2022年07月01日号
次回7月15日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

少し先の未来とデザイン「想像する余白」展

会期:2022/03/19~2022/03/27

21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3[東京都]

2020年代に入り、移動通信システムでは5Gが始まった。といっても、最新スマホに買い替えでもしない限り、5Gの恩恵をまだ受けられないというのが正直なところか。が、5Gの技術は単にスマホの通信速度が速くなるというレベルではない。IoTが進み、AIがより活用されて、いまより情報駆動型社会になると言われている。さらに10年後の2030年代にはもっと“すごい”技術の6Gが始まるはずだ。そんなほどなく訪れる未来のテクノロジーのあり方について、NTTドコモと3人のデザイナーが想像を巡らせ、検証するというのが本展の主旨である。「余白」としているのは、みんなと一緒に未来を想像したいという思いの表われとか。言わば、デザイナーたちの柔軟な思考を示すプロトタイプ展なのだが、これがなかなか興味深かった。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3[撮影:鈴木優太]


NTTドコモのプロダクト部デザインディレクターは宮沢哲、3人のデザイナーは倉本仁、鈴木元、三宅一成と、本展参加者の顔ぶれが私もよく知る40代の実力派だったのがよかったのかもしれない。彼らはあくまで人の暮らしに視点を置き、テクノロジーに向き合おうとする。そう、どんなにテクノロジーが高度に発達しようとも、未来の社会でも根幹となるのは人が人らしくいられることだ。最近、とみに耳にするようになったウェルビーイングなくして、豊かな未来はない。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3[撮影:鈴木優太]


家具と一体化した映像プロジェクター、電話の着信やメールの受信に反応してそっと動くモビール、周囲の環境音を拾って無音化していくスピーカー、別空間の音を共有するスピーカー、歩行者の荷物を運びながら追従してサポートするパーソナルキャリアー、自転車やバイク、電動キックボードなどに取り付けてロックや決済、ナビなどを行なうナビハンドルなど、発表されたプロトタイプはどれも人に優しく寄り添ったデバイスばかり。これらが身近にある生活を想像するだけで、なんだかワクワクしてくる。このように明るく楽しい気分になれなければ、未来をつくる意味はない。私はこの「余白」にワクワクを足したいと思う。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3[撮影:鈴木優太]



公式サイト:https://design.idc.nttdocomo.co.jp/event/

2022/03/23(水)(杉江あこ)

SHOWKO『感性のある人が習慣にしていること』

著者:SHOWKO

発行:クロスメディア・パブリッシング

発行日:2022/01/21


著者のSHOWKOは、私が個人的によく知る人物だ。京都で陶芸家、アーティストとして活躍する彼女は天性のオーラというか、タレント性のような人を惹きつける魅力を持っている。そのため彼女がプロデュースする陶芸ブランド「SIONE」にも多くのファンがついている。これまで国内外の展覧会に精力的に作品を出品し、メディアにも取り上げられてきた彼女が、今度は本を上梓した。当初、自身の半生や活動を綴ったエッセイのようなものかと想像していたら、意外にも自己啓発本にも似たハウツー本である。テーマは「感性」。なるほど、彼女を素敵に見せている感性は持って生まれたものだと思い込んできたが、実はそうではなかったというわけだ。「習慣」という手法で自ら積極的に身につけてきたことが、本書を読んでわかった。

本書はハウツー本として、端的によくまとまっている。感性は習慣によって身につけられるものと断言し、「観察する」「整える」「視点を変える」「好奇心をもつ」「決める」と五つの習慣に集約して紹介している。「『肌の感覚』で気温を当ててみる」「『同時にこなす』意識をもつ」「『午前中』に掃除をしてみる」など、その事例の一つひとつは簡単に実行できることや些細なこと、またライフスタイル系雑誌や書籍などでも紹介されてきた事柄のように見受けられたが、「感性」というテーマで、ここまで体系的にまとめた試みはユニークである。またそうした類似の雑誌や書籍と根本的に異なるのは、彼女が歴史ある茶道具の窯元の家に生まれ育ってきたことだろう。幼い頃から日本の伝統文化に自然と触れてきた経験は何事にも代え難いし、また所作の美しさを極めた茶道から学ぶことは大いにあると、私も経験上実感している。

本書では最後の方で「クリエイティブ・ジャンプ」について触れている。それは、優れた感性を持つクリエイターが現状の延長線上ではなく、大きなジャンプで遠くまで飛んでいき、周囲をアッと驚かせるアイデアにたどり着く状態を指す。本書では「『自分の100年史』を書いてみる」という事例でこれに触れているが、私はハタと気がついた。彼女が感性を身につける努力を意識的にしてきた理由は、おそらくこのクリエティブ・ジャンプをするためではないか。トーマス・エジソンの名言「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」になぞらえるなら、「感性とは、1%のクリエティブ・ジャンプと99%の習慣である」ということなのだろう。


