2021年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

香りの器 高砂コレクション展

会期:2021/01/09~2021/03/21

パナソニック汐留美術館[東京都]

「香りの器」と聞いて、すぐに思い浮かぶのは香水瓶だが、本展を観ると、洋の東西によって「香りの器」の形態がまったく異なることを思い知った。西洋ではもちろん香水瓶になるのだが、日本では香箱や香合、香炉となる。かたやアルコールを媒介にした精油で、かたや香木や香灰というように、香りの形態がまったく異なるためだ。香りに対する文化の根本的な違いは、現代においても続いている。現に日本の生活様式のほぼすべてが西洋化したとはいえ、日本で香水がどれほど親しまれているだろうか。毎日、その日の気分や服装に合わせて香水をつける西洋人と比べると、日本ではごく一部を除いて、ほとんどないに等しい。むしろ日本人は体臭を嫌い、無臭を好む。無臭=清潔の概念が強いからだ。一方で、室町時代から江戸時代に花開いた香道は、いまや存続の危機にある。そのため香箱や香合、香炉の出番は激減してしまった。西洋の香水瓶が現在進行形であるのに対して、日本の香箱や香合、香炉は過去形になりつつあるのが悲しい点でもある。

ルネ・ラリック 香水瓶「ユーカリ」(1919)高砂コレクション

ちなみに本展の特別協力者で、展示品の「高砂コレクション」を所有する高砂香料工業は国内の合成香料のリーディングカンパニーであるが、同社が商品供給する代表的な市場といえば、食品用フレーバー(主に飲料)とトイレタリー用フレグランス(主に洗剤)であるという。現代の日本人が何に香りを求めているのかがよく表われている。というわけで、本展で紹介されている「香りの器」は文化度が非常に高いのだが、現代の日本人からすると非日常の器にも映った。だからこそ、美術品を眺めるような尊さがあった。そもそも香水は生活必需品ではなく、自らの気持ちを高揚させたり落ち着かせたり、周囲に自らをアピールするために用いる。必要だからではなく、好きだから使用するのだ。その点が香水瓶を美術品たる存在へと押し上げている要因に思う。優美な装飾を施してこそ、香水の価値は高まる。したがって、香水瓶は工芸の発展にも寄与した。ガラス器ではルネ・ラリックの活躍がよく知られているし、陶磁器でもマイセンやウエッジウッド、セーブルなどの名窯によって趣向を凝らした香水瓶がつくられた。香水をつけると人はうっとりとした気分になるが、そのうっとりはシュッと吹きつける行為からすでに始まっている。香水瓶はそれを体現する存在なのだ。

マイセン 色絵香水瓶「子犬」(19世紀)高砂コレクション


七宝花鳥文香炉(明治時代)高砂コレクション


公式サイト:https://panasonic.co.jp/ls/museum/exhibition/21/210109/

2021/02/25(木)(杉江あこ)

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西澤明洋『ブランディングデザインの教科書』

発行所:パイ インターナショナル
発行日:2020/12/04

近年、よく耳にするようになった「ブランディングデザイン」。エイトブランディングデザイン代表の西澤明洋は、ブランディングデザインを専門とする日本でも数少ないデザイナーのひとりだ。ひと昔前のブランディングと言えば、グラフィックデザイナーやアートディレクターがCIやVIを基盤にやんわりと携わることがほとんどだった。西澤の仕事は、そうした類の仕事とは一線を画す。なぜなら彼が関わる領域はロゴだけでなく、商品企画や経営戦略にまで及ぶからだ。クライアントに対し、彼は「僕は御社のデザイン部長みたいなものです」と説明するという。その喩えは非常にわかりやすいし、親しみがある。私も個人的に西澤を知っているが、とても気さくな“あんちゃん”とでも言うべき人物だ。そんな彼が上梓した最新作が本書である。

そもそもブランディングとは何か。本書では「焼印を押す(Brander)」という語源に触れ、「ブランディング=差異化」と明確に答える。さらに「ブランディング≒伝言ゲーム」と独特のフレーズでその真意を伝える。本書が魅力的なのはそうした印象的な言葉のみならず、ところどころで「Q. ブランド(Brand)の語源はなんでしょうか?」などと質問を立てて強調し、懇切丁寧に解説した後、各項目の最後に必ず「まとめ」を用意している点である。ブランディングについてなんとなくわかったようなつもりでいる人でも、本書を読めばかなりクリアになるだろう。これから勉強したい人や関心のある人にはうってつけの教科書である。

私もブランディングデザインについておおよその理解はしていたが、理路整然と書かれた本書を読んで、頭がずいぶんクリアになったし、西澤の仕事の方法を詳しく知れたのは興味深かった。この明晰さは、彼が大学でグラフィックデザインではなく、建築を勉強してきたからだろう。いわば、建築思考なのだ。ちなみにブランディングデザインについては、在学中に「デザイン経営」の研究に没頭し培われたという。彼のような正統派ブランディングデザイナーがこれから日本に増えていくことを願いたい。いまだにデザインの概念を誤解している人が多いと感じるからだ。そんな人にはまずデザインには「狭義のデザイン」と「広義のデザイン」があることから知ってもらいたい。

2021/02/05(金)(杉江あこ)

20世紀のポスター[図像と文字の風景]─ビジュアルコミュニケーションは可能か?

