2020年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

東京 2020 公式アートポスター展

会期:2020/01/07~2020/02/16

東京都現代美術館 エントランスホール[東京都]

いよいよオリンピックイヤーを迎えた2020年1月7日に、東京2020公式アートポスターがお披露目された。振り返れば、東京2020オリンピック・パラリンピックのデザイン関連事業に関しては受難続きだった。最初に決まったエンブレムが発表後まもなく盗用疑惑をかけられ、国民の間で賛否両論に。あまりの加熱ぶりから次第にデザイナーの佐野研二郎自身へのバッシングに変わり、TVやインターネットを中心にさまざまな疑惑が渦巻いた。結果、あえなく取り下げが決まり、国民の間ではデザイン業界への不信感が残った。同時に新国立競技場のザハ・ハディドによる設計案が白紙撤回され、再コンペが決定されるなど、まさにすったもんだである。いずれも私のなかではまだ記憶に新しい出来事として残っているのだが、あれからもう5年近くが経ったとは。

もしかして皆が忘れかけている出来事を蒸し返すようなことを述べてしまったかもしれない。しかし本展で発表された東京2020公式アートポスター20作品を観て、やはり思い出さないわけにはいかないのだ。まず疑問に思ったのは、そもそも20作品も必要なのかという点だ。確かに歴代のオリンピックにおいても複数名のデザイナーや画家による複数点のポスターが発表されてきたようだが、それにしても20作品もあっただろうか(もしあったとしたら私の認識不足である)。例えば1964年東京大会であれば、かの有名な亀倉雄策による赤い円が大きく描かれたポスターや、陸上競技選手たちのスタートダッシュの瞬間を切り取ったポスターなど、「顔」となるポスターが必ず思い浮かぶ。それは作品点数が少ないほど的が絞られ、世間に与えるインパクトが大きくなるからだ。

展示風景 東京都現代美術館 エントランスホール

その点で、東京2020公式アートポスターはいったいどれが「顔」となるのか。いや、あえて言うなら、どれか1作品が「顔」となることを避けたのではないか。それはリスクを分散するためにである。また最初のエンブレムを取り下げてから、世間の風潮は変わった。デザイン業界での内輪決めではなく、国民皆で平等に、民主主義的に決めることを重視し始めたのだ。東京2020公式アートポスターにもその傾向が現われていた。言わば日本を代表するグラフィックデザイナーは佐藤卓のみで、ほかに若手2組のグラフィックデザイナーがいるが、あとはエンブレムを手がけた野老朝雄をはじめ、画家やアーティスト、写真家、書家、漫画家と実にバラエティあふれる19組が手がけていたからだ。漫画家の浦沢直樹が手がけたポスターは、本当に漫画の1ページである。これから何十年か経ち、東京2020オリンピック・パラリンピックを振り返ったときに、どのポスターが思い返されるのだろう。そんなことを思いながら20作品を眺めた。

野老朝雄(美術家)
《HARMONIZED CHEQUERED EMBLEM STUDY FOR TOKYO 2020 OLYMPIC GAMES
[EVEN EDGED MATTERS COULD FORM HARMONIZED CIRCLE WITH “RULE”]》
©Tokyo 2020

佐藤卓(グラフィックデザイナー)
《五輪の雲》
©Tokyo 2020

浦沢 直樹(漫画家)
《あなたの出番です。》
©Tokyo 2020


公式サイト:https://tokyo2020.org/jp/games/artposter/

2020/02/06(木)(杉江あこ)

世界のブックデザイン2018-19

会期:2019/12/14~2020/03/29

印刷博物館 P&Pギャラリー[東京都]

