2021年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

ファッション イン ジャパン 1945-2020 ─流行と社会

会期:2021/06/09~2021/09/06(※)

国立新美術館 企画展示室1E[東京都]

※オンラインチケットでの予約を推奨


ファッションというと、「服装」を意味する言葉として定着しているが、もともとの意味は服装に限らず広い意味での「流行」である。その点で本展は洋服を基軸としながら、日本の戦後流行史や社会史にも迫る充実した内容だった。当時の世相や流行した雑誌、広告、映像、音楽なども含めて展示していたからだ。まずプロローグとして1920年代-1945年があり、国民服ともんぺが展示されていてのっけから目を引く。そして1章は終戦直後の1945-1950年代、2章は1960年代と、以後、10年単位で章を展開していく。したがってどの世代が観覧しても、必ずどこかの章で懐かしさを覚えたり、当時の自分を思い出したりするのではないかと思えた。まさに服装と流行と社会とは切っても切れない関係にあることを痛感した。


展示風景 国立新美術館 企画展示室1E


ちなみに団塊ジュニア世代の私は1980年代から懐かしさがじわじわと高まり、1990年代にその感情が爆発した。「あぁ、こんなブランドが流行ったよね」とか「こんな格好をした人がいたよね」という言葉が口をついて出た。そして当時、自分が何歳頃で、どんな生活を送っていたのかということまでも蘇ってきたのである。こうした反応は私だけではなかったようで、周囲からも同様に共感や感嘆の言葉が聞こえた。つまりファッションは、個々人が人生を振り返ることのできる強いフックとなるのだ。


展示風景 国立新美術館 企画展示室1E


展示風景 国立新美術館 企画展示室1E


考えてみれば、欧米諸国やその他の国々に比べると、日本の洋服史はまだ浅い。庶民全般に本格的に洋服が根づいたのが戦後からとすると、100年にも満たないからだ。そのわずか100年足らずの間に日本の洋服史は変幻自在な道を辿った。当初は欧米の服装をそのまま受け入れつつも、次第に独自路線を歩んでいく。歴史がないからこそ、自由に羽ばたけたのだ。当然、社会状況からも大きな影響を受けてきた。そんな日本のファッションのガラパゴス化が、2000年代以降には逆に世界から評価される結果にもなる。ガラパゴス化への原動力は何かというと、結局、日本人はおしゃれが好きで、創意工夫するのが好きということに尽きるのではないか。それはファッションデザイナーや業界の人々だけに限らない。庶民一人ひとりが自分らしい服装を希求しているのだ。だから戦中のもんぺにも、戦後まもなくの洋裁ブームにも、庶民が楽しんだおしゃれがあった。さて、本展を観て、あなたは何に懐かしさを覚えるだろうか。


公式サイト:https://fij2020.jp

2021/06/08(火)(杉江あこ)

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イサム・ノグチ 発見の道

会期:2021/04/24~2021/08/29(※)

東京都美術館[東京都]

※日時指定予約を実施


香川県牟礼町のイサム・ノグチ庭園美術館を私が訪れたのは、もう十数年以上も前のことである。見学には事前に往復ハガキによる申し込みが必要で、入館してからは「写真撮影はいっさいNG」とずいぶん厳しい対応ではあったけれど、わざわざ足を運んだ甲斐があった。そのときに感じたのは、彫刻は設置される環境が重要ということである。庭やアトリエ、住居の至るところに鎮座する数々の彫刻はまさにそこに生きていた。「自然石と向き合っていると、石が話をはじめるのですよ。その声が聞こえたら、ちょっとだけ手助けしてあげるんです」とイサム・ノグチは語ったと建築家の磯崎新が明かしているが、その自然石ならではの生命力を強く感じたのだ。それから10年以上経った5年前、米国ニューヨークのイサム・ノグチ庭園美術館へも出張のついでに訪れることができたのだが、やはり同じように感じたことを覚えている。



この彫刻の活力を見せるという点において、本展は優れていた。これまでにも都内などで催されたイサム・ノグチの展覧会をいくつか観てきたが、ホワイトキューブの中に置かれた彫刻はどうにも居心地が悪そうに見えて仕方がなかったからだ。本展の「第1章 彫刻の宇宙」では、ノグチの代表作である光の彫刻「あかり」を150灯も吊るした大規模なインスタレーションが中央に配され、その周りや下を周回できるようになっていた。これを観た瞬間、こう来たか!とテンションが思わず上がった。明滅する「あかり」150灯の周囲には、ノグチの壮年から最晩年に至るまでの多様な作品が点在し、それらまでも不思議と生き生きとして見えた。


