2023年12月01日号
次回12月15日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

森本美由紀展 伝説のファッション・イラストレーター

会期:2023/04/01~2023/06/25(※)

弥生美術館[東京都]

※カラー作品は展示替えあり。前期:2023/04/01~2023/05/14、後期:2023/05/16〜2023/06/25


1980〜90年代に青春を過ごした中高年層、それも女性なら、きっと一度は目にしたことがあるだろう。森本美由紀のファッション・イラストレーションを! 漏れなくそのひとりだった私は、懐かしさのあまり本展を観に行った。おしゃれの代名詞だった憧れのイラストレーションをじっくり眺めると、当時には気づかなかったいろいろな面を発見することができた。まず、セツ・モードセミナーの出身者らしい、服飾用スタイル画の手法で描かれたイラストレーションだったこと。画材は墨と筆であったこと。これらは下手をすれば和のイメージになりかねないが、彼女は持ち前のセンスによって唯一無二のスタイルを確立したのだ。さらに彼女にはモデルの親友がいたらしく、その親友にさまざまなポーズを取ってもらい、デッサンを着実にこなして腕を磨いたようだ。そうした土台の上に成り立ったイラストレーションだったのである。


墨によるアートワーク(1990年代)紙・墨 ©Miyuki Morimoto/森本美由紀 作品保存会


そのうえで改めて思うが、森本美由紀のイラストレーションはファッション・フォトに近い。いまにも動き出しそうな生き生きとしたポージングや流行の洋服、少しセクシーでキュートな表情は、まさに人気ファッション雑誌に載るモデルのようだ。そして大胆な筆使いをする一方で、あえて線を入れない部分があることに気がついた。主に女の子の顔の輪郭線である。ヘアスタイルやうなじ、目や口などのパーツによって顔を浮き立たせることで、輪郭線を省いているのである。そうすることで、顔に透明感が増す。それはまるで露光の多い写真のように見え、女の子がキラキラと輝いて見える。この手法こそファッション・フォトではないか。


ピチカート・ファイヴのCDのための習作(1997)紙・墨・マーカー ©Miyuki Morimoto/森本美由紀 作品保存会


本展ではそんな墨と筆を使ったファッション・イラストレーションを確立させる前の森本美由紀のイラストレーションの変遷も紹介していた。ペン画、色鉛筆画など、意外にも“普通”にかわいいイラストレーションを描いていたことを知る。デビューからずっと雑誌のページを飾る挿絵を地道に描き続けてきたからこそ、彼女の大成はあったのだろう。イラストレーションではないが、昔、私もさまざまな雑誌で取材をして記事を書くライターをしてきた身なので、その苦労は手に取るようにわかる。雑誌も、音楽やサブカルチャーも、商業施設も、ファッション・イラストレーションがアイコンになった時代がかつてあった。彼女はそんな時代の空気に見事にマッチしたイラストレーターだった。


デッサンと墨によるアートワーク(2000年代)デジタル・データ[制作:森本美由紀] ©Miyuki Morimoto/森本美由紀 作品保存会



公式サイト:https://www.yayoi-yumeji-museum.jp/yayoi/exhibition/now.html

2023/04/01(日)(杉江あこ)

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猪谷千香『ギャラリーストーカー─美術業界を蝕む女性差別と性被害』

発行所:中央公論新社

発行日:2023 /01/10


ギャラリーストーカーという言葉を、本書で初めて知った。曰く、画廊やギャラリーなどで若い女性作家につきまとう人たち(多くは中高年男性)のこと。確かに個展を開いた作家は、会期中に何日か在廊することがほとんどだ。来場者と会話をし、作品の前に立って解説をすることで、ファンづくりにつながり、作品購入にも結びつきやすいからだ。そんな良質のファンは作家にとって大歓迎である。しかしそこに付け込み、作家に個人情報を聞いたり、食事やデートに誘ったり、しまいには作品購入と引き換えに男女関係を求めたりする人たちがいるのだという。客やコレクターである彼らを作家は端から無下にはできない。そのため徐々にエスカレートしていく彼らのストーキング行為に、身の危険を覚え、心を病んでしまう作家が少なからずいるという事実が、本書で明かされる。

最近、映画業界などさまざまな業界で性暴力やハラスメント問題が取り沙汰されている。結局、美術業界も同じなのかという、最初はただ気持ち悪い性被害をいくつか追ったドキュメンタリーなのかと思いきや、読み進めるうちに美術業界特有の構造的な問題や根幹的な話へと展開する。その辺りが大変興味深いものだった。

