2022年07月01日号
次回7月15日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

令和3年度学習院大学史料館秋季特別展「ボンボニエールが紡ぐ物語」

会期:2021/09/13~2021/12/03

学習院大学史料館[東京都]

かつて仕事やプライベートで有田焼の産地に何度も足を運んでいた頃、いままでに見たことのないアイテムとして目に止まったのがボンボニエールだった。さまざまな形をした蓋付きの小さな箱で、一見、何の道具なのかがわからない。それが金平糖などを入れる菓子器で、主に皇室の御慶事や公式行事の際に配られる品であることを知り、ますます興味が湧いた。なんと風流な贈り物だろうか。菓子のためのパッケージというよりは、あくまでパッケージである菓子器が主役となっている点が潔いし面白い。名前から察するとおり、ボンボニエールの発祥はフランスである。もともと、西欧諸国で結婚や出産などのお祝いに砂糖菓子(ボンボン)を贈る習慣があり、その砂糖菓子を入れる器にさまざまな加飾を施すようになったのが始まりだとか。脱亜入欧を目指す明治時代の日本で、それが皇室に取り入れられて習慣化したのだ。形式こそ西欧流であったが、しかしボンボニエールの製作技術やデザイン自体は日本独自の発展をした。その様子がよくわかるのが本展である。


鶴亀形 明治天皇大婚25年祝典 明治27年3月9日(個人蔵)


私が初めて目に触れたボンボニエールは、冒頭のとおり磁器製だったが、皇室が脈々と受け継いできたのは銀製である(ただし、近年には陶磁器や漆器、七宝、プラスチックまで登場している)。日本で初めてボンボニエールが登場するのは明治22年2月11日、大日本帝国憲法発布式にともなう宮中晩餐会だ。食後のプティフールとして供されたという。その後も英国王室をはじめ外国から賓客を招いた際の宮中晩餐会や天皇の即位礼、皇族の結婚や誕生、成年式などに際して、ボンボニエールが製作され配られてきた。いずれも日本の伝統文様や吉祥文様、皇室の紋章や皇族が個々に持つ「お印」を基にした凝ったデザインであるのが特徴だ。器自体を何かの形に象ったり、器の表面に文様を刻み付けたりと細工が非常に細かい。つまりボンボニエールを製作することで、日本の伝統工芸の技術を継承し、職人を保護育成した側面もあるわけだ。さらにボンボニエールが外国の賓客にわたることで、日本の伝統文化を伝える媒体にもなった。ただのかわいらしい菓子器だけではないところが侮れない。


丸形鳳凰文 令和即位記念 令和元年10月22日(個人蔵)


犬張子形 継宮明仁親王(上皇陛下)誕生内宴 昭和9年2月23日(個人蔵)


さて、最近、秋篠宮家の長女・眞子さんが結婚した。皇室としての儀式を一切行なわない「異例の結婚」だったため、おそらく恒例のボンボニエールも製作されなかったのだろう。彼女は内親王だった頃、学芸員資格や博物館勤務の経験を生かし、日本工芸会の総裁を務めるなど工芸分野での御公務に邁進されていた。それだけに工芸の粋を集めたボンボニエールが製作されなかったことは、非常に残念に思う。


公式サイト:https://www.gakushuin.ac.jp/univ/ua/exhibition/

2021/11/01(月)(杉江あこ)

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柳宗悦没後60年記念展「民藝の100年」

会期:2021/10/26~2022/02/13

東京国立近代美術館[東京都]

さしずめ柳宗悦は、いまどきの言葉で言えば、民藝運動のエグゼクティブプロデューサーという立場だったのだろう。民藝については、私もある程度理解を深めてきたと思っているが、本展を観て改めて感じたのはこの点である。宗教哲学者だった柳は、民藝という新しい美の試みとその思想を打ち立てるのに貢献した。また仲間の濱田庄司や河井寬次郎、バーナード・リーチ、芹沢銈介といった陶芸家や染色家たちの力を借りながら、日本全国や朝鮮半島から陶磁器などの工芸品を発掘し評価したことは知られている。しかし彼らは単なる評論家集団というわけではなかった。現代でも手本にできるのではないかというほど、相当、メディア戦略ないしビジネス戦略がしっかりとしていたからである。

それが「民藝樹」として図表が残る、民藝運動の三本柱だ。その3本とは美術館、出版、流通である。工芸品を集めて、見せる役割を担う美術館は「日本民藝館」。広げて、つなげる役割を担う出版は雑誌『工藝』をはじめとする刊行物。そしてつくって、届ける役割を担うショップは「たくみ工藝店」と、現に彼らは実践に移した。出版によって美術やデザイン運動を広げようという試みは、欧州諸国でもよくある。しかし3本も同時進行できるだろうか。現代においてもなお我々が民藝に魅了され続けるのは、このメディア戦略があったからだろう。なぜなら、この三つの拠点や媒体は規模や影響力の差こそあれ存続し続けているからだ。


