2021年08月01日号
次回9月1日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

渦巻く智恵 未来の民具 しめかざり

会期:2020/11/28~2020/12/27

世田谷文化生活情報センター 生活工房[東京都]

2020年の年末、私は早々にしめかざりを自宅の玄関扉に飾った。注文していたしめかざりが早めに届いたせいもあるが、コロナ禍に見舞われた災厄年に一刻も早く別れを告げ、吉兆の訪れを願って新年を迎えたいという思いがあったのかもしれない。いままでしめかざりにそれほど興味はなかったのに、こんな気持ちになるなんて、人生は何があるのかわからない。本展へ足を運んだのも、こうした経緯があったからだ。本展を企画制作した森須磨子はグラフィックデザインの仕事のかたわら、全国各地へ「しめかざり探訪」を20年近く続ける、言わばしめかざり通である。その探訪の軌跡を物語る日本地図や記録写真を眺めていると、いやはや、こんな人もいるのだなと感心せざるを得なかった。また、元は神社に張られたしめ縄がどのような造形的展開を遂げて、「輪飾り」や「玉飾り」「前垂れ」といった系統のしめかざりになったのかを示した図式が非常にわかりやすく、そこにグラフィックデザイナーらしい視点も感じた。しめかざりは、福を授ける歳神様を正月に家に迎え入れるための目印である。その目印という点に、彼女はデザインの原点を見ているのかもしれない。

展示風景 生活工房3F 第1室「しめかざり時空探訪」[撮影:本田犬友]

展示風景 生活工房3F 第1室「しめかざり時空探訪」[撮影:本田犬友]

「月下のしめかざり」と題した展示室では、大晦日の夜をイメージした黒い空間に種々さまざまな形のしめかざりが展示されていて圧巻だった。形をしっかりと見せるために、彼女は橙や裏白(うらじろ)、譲葉(ゆずりは)などの装飾を取り除いて写真を撮り、記録するという。この展示室でも基本的に藁もしくは藁と紙垂(しで)だけのしめかざりが展示されていて、その試みがなんとも良かった。藁そのものの素の表情は迫力があり、人の手仕事をつぶさに見て取ることができたからだ。鶴、亀、松竹梅、海老、椀、杓子など、見たことのないしめかざりの形も多く、藁だけでこんなにも豊かな表現ができることに驚いた。しめかざりをつくりながら、人はそこに願いを込めるのだろう。来年はどうか良い年でありますようにと。本当に、2021年は良い年になることを心から願いたい。

展示風景 生活工房4F 第2室「月下のしめかざり」[撮影:本田犬友]


公式サイト:https://www.setagaya-ldc.net/program/500/

2020/12/23(水)(杉江あこ)

罪の声

会期:2020/10/30~未定

TOHOシネマズ、EJアニメシアター新宿ほか[全国]

本作のモチーフとなった「昭和の未解決事件」を私はよく覚えている。当時、小学生であったが、身近な製菓会社がターゲットにされたことや、ふざけた名前の犯人グループ、新聞社に何回か送り付けられたおちょくった文面の脅迫状などが、子ども心にも印象深かったからだ。当時、近所の駄菓子屋やスーパーマーケットの店頭から、保安上、菓子が一斉に消えたときは、この事件の深刻さを肌身に感じた。「遠足のお菓子が買えない!」という小学生ならではの悩みもあいまって。だから本作の原作が発売された途端、私は夢中になって読んだ。多くの読者が感じただろうが、原作はフィクションであるにもかかわらず、本当にそうだったのではないかと思わせるほどの迫力があり、心が震えた。想像上とはいえ、つまり誰もが「昭和の未解決事件」の真相を知りたがっていたのである。そして私は小学生ゆえに知り得なかったが、当時から推測されていた犯人グループの真の狙い、株価操作で大金を得るという手法に舌を巻くと同時に、それに関わる社会の闇をも知ることになった。

さて、本作も原作にほぼ忠実に見事に描かれていたのだが、演出のせいか、映像ゆえの特性なのか、感情により訴える作品となっていた。タイトルが「罪の声」であるとおり、キーとなるのは犯人グループが犯行に使った「子どもの声」である。何も知らずに犯行に加担させられた3人の子どもたちの“その後”が描かれるのだが、特に本作では不幸な道を辿らざるを得なかったある姉弟の人生に胸を締め付けられた。実際に「昭和の未解決事件」でも、同じような運命を辿った子どもたちがいるのかもしれないと想像を巡らせると、また切なくなるのである。