インターネット情報や電子書籍が台頭している昨今、いまだ「世界で最も美しい本コンクール」が開催され続けていることを幸せに思いたい。同コンクールはドイツ・エディトリアルデザイン財団が主催する国際ブックデザインコンクールだ。毎年30か国以上が参加し、各国のブックデザインコンクールで受賞した作品のみを出品させている。昨年度は2019年2月にドイツ・ライプチヒで同コンクールの審査会が行なわれ、3月にライプチヒ・ブックフェアで全応募作品の展示と授賞式が開催された。

展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー

本展は同コンクールの入賞作品と出品国のうち日本やドイツ、オランダなど7か国からのコンクールの入選作品170点をそろえた展覧会だ。会場では実際に作品を手に取って見ることができた。入賞作品は金の活字賞1点、金賞1点、銀賞2点、銅賞5点、栄誉賞5点で、日本からは栄誉賞1点が選ばれた。ちなみに日本の作品は、近年、必ず1点は入賞している。同コンクールではデザインコンセプト、機能性、タイポグラフィー、素材の選択、印刷、製本などの観点から審査されるという。その点で、金の活字賞に選ばれたオランダの作品『AMSTERDAM STUFF』はすべてのバランスが取れた本と言えた。Stuffとは「もの」という意味で、アムステルダム川底から発掘された日用雑貨や工芸品など1点1点が丁寧にレイアウトされた内容だった。薄い紙の質感が手触り良く、何よりシンプルで力強い表紙は目を引いた。

Jerzy Gawronski & Peter Kranendonk著『AMSTERDAM STUFF』
Van Zoetendaal Publishers & De Harmonie, Monumenten & Archeologie Gemeente Amsterdam発行
世界で最も美しい本2019金の活字賞

金賞に選ばれたオランダの作品『Robert F. Kennedy Funeral Train(ロバート・F・ケネディの葬送列車)』は印刷や製本において感心した。これはタイトル通り、1968年に暗殺された米国大統領候補ロバート・F・ケネディの遺体を運ぶ葬送列車の写真集だ。ニューヨークからワシントンに向かう葬送列車を見送るため、当時、大勢の人々が線路に並んだという。その当時の写真を収集し編集しているのだが、全ページが袋とじとなっている。かといって袋を開くことが目的ではない。袋とじにすることで前小口の部分にも印刷が可能となり、長い列車が途切れることなく、めくった次のページにも続くという仕掛けなのだ。こうした手法があるのかと膝を打った。

銀賞に選ばれたオランダの作品『Anne Frank House(アンネ・フランク・ハウス公式カタログ)』も製本のアイデアが優れていた。これは『アンネの日記』で有名なアンネ・フランク一家が隠れ住んでいた家の様子や生活状況をまとめた図録である。いわゆるがんだれ表紙を採用しているものの、表紙が内側に折り込まれているのではなく、外側に折られているのが特徴だ。当然、読者は外に飛び出した表紙を最初にめくるのだが、めくったところで本文には行き着かず、隠れ家の内壁の写真が見えるだけである。こうした演出をすることで、行き止まり感や不安感を暗に伝える。また全ページが両観音折りとなっており、やはりめくる行為で、内部をこっそりと覗き見するような感覚を覚える。ほかの入賞作品にも独創的な編集やレイアウト、印刷、製本を見ることができた。何でもそうだが、造本においても固定概念に捉われていては面白い本ができないということを学んだ。


公式サイト:https://www.printing-museum.org/exhibition/pp/191214/

2020/02/05(水)(杉江あこ)

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動きの中の思索─カール・ゲルストナー

会期:2019/11/28~2020/01/18

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

1950年代からスイスで発展したグラフィックデザインを「国際タイポグラフィー様式」または「スイス・スタイル」と呼ぶ。この時代にヘルベチカをはじめ、サンセリフ書体(線の端にひげがついていない書体)がいくつか生み出されたことが大きくその発展に影響しているという。ご存知のとおり、スイスは世界でもっとも古い永世中立国である。ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語と四つの公用語があり、欧州のなかでも多言語・多文化で構成された国であることがわかる。そんな社会背景のなかで、可読性や客観性、普遍性、ニュートラルを重視した書体やデザインが求められたことは想像に難くない。国際タイポグラフィー様式の発展を担った人物のひとりがヨゼフ・ミューラー=ブロックマン、そしてもうひとりがカール・ゲルストナーだ。

