするアピール力を思い知った展覧会であった。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3
[photo : Ryoichi Suzuki]


公式サイト:https://www.lefrenchdesign.org/

2019/03/23(土)(杉江あこ)

国立西洋美術館開館60周年記念 ル・コルビュジエ 絵画から建築へ──ピュリスムの時代

会期:2019/02/19~2019/05/19

国立西洋美術館 本館[東京都]

日本で唯一のル・コルビュジエの建築作品である国立西洋美術館で、ル・コルビュジエの展覧会が開催されるとあらば、これほど話題性に富んだ話はない。しかも同館は「ル・コルビュジエの建築作品──近代建築運動への顕著な貢献」の1資産として、2016年にユネスコ世界文化遺産に登録されたばかりである。いったいどんな展示内容になるのかと思えば、焦点を当てたのは、ル・コルビュジエの“原点”だった。ル・コルビュジエが建築家として本格的に活動を始める前、絵画を通して「ピュリスム(純粋主義)」の運動を推進した頃から、代表作「サヴォワ邸」を設計した頃までの10年間に焦点を当てたのである。


1918年末のパリで、ル・コルビュジエは画家のアメデ・オザンファンとともに冊子『キュビスム以後』を発行し、ピュリスムを宣言する。当時、パリの美術界で注目を浴びていたキュビスムを批判し、新しい芸術論を展開するのだが、幾何学を用いて構成する手法はキュビスムとよく似ていて、その違いについて解説されているものの、いまひとつピンとこない……。と思っていたら、最終的にル・コルビュジエはキュビスムを認めて、積極的に紹介する立場へと変わっていくため、やや肩透かしを食らってしまった。それでも平面図と立面図を合体させた独特の構成や、黄金比を用いた計算し尽くされた構成などは、ル・コルビュジエらしく、その後に建築家として開花していく予感をすでにはらんでいた。

個人的には、ル・コルビュジエの絵画にとても好感を持った。正直、ル・コルビュジエが描いた絵画を何作もじっくりと鑑賞したのは初めてのことかもしれない。まさに絵画からル・コルビュジエの思想の変遷を垣間見ることができ、これはこれで大変興味深かった。その多くが静物の抽象画である。瓶やグラス、ランタン、ギター、本などの日用品が抽象化され、それらが規則的に配置され、制御された色と色とが重なり合い、複雑に見えるようで秩序立った世界として描かれている。何と言うか、心地が良いのだ。誤解を恐れずに言えば、アンビエントミュージックならぬ、アンビエントアートのような存在に感じた。空間を構成するように絵画を構成すると、このような世界が生まれるのか。複製画でいいので、叶うなら、わが家のリビングにも掛けたいと思った。


公式サイト:https://www.lecorbusier2019.jp

2019/02/24(杉江あこ)

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ラリック・エレガンス 宝飾とガラスのモダニティ ─ユニマットコレクション─

会期:2019/02/24~2019/04/21

練馬区立美術館[東京都]

デザインには大きく二つの役割がある。ひとつは問題解決、もうひとつは意味形成や価値創造である。フランスのジュエリー作家でガラス工芸家のルネ・ラリックは、後者の役割でガラス工芸界に多大な功績を残した人物だ。1900年のパリ万国博覧会で注目を浴びたラリックは、アール・ヌーヴォーのジュエリー作家として成功を収めたにもかかわらず、時代の潮目を読み、その後、ガラス工芸家へと転向する。日用品のデザインに精力的に取り組むようになったきっかけは、香水瓶だった。折良く、フランソワ・コティという香水商から香水瓶の大量注文を受けたのである。それまで香水瓶といえば、無機質な薬瓶のような形態をしていた。20世紀初頭に新しく登場したデパートの売り場で、広く中産階級の婦人に香水を手に取ってもらうためには、もっと魅力的なパッケージでなければならないとコティは気づく。それがどんなに良い香りの香水であっても、視覚的に見せることができないからだ。当時、人気絶頂だったラリックが生み出す優美な世界観は、香水のイメージをふくらませるのに最適だとコティは判断した。

これを機に、ラリックは工場を設立し、ガラスの大量生産に取り組むようになる。繊細なガラス工芸でありながら、大量生産の製造方法を確立したことが、ラリックの偉業である。主に型吹きとプレス成型で、さまざまなガラス素材と仕上げ方法を駆使し、どんな造形をもつくった。香水瓶をはじめ、花瓶、ランプ、手鏡、灰皿、グラス、印章、インク壺、果てにはカーマスコットと、あらゆる日用品を手がけたのである。ラリックはデザイン(装飾美術)で、無味乾燥な日用品の価値を高めることに貢献した。しかも超高価な美術工芸品ではなく、比較的安価な量産品でそれを可能にしたのである。これこそ、デザインの力だ。それにしても、いま見ても魅力的なガラス工芸が多く、思わずうっとりと眺めていたくなった。



香水瓶《アンブル・アンティーク》コティ社(1910)
透明ガラス、型吹き成形、栓はプレス成形、サチネ、パチネ


常夜灯《日本のリンゴの木》(1920)
透明ガラス、型吹き成形、装飾板はプレス成形、サチネ/ベークライト製照明台付

公式サイト:https://neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201810241540347937

2019/02/24(杉江あこ)

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