2021年04月15日号
次回5月17日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

特別展「きもの KIMONO」

会期:2020/6/30~2020/8/23(※)

東京国立博物館 平成館[東京都]

※前期展示は2020/6/30~7/26、後期展示は2020/7/28~8/23。


「鎌倉時代から現代までを通覧する、初めての大規模きもの展!」というキャッチフレーズのとおり、本展は本当に盛りだくさんの内容だった。約300件という展示規模のみならず、国宝や重要文化財の着物が何点か登場するのも見どころだ。まさに東京国立博物館のコレクション力を見せつけられた。例えば重要文化財のひとつである《小袖 白綾地秋草模様 尾形光琳筆》。これは尾形光琳が京都から江戸へ向かう途中、寄宿した商家の奥方に、世話になったお礼に描いたと伝わる逸品だ。光琳が小袖に直接描いた作品のうち、完全な着物の形で遺されているのはこれただひとつだという。そんなすごい作品だと知ると、鑑賞する目も変わってくる。また何でもそうだが、本物を間近で見られるのが良い。着物の織りや地模様、絞りや文様染め、刺繍などの細工がありありと伝わってくるからだ。

展示風景 東京国立博物館 平成館

重要文化財 小袖 白綾地秋草模様 尾形光琳筆 江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵

もっとも見応えがあったのは「3章 男の美学」である。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3武将が着用したと伝えられる着物が展示されていた。これこそ本物を見られる機会なんて滅多にない。なかでも織田信長所用の陣羽織がユニークだった。腰から上の身頃がすべて山鳥の羽毛で覆われていたのだ。背中に大きく揚羽蝶の家紋が入れられているのだが、その家紋は白い羽毛で、背景は黒い羽毛で表現されていた。羽毛一本一本を生地に刺し込んだ後、表面を切り揃えて仕立てられたもののようだ。当時、戦国武将は珍しい素材と突飛な技術を用いて比類ない着物を誂え、その勇姿を誇示したそうだが、3武将のなかでも信長はどこかエキセントリックな印象がある。それゆえ羽毛を意匠に用いたのもなんとなく頷けた。

陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様 織田信長所用 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵

また、鳶の者が火消しの際に身につけた火消半纏も見応えがあった。裏地に刺子で武者絵の模様を描き、火事を無事に消し止めると、半纏を反転させてその派手な模様を見せて市中を歩いたのだという。なかには前身頃から袖にかけて髑髏模様、後ろ身頃に平知盛の亡霊を描いた火消半纏があり、その迫力ときたらなかった。それは武将と同じく勇敢さを誇示するという面もあるが、悪霊や亡霊などの霊力を借りて、火の中に飛び込んだという面もあったのではないか。まさに江戸時代の男の美学を知る一端である。衣服やファッションという概念を超え、文化人類学的な視点で着物を考察する良い機会となった。


公式サイト:https://kimonoten2020.exhibit.jp/

※混雑緩和のため、本展では事前予約制を導入しています。来館前にオンラインで「日時指定+観覧セット券」あるいは「日時指定券」を予約ください。

2020/06/29(月)(杉江あこ)

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建築をみる2020 東京モダン生活(ライフ):東京都コレクションにみる1930年代

会期:2020/06/01~2020/09/27

東京都庭園美術館[東京都]

いわゆる「戦前」を指す昭和初期に、私は興味がある。それは戦争と戦争との貴重な狭間であり、日本がゆっくりと近代化の道を歩んだ時代だからだ。関東大震災後の「帝都復興」を果たした東京には、コンクリートとガラスの近代建築が建ち並び始め、上野〜浅草間で地下鉄が開通した。そして銀座には洋装したモガ・モボが闊歩したと言われる。現実的にはビジネスシーンを中心に男性の洋装が進んだ一方で、女性の洋装は銀座においてもわずか1%程度だったそうだ。しかし衣服は和服でも結い髪を断髪にするなど、洋装スタイルの浸透が少しずつ進んでいた。このゆっくりとした変化が奥ゆかしくて良い。本展はそんな「モダンの息吹」を探る展覧会だ。

石川光陽《資生堂パーラー》1934 東京都写真美術館蔵

展示は本館と新館とに分かれており、昭和初期つまり1930年代の東京の様子を紹介するのは新館の方である。絵画、写真、家具、雑誌、衣服などの展示品から当時の人々の生活が浮かび上がってくる。なかでも写真がもっとも資料性が高く、見応えがあった。展示写真を見ていて気づいたことは、銀座はすでに現代の街並みの骨格が出来上がりつつあったことだ。特に銀座4丁目交差点あたりの写真を見ると、そこが銀座であることを認識できた。一方で、渋谷は風景がまるっきり変わっていて想像もつかない。このように新陳代謝の激しい街と伝統を大事にする街との差が浮き彫りになった点が興味深かった。またモガの格好が、いま見ても、大変おしゃれだったことがわかる。彼女らが非常に先鋭的で、ファッションリーダー的存在だったのは確かだろう。現代にたとえるなら、タレントかカリスマ店員のようなものか。