そもそも美術作家を育成する美術系大学、いや、そこに入学するための予備校からハラスメントは横行していると本書は指摘する。なぜならそこで教える教員との人間関係が、ある種の徒弟関係となり、卒業後もずっと続いていく狭い業界であるためだ。そもそも美術家はフリーランスが基本で、組織に守られていないことも大きい。さらに美大(東京藝大と東京の五美術大学を調査)には女子学生が7割超と多いにもかかわらず、逆に教授陣は男性が8割超という実態がある。この歪なジェンダーバランスがハラスメントの温床になるという。私もある美大で非常勤講師をしていた経験があるが、クラスのほとんどが女子学生だった。しかし名声を得る美術家は、その男女比が反映されず、男性の方が圧倒的に多い。それは女性作家が成功しづらい環境が、日本の美術業界にはあることを示唆する。西洋美術が輸入された明治時代から続く、言わば男尊女卑的な観念がはびこる業界ゆえに、その根底には女性差別があり、ハラスメントが起きる要因になっているというのだ。確かに私の友人の女性作家も、「あいつはどこそこのキュレーターとデキているから成功できた」などのやっかみを若い頃によく言われたと聞いたことがある。一見、自由で華やかな美術業界で、実は深刻な問題を抱えていたことを思い知らされた一冊だった。

2023/03/26(日)(杉江あこ)

The Original

会期:2023/03/03~2023/06/25

21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2[東京都]

もう10〜20年前になるが、ミラノ・サローネの話題が日本で定着しはじめ、日本企業や日本人デザイナーの参加も相次いだことから、猫も杓子もこぞって現地へ取材やリサーチに出かけた時代があった。イタリア語どころか英語もおぼつかないにもかかわらず、私も何度か訪ねた。しかしブームが下火になり、テロや不景気、コロナ禍など世界情勢への不安も重なったことから、渡航者はだんだん減少傾向に。一方でどんな時代になろうとも、毎年、必ず足を運んでいるジャーナリストも周りに何人かいる。この展覧会のディレクターを務めた土田貴宏がそのひとりだ。本展はそんな彼のライフワークの成果を見るような内容に思えた。企画原案として携わった深澤直人も、ミラノ・サローネで華々しく発表される新作家具や日用品のいくつかを長年多岐にわたりデザインしてきた日本を代表するデザイナーだ。したがって家具や日用品を中心に世界のデザイントレンドの概要や変遷を見るという点では、本展はこの上ないのだろう。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1[撮影:木奧恵三]


タイトルである「The Original」とは、「確かな独創性と根源的な魅力、そして純粋さ、大胆さ、力強さをそなえたデザイナーによるプロダクト」だという。つまり本展で着目しているデザインのポイントとは、主に造形性なのだ。深澤が本展に寄せたコメントを見ても、デザイナーとして造形を生み出す際の葛藤や苦労、そして優れた造形への賛美などが語られている。「オリジナルのすばらしさを感じて欲しいのと、一緒に感動を分かち合いたいのだ」というように。それはそれでいいのだが、もっとデザインの本質や役割とは何かを突き詰めていくと、造形性はあくまでデザインの一要素でしかないことを思わざるを得ない。本展を見てやや引っ掛かったのは、その点だった。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー2[撮影:木奧恵三]


私もかつて雑誌やウェブマガジンなどでデザイントレンドの記事をたくさん書いてきた。そこでは有名デザイナーがデザインしたプロダクトなど、メディアで取り上げやすい記号化されたものに偏らざるを得なかったので、本展の企画に対してあまり責めたことは言えない。とはいえ、名作と言われる家具や日用品をきちんと調べてみると、造形面だけでなく、その時代の新しい素材や技術、使い方などに挑んだからというエポックメーキングな経緯が多いことは事実だ。もし私がオリジナルという言葉を解釈するならば、そうした革新性を伴い、それが人々や社会にどれほど役立ち、貢献したのかという点を重視したいと思う。オリジナルを考えることは、デザインなり、その分野のそもそもを突き詰めることと同義であることを感じた。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー2[撮影:木奧恵三]



公式サイト:https://www.2121designsight.jp/program/original/

2023/03/02(木)(杉江あこ)

仲條正義名作展

会期:2023/02/16~2023/03/30

クリエイションギャラリーG8[東京都]

一昨年に逝去したグラフィックデザイナー、仲條正義への再評価が高まっている。再評価というと、語弊があるのかもしれない。永井一正や田中一光、勝井三雄らと並んで戦後復興期を支えたグラフィックデザイナーとして、彼はこれまでも一定評価を得てきた。ところが、あくまで私感に過ぎないのだが、最近の若い世代の間でも人気が高まっていように感じるのだ。それはなぜだろうと考えてみたところ、たぶんいまのデザイナーにはない独特の作風と感性を彼が持ち合わせているからではないかと思う。