なぜ、製菓会社や食品会社が事件のターゲットとなったのか。それは株価操作をしやすかったからと原作では描かれる。また昭和時代は菓子の包装の仕方が緩かったことも事実で、店頭で比較的簡単に「毒物」を混入することができた。実際に「昭和の未解決事件」を機に、ターゲット外の製菓会社でも商品の包装を厳重に行なうようになったと聞く。そうしたデザインやマーケット面を見てみても、「昭和の未解決事件」は社会を大きく揺るがした事件であり、それを真っ向から題材にしエンターテインメントにした本作は賞賛に値する。

©2020 映画「罪の声」製作委員会


公式サイト:https://tsuminokoe.jp/

2020/12/23(水)(杉江あこ)

DEPTH DESIGN 1st EXHIBITION

会期:2020/11/19~2020/11/26

TIERS GALLERY[東京都]

印刷物をルーペで初めて覗き見たときの驚きをいまでも忘れられない。すべてが小さなドットで構成された世界がそこにはあった。特色を除く、通常のカラーはCMYKの4色で印刷されることを頭ではわかっていたにもかかわらず、実際に見る網点には何とも言えない迫力があった。本展を観て、そんな出来事をふと思い出した。本展を企画したDEPTH DESIGN(デプスデザイン)は、親会社のトヨコーと組み、壁面塗装によるパブリックアートの表現方法を研究している会社である。その代表取締役社長兼アートディレクターを務めるのが、デザイナーの清水慶太だ。設立されて間もない同社が、世間へのお披露目と同時に、パブリックアートの可能性を問うため展覧会を開いた。最初に観た作品「GRAY」はまさにCMYKの4色の原理を用いた実験作で、紙にインクではなく、壁にペンキで施されていた。実際に親会社の東京オフィスの内壁に用いられたそうで、遠目で見ると、4色のドットはグレーに映る。

展示風景 TIERS GALLERY

一般的にパブリックアートというと、巨匠アーティストによる、大衆の目を引く奇抜な作品というイメージが強い。それはそれで街や公園などにパワーをもたらし、また観光名物となることも多い。しかしDEPTH DESIGNの考えはむしろランドスケープデザインの延長上にあるようだ。公共空間を主に壁面塗装を用いていかに良いものへと変えられるかを模索する。「壁と景色」と題した作品では、街の景色は壁面の群によって印象づけられることを実証するため、立体模型を使い、街並みの一部を再現。これらの壁面に物語性のある色やパターン(濃霧や波、木々、アーチ)をプロジェクションマッピングで施し、街の景色がどのように変化するのかを実験していた。こうして見ると、壁面が街に与える影響の大きさに改めて気づく。

展示風景 TIERS GALLERY

一方で街の景観を損ね、治安悪化のイメージを与えるとされる壁面の落書き(グラフィティー)にも注目。主に文字表現が多いグラフィティーは、描き手からの何らかのメッセージではないかと肯定的に受け止め、グラフィティーを立体作品に転化する試みを行なった。これがベンチとして使用可能な立体作品に生まれ変わると、不思議と印象が変わる。たとえ街に置かれても、治安悪化のイメージにはあまりつながらないだろう。公共空間のあり方を考えるには、ミクロとマクロの両方の視点が大事になる。本展ではこの視点を生かした、柔軟な発想に基づく作品が観られた。

展示風景 TIERS GALLERY


公式サイト:https://depthdesign.co.jp/

2020/11/21(土)(杉江あこ)

私の選んだ一品[暮らしのピント]2020年度グッドデザイン賞審査委員セレクション

会期:2020/11/02~2020/11/30

GOOD DESIGN Marunouchi[東京都]

日本で規模がもっとも大きいデザイン賞と言えば、グッドデザイン賞である。毎年、国内外から来るその応募数は数千件に及び、募集、一次審査、二次審査、受賞発表といった運営が1年にわたって行なわれる。当然、審査委員の数も相当数必要で、現在、94人が務めているという。しかもその顔ぶれは、研究者やジャーナリスト、企業経営者が一部いるが、第一線で活躍する中堅の種々デザイナーや建築家が多くを占める。見方を変えれば、グッドデザイン賞の審査委員になったことで、彼らは若手から中堅への仲間入りを果たしたとも言える。そんな風に思えるのは、本展を観て、審査委員のなかによく見知ったデザイナーがずいぶん増えたと感じたからだった。