2022/03/15(火)(杉江あこ)

Life in Art “TOKYO MODERNISM -2022-” Modernism Gallery

会期:2022/02/25~2022/04/10

ATELIER MUJI GINZA(無印良品 銀座 6F)[東京都]

もう20年以上も経つのか……。日本でミッドセンチュリー期のモダンデザイン家具が流行したのが、である。時は1990年代後半、私はまだ20代で、駆け出しのフリーライターとして大阪にいた。初めてチャールズ&レイ・イームズのシェルチェアを見たのも、大阪市内にオープンしたばかりのファッショナブルなカフェだった。そのときの衝撃たるや。その後、行きつけとなる別のカフェでもイームズのシェルチェアが使われていて、この椅子をきっかけに、私のなかでモダンデザイン家具への興味が俄然と湧き、世の中のブームも手伝ってこれらに関する記事を書く機会が増え、いまに至ったと言っても過言ではない。私自身もイームズのシェルチェア、ハリー・ベルトイアのサイドチェア、ジャンカルロ・ピレッティのプリアチェアなどを格安で手に入れ、当時、ひとり暮らしの部屋に置いて悦にいっていた。結婚後もさらに増え続けながら、暮らしのなかでこれらの椅子を愛でている。なぜならモダンデザイン家具は空間の中でオブジェとなるし、彩りをもたらすからだ。当時、多くの人々の心を捉えたのも、そんな魅力のせいだろう。


展示風景 ATELIER MUJI GINZA


本展はイベント「TOKYO MODERNISM -2022-」の一環として開催されているギャラリー展示で、同イベントではほかにオークションやショーが今後も予定されている。ミッドセンチュリー期のモダンデザイン家具というと、ハーマンミラー社に代表されるように米国が中心のイメージがあるが、本展ではほかに日本、北欧、フランス、ブラジルと5カ国・地域にコーナーを括り、全世界での現象として捉えていた点が面白い。確かにその後のブームとして日本や北欧のモダンデザイン家具に注目が集まったし、フランスにはル・コルビュジエを中心とする一派がいたし、ブラジルには建築家のオスカー・ニーマイヤーがいた。


展示風景 ATELIER MUJI GINZA


また出展者が、日本各地に点在するギャラリーやショップというのも興味深い。20年以上前からの日本での流行を支えたのはほかでもない、人から人へつなぐ役割を担ってきたギャラリーやショップであるからだ。オーナーら自身が影響を受けたという「逸品」がその思いとともに紹介されていた。そう、誰もがつい語りたくなってしまう愛着の深さも、モダンデザイン家具ならではの特徴と言える。


展示風景 ATELIER MUJI GINZA


公式サイト:https://www.idee-lifeinart.com/exhibition/tm2022/index.html

2022/02/26(土)(杉江あこ)

木村伊兵衛と画家たちの見たパリ 色とりどり

会期:2022/02/19~2022/03/27

目黒区美術館[東京都]

報道写真の名手、木村伊兵衛は小型カメラのライカを愛用したことで知られている。ライカの特性を生かしたスナップショット撮影は、東京の下町に始まり、パリの街角でも行なわれたようだ。本展で展示されたのは、1954〜55年にかけて彼がパリを取材した際の写真131点である。しかも開発されて間もない国産カラーフィルム(富士フィルム)で撮影された写真ということで、その資料性の高さにも胸が躍った。


木村伊兵衛《パリ》(1954)©Naoko Kimura


スナップ写真の魅力は非演出性にある。しかも肉眼とほぼ変わらない視野で景色を写し取ることができるライカを使っているのだ。展示写真を見るうちに、木村が当時、目にしたパリの風景がまざまざと蘇ってきた。世界中の人々が憧れる花の都、パリではあるが、道端にはごみが落ちていたり、壁面のポスターが剥がれ落ちていたり、壊れかかった建物の壁が剥き出しになっていたりと、案外、雑然とした面が見られる街でもある。彼はそうした部分さえも、素の姿として写し取る。そのうえ行き交う人々がとても自然体で、その一瞬の表情や動作を切り取っているので、まるで自分自身もその風景の中に立っているかのような、あるいは自分自身の体験であるかのような錯覚をつい覚える。こうした点が彼の写真の最大の魅力ではないかと改めて感じた。