国際タイポグラフィー様式の特徴はいくつかあるのだが、そのひとつに文字を本文に限らず、グラフィックデザインの主要な要素に用いたことが挙げられる。ゲルストナーはこの手法を大いに用いたデザイナーだ。本展で展示された広告作品25点は特に圧巻だった。シルエット写真が切り抜かれ、大きくコラージュされたなかに、サンセリフ書体の文字が散りばめられた、実に自由で大胆なデザインなのだ。コラージュされているのは女性の横顔、透明なグラス、調理器具、自動車など……。モノクロームで表現されているのに、この軽やかさはいったい何だろう。やはり要因のひとつはグラフィックデザインの要素として用いられた文字なのだ。時には飲料から抜けていく炭酸ガスのように、ティーカップから立ち上る湯気のように文字が扱われていた。

展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー[写真:藤塚光政]

私のような編集者の目からすれば、こんなふうに文字が躍っていることはそもそも禁じ手である。「可読性が悪い」と言って突き返すだろう。しかしゲルストナーの広告作品はそんな考えを吹き飛ばすくらい、熟れていた。これもサンセリフ書体が成す効果なのか。ところで、これら広告作品の構成は何かに似ている。そう、誤解を恐れずに言えば、漫画ではないか? 写真のコラージュはコマ割り的で、散りばめられた文字は吹き出しや効果音のようである。私が漫画に慣れ親しんだ世代だからこそ、この自由で大胆なデザインを好意的に受け止められるのかもしれない。

展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー[写真:藤塚光政]


公式サイト:http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000749

2020/01/07(火)(杉江あこ)

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つつんで、ひらいて

会期:2019/12/14~未定

シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開[東京都]

彼の仕事はまさに工芸に近かった。本作は1万5千冊もの本の装幀を手掛けた菊地信義を追ったドキュメンタリー映画だ。驚いたのは、現代においても未だにすべて手作業でデザインしていることだった。もちろんコンピューターを操作するスタッフが側にいるので、菊地の指示のもと、最終的にはDTPで入稿データを作成しているのだろうが、彼女はあくまでもオペレーターの役目にすぎない。デザインの過程は手作業なのだ。ラフスケッチを描いた後、活字を見つけてきて、レタリングし、コピーを取り、ときにはトレスコープ(紙焼き機)を駆使し、ハサミで文字を切り抜き、ピンセットで切り抜いた文字をつまんで並べて貼っていく。その一連の手作業を、私は駆け出しの頃に辛うじて見たことがあるが、いまの現役世代の多くは知らないのではないか。

でもなぜだか、本の装幀にはこの工芸的な手作業が似合うように思えた。インターネット情報や電子書籍が台頭し、紙の本がアナログ媒体の権化のようになったからだろうか。こんな時代においても紙の本を求めるのは、やはり紙の手触りや風合い、匂い、指でページをめくる所作といった五感を喚起させる、ものとしての魅力に取り憑かれているからに違いない。だから菊地が愛おしそうに手や頬で撫でて紙を選ぶシーンには深く共感した。こうして丁寧にデザインされたものこそ、手に取った読者はきっと五感を満足させられるのだ。

