2019年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

REVELATIONS

会期:2019/05/23~2019/05/26

グラン・パレ[フランス・パリ]

19世紀後半のイギリスで興ったアーツ・アンド・クラフツ運動は、デザイナーのウィリアム・モリスの思想に端を発したものだったが、21世紀になり、新たな工芸運動がフランスで興り始めている。それがファインクラフト運動だ。ひと口に言えば「工芸作家によるアート運動」で、アーツ・アンド・クラフツ運動に対して、これは「アーツ・バイ・クラフツ運動」とでも言うべきか。

ファインクラフト運動を主導するのは、フランス工芸作家組合(Ateliers d’Art de France)である。これまでアーティストよりも低く見られてきた工芸作家の地位向上を目指し、工芸作家がアート界に参入し始めたのだ。そのサロン(展示・商談会)「REVELATIONS(レベラション)」が、2019年5月にフランス・パリで開催された。同展は2013年から隔年開催を続け、今年で4回目を迎える。出展者は33カ国、約500人、4日間で37,522人の来場者が集まり、いまやヨーロッパを中心に世界中の注目を集めるサロンに成長しつつある。同展がユニークなのは、狙うのがプロダクト市場ではなくあくまでアート市場である点だ。工芸作家が素材の持ち味を生かしながら、自身の持てる技を大いに発揮し、アートとして鑑賞に耐える作品を世に問う。アーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受けたとされる、日本の民藝運動が提唱した「用の美」とは根本的にそこが違う。「用」は不要なのだ。主な顧客は個人のアートコレクターやギャラリーオーナー、美術館のキュレーターらである。

展示風景 グラン・パレ[撮影:下川一哉]

同展を取材すると、日本からは沖縄県石垣市の石垣焼窯元、茨城県結城市で結城紬の産地問屋を商う奧順といった工芸事業者が出展していたほか、フランスに在住する日本人工芸作家が数名出展していた。彼らからは同展について「工芸分野ではトップレベルのサロン」「最高級の手仕事を伝えるにはもっとも適した場」「文化レベルが非常に高いサロンなので、作品が売れるか売れないかよりも、作品をどう評価してくれるのかが重要」といった声が聞かれた。

しかし他国と比べると、日本国内での同展の認知度はまだ低いと感じる。会場中央には「バンケット」と呼ばれるエリアが敷かれ、カナダやチリ、インド、タイなど11の国や地域が参加し、それぞれを代表する工芸品が華やかに展示されていた。ここに「Japan」の存在がなかったことを非常に残念に感じたのである。日本は欧米諸国に比べると、アート市場の成熟度は低いが、工芸の熟練度は最高水準にあると日々の取材や支援活動、視察などで痛感する。だからこそ同展は日本の工芸作家や職人、事業者にとってはチャンスと映った。次回2021年の開催時に、もっと多くの日本人の活躍が見られることを期待したい。

石垣焼窯元 金子晴彦の出展作品《ブルーウェーブ そこにある記憶 Ⅳ》[撮影:下川一哉]

セラミックアーティスト、栗原香織の出展作品「ボタニカル ファイヤーワークス」と「花⇄果実」[撮影:下川一哉]

ガラス作家、前田恵里の出展作品「Extensions M」[撮影:下川一哉]

刺繍作家、杉浦今日子の出展作品《Sleeping Twins −2−》[撮影:杉浦岳史]

公式サイト:https://www.revelations-grandpalais.com/fr/

2019/05/24(金)、25(土)(杉江あこ)

視覚の共振・勝井三雄

会期:2019/04/14~2019/06/02

宇都宮美術館[栃木県]

勝井三雄は、田中一光や永井一正、福田繁雄らと並び、戦後日本の高度経済成長期を支えてきたグラフィックデザイナーのひとりである。とはいえ私がわずかに知るのは、色彩を駆使した作品のイメージくらいでしかなく、本展を観て、勝井の力量を改めて思い知らされた。会場に入り、膨大な年表が貼り出されたプロムナード・ギャラリーを通り過ぎると、中央ホールへと導かれる。ここでアッと目を惹くのが、吹き抜けの天井を生かした色彩の巨大インスタレーションだ。これは人間が知覚できる可視光を表わした作品で、赤から紫まで虹色をまとった何枚もの薄い布が凛と吊り下がっていた。さらに「色光の部屋」へ入ると、色彩を操りながら多様な表現を試みたポスター作品群がワッと押し寄せる。その奥では映像インスタレーションが3面の壁にわたって映し出され、うごめく色彩の波に飲み込まれていくような感覚を味わう。ここまでは勝井のダイナミックで華やかな一面と言うべきか。

展示風景 宇都宮美術館「中央ホール」[撮影:杉田賢治]

展示風景 宇都宮美術館「色光の部屋」[撮影:杉田賢治]

もうひとつの「情報の部屋」へ移動すると、ひるがえって勝井の堅実な一面を見ることができた。勝井は長いグラフィックデザイナー人生のなかで、ポスターをはじめ、エディトリアル、CI、空間構成など、ありとあらゆる分野に携わってきたようだ。それらがずらりと壁や展示台に並ぶなか、私がもっとも注目したのは職業柄か、やはりエディトリアルである。書籍や雑誌のほか、教科書、作品集、写真集、楽譜集、百科事典と、その範囲も幅広い。例えば化学の教科書やピアノ教本など見覚えのある本を目にし、あれも?これも?と、懐かしさと驚きを覚えてしまった。