木村伊兵衛《ミラボー橋、パリ》(1955)©Naoko Kimura


また、カラーフィルムならではの良さもあった。パリの気候のせいか、あるいは開発されて間もない国産カラーフィルムのせいか、全体がくすんだアンバーな色みだったのだが、そのなかで、時折、赤い洋服や赤い車、赤い壁面などが目にパッと飛び込んでくる。それがパリの街の躍動感として伝わってくるのだ。また私がパリを初めて訪れたのは、この当時から半世紀以上も経ってのことだが、石造りの重厚な建物で構成された街並みは変わることがないので、行き交う人々の服装以外、それほど時代の変化を感じることはなかった。それを実感できたのもカラーフィルムゆえである。


木村伊兵衛《パリ》(1954-55)©Naoko Kimura


木村はこのパリ滞在中に、世界的写真家のアンリ・カルティエ=ブレッソンと交流を持った。言わずもがな、ブレッソンもライカの愛用者である。ブレッソンほどの「決定的瞬間」が木村の写真にあったのかどうかはわからないが、彼らは互いの写真に対する考え方が合致し、意気投合したようだ。ブレッソンが撮影したとみられる、パリの街を撮影する木村のポートレートも展示されていた。


公式サイト:https://mmat.jp/exhibition/archive/2022/20220219-359.html

2022/02/26(土)(杉江あこ)

artscapeレビュー /relation/e_00059994.json s 10174751

上野リチ:ウィーンからきたデザイン・ファンタジー展

会期:2022/02/18~2022/05/15(※)

三菱一号館美術館[東京都]

※展示替えあり


本展を観る前、タイトル「ウィーンからきたデザイン・ファンタジー展」のファンタジーという言葉が引っ掛かっていた。デザインとファンタジーが同列で並ぶこと自体、何か違和感があったのだ。しかし本展の解説のなかで次のように書かれていて、なるほどと思う。「リチは、制作には『ファンタジー』が重要であると繰り返し説いていたという。リチのいう『ファンタジー』とは、想像力をはばたかせて唯一無二の独自性を獲得する、といったことを意味していた」。つまり彼女はファンタジーの力でデザインに貢献した人物なのだ。

上野リチというウィーン生まれのユダヤ系女性が、日本人建築家との結婚を機に、戦前戦後の日本でデザイナーおよび教育者として活躍していたことを、恥ずかしながら私は知らなかった。しかし彼女の出身であるウィーン工房や師匠のヨーゼフ・ホフマン、群馬県工芸所で共に働いたブルーノ・タウトといった周辺情報のいくつかについてはもちろん知っていた。にもかかわらず、なぜだろう。おそらく、これまであまり注目されてこなかった人物ではないか。むしろ戦前戦後の日本を訪れた外国人女性といえば、少し後の世代になるが、工芸指導顧問として招聘されたフランス人デザイナーのシャルロット・ペリアンの方が断然有名である。彼女らの間に何か接点はなかったのかと気になったが、いまのところ確たる答えは見つかっていない。


上野リチ・リックス《ウィーン工房テキスタイル・デザイン:紫カーネーション》(1924)クーパー・ヒューイット スミソニアン・デザイン・ミュージアム、ニューヨーク
Museum Purchase from Smithsonian Collections Acquisition and Decorative Arts Association Acquisition Funds. Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum, Smithsonian Institution. Photo credit: Matt Flynn © Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum


上野リチ・リックス《マッチ箱カバー[淑女2]》(1950頃)京都国立近代美術館


さて、ブルーノ・タウトもシャルロット・ペリアンも日本全国に根づく伝統工芸にモダンデザインを取り入れた人物だったが、上野リチの方向性は違った。花や樹木、鳥、魚といった身近な自然物をモチーフに、大らかで伸びやかな線や豊かな色彩を使い、生命力あふれるデザインをもたらした。テキスタイル中心のデザインだったからというのもあるだろう。彼女が日本の伝統文様に深く関心を示したという点にはうなずける。日本の伝統文様も自然物をモチーフに単純化した図だからだ。つまり文様という価値観で、彼女のデザインは日本で受け入れられたのではあるまいか。1世紀近く時代を経たいま観ても、そのデザインは充分魅力的に映る。ファンタジーとは、本来、空想という意味合いだ。やや浮世離れしたニュアンスがあるが、しかし空想が人々を幸せにすることもある。人々を幸せにする限り、それはデザインの役目を果たしていると言える。本展はそんな上野リチのデザインの全貌に迫る世界初の回顧展である。


上野リチ・リックス《クラブみち代 内装デザイン(1)》(1961)京都国立近代美術館



公式サイト:https://mimt.jp/lizzi/

2022/02/25(金)(杉江あこ)

artscapeレビュー /relation/e_00059972.json s 10174753

文字の大きさ