会期:2021/01/30~2021/04/11

東京都庭園美術館[東京都]

グラフィックデザインの基礎を改めて学ぶという点で、本展はとても見応えがあった。本展タイトルの「20世紀のポスター」とは、1920年代にロシアをはじめヨーロッパに登場した構成主義に基づく「構成的ポスター」のことである。四角形や三角形、円形などの幾何学的形態もしくは写真とサンセリフ書体とを、ミニマルかつ抽象的に構成したその表現様式は、モダンデザインの出発点と言える。いま見ると、クラシック・モダンとも言うべきスタイルに映るが、しかし何とも言えない力強さを感じた。1920年代は当然、コンピューターのない時代である。印刷の活字はあったが、まだレタリング(手書き)も多かった。その手の力が生み出した凄みなのか。もしくはミニマルゆえの率直さなのか。そして要素が図像と文字のみに限られているため、かえってレイアウトの自由度が高いのである。その点が非常に新鮮に感じられ、観ていて心が躍った。これぞグラフィックデザインの基礎と感じた所以である。グラフィックデザインを学ぶ学生にはぜひ観てほしいと思った。

ヤン・チヒョルト《構成主義者展/クンストハレ・バーゼル》1937 ⓒTschichold family

エミール・ルーダー《マックス・ベックマン展/クンストハレ・バーゼル》1956 ⓒEmil Ruder

さて、構成主義のなかでも1940〜60年代にスイスで隆盛した様式は「スイス・スタイル(スイス派)」と呼ばれている。本展のPART1では主にこの様式が紹介される。スイスはご存知のとおり、19世紀初頭から続く世界最古の永世中立国だ。この時代に勃発した第二次世界大戦時、ほかのヨーロッパ諸国は政治的プロパガンダが色濃いメディアを世の中に大量に発行せざるを得なかったが、スイスは違った。むしろそれに対立するようにスイス・スタイルは誕生したという解説に、なるほどと膝を打った。スイス・スタイルのポスターに具体的なモチーフはなく、扇情的なコピーもない。音楽会のポスターであれば、イベントタイトル、開催日時、場所といった基本情報だけが並ぶ。情報伝達の仕方が簡潔かつ客観的で、送り手と受け手の間はあくまでも対等な関係なのである。メディアの純粋性や自立性を重視する姿勢が、こうしたスイス・スタイルを築いたという。また、いまも人気のユニバースやヘルベチカなどスイス生まれのサンセリフ書体は、可読性や客観性、普遍性に優れる名書体だ。スイス・スタイルのなかでもこれらの使用頻度が高いというのは頷けた。現代に生きる私たちはこれらのサンセリフ書体を通じて、スイス・スタイルとつながりを持ち続けている。


メアリー・ヴィエイラ《パンエア・ド・ブラジル航空 DC7C機/パンエア・ド・ブラジル》1957
ⓒIsisuf. Istituto internazionale di studi sul futurismo - Archivio Mary Vieira, Milano. All rights reserved.


公式サイト:https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/210130-0411_ConstructivePostersOfThe20th.html

2021/02/04(木)(杉江あこ)

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佐藤可士和展

会期:2021/02/03~2021/05/10

国立新美術館 企画展示室1E[東京都]

佐藤可士和は、いまの日本のデザイン業界のなかでもっとも成功したひとりと言えるだろう。彼がクリエイティブディレクターとして携わった企業や商品・サービスのブランディング事例を見ても、それは頷ける。楽天、ユニクロ、セブンプレミアム(セブン&アイ・ホールディングス)など業界を牽引する面々が並ぶからだ。彼はまさに日本経済を動かしている男とも言える。空間構成から個々の展示物まですべてをディレクションしたという本展も面白かった。小難しくなく、直感的で、エキサイティングで、最初から最後まで鑑賞者を飽きさせない。この万人を虜にする力こそ、佐藤のクリエイティブの特徴である。