さて、本展は審査委員が主人公の展覧会である。彼らのうち日本在住の84人に、二次審査の会場で個人的に気になった、もしくは気に入ったデザインをひとつずつ選んでもらうという企画だ。そこで選ばれた全69点が彼ら一人ひとりのコメント付きで展示されていた。コメントを読むと、何というか審査委員のキャラクターや人間臭さがにじみ出ていて、予想以上に面白かった。なぜなら彼らは審査委員という立場ではなく、このときばかりは生活者の立場でコメントしていたからだ。もちろんデザインの知見を入れながらのコメントも多いのだが。幼い頃の思い出がよみがえったもの、自分が率直に欲しいと思ったもの、実際に家で使っているもの、ありそうでなかった視点、趣味のものなど、いずれのコメントにも実感がこもっていた。

展示風景 GOOD DESIGN Marunouchi

デザイナーも建築家も、専門家である前に、まず生活者であることを忘れてはならないと思う。デザインとは社会や人の営みを良くするものであるため、実は自身の経験が大いに物を言う世界でもある。生活のなかでの気づきが新たなデザインを生むきっかけになることも多い。ちなみに展示品のなかで私が欲しいと思ったものは、「猫様専用首輪型デバイス&アプリ」である。我が飼い猫にこれを試してみたい。いま、本気で買うか買わないかを悩んでいる。

展示風景 GOOD DESIGN Marunouchi


公式サイト:https://www.jidp.or.jp/ja/2020/10/25/202010014

2020/11/21(土)(杉江あこ)

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石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか

会期:2020/11/14~2021/02/14

東京都現代美術館[東京都]

1966年に発表された資生堂ビューティケイクのサマーキャンペーン・ポスターは、広告業界で長く語り継がれている名作である。「太陽に愛されよう」というキャッチコピーと、ハワイの海辺で撮影された澄んだ青空ときらめく砂浜、そして強い日差しを全身に浴びた健康的な女性が、しっかりとした目力で前を見据える姿は、いつ見ても強いインパクトを残す。これこそ石岡瑛子が世に注目されるきっかけとなった作品であり、また彼女のクリエーティブを物語るうえでの原点とも言える。この健康的で強い女性像は、きっと彼女自身でもあるのだ。そもそも資生堂は、創業者の福原信三が化粧品にも美的価値の必要性を感じて意匠部を設立し、欧州を中心に流行していたアール・ヌーヴォーとアール・デコ様式を積極的に取り入れ、独自の「美」のスタイルを築いてきた企業である。石岡にとって、その伝統さえも時代遅れに感じたのだろう。伝統は革新の連続であるように、以後、資生堂は時代の空気を積極的に取り込んでいくことで、業界ナンバーワンに躍り出る。

「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展示風景、東京都現代美術館、2020[Photo: Kenji Morita]

「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展示風景、東京都現代美術館、2020[Photo: Kenji Morita]

本展を観て、とにかく石岡のパワーに圧倒された。エントランスに使われたキーカラー、赤のせいもあるかもしれない。資生堂のような大手企業のインハウスデザイナーからスタートし、独立してアートディレクターとして活躍するというのは、言わばグラフィックデザイナーのキャリアの王道であるが、石岡はそこに留まらず、さらに活躍の場を海外に広げた点が圧巻である。しかも演劇、オペラ、映画、コンサート、サーカスなど、エンターテインメント分野までも活動の舞台にしていった点が破格だ。そんなデザイナーは後にも先にも石岡をおいてほかにいないのではないか。なぜならグラフィックと、衣装や舞台はあまりにも違うからだ。彼女の頭のなかはいったいどうなっているんだろう。そんな私の狭い了見に対して軽やかに答えるように、本展のボードには「私は衣装をやっているのではなく、視覚言語をつくっているのだ。」と掲げられていた。なるほど、石岡にすれば、どれもデザインという共通言語でつながっているのか。ところで、観覧中、石岡がデザインについて語るインタビュー音声が会場中に響き渡っており、なんだか彼女に説教を受けているような気分にもなった。

「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展示風景、東京都現代美術館、2020[Photo: Kenji Morita]


公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/eiko-ishioka/

2020/11/21(土)(杉江あこ)

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