©2019「つつんで、ひらいて」製作委員会

©2019「つつんで、ひらいて」製作委員会

本作のなかで、菊地はいろいろと印象的な言葉を残している。例えば「タイポグラフィーで全部デザインしたいくらい」と言う。確かに、本作で紹介された菊地の代表作の多くがタイポグラフィーを中心としたデザインだった。つまりそれはタイトルを伝えることに重きを置いた、究極の削ぎ落としのデザインとも言える。また「編集者が書く帯の文章で、装幀の骨格が決まる」とか「テキストと対話する」とも言い、文章から像を結ぶ能力が高い人なのだということをつくづく思い知った。何より私が感銘を受けたのは、「デザイン」を日本語に訳すとしたら「こさえる」と語っていたことだ。「こさえる」なんて表現をいまどき使うだろうか。もしかしたら死語に近いかもしれないこの言葉に、ある種の泥臭さや田舎臭さを感じる一方で、地に足の着いた心地良さや安心感をも抱く。こんな装幀家はもう次世代にはいない。だからいまの時代に出会えていることが嬉しい。



公式サイト:http://www.magichour.co.jp/tsutsunde

2020/01/06(月)(杉江あこ)

第30回企画展 バウハウスの曲線

会期:2019/11/15~2020/03/19

ミサワバウハウスコレクション[東京都]

※本ギャラリーは予約制です。前日の開館日までに電話で日時をお知らせください。


2019年に創立100周年を迎えたバウハウス。2020年へと年をまたいでも、いまだ関連イベントが目白押しである。そのうちのひとつが本展だ。ヘルベルト・バイヤー、マルセル・ブロイヤー、ヴィルヘルム・ヴァーゲンフェルトの3人を取り上げた企画展で、テーマは「曲線」である。直線や幾何学形のイメージが強いバウハウスに対して意外性のあるテーマに感じるが、しかしいずれも端正なデザインであることには変わりなかった。

バイヤーはグラフィックデザインや絵画、彫刻、展示デザインなど幅広い分野で活躍した人物だ。特に原色を使った構成的なグラフィックデザインや絵画にはバウハウスの血脈が感じられる。ブロイヤーは「ワシリーチェア」をはじめ、さまざまなタイプのスチールパイプ家具で知られるデザイナーだ。本展ではそれら以外にアルミニウム板を構造体にしたサイドチェアが展示されており、美しい曲線を見ることができた。また建築家として活躍した側面もあり、「ユネスコ本部ビル建築計画」ではY字形をした滑らかな曲線の建物を設計していた。ヴァーゲンフェルトはプロダクトデザイナーとして活躍し、耐熱ガラスやステンレスを用いたさまざまな家庭用食器を残した。例えば耐熱ガラス製のティーポットや鍋、保存容器などは、無駄を削ぎ落とした完璧なフォルムとしか言いようがなく嘆息した。一方でステンレス板を有機的に曲げたエッグカップは、まさに究極の曲線デザインと言えた。

展示風景 ミサワバウハウスコレクション

この3人はバウハウスで学んだ後、長きにわたって活躍したデザイナーという点でも共通している。その理由は、ずばり生き長らえることができたからだ。バウハウスは1919年に開校し、1933年にナチスの弾圧に遭い閉校した。1933年から始まったナチス・ドイツの一党独裁国家による恐怖政治は誰もが知るところだろう。1939年には第二次世界大戦へと突入し、不安定な世の中はさらに続いた。バウハウスで学び、教えた関係者らは、この時代にどう生きたのか。ナチスに入党もしくは協力した人もいれば、強制収容所に送られた人もいる。また外国へ亡命した人や、戦地へ赴いた人もいる。それぞれが時代に翻弄されながら、若くして命を落とした人が大勢いた。そんななかでバイヤーとブロイヤーは米国へ亡命することで活躍の場を得られ、ヴァーゲンフェルトはドイツに留まり、ナチスへの入党要請をのまなかったために戦地へ送られるが、しかし生き延びたという。わずか14年間しか存在し得なかった学校にもかかわらず、バウハウスがこれほど後世に大きな影響を与えた理由のひとつに、刹那の輝きというか、こうした波乱万丈な運命もあるのかもしれない。同校初代校長のヴァルター・グロピウスが抱いた夢の結実が、彼ら3人の活躍なのである。

2020/01/06(月)(杉江あこ)

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