2021年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

DEPTH DESIGN 1st EXHIBITION

会期:2020/11/19~2020/11/26

TIERS GALLERY[東京都]

印刷物をルーペで初めて覗き見たときの驚きをいまでも忘れられない。すべてが小さなドットで構成された世界がそこにはあった。特色を除く、通常のカラーはCMYKの4色で印刷されることを頭ではわかっていたにもかかわらず、実際に見る網点には何とも言えない迫力があった。本展を観て、そんな出来事をふと思い出した。本展を企画したDEPTH DESIGN(デプスデザイン)は、親会社のトヨコーと組み、壁面塗装によるパブリックアートの表現方法を研究している会社である。その代表取締役社長兼アートディレクターを務めるのが、デザイナーの清水慶太だ。設立されて間もない同社が、世間へのお披露目と同時に、パブリックアートの可能性を問うため展覧会を開いた。最初に観た作品「GRAY」はまさにCMYKの4色の原理を用いた実験作で、紙にインクではなく、壁にペンキで施されていた。実際に親会社の東京オフィスの内壁に用いられたそうで、遠目で見ると、4色のドットはグレーに映る。

展示風景 TIERS GALLERY

一般的にパブリックアートというと、巨匠アーティストによる、大衆の目を引く奇抜な作品というイメージが強い。それはそれで街や公園などにパワーをもたらし、また観光名物となることも多い。しかしDEPTH DESIGNの考えはむしろランドスケープデザインの延長上にあるようだ。公共空間を主に壁面塗装を用いていかに良いものへと変えられるかを模索する。「壁と景色」と題した作品では、街の景色は壁面の群によって印象づけられることを実証するため、立体模型を使い、街並みの一部を再現。これらの壁面に物語性のある色やパターン(濃霧や波、木々、アーチ)をプロジェクションマッピングで施し、街の景色がどのように変化するのかを実験していた。こうして見ると、壁面が街に与える影響の大きさに改めて気づく。

展示風景 TIERS GALLERY

一方で街の景観を損ね、治安悪化のイメージを与えるとされる壁面の落書き(グラフィティー)にも注目。主に文字表現が多いグラフィティーは、描き手からの何らかのメッセージではないかと肯定的に受け止め、グラフィティーを立体作品に転化する試みを行なった。これがベンチとして使用可能な立体作品に生まれ変わると、不思議と印象が変わる。たとえ街に置かれても、治安悪化のイメージにはあまりつながらないだろう。公共空間のあり方を考えるには、ミクロとマクロの両方の視点が大事になる。本展ではこの視点を生かした、柔軟な発想に基づく作品が観られた。

展示風景 TIERS GALLERY


公式サイト:https://depthdesign.co.jp/

2020/11/21(土)(杉江あこ)

私の選んだ一品[暮らしのピント]2020年度グッドデザイン賞審査委員セレクション

会期:2020/11/02~2020/11/30

GOOD DESIGN Marunouchi[東京都]

日本で規模がもっとも大きいデザイン賞と言えば、グッドデザイン賞である。毎年、国内外から来るその応募数は数千件に及び、募集、一次審査、二次審査、受賞発表といった運営が1年にわたって行なわれる。当然、審査委員の数も相当数必要で、現在、94人が務めているという。しかもその顔ぶれは、研究者やジャーナリスト、企業経営者が一部いるが、第一線で活躍する中堅の種々デザイナーや建築家が多くを占める。見方を変えれば、グッドデザイン賞の審査委員になったことで、彼らは若手から中堅への仲間入りを果たしたとも言える。そんな風に思えるのは、本展を観て、審査委員のなかによく見知ったデザイナーがずいぶん増えたと感じたからだった。

さて、本展は審査委員が主人公の展覧会である。彼らのうち日本在住の84人に、二次審査の会場で個人的に気になった、もしくは気に入ったデザインをひとつずつ選んでもらうという企画だ。そこで選ばれた全69点が彼ら一人ひとりのコメント付きで展示されていた。コメントを読むと、何というか審査委員のキャラクターや人間臭さがにじみ出ていて、予想以上に面白かった。なぜなら彼らは審査委員という立場ではなく、このときばかりは生活者の立場でコメントしていたからだ。もちろんデザインの知見を入れながらのコメントも多いのだが。幼い頃の思い出がよみがえったもの、自分が率直に欲しいと思ったもの、実際に家で使っているもの、ありそうでなかった視点、趣味のものなど、いずれのコメントにも実感がこもっていた。

