2022年12月01日号
次回12月15日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで

会期:2022/07/16~2022/10/16

東京都現代美術館[東京都]

「土地に痕跡を残さない建築をつくりたい」。本展を観ていてハッとした言葉がこれだった。ヴィトラから復刻家具が発売されるなど、ジャン・プルーヴェは現代においても世界的に人気の高いデザイナーのひとりである。もちろん家具のみならず、建築でもその手腕を発揮した人物であることは知っていたが、本展を観て改めて、そのものづくりへの独特な姿勢を痛感した。「家具をつくることと家を建てることに違いはない。実際、それらの材料、構造計算、スケッチはとても似通っている」という言葉が証明するように、プルーヴェにとって家具と建築との間に境はなかったようだ。つまり家具は小さな建築であるし、建築は大きな家具である。だからこそ、「土地に痕跡を残さない建築」という発想が生まれたのだろう。


展示風景 東京都現代美術館 ©︎ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


実際にプルーヴェが設計した住宅のほとんどが、解体・移築が可能な建築物だった。しかも第二次世界大戦後、母国フランスの戦後復興計画の一環として複数のプレファブ住宅を考案したというから、住宅の工業化にいち早く目を付けていたことがわかる。戦中はレジスタンス運動に積極的に参加したという経歴からして、プルーヴェは庶民が安心して暮らせる住宅を大量に広めることに価値を置いていたのだろう。とはいえ、それは安かろう悪かろうの類ではない。人間工学に基づくシンプルで合理的で美しい形を追究し続け、それを独自の構造で成立させようと試みてきた。「構造の設計こそが建築の設計である」という根幹部分は建築も家具も同じで、そこにプルーヴェらしい美意識を見ることができる。


展示風景 東京都現代美術館 《「メトロポール」住宅(プロトタイプ、部分)》Lourence and Patirick Seguin collection ©︎ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


したがって家具のみならず建築物も同様に展示されていた本展は、非常に見応えがあった。地下2階の広い空間には《F 8×8 BCC組立式住宅》が建っており、中に入ることはできないが、上から横から眺めることができた。また《「メトロポール」住宅(プロトタイプ)》は「ポルティーク」と呼ばれる門型フレームの構造体とファサードが別々に展示されており、組立式住宅であることが強調されていた。建築の展示というと、どうしても図面や模型、写真などで紹介されることが多いが、こうして生の部材を目にすると迫力がある。おかげでプルーヴェの素材への執着や構造に対する探究心などを肌で感じることができた。


展示風景 東京都現代美術館 《F 8×8 BCC組立式住宅》Yusaku Maezawa collection ©︎ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924



公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Jean_Prouve/

2022/07/15(金)(杉江あこ)

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地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング

会期:2022/06/29~2022/11/06

森美術館[東京都]

Listen to the Sound of the Earth Turning.

これは1964年にオノ・ヨーコが書き下ろし出版した本『グレープフルーツ』の一節である。本展テーマは、この一節を発端に組み立てられたという。「パンデミック以降のウェルビーイング」とは、いま、誰もがもっとも関心のあるテーマのひとつではないか。世界的なパンデミックを経て、我々はこれからの生き方や地球のあり方について立ち止まって考えざるを得ない時が来た。そんな折に、50年以上前に書かれた彼女の言葉が改めて響いてこようとは……。

オノ・ヨーコはジョン・レノンとの結婚前、前衛芸術運動のフルクサスに参加していたアーティストとして知られるが、その後もことに言葉を用いたアートに長けていたように思う。ヨーコの作品に初めて出合った際に、ジョンが心に深く残ったという《天井の絵》では「YES」の文字を記しており、ジョンと一緒に発表した楽曲「Happy Xmas」では「WAR IS OVER “IF YOU WANT IT”」という反戦メッセージを歌い上げた。言葉はシンプルで強く、人々の心に真っ直ぐ届きやすい。「地球がまわる音を聴く」とは実に壮大で、神の領域に当たる行為ではあるけれど、頭の中で想像するだけで、この地球上で自分がいかにちっぽけな存在であるかを同時に思い知らされる。