何より興味深かったのは『現代世界百科大事典』である。いまでこそ何でもネットで検索するのが当たり前となっているが、同書が創刊された1971〜72年当時は百科事典が情報源の花形だった。これは全3巻に及ぶ、日本で初めてデザインシステムに則った百科事典で、勝井がまず取り組んだのはルールづくりだったという。色彩の使い方、図表の表現方法、各種記号、書体、レイアウトなどのシステムを構築するのに3年余も費やしたそうだ。展示ではそのデザインシステムの一部が解剖されていて、その丁寧な仕事ぶりが窺えた。いや、確かにここまで徹底してルールづくりをしなければ、収拾がつかなくなるのは明らかなのだが、それにしても気が遠くなるような編集作業である。情報を編集することとは何かということを、改めて教わる機会となった。

展示風景 宇都宮美術館「情報の部屋」[撮影:杉田賢治]

公式サイト:http://u-moa.jp/exhibition/exhibition2.html


2019/04/27(土)(杉江あこ)

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nendo×Suntory Museum of Art
information or inspiration? 左脳と右脳でたのしむ日本の美

会期:2019/04/27~2019/06/02

サントリー美術館[東京都]

佐藤オオキ率いるデザインオフィスnendoの著書に『ウラからのぞけばオモテが見える』(日経BP社、2013)がある。本展をひと言で言い表わすのなら、まさにこの言葉が当てはまるだろう。展示室に入ろうとすると、入り口が二つある。「どちらかお好きな入り口からお入りください」とスタッフに誘導される。片方は真っ白な空間への入り口「information」、もう片方は真っ黒な空間への入り口「inspiration」。そのときはあまり深く考えず、なんとなくその場の足取りから「information」に進んだ。最初の角を曲がると、まっすぐに通路が伸びている。全体の照明は暗めだが、壁にいくつものスポット照明が当たっており、そこには作品解説が載っていた。やや長めの文章に加えて、イラスト図解まである。対面の壁には窓が均一にくり抜かれており、そこを覗き込むと、まさに解説の作品を観ることができた。いずれもサントリー美術館が所蔵する、日本の美術品である。角をくねくねと曲がりながらも、ずっと続く一本道の展示空間にやや動揺を覚えつつ、ひとまず1フロアの鑑賞が終了。階下に降りると、やはり同様の展示構成となっており、ここでようやく本展の趣旨が身をもってわかってきた。


展示風景 サントリー美術館「information」

つまり「information」は左脳的なアプローチ、「inspiration」は右脳的な感じ方を提供するものだった。左脳は言語や文字などの情報処理を行なうため論理性に優れ、対して右脳は非言語の情報処理を行なうため直感力に優れると言われる。そういえば私は展覧会を観る際に、つい解説から見る癖がついているかもしれない。「information」から観た人は階下のフロアでも「information」から観るようにとの順路説明があったため、引き続き「information」の空間を観終え、もう一度階上へ引き返して、今度は「inspiration」の空間へと入った。すると、さらに唖然とした。真っ暗闇の中、やはり壁に窓が均一にくり抜かれており、そこを覗き込むと先ほどと同じ美術品が見えた。しかし今度は見え方が異なる。作品解説がまったくないだけでなく、作品の背面や茶碗の高台部分だけ、陰影だけ、フィルム越しに見えるもやっとした像だけ、果ては拡大された茶碗の染付や切子の模様、レイヤー化された色紙、バラバラになった重箱など、一見訳がわからない作品もある。作品全体像を正面から見せる「information」に対し、「inspiration」はひとつの要素にフォーカスして切り取って見せる、いわば編集された“偏った”展示方法であるからだ。しかし真っ暗闇の中に身を置き、静かにこれらを眺めていると、感性が次第に研ぎ澄まされ、純粋に右脳だけが働いてくるような気になってくる。普段、左脳ばかりを働かせて展覧会を観ていた私にとって、この右脳的感動は新鮮だった。まさにひとつの展覧会を2度楽しめる、画期的な企画である。


赤楽茶碗 銘 熟柿 本阿弥光悦 江戸時代前期 17世紀前半 サントリー美術館[写真:岩崎寛]

藍色ちろり 江戸時代中期 18世紀 サントリー美術館[写真:岩崎寛]


公式サイト:https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2019_2/

2019/04/26(金)(杉江あこ)

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FERMENTATION TOURISM NIPPON

会期:2019/04/26~2019/07/08

d47 MUSEUM[東京都]

「発酵デザイナー」という肩書きがインパクトある小倉ヒラクは、以前からずっと気になる人物だった。もともと、彼はグラフィックデザイナーとしてキャリアを始めたのにもかかわらず、あるときから東京農業大学で研究生として発酵学を学んだという異色の経歴の持ち主である。現在は「見えない発酵菌のはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちとともに、発酵や微生物をテーマにしたプロジェクトに数々携わっている。そんな小倉がキュレーターを務める展覧会と知り、私は開催前から大変楽しみにしていた。