展示風景 国立新美術館 企画展示室1E

まず本展の入り口で無料音声ガイドの案内があるが、これは絶対に利用した方がいい(QRコードを読み取って自身のスマホで聞くタイプなので、感染症拡大防止にも対応している)。会場で立ち止まって解説文をじっくりと読むよりも、展示物を眺めながら、佐藤自身が語る音声に耳を傾ける方が頭にすんなりと入ってくるからだ。展示は彼が小学生時代に制作したという、すでに才能の開花が見られるコラージュ作品や絵画に始まり、原寸大の屋外広告、ロゴを巨大化したインスタレーションへと続く。誰もが一度は見たことのある屋外広告もロゴも、ホワイトキューブの中で観たり、巨大化されたりすることで何とも言えない違和感が生じ、刺激的に映る。こういう大胆な仕掛けが鑑賞者を飽きさせない。

佐藤は独自のブランディング手法を「アイコニック・ブランディング」と呼ぶ。そう、アイコンなのだ。シンプルで、明快、人々の記憶に残るビジュアルづくりが得意なのである。この勢いやわかりやすさは飛び抜けているように感じる。しかもロゴを核としながら、ロゴだけに留まらない、その企業や商品・サービスの価値を上げるブランディングを最終目的とする。一方で、「LINES / FLOW」と題した抽象的なアート表現にも挑んでいる。これらは、言わば彼の美意識を探る作品群だろう。小学生時代の作品にも通じる純粋さがあり、彼が得意とする簡潔明瞭な造形や色彩が生み出される背景に触れるようだった。そして最後の展示「UT STORE @ THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO」では、鑑賞者がユニクロのTシャツを買う体験まで用意されていた。なんだ、結局は広告なのか?と思いつつも、その巧みな仕掛けには脱帽してしまった。

展示風景 国立新美術館 企画展示室1E

展示風景 国立新美術館 企画展示室1E


公式サイト:https://kashiwasato2020.com

2021/02/04(木)(杉江あこ)

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向田邦子 没後40年特別イベント「いま、風が吹いている」

会期:2021/01/14~2021/01/24

スパイラルガーデン[東京都]

向田邦子の代表作と言われるテレビドラマ『寺内貫太郎一家』や『阿修羅のごとく』を実は観たことがない。これらのドラマが放映された1970〜80年代、私はまだ幼すぎて、大人向けのドラマを観る機会がなかったのだ。唯一の接点といえば、何かの書評に触れて、エッセイ集『父の詫び状』を20代の頃に読んだことくらいか。が、正直、その内容や印象はすっかり忘れていて、本展を知り、自宅の本棚からその古い本を引っ張り出して改めて読んでみた。また短編小説集『思い出トランプ』も取り寄せて読んでみた。すると、確かに面白い。かつて彼女がヒットメーカーだったことが頷ける。鋭い人間観察に基づく独特の視点は可笑しみを誘うし、人間関係の機微を描くのも上手いし、テンポの良い物語の展開で、読者を最後まで飽きさせない。

本展は、没後40年となる向田邦子の軌跡を紹介した展覧会だ。彼女が執筆した生原稿をはじめ、万年筆や食器などの愛用品、当時着ていた洋服、旅行の思い出写真などがずらりと展示されていた。「おしゃれを楽しみ、おいしいものに目がなく、旅が好き」だった、まるで女性誌がお手本に掲げるような彼女のライフスタイルを、世代を超えて伝えることが狙いだったようだ。彼女がかつて住み暮らした東京・青山が開催地だったこともあり、緊急事態宣言下だったにもかかわらず、見渡すと多くの若い女性たちで賑わっていた。

[Photo: Yurika Kono]

[Photo: Yurika Kono]

もちろんそのライフスタイルも魅力ではあったが、私が注目したのは生原稿だ。作家の生原稿はたいてい悪筆で読みづらいものと認識していたが、向田邦子の場合、それに加えて「走り書き」という印象を受けた。原稿用紙の升目をもはや気にしていない。とにかく急いで書いて、書いて、書いたという印象なのだ。何しろ彼女は多いときには1カ月に2〜3本の連続テレビドラマの脚本を受け持ち、累積で約1000本もの脚本を書いたという。現代のようにパソコンはおろか、ワープロさえない時代である。万年筆を握り、原稿用紙の上に文字をひたすら書きつけるしかない。つねに締め切りに追われていれば、走り書きにもなるだろう。おそらく彼女は量とスピードで、文章の質を上げていった典型の人なのだ。それがエッセイや小説にも表われている。端的で巧みな文章が、面白さにつながっていると感じたからだ。今度、オンデマンド放送などを利用して彼女が手掛けたテレビドラマも観てみようか。

[Photo: Yurika Kono]


公式サイト:https://www.spiral.co.jp/topics/art-and-event/mukodakuniko

※会期中にスパイラルホールで予定されていた、ドキュメンタリー『向田邦子の贈り物』、演劇『寺内貫太郎33回忌』、音楽『風のコンサート』の3公演は、新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため、オンラインでの有料配信となりました。2月27日〜5月9日、テレビマンユニオン チャンネル(https://members.tvuch.com/mukoda/)にて配信されます。

2021/01/23(土)(杉江あこ)

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