本館の方は年に一度の建物公開展である。つまり1933年に竣工された朝香宮邸を紹介しているのだが、実はこれまでにも本館は展示品を展示する「箱」として公開されてきた。したがって私は同館を訪れるたびに見てきたのだが、今回、改めて朝香宮邸とはどんな存在だったのかを考える良い機会になった。そもそも施主である朝香宮夫妻が、1925年にパリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会(アール・デコ博)」を訪れたのは、朝香宮が欧州視察中、交通事故による治療でフランスに長逗留したためというのが運命的である。ともかくアール・デコ博に大変感銘を受けた夫妻は、後の新邸建設にあたり、フランス人装飾美術家のアンリ・ラパンやルネ・ラリックらを登用してアール・デコ様式を積極的に取り入れた。また基本設計を手がけた宮内省内匠寮にとって、これは威信をかけた大仕事だったのだろう。突板、壁紙、ガラスレリーフやエッチングガラス、タイル、鋳物など、あらゆる内装材が逐一凝っていて、邸内が“素材の見本市”の様相を呈していた。1930年代、庶民の間にはひたひたとモダンの波が押し寄せ、さらに宮中には大波が訪れていたことを知れる展覧会である。

東京都庭園美術館 外観南面

東京都庭園美術館本館 大客室


公式サイト:https://www.teien-art-museum.ne.jp/

2020/06/27(土)(杉江あこ)

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フランチェスカ・ビアゼットン『美しい痕跡 手書きへの讃歌』

翻訳:萱野有美
発行:みすず書房
発行日:2020/04/16

著者はイタリアカリグラフィー協会会長で、イタリアを代表するカリグラファーである。本書は「手で文字を書くこと」への熱い思いが込められたエッセイなのだが、共感できる部分がたくさんある一方で、欧州と日本との文化の違いも感じずにはいられなかった。私が小学生の頃、習い事の定番といえば、そろばんと書道(習字)であった。現代の小学生はさすがにそうではないだろうと思ったが、インターネット調査などを見ると、意外にもこれらの人気が再燃しているという。小学校でも国語科の一環として「書写」の授業は変わらずある。文字を正しくきれいに書くことへの意識が、日本人はいまだ高いのだ。ところが本書を読むと、イタリアではかつてカリグラフィーを学校で正式教科として教えていたにもかかわらず、1960年代末に廃止してしまった。そのためカリグラフィーというと、「中世の薫り漂う異物」や「異国情緒の漂うもの」と思われるのだという。だからこそ、カリグラフィーの希少価値が高まっているのかもしれない。

私自身、原稿を書くときはパソコンを使うが、実はそれ以外の場面では手で文字を書くことが多い。インタビューや取材ではノートにペンでメモを取るし、校正するときにも赤ペンで指示を書く。何か企画やラフ案を考えるときにもノートや紙にペンや鉛筆で自由に書いたり描いたりする。案外と私はアナログ人間、いやカリグラフィー人間なのかもしれないと気づいた。本書に「手で書くと脳のさまざまな部位が使われることが、神経科学の研究では示されている」という指摘がある。まさに手で文字を書くと、脳が刺激されてアイデアが引き出されたり、書いた内容が身についたりするような感覚がある。これはパソコンで文字を打つときには得られない感覚だ。それゆえに、私は手で文字を書くのかもしれない。

パソコンと手との違いをもうひとつ挙げるとしたら、手で文字を書くときには字体そのものをなぞって書くが、パソコンでは記号化して文字を打つ。この違いがとても大きい。具体的に言えばキーボードで日本語を打つとき、我々の多くはローマ字入力を使う。「か」は「ka」、「きゃ」は「kya」と打つ。日本語を書くのに、その媒介として、なぜ他言語のアルファベットを利用しなければならないのか。もちろん便利なツールではあるのだが、そこに何か根本的な矛盾を感じてしまう。本書のイタリア人著者も、そんな我々の葛藤にまで想像は及ばないだろう。その点においてはうらやましい限りだ。

2020/06/23(火)(杉江あこ)

デザインを記録し継承するもの展 グッドデザイン賞年鑑の10年・2010-2019

会期:2020/06/03~2020/07/14(※)

GOOD DESIGN Marunouchi[東京都]

※本ギャラリーでは新型コロナウイルス感染防止対策として、場内の人数制限を行っています。希望日時に必ず入場したい人は「ファストチケット(無料)」をお申し込みください。