展示風景 東京都美術館
展示風景作品 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713


続く「第2章 かろみの世界」と「第3章 石の庭」でもそれは同様だった。全体がシンプルな3部構成で、いずれも広い空間に彫刻を点在させて周囲の照明を少し落としていたためか、解説を読んだり頭で考えたりするよりも心で感じることができたのである。ザラザラ、ツルツルとした石の豊かな地肌、いろいろな想像力を掻き立てる形、前から横から後ろから観たときに異なる印象……。こうした彫刻の純粋な姿に見入ることができた。実は緊急事態宣言が発令されて、本展は開始早々に一時休室に追い込まれてしまったが、そんな人々の心が病んでしまいかねないコロナ禍だからこそ、芸術の力が必要だ。奇しくも、ノグチは現代の我々に生きる勇気を与えてくれたように思う。


展示風景 東京都美術館
展示風景作品 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713



公式サイト:https://isamunoguchi.exhibit.jp

2021/06/01(火)(杉江あこ)

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グラフィックトライアル2020─Baton─

会期:2021/04/24~2021/08/01(※)

印刷博物館 P&Pギャラリー[東京都]

※入館事前予約制


トップクリエイターと凸版印刷とが協力し合い、新しい印刷表現を探る「グラフィックトライアル」。昨年のコロナ禍でいったん中止に追い込まれた同展だったが、1年越しで開催にこぎつけた。今回の参加クリエイターはグラフィックデザイナーの佐藤卓、美術家の野老朝雄、アートディレクターのアーロン・ニエ、同じくアートディレクターの上西祐理、凸版印刷フォトグラファーの市川知宏の5人で、オリンピックイヤーに相応しいクリエイターが加わっていたことも目玉である。


展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー


例えば佐藤卓が選んだ題材は「みそ汁」で、やはり生活に根差したデザイナーだなと実感する。みそ汁は和食の基本要素であり、ほぼ毎日、多くの人々が口にする身近な料理だ。佐藤がポスターづくりのヒントにしたのは、印刷所で「ヤレ」と呼ばれる損紙である。調整や確認のために何度も試し刷りされ、関係のない絵柄同士が刷り重ねられたヤレのビジュアルに得も言われぬ魅力を感じていたという佐藤は、そこにみそ汁のイメージを重ねた。まるで鍋にみそと具材を投げ込むように、紙面にみそと具材をレイアウトしたのだという。観ている方も、鍋の中を覗き込んでいるようなシズル感をともなう。佐藤はヤレのような刷り重ねを表現するべく、みそや具材1種ごとにCMYKの4版を刷るという手間をかけ、1枚のポスターにつき20刷以上を実施。さらにみそや具材の味わいや舌触りを想起させるかのごとく、印刷時の網点の細かさや形状を細かく設計し、ぬめりのある具材にはグロスニスを追加。また具材を鍋に投入する順番で刷り重ねるというユニークな試みをしており、本当に料理をするようにポスターづくりを楽しんだ様子が伺えた。


展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー


一方、東京2020オリンピック・パラリンピックのエンブレムを制作したことで一躍有名になった野老朝雄は「REMARKS ON BLUE」と題し、青の印刷実験を行なった。これまで野老は徳島県で藍染を、佐賀県有田町で有田焼の呉須を素材にして青の研究を行なうなど、青への強いこだわりを持つ。今回、軸とした色はC100%、M86%、Y0%、K50%を掛け合わせた日本の伝統的な藍色だ(この藍色の数値の割り出し方にも絶妙な論理があって驚いた)。野老はこの藍色の濃度を100段階に分け、一つひとつをグリッドにして、それらを曼荼羅状に組み立てたポスターを制作。このビジュアルをもとに用紙やCMYKの刷り順を変えるなどさまざまな試みをしているのだが、なかでも直射日光を当て続けてCMYKの経年変化を調べた実験には興味を引かれた。青は褪色しづらいという知識は私の頭にもなんとなくあったが、それに対してYは72時間、Mは360時間直射日光を当て続けると色みが消えるという衝撃の結果が導き出されていた。つまり藍色のポスターは360時間でCとKを掛け合わせただけの青色のポスターへと変わってしまうのである。野老が青に惹かれるのは、この強さゆえだ。いずれも各クリエイターの個性が伺えるトライアルばかりで大変刺激的であった。


展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー



公式サイト:https://www.toppan.co.jp/biz/gainfo/graphictrial/2020/

2021/06/01(火)(杉江あこ)

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「みみをすますように 酒井駒子」展

会期:2021/04/10~2021/07/04(※)

PLAY! MUSEUM[東京都]