展示風景 GOOD DESIGN Marunouchi

デザイナーも建築家も、専門家である前に、まず生活者であることを忘れてはならないと思う。デザインとは社会や人の営みを良くするものであるため、実は自身の経験が大いに物を言う世界でもある。生活のなかでの気づきが新たなデザインを生むきっかけになることも多い。ちなみに展示品のなかで私が欲しいと思ったものは、「猫様専用首輪型デバイス&アプリ」である。我が飼い猫にこれを試してみたい。いま、本気で買うか買わないかを悩んでいる。

展示風景 GOOD DESIGN Marunouchi


公式サイト:https://www.jidp.or.jp/ja/2020/10/25/202010014

2020/11/21(土)(杉江あこ)

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石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか

会期:2020/11/14~2021/02/14

東京都現代美術館[東京都]

1966年に発表された資生堂ビューティケイクのサマーキャンペーン・ポスターは、広告業界で長く語り継がれている名作である。「太陽に愛されよう」というキャッチコピーと、ハワイの海辺で撮影された澄んだ青空ときらめく砂浜、そして強い日差しを全身に浴びた健康的な女性が、しっかりとした目力で前を見据える姿は、いつ見ても強いインパクトを残す。これこそ石岡瑛子が世に注目されるきっかけとなった作品であり、また彼女のクリエーティブを物語るうえでの原点とも言える。この健康的で強い女性像は、きっと彼女自身でもあるのだ。そもそも資生堂は、創業者の福原信三が化粧品にも美的価値の必要性を感じて意匠部を設立し、欧州を中心に流行していたアール・ヌーヴォーとアール・デコ様式を積極的に取り入れ、独自の「美」のスタイルを築いてきた企業である。石岡にとって、その伝統さえも時代遅れに感じたのだろう。伝統は革新の連続であるように、以後、資生堂は時代の空気を積極的に取り込んでいくことで、業界ナンバーワンに躍り出る。

「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展示風景、東京都現代美術館、2020[Photo: Kenji Morita]

「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展示風景、東京都現代美術館、2020[Photo: Kenji Morita]

本展を観て、とにかく石岡のパワーに圧倒された。エントランスに使われたキーカラー、赤のせいもあるかもしれない。資生堂のような大手企業のインハウスデザイナーからスタートし、独立してアートディレクターとして活躍するというのは、言わばグラフィックデザイナーのキャリアの王道であるが、石岡はそこに留まらず、さらに活躍の場を海外に広げた点が圧巻である。しかも演劇、オペラ、映画、コンサート、サーカスなど、エンターテインメント分野までも活動の舞台にしていった点が破格だ。そんなデザイナーは後にも先にも石岡をおいてほかにいないのではないか。なぜならグラフィックと、衣装や舞台はあまりにも違うからだ。彼女の頭のなかはいったいどうなっているんだろう。そんな私の狭い了見に対して軽やかに答えるように、本展のボードには「私は衣装をやっているのではなく、視覚言語をつくっているのだ。」と掲げられていた。なるほど、石岡にすれば、どれもデザインという共通言語でつながっているのか。ところで、観覧中、石岡がデザインについて語るインタビュー音声が会場中に響き渡っており、なんだか彼女に説教を受けているような気分にもなった。

「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展示風景、東京都現代美術館、2020[Photo: Kenji Morita]


公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/eiko-ishioka/

2020/11/21(土)(杉江あこ)

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トランスレーションズ展 ―「わかりあえなさ」をわかりあおう

会期:2020/10/16~2021/03/07

21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー1&2[東京都]

恥ずかしながら、数年前から英語学習を再び始めた私としては気になる展覧会だった。コロナ禍で会期が延びたが、本来であれば、本展は東京2020オリンピックに合わせての開催だったのだろう。多くの外国人が日本に大挙して押し寄せる時期に「翻訳」というテーマに挑もうとしたことは理解できる。ただし本展の内容はただ言語を別の言語に変換することだけに留まっていない。視覚や聴覚、身体表現を用いたコミュニケーションや、料理を媒介にした翻訳、現代と古代、未来とのつながり、人と動物、物、さらには微生物とのコミュニケーションにまで風呂敷を広げる。その広げ方は21_21 DESIGN SIGHTらしい。皮肉にも、コロナ禍のいまは人とウィルスとのコミュニケーションが問われているのではないか。そんな風にさえ思えてくる。

本展を観ながら思い出したのが、生まれたときからバイリンガルの家庭環境で育った人に、そもそも頭のなかで何かを考えたり思ったりするときはどちらの言語なのかと尋ねたこと。その答えは意外にも「イメージでしかない」であった。つまり頭のなかでは言語化されていないのだ。日本語しか十分に喋れない私自身も、意識していないが、実はそうなのだろうと気づかされた。つまり我々は思考やイメージを翻訳して言語を発する。だからこそ、時には上手く言い表わせないこともある。そんな翻訳の不思議に迫りつつ、「わかりあえなさ」をわかり合い、また楽しもうというのが本展の狙いのようだ。