展示風景 クリエイションギャラリーG8


写真やCGを駆使した端正でクールなデザインでもなく、自身の個性を押し殺してクライアントの意向に忠実に沿ったデザインでもない。手描きのイラストや図形もどき、文字を生かした、ある意味「癖のある」表現を一貫してきたのが仲條である。それでいて資生堂の企業文化誌『花椿』のアートディレクションや、資生堂パーラーの一連のパッケージデザイン、東京都現代美術館をはじめとする美術館のロゴデザインなどの仕事を見事にこなし、ファンに長く愛されてきた。長く愛される理由は、いつ見てもハッとした驚きと楽しさにあふれていて、鮮度を失うことがないからである。それは完成された美を疑い、自分をも疑い、既成概念を壊したうえで、つねに新しい表現に挑み続けてきたためか。そんな自由奔放さと確固たる個性、信念を持ったデザイナーは、いまの時代になかなか生まれにくくなっている。


展示風景 クリエイションギャラリーG8


本展では、仲條が手がけたポスターやロゴ、エディトリアル、パッケージデザインの代表作をはじめ、過去の展覧会の出品作品、手描きの印刷原稿が並んだ。それは彼の88年間のデザイナー人生を一望するようでもあった。個人的にツボだったのは、会場の隅々に小さな文字で「仲條語録」が記されていたことだ。「知的に見えるものはダサイ。」「タブーを犯す若い才能が輩出するのは嬉しい。タブーが減って楽になる。」「私の創作衝動には恨みもある。」「アルコールは父、ニコチンは母。」「体調は少し悪い方が良い。」など、ならず者的な顔をどこか見せつつも、思わず笑ってしまうような言葉ばかりである。そんな正直でかしこまらない面を持ち合わせていることも、彼が人々に愛される所以なのだろう。


展示風景 クリエイションギャラリーG8



公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/2302/2302.html

2023/02/20(月)(杉江あこ)

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DNPグラフィックデザイン・アーカイブ収蔵作品より 動物会議 緊急大集合!

会期:2023/02/09~2023/03/25

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

まさに1年前、ロシアがウクライナに軍事侵攻した翌日、私は奇しくもエーリッヒ・ケストナーとヴァルター・トリアーの絵本『動物会議』を題材にした展覧会を別の美術館で観た。同書は人間が性懲りもなく戦争をしようとすることに対し、あらゆる動物が一致団結して「動物会議」を開き、人間に不戦を要求するというファンタジックかつ崇高な物語である。本展は、同書にインスピレーションを受けて企画された120点余りのポスター展だ。動物を通して生命や環境、戦争、文化、社会に対する問題意識や危機意識を表明した、グラフィックデザイナーやアートディレクター、アーティスト34人によるメッセージ作品が並んだ。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー1階[撮影:藤塚光政]


そもそもデザインは、人々の暮らしや社会を良くするためにあるべきものだ。ということは、いま、デザインに求められる究極の役割とは、この戦争を止めることではないか。戦争を止めるためのデザインとは何かを考えることは難しいが、せめてそれぞれの分野においてできることから始められるといい。そう考えると、グラフィックデザインにできることは、人々にインパクトのあるメッセージを送り、彼らの心理に効果的に働きかけることではないかと思う。その点で、私は本展を興味深く観覧した。例えばグラフィックデザイナー、新村則人の山口県魚連「百年先の海を考える」ポスターシリーズは、予想外の動物写真とキャッチコピーで見る者の目を引く。またグラフィックデザイナー、U.G.サトーの軽妙なイラストレーションによる「WARNING AGAINST WARMING」や「自然遺産を守ろう」といったポスターは、ユニークで機知に富んでいた。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー地下1階[撮影:藤塚光政]


最近、私も知ったのだが、戦争は国や人々を滅ぼすだけでなく、地球環境にも深刻なダメージを与えるのだという。戦闘による爆薬や燃料の大量使用、建物や森林、畑の火災、また避難民の大移動などによって二酸化炭素が多量に排出され、地球温暖化をより進めるからだ。動物から見れば、人間はろくなことをしないと思われても仕方がない。国同士のイデオロギーの違いや覇権争いなどに愚かにとらわれるよりも前に、自然と同調しながら生きる動物の目線までいったん下りてみることが人間に問われている。これらのポスターを眺めながら、改めてそう感じた。


公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000815
ポスターデザイン:永井一正

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どうぶつかいぎ展|杉江あこ:artscapeレビュー(2022年03月15日号)

2023/02/20(月)(杉江あこ)

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