※土日祝に限り、日付指定券を販売。


誰しも経験があると思うが、大人から見ればくだらないものや些細なことでも、子どもにとってそれが特別なものに見えることがある。絵本作家の酒井駒子は、そんな子どもの目を通して見える密やかな世界を丁寧に描く。明るく愉快にではなく、静かにゆっくりと。もう何年も前、『金曜日の砂糖ちゃん』で私は初めて彼女の絵本を知ったのだが、そのとき、心をハッとつかまれた覚えがある。子ども向けの絵本はまさに明るく愉快に描かれることが多いが、自分自身を振り返ってみても、子どもだからといって毎日のすべてが明るく愉快であるはずがない。それは大人が押し付ける概念である。むしろ静かにゆっくりと、自分の内面(というか想像の世界)と向き合う時間が長かったような気がする。『金曜日の砂糖ちゃん』に収録された3作は、大人が望む子どもの無邪気さとは別のベクトルで、そんな子どもの内面がありのままに描かれているように感じた。

さて、本展は酒井駒子を特集した初めての展覧会である。彼女が実際に居を構える「山の家(アトリエ)」を彷彿とさせるような音や映像、そして無垢の杉材を使った額やケース、什器で会場が構成されていた。これまで刊行された絵本などのなかから厳選された約250点の原画が、形も大きさも高さもまちまちな額やケースに収められており、散策するように巡りながら覗き込んだり屈み込んだりして鑑賞した。彼女の原画を見るのは初めてだったのだが、画用紙だけでなくダンボールにまで描かれているのには驚いた。黒い絵具を下塗りした上に配色するという独自の技法が、彼女の絵の持ち味なのだが、ダンボールを画用紙代わりにすることで、さらに独特のざらつきが加わるようだ。そんな種明かしもあり、印刷では味わえない原画の生の迫力を十分に堪能できた。


展示風景 PLAY! MUSEUM[撮影:吉次史成]


展示風景 PLAY! MUSEUM[撮影:吉次史成]


本展を観た後、酒井駒子への興味が俄然と増してさまざまな絵本を手に取ってみた。やはり大人が読んでも心を動かされる作品が多い。なかでも歌人の穂村弘と共作した絵本『まばたき』は、シンプルゆえに力強く、最後の1ページを開いたときの衝撃は非常に忘れがたいものとなった。


展示風景 PLAY! MUSEUM[撮影:吉次史成]



公式サイト:https://play2020.jp/article/komako-sakai/

2021/06/01(火)(杉江あこ)

小松左京『復活の日』

発行:KADOKAWA
発行日:1975/10/30

新型コロナウイルスが流行し始めた昨年、『ペスト』とともに再注目を集めた小説が『復活の日』である。御多分に洩れず、私も両作品とも夢中になって読んだ。『ペスト』はフランス領アルジェリアを舞台に疫病に惑わされる庶民の言動を坦々と描いた不条理小説であるが、『復活の日』は同じ疫病を扱いつつもスケールがまったく違った。世界的パンデミックがいまだ収まらず、変異種が次々と生まれている昨今、同作品に改めて注目してみたい。

『復活の日』はSFの名手、小松左京によって書かれた小説だ。1964年に発表されたとは思えないほど斬新で、来たる未来を予知していたかのような内容には慄くばかりである。第一部では1960年代のある年に “チベットかぜ”と呼ばれるインフルエンザが世界中で猛威を奮う様子が描かれる。その年の3月に最初の兆候が現われてからわずか半年間でパンデミックとなり、人類が滅亡に向かうのだ。5月の東京では、朝のラッシュ時、いつもなら満員になる電車が空いている。誰かが激しい咳をすれば、人々は薄気味悪そうに、横を向いて身を引く。そんな描写が昨春のコロナ禍と被り、読みながら身を震わせてしまった。一方、病院の中は戦争同然だったという描写も、現在の逼迫した医療現場と酷似している。

そうした世の中の様子と並行して描かれるのが、米英の国家軍事機密だ。それぞれが断片的な場面として描かれているが、それらをつなぎ合わせていくと、おそらく米国の人工衛星が宇宙から採取してきた微生物をもとに、同国の国防総省である原種がつくられ、それが盗まれて英国へと渡り、同国陸軍省の研究所で恐ろしい“核酸兵器”に変異させられたという経緯が見えてくる。そして強烈な毒性を持った変異種が何者かによって研究所から奪われ、彼らのうかつな飛行機事故によってアルプス山中にばら撒かれてしまうのが事の発端となる。新型コロナウイルスが中国の武漢ウイルス研究所から漏れたものではないかという噂が昨年に立ち、未だに消えないが、同書を読むと、そんな噂もあながち嘘ではないかもしれないという気さえしてくる。

しかし人類は完全に滅亡しなかった。南極に滞在する世界各国隊が生き残ったのである。まるでノアの箱舟のように……。そこで彼らが築く新たな共同体によって人類は“復活”に向かい、そして彼ら自身も想定外だったある出来事によって病原体で覆われた地球が“復活”する。その壮大な結末のすごさをぜひ味わってほしい。


関連レビュー

アルベール・カミュ『ペスト』|杉江あこ:artscapeレビュー(2020年05月15日号)

2021/05/10(月)(杉江あこ)

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