Google Creative Lab + Studio TheGreenEyl +ドミニク・チェン「ファウンド・イン・トランスレーション」[撮影:木奥惠三]

個人的に面白いと感じた作品は、「翻訳できない世界のことば」である。ひと言では言い表わせない、置き換えのできないユニークな世界の言葉をかわいいイラストレーションとともに紹介していた。例えば「PALEGG=パンにのせて食べるもの、何でも全部(ノルウェー語)」、「SAMAR=日が暮れたあと遅くまで夜更かしして、友達と楽しく過ごすこと(アラビア語)」、「SGRIOB=ウイスキーを一口飲む前に、上唇に感じる、妙なムズムズする感じ(ゲール語)」など、これらの言葉からは生活スタイルや人間臭さが透けて見え、とても興味深かった。日本語のなかからも「積ん読」や「木漏れ日」などが取り上げられていて、なるほどと思う。結局、言語はその国や地域の文化を象徴するものである。とすると、翻訳は異なる文化を互いに理解し合うための手段ではないのか。たとえ日本人同士でも、地域や職業、年齢によって使う言葉が微妙に異なることは承知だろう。「わかりあえなさ」をわかり合うことは多様性を認め合うことであり、それはこれからの社会でもっとも問われる姿勢である。わかり合えないからといってイライラするのではなく、むしろ楽しむくらいの余裕を持つ方がいい。そんなことを示唆する展覧会だった。

エラ・フランシス・サンダース「翻訳できない世界のことば」[撮影:木奥惠三]

清水淳子+鈴木悠平「moyamoya room」[撮影:木奥惠三]


公式サイト:http://www.2121designsight.jp/program/translations/

2020/10/17(土)(杉江あこ)

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フィリップ・ワイズベッカーが見た日本 大工道具、たてもの、日常品

会期:2020/10/02~2020/11/20

GALLERY A4(ギャラリー エー クワッド)[東京都]

海外旅行に行くと、街中や宿泊先にあるもの何もかもが珍しく映り、ワクワクする。それは日常的な道具や設備であればあるほどだ。例えば信号機や標識、ポスト……。母国の見慣れたものとは形やサイズ、仕様が違うだけで、その違いがなぜか愛おしく思えてくる。だから、何でもないものをつい写真に収めてしまったという経験はないだろうか。フィリップ・ワイズベッカーの創作の原点もそんな心情にあるのではないかと、本展を観て感じた。もちろん彼の場合、写真ではなく、ドローイングとして残しているのだが。

展示風景 GALLERY A4[撮影:光齋昇馬]

ワイズベッカーはフランス政府によるアーティスト・イン・レジデンスの招聘作家として、2004年、京都に4カ月間滞在した経験があるという。また東京2020オリンピックの公式ポスターをはじめ、日本での広告仕事や展覧会も多く、日本との縁は深い。そんな彼が日本滞在中に見たものが本展の主題だ。例えば綿密に描写された畳敷きの和室などは、日本らしい風景としてうなずけるのだが、いかにも和のものばかりではない。小さな工場か倉庫のような素朴な建物、トラックの荷台シート、立ち入り禁止のために道路に置かれたバリア標識、ゴミ箱など、一見、何でもないものを徹底的に観察し、それらにはさまざまな形状があることを知らせる。決して美しいものではないのに、彼の手にかかると、それらはまるで魔法をかけられたように愛おしいものへと変わる。その根底にあるのは、ものへの執着であり愛だ。そう、ワイズベッカーの圧倒的な愛を感じた展覧会だった。

展示風景 GALLERY A4[撮影:光齋昇馬]

本展の見どころは、竹中大工道具館の企画ということもあり、日本の大工道具である。鋸(のこぎり)、曲尺(かねじゃく)、墨壺、鉋(かんな)、鑿(のみ)といった伝統的な大工道具やさまざまな木目を写した木片などが、年月を経た古紙に描かれていて圧巻だった。また、パリにあるアトリエをワイズベッカー自らが紹介する映像のなかで、鋸について触れる話も興味深かった。それは「欧米では押して、日本では引いて切るという違いがある。私は絵を描く人間だから、引く方がずっと使いやすい。日本の鋸は私にとって素晴らしい発見だった。そのうえ美しいので気に入っており、しょっちゅう使っている」というのである。そんな視点で日本の鋸が称賛されるとは! 我々も身の回りにある日用品をもう少し自信を持って、いや、愛を持って見直してもいいのかもしれない。

展示風景 GALLERY A4[撮影:光齋昇馬]


公式サイト:http://www.a-quad.jp/

2020/10/17(土)(杉江あこ)

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