展示風景 ヴォルフガング・ライプ《ヘーゼルナッツの花粉》(2015-18)森美術館


本展ではそうした「五感を研ぎ澄まし、想像力を働かせる」16人のアーティストによる作品が集結した。オノ・ヨーコの『グレープフルーツ』からの抜粋作品の次に登場するのが、ヴォルフガング・ライプの作品だ。展示空間に入ると、辺り一面に甘い香りが漂う。それが《ヘーゼルナッツの花粉》から放たれていることに、キャプションを見て気づく。さらに奥には牛乳や蜜蝋を固めた作品が展示されているのだが、造形がミニマムゆえに、その予想もしない香りにハッとさせられる。いずれも人々にとっては食を連想させる香りだが、生物にとっては生命をつなぐための大事な要素だ。我々はそのエッセンスをいただいて生きている。五感のなかでも嗅覚を刺激されたことで、そうした生物の循環に思いを巡らせざるを得なかった。果たして、本展がパンデミック後の世界を生きる我々のよすがとなるか……。


公式サイト:https://www.mori.art.museum/

2022/06/28(火)(杉江あこ)

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蜷川実花「瞬く光の庭」

会期:2022/06/25~2022/09/04

東京都庭園美術館[東京都]

色の魅力をこれほど強く表現する写真家は、日本で蜷川実花をおいてほかにはいないのではないか。いまや映画監督としても活躍する彼女の世界観は本当に独特だ。同じ写真でもドキュメンタリーやスナップショットとは異なり、むしろ美しい色を表現したいがため、絵筆の代わりにカメラを使っているようにも見える。そんな彼女がコロナ禍に日本各地で撮り下ろした植物写真が、このたび、新作として発表された。会場はアール・デコ様式の建築で知られる東京都庭園美術館である。


東京都庭園美術館「蜷川実花 瞬く光の庭」展 会場風景


東京都庭園美術館「蜷川実花 瞬く光の庭」展 会場風景


今回、蜷川実花は光にあふれた色“光彩色”の世界に挑んだという。色を撮るという点では従来と変わりないが、確かに光をたくさん取り込んだ写真が並んでいた。光と色にあふれた画角の中で、遠くに映るひとつの赤い花だけに焦点を当てた写真、あるいはどこにも焦点を当てていない写真など、めくるめくこれらの写真を眺め続けていると、心がトリップしていく感覚に襲われる。アール・デコ様式の空間においても、彼女の写真は輝いていた。そして新館に移動すると、本館で観た写真の数々は序の口だったことを知る。そこでは映像作品《胡蝶のめぐる季節》が紹介されていたのだが、空間全体に何枚ものスクリーンを設置し、レイヤー状に映像を流す演出がなされていたため、足を踏み入れた途端に、映像の中に飲み込まれるような強烈な感覚を覚えたのである。


東京都庭園美術館「蜷川実花 瞬く光の庭」展 会場風景


その隣の部屋では蜷川実花へのインタビュー映像が流れており、その合間合間に彼女が写真を撮る姿を記録した映像が挟み込まれていた。それを観ると、彼女が撮影対象としてきたのが、一見、何の変哲もない花壇や公園、観光地などに植えられた植物だったことを知る。実は展示作品には東京都庭園美術館の庭園で撮影された写真もあった。我々はこんな風景はどこにでもあり、珍しくも何ともないものとして見過ごしていることが多い。しかし彼女の目にはきっと特別な風景に映っているのだ。彼女がレンズを通して見ると、まるで魔法を掛けられたかのように、それは幻想的な世界へと変わる。そんな疑似体験を本展では味わえた。


公式サイト:https://www.mikaninagawa-flickeringlight.com

2022/06/24(金)(杉江あこ)

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ガブリエル・シャネル展 Manifeste de mode

会期:2022/06/18~2022/09/25

三菱一号館美術館[東京都]

欧州のような上流階級の社交界がほとんど存在しない日本では、シャネルというと、そのわかりやすいダブルCマークも相まって、ひと昔前はバブル時代の象徴というイメージが強かった。ファッションが多様化した現在では、もう少し様相が異なるのかもしれない。しかし本展で紹介されたシャネルは、そんな消費社会、日本でのイメージとはずいぶん違っていた。シャネルは革新的ブランドであり、またガブリエル・シャネルは新しいことに挑戦し続けた強い女性デザイナーだった。