雑誌『工藝』第1号〜第3号(1931/型染・装幀芹沢銈介)[写真提供:日本民藝館]


展示風景 東京国立近代美術館


本展は1910年代から1970年代にわたる60年間を追った展示構成で、非常にボリューム満点であった。唐津焼や伊万里焼、古武雄の鉢など、わが家にある陶磁器もちらほらとうかがえ、その工芸品の数々は見応えがあった。加えて、民藝運動の営みがよくわかる内容となっていた。そのうえで、こう思う。もし柳宗悦が現代も生きていたとしたら、どのようなプロデュースをするだろうか。民藝は過去に起こった運動だ。現代には現代にふさわしい工芸やデザイン運動があって然るべきだろう。民藝に魅了され続けながらも、我々は未来を見据えなければならない。いま、柳宗悦のような敏腕エグゼクティブプロデューサーの登場が強く望まれている。


《スリップウェア鶏文鉢(とりもんはち)》イギリス 18世紀後半 日本民藝館


《染付秋草文面取壺》(瓢形瓶[ひょうけいへい]部分)朝鮮半島 朝鮮時代 18世紀前半 日本民藝館



公式サイト:https://mingei100.jp

※ポスタービジュアル:《羽広鉄瓶》羽前山形(山形県)1934頃 日本民藝館

2021/10/27(水)(杉江あこ)

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ブダペスト国立工芸美術館名品展 ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ

会期:2021/10/09~2021/12/19

パナソニック汐留美術館[東京都]

19世紀末のヨーロッパ諸国で流行したアール・ヌーヴォー様式にジャポニスムがどれほど影響を与えたのかという議論は、専門家の間でも意見が分かれる。一般に浮世絵が印象派の画家たちに影響を与えたことは知られているが、実はそれ以前から南蛮貿易によって日本の工芸品──陶磁器や漆芸品、絹織物などがヨーロッパ諸国に輸出されていたからだ。その頃からヨーロッパ人の間で日本の工芸品への憧れがすでに芽生えており、ジャポニスムの下地ができあがっていたと言っていい。本展はそうしたプレ・ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ、そしてアール・デコへと至る流れを陶磁器とガラスに焦点を当てて紹介する。普段から日本の工芸作家や事業者を応援する仕事に携わってきた身としては、大変興味深い内容だった。

なかでも目を引いたのは、第2章「日本工芸を源泉として──触感的なかたちと表面」である。陶磁器の表現方法を取ってみても、洋の東西ではまったく異なる。西洋では計画どおりに装飾を施してこそ完璧な仕上がりと高く評価されたが、東洋では焼成中に起こる予期せぬ事態や偶発性、いわゆる窯変が高く評価された。当時、日本の陶磁器に影響を受けたヨーロッパの製陶所や工芸作家たちは、そんな日本風の表現ができないかと躍起になったようだ。結晶釉や釉流しなどの技法や、ひょうたん型などの意匠の引用を試みていた。いずれの技法も意匠も日本では馴染み深いものゆえ、確かに一見すると、日本の陶磁器のように見えなくもない。しかし、何かが違う。言葉では説明しづらいが、微妙な違和感を感じるのはなぜだろう。と、少々上から目線でこれらの陶磁器を眺めてしまったが、それでも日本の陶磁器がこのようにヨーロッパに影響を与えていたことは嬉しく、誇りに思える。


展示風景 パナソニック汐留美術館


展示風景 パナソニック汐留美術館


続く第3章「アール・ヌーヴォーの精華──ジャポニスムを源流として」では華々しいアール・ヌーヴォーの陶磁器とガラスが並ぶ。ここでは上記のような直接的な影響は影を潜め、代わりにアシンメトリーの構成や自然物をモチーフにした装飾など、表現性においてジャポニスムの影響を窺わせた。しかし日本ではモチーフを抽象化して装飾するのに対し、ここでは具象的な動植物の装飾や意匠が目立った。微妙な違和感ではなく、もはや明確な差異が見て取れる。つまりジャポニスムの影響を大いに受けつつも、最終的には西洋流に解釈され表現されていったのがアール・ヌーヴォーの帰結ではないかと、本展を観て改めて思い至った。


展示風景 パナソニック汐留美術館


展示風景 パナソニック汐留美術館



公式サイト:https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/21/211009/index.html

2021/10/08(金)(杉江あこ)

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和田誠展

会期:2021/10/09~2021/12/19

東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]