いざ観てみて、彼の底力を改めて思い知った。d47 MUSEUMは、毎回あるひとつのテーマに基づいて、全国47都道府県の産品を画一的に展示するスタイルを通している。しかし、小倉はその展示スタイルすらも変えてしまった。彼が行なったカテゴライズは、「海の発酵」「山の発酵」「島の発酵」「街の発酵」という地理的要素に基づいていた。そのなかで全国47都道府県の産品を展示していくことには変わりはなかったが、さらに「種類が被らないこと」「ルーツに忠実なこと」「現場に行くこと」といったルールを自らに課し、非常にマニアックなローカル発酵食品を揃えるに至ったのである。正直、実際に私が口にしたことのある発酵食品は10点もあるかないか、か。聞いたことも見たこともない発酵食品が大半を占めた。小倉はこの日本全国の発酵食品を巡る旅を8カ月かけてこなしたという。彼が旅先で感じた言葉、訪ねた景色や人々の写真に会場はぐるりと囲まれ、まさに彼の旅を追体験するような展示構成となっていた。


展示風景 d47 MUSEUM[写真提供:D&DEPARTMENT PROJECT]

本展を何よりすごいと思ったのは、一部、発酵食品の匂いを嗅げるようになっていた点である。というのも、発酵食品に欠かせないのは匂いだからだ。この点を小倉はよくわかっている。しかも私が鑑賞したのは会期初日だったため、それほど感じなかったが、会期中、その匂いは日に日に増してくる。展覧会として、これは前代未聞の挑戦と言っていいだろう。一次産業と二次産業をまたぐ発酵食品は、日本の土着産業のひとつである。日本を俯瞰するのに、これほど相応しいものはないのかもしれない。芳しい発酵食品を通して、連綿と続いてきた日本人の暮らしの一端を垣間見ることができる。


展示風景 d47 MUSEUM[写真提供:D&DEPARTMENT PROJECT]

展示風景 d47 MUSEUM[写真提供:D&DEPARTMENT PROJECT]


公式サイト:http://www.hikarie8.com/d47museum/2018/11/fermentation-tourism-nippon.shtml

2019/04/26(金)(杉江あこ)

ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道

会期:2019/04/24~2019/08/05

国立新美術館[東京都]

今年は日本とオーストリアの国交150周年を迎えることなどから、19世紀末ウィーンや当時を代表する画家グスタフ・クリムトに関する展覧会が、各所で相次いで開催されている。本展もそのひとつなのだが、私が本展に注目した理由は、絵画だけでなく工芸、建築、インテリア、ファッション、グラフィックデザインなども展示されているからだ。クリムトやエゴン・シーレの絵画はもちろん見応えがあったが、本稿ではあえて絵画以外の分野について触れたい。

19世紀末ウィーンに台頭した芸術運動の一派といえば、クリムト率いる若手芸術家らが結成したウィーン分離派である。それまでの保守的なウィーン造形芸術家組合に不満を抱いていた彼らが目指したのは、美術市場から独立した展覧会を開催すること、他国の芸術家らとの交流を深め、絵画や建築、工芸などの垣根を越えて、芸術全体を統一することだった。さらにウィーン分離派のメンバーだった建築家のヨーゼフ・ホフマンとデザイナーのコロマン・モーザーを中心に、1903年にウィーン工房が設立される。ユダヤ人富裕層をパトロンにつけ、彼らはギルド組織を築いたのだ。一方、ウィーン分離派に参加しつつ、近代建築の先駆者となったのが、建築家のオットー・ヴァーグナーである。彼はさまざまな国家的プロジェクトに携わり、ウィーンの街並みを一新し、またホフマンら後継者を育てた。

こうした歴史的背景のなかで、まず興味深く鑑賞したのが、ウィーン分離派展ポスターや同機関紙『ヴェル・サクルム』に見られるグラフィックデザインである。色数は限られているが、大胆な構成に、レタリングされた文字、後のアールデコにも通じる幾何学的な装飾などは、現代においても遜色ない。


展示風景 国立新美術館

またウィーン工房に関する展示も興味深かった。ウィーン工房は英国のアーツ・アンド・クラフツ運動の思想に影響を受けたと言われるが、実はほかにも着想源があった。それは1800年代前半のウィーン市民に浸透した、「ビーダーマイアー」と呼ばれる生活様式だ。当時、急激な都市化と政治的抑圧が強く、それに対する反動として人々が心地良い生活空間を求めた結果、豪華絢爛な貴族趣味ではない、シンプルで軽やかな生活道具が生まれたのである。このビーダーマイアーのテーブルウエアや家具が実に良かった。何と言うか、日本の民藝運動の「用の美」にも通じる健やかさを感じたのである。ウィーンの近代史をしっかりと辿りながら、こうしたさまざまな背景や副産物を知り得たことが収穫だった。


展示風景 国立新美術館


公式サイト:https://artexhibition.jp/wienmodern2019/

2019/04/23(火)(杉江あこ)

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