日本国内でもっとも知られたデザイン賞といえば、言わずもがなグッドデザイン賞だろう。日本国内では85.5%の人が「グッドデザイン賞を知っている・聞いたことがある」そうだ(公益財団法人日本デザイン振興会による2014年12月インターネット調査)。確かにGマークは「デザインが良い」というお墨付きになり、他商品との差別化を多少図れるかもしれない。しかしデザイナーの立場からすると、いわゆる“名誉”となるデザイン賞は世界にもっとたくさんある。例えばドイツのiFデザイン賞やレッド・ドット・デザイン賞などだ。その点で、設立から60年以上が経ち、やや飽和状態となったグッドデザイン賞自体にもブランディングが必要なのではないかと思う。つまりデザイナー自身が誇れる賞となるために。

2010年度にグッドデザイン賞審査委員長にプロダクトデザイナーの深澤直人、副委員長にグラフィックデザイナーの佐藤卓が就任したことを機に、受賞年鑑『GOOD DESIGN AWARD』が大幅にリニューアルした。深澤が「こんな存在感の本が欲しいんだ」と言って、それこそドイツのデザイン賞の分厚い年鑑をアートディレクターの松下計の目の前に置いたという。背幅が数センチメートルある、分厚く重いハードカバーの年鑑がこうして生まれ、以後、同じ装丁の年鑑が10年続いた。2010年当時、紙媒体はデジタル媒体に取って代わられると叫ばれていたにもかかわらず、時代と逆行するかのように、深澤は物質としての本を強くアピールしたのである。これはまさに年鑑を活用したグッドデザイン賞のブランディングの一環ではないか。

本展ではその10冊の年鑑を閲覧可能な方法で展示するとともに、編集、撮影、レイアウト、印刷、紙、装丁など、年鑑づくりに関する秘話を紹介している。例えば本文の紙は上質紙の「ヴァンヌーボスムース-FS」を基に紙色を変えたオリジナルで、「sandesi(サンデシ)」という名前がついているとか、ロングライフデザイン賞は全ページにわたって同じグレー背景で商品撮影をしているのだが、そのグレーの発色が転ばないように5色のインキで刷っているとか、非常にマニアックな秘話が公開されていて興味深かった。本に限らず何でもそうだが、細部を職人的に丁寧につくり込んでいくと、全体の精度が上がる。物質的な存在感とともに、精度の高い年鑑に仕上げたことは、グッドデザイン賞の価値を上げることにもつながったのだろう。さて2020年度からはアートディレクターが交代し、年鑑の制作方法も変わるという。次からはどんな形態で、どんなメッセージを伝えるのだろう。


公式サイト:https://www.g-mark.org/gdm/exhibition.html

2020/06/06(土)(杉江あこ)

福田和代『東京ホロウアウト』

発行:東京創元社
発行日:2020/03/19


本書は近未来小説と言うべきなのか、リアリティー小説と言うべきなのか。時は2020年7月。東京オリンピック開幕直前のおよそ10日間を描いたサスペンス小説である。そう、本来ならいまごろ、東京をはじめ日本はオリンピック一色で盛り上がり、56年ぶりの高揚感を味わっているはずだった。それなのにウイルスの恐怖に怯え、経済がこれほど冷え込むとは、いったい誰が想像しただろう。本書は2018〜2019年に雑誌連載された作品を加筆修正したものであるため、当たり前だが、東京オリンピックが開催されることを前提に書かれた。東京中がハラハラとした危機にさらされるリアリティー小説だったはずなのだ。それなのにあり得た現実(東京オリンピック)があり得なくなったいま、本書は別の意味でのファンタジーとなってしまった。サスペンス小説であるのに、小説上で起きている「現実」が非常に眩しく感じてしまったのは、私だけか。

主人公は長距離トラックドライバー。正直、本書を読むまではトラックドライバーに対して何の関心も抱いていなかったが、彼らは物流を支えるプロであることが一貫して語られる。農業や漁業生産地から問屋や市場、スーパーマーケットやコンビニエンスストアへ、また個人宅から個人宅へ。そうなのだ、いまの世の中でわずかでも止まった途端、混乱が起きかねないのが物流である。例えばコンビニエンスストアに、毎日、たくさんの弁当が並べられている。その当たり前の光景を実現するために、いったいどれだけの人々が懸命に働いているのか。誰も意識すらしていなかった社会や物流のデザインを知らしめるがごとく、本書ではさまざまなテロが起きる。トラックの荷台を狙った青酸ガス発生事件に始まり、鉄道の線路破壊、高速道路のトンネル火災、トラックの車両爆破事件など。これらの事件が重なり、物流が徐々に止まることで、「東京が空っぽになる」ことに皆が気づいて恐怖を覚えるのだ。

最大消費地である東京を支えるために、この国はあるのか。実に軽やかに書かれた小説であるのに、読後にはこうしたメッセージが重くのしかかる。華々しく開かれるはずだった東京オリンピックが延期されたいまだからこそ、それをより深く考えさせられる。

2020/05/24(日)(杉江あこ)

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