シャネルが成し遂げたことで有名なのが、コルセットからの解放である。女性のウェストを細く見せるための補正器具は、拷問器具とも揶揄されるほど、父権社会の象徴であったが、19世紀頃まで上流・中流階級の女性の間で広く着用されてきた。婦人用帽子のデザイナーとして活動を始めたシャネルは、1920年代に婦人用衣服も手掛け始めると、コルセットや何層にも及ぶ下着類をあっさりと排除し、シンプルで動きやすく、着心地の良いデイウェアを考案した。代わりに取り入れたのが、女性視点によるエレガンスである。ウェストはくびれていないけれど、女性の自然な身体のラインを尊重したドレスを発表したのだ。現代の我々から見れば、こうした身体のラインを拾わない女性ファッションは珍しくないが、この原点がシャネルにあったのかと思うと、見方がずいぶん変わる。シャネルは相当、斬新なブランドだったのだ。


ガブリエル・シャネル ドレスとジャケットのアンサンブル(1922-28)
絹ジャージー パリ、パトリモアンヌ・シャネル ©Julien T. Hamon


ガブリエル・シャネル 香水「シャネル N°5」(1921)
ガラス、木綿糸、封蝋、紙 パリ、パトリモアンヌ・シャネル ©Julien T. Hamon


「伝統は革新の連続である」という言葉どおり、いくつもの革新の連続があってこそ、現代のファッションはある。とりわけコルセットからの解放は、女性解放運動ともつながった。かつて男性が女性を支配していたフェティシズム的な視点から、女性が本来望む自然な美しさの視点へ。それは男性に媚びなくても、女性が自立して生きられるようになった社会の到来とも結びついている。本展を観にきていた来場者も、幅広い年齢の女性が多かったのが印象的だった。


ガブリエル・シャネル テーラードのジャケット、スカート、ブラウスとベルト(1965春夏)
ウールツイードと絹シェニール、手彩色のガラリット、絹ガーゼ パリ、ガリエラ宮 ©Julien T. Hamon



公式サイト:https://mimt.jp/gc2022/

2022/06/18(土)(杉江あこ)

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ミントデザインズ大百科:Mintpedia

会期:2022/06/08~2022/06/19

スパイラルガーデン[東京都]

ミントデザインズの展示を私が初めて観たのは、2009年のミラノサローネだったように思う。日本の合成繊維の未来を示唆する企画展で、メーカーやデザイナーらが大勢参加したなかにミントデザインズも名を連ねていた。彼らは熱可塑性の特徴を持った不織布を使い、理想的なバランスの美人顔やチンパンジーの顔に成形したマスクを発表していた。それは後に「to be someone」と名づけられ、彼らのコレクションとして製品化された。当時、この展示を観たときに私はいまひとつピンと来ていなかったのだが、コロナ禍になったいま、このユニークなマスクの先進性を改めて思い知った。皆の顔がどうせマスクで覆われるのなら、いっそのこと楽しく見える方が良い。「服には着る楽しみがありますが、それを見る人も楽しませるものであって欲しい」というのが、彼らが大切にしてきた視点だ。そんな遊び心がミントデザインズの作品には通底してある。


旭化成の不織布「スマッシュ」を使用しデザインしたマスク(2009)


本展は今年で20周年を迎えるミントデザインズの仕事を紹介した展覧会だ。彼らがブランド設立当初に掲げたコンセプトは「プロダクトデザインとしての衣服」。それはトレンド(流行)ではなく、日常生活を豊かにする息の長い製品という意味である。衣服のデザインをプロダクトデザインと捉えるファッションデザイナーはたまにおり、私はそんなデザイナーらに共感を覚える。


展示風景 スパイラルガーデン[撮影:神宮巨樹]


プロダクトデザインと言い切る彼ららしく、本展ではデザインが生まれる背景にもスポットを当てていて興味深かった。道具やモックアップ、デザインスケッチなどが標本のように並んでいたほか、彼らへのインタビューや制作風景の一部を映像で見ることができた。なかでももっとも見応えがあったのは、ミントデザインズの特徴であるグラフィカルなオリジナルプリント生地を生産する工場で、実際に使用されている捺染用のシルクスクリーンの版が展示されていたことだ。その向かいの壁にはプリントドレスが整然と吊るされており、「この版でプリントされた生地がこんなドレスに!」と両者を照合することができ楽しかった。こうした展覧会を通して、衣服をデザインすることや生産することに興味を持つ人が少しでも増えるといいなと思う。


展示風景 スパイラルガーデン[撮影:神宮巨樹]



公式サイト:https://www.spiral.co.jp/topics/spiral-garden/20-mintpedia

2022/06/16(木)(杉江あこ)

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