2019年に逝去したイラストレーター・グラフィックデザイナーの和田誠。『週刊文春』の表紙を40年以上も描き続けたことや、妻がシャンソン歌手で料理愛好家の平野レミであることなどが有名だが、そんな要素は彼のごく一部に過ぎない。ほかにも映画監督、エッセイスト、作詞・作曲家、アニメーション作家、絵本作家、装丁家、アートディレクターなど肩書きを挙げればキリがなく、まさにボーダレスに活躍したマルチクリエイターと言える。そんな彼の膨大な仕事を一望できる回顧展が始まった。さまざまな切り口で語れる和田誠だからこそ、逆にどう切ればよいのか難しいというわけで、本展では30のトピックで彼の全仕事を紹介する。そのうちのひとつで、ユニークなのは83年間の生涯をたどる「ビジュアル年表」だ。最初の展示室の中央に四角柱の柱が20本以上立ち、1本につき4面を使って0歳から1年ごとにその年にあった出来事や仕事を紹介している。その1面1面を順に追っていくことで、和田誠の生涯を(かいつまんでではあるが)一気に、体感的に、俯瞰して見ることができた。


展示風景 東京オペラシティ アートギャラリー


展示風景 東京オペラシティ アートギャラリー


「ビジュアル年表」を見ると、やはり子どもの頃から絵が上手かったことがわかる。小学生の頃には漫画を描いていたほか、驚いたのは、高校生の頃には時間割表に「数学」や「英語」といった科目名の代わりに担当教諭の似顔絵を描いていたことだ。当然、我々来場者はその先生たちの顔を知らないのだが、しかしそれぞれの似顔絵を見ていると、顔が思わず浮かんでくるほど特徴をつかんで描かれていることが伝わる。そのときに磨かれた能力は、大人になった後に著名人の似顔絵を描く仕事へとつながったようだ。つまり和田誠がマルチクリエイターになるべくしてなった軌跡を「ビジュアル年表」から窺うことができた。

私が特に興味を引かれたのは、回文やしりとりなど言葉遊びを表現した「ことばのこばこ」や、名作を題材に真面目に遊ぶことを貫いた「パロディ」である。和田誠は根本的にユーモアを愛する人だったのだろう。ユーモアによってすべての仕事が軽やかに、洗練されているような印象を受ける。本展を観た後、早速、私は再編集され復刊された代表作『もう一度 倫敦巴里』(ナナロク社、2017)を買い求めた。この鬱屈したコロナ禍で足りないのは、人々がユーモアを楽しむゆとりなのかもしれない。


展示風景 東京オペラシティ アートギャラリー


展示風景 東京オペラシティ アートギャラリー



公式サイト:https://wadamakototen.jp

2021/10/08(金)(杉江あこ)

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葛西薫 NOSTALGIA

会期:2021/09/08~2021/10/23

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

アートディレクター葛西薫の個展がギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催中である。彼の仕事のなかで社会に与えた影響がもっとも大きいと思うのは、サントリーウーロン茶の広告制作だ。特に1990〜2000年代にかけて、徹底して中国を舞台に中国人キャストで広告がつくり上げられてきたからである。まだ当時、発展途上にあった中国は世界のなかでもGDPが低く、米国をはじめ他国への脅威もあまり感じさせない国だった。そんな時代において牧歌的でのどかな農村や民家を背景に、人民服のような質素な服を着た若い中国人たちが日本の歌謡曲を中国語で静かに歌うといった演出は、まるで中国が秘境であるようなイメージを抱かせた。日本の市場でまだ知られていなかったウーロン茶を売り出すのにあたり、そうした中国の美しく無垢なイメージを伝えたサントリーの戦略は見事であったと同時に、それを担った葛西薫の手腕には感服せずにはいられない。同ギャラリー2階ライブラリでの連携展示で、彼がこれまで手がけてきたほかの広告作品を見て改めて感じたのだが、彼のアートディレクションには一貫して上質な空気感を生み出す力がある。それゆえ見る者に潤いや豊かさを与え、憧憬の世界へと誘うのだ。


展示風景[撮影:藤塚光政/提供:ギンザ・グラフィック・ギャラリー]


さて、本展のテーマは「NOSTALGIA(ノスタルジア)」である。葛西薫はこの言葉を「意味のないもの、分からないものへの興味。その深層にあるもの」と解釈する。さらに「自分の手(宇宙)を通して湧き出てくる、創作の断片を編集する喜び」と言う。確かに同ギャラリー1階に展示された作品は、中国のやはり秘境のような風景を切り取ったモノクロ写真や、一見、無意味にも思えるドローイングなどである。齢70歳を超え、円熟の境地に差し掛かった葛西薫はいっさいのしがらみから解き放たれ、自由を新たに手にしたように見える。自由奔放に、手の赴くままつくり上げた作品には、独特のノイズや手触り、匂い、温かさなどが潜んでいるように思えた。そうした類の感覚を大事にしながら、上手に洗練させ、彼はこれまでアートディレクションに挑んできたのだろう。長年にわたり、広告などで人々の心を動かしてきた源泉に触れるような展覧会である。


展示風景[撮影:藤塚光政/提供:ギンザ・グラフィック・ギャラリー]



公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000779

2021/10/06(水)(杉江あこ)

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