2021年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

PANDAID

運営:NOSIGNER

新型コロナウイルス感染拡大防止に向けて、デザイナーはいったい何ができるのか。いま、多くのデザイナーがそんな思いに駆られているに違いない。2020年3月から4月にかけて、私はFacebookのタイムラインでデザイナーやデザイン関係者によるさまざまなアイデアの投稿を目にした。そのなかで多くの話題を呼んでいたのが、デザイナーの太刀川英輔が代表を務めるNOSIGNERが立ち上げたウェブサイト「PANDAID」である。

PANDAID」トップページ

最初に見た投稿は、「PANDAID」のコンテンツのひとつである「フェイスシールド」の動画だった。太刀川自身が中心となって開発したこれは、「A4クリアファイルを使って約30秒でつくれる」というのが最大の特徴で、A4クリアファイルに目をつけた点はさすがと言うべきである。まとめ買いをすれば1枚何十円という安価なので使い捨てしやすく、素材も透明度の高いPETやPP樹脂が多く使われているので適している。何よりA4原寸大の型紙をPDFでダウンロードでき、その型紙を印刷し、クリアファイルに挟み込んで、型紙の指示どおりにハサミを入れれば完成するというわかりやすさが魅力だ。参考までに市場に出回るフェイスシールドを見てみると、1枚数千円が平均価格だが、写真を見る限り、それらと比べても遜色がない。では、医療現場でこのA4クリアファイル製フェイスシールドを使えるのかという点については、私が知る医療従事者に聞いてみると、医薬品医療機器等法の範疇ではないため現場判断となるらしい。感染者の治療に当たる医師や看護師ならばもっと厳重なフェイスシールドが必要になるだろうが、それ以外の業務に当たる医療従事者であれば十分なのかもしれない。実際に医療従事者から好評を得ているという話も聞く。また小売店や飲食店、理美容店、介護施設など、不特定多数の人と接触しなければならない仕事に就く人たちにとっても、このフェイスシールドは役立つだろう。



「PANDAID」は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の基本情報をはじめ、個人が実践できる衛生や体力維持の方法、また助成金情報やリモートワーク術、自宅での楽しみ方など、多岐にわたる情報がひとつのウェブサイトにまとめられている点が特徴だ。非営利で自主運営、誰でも編集に参加できる共同編集というスタイルを取っている。だからこそ意図せずともフェイクニュースを流してしまう危険性も伴うため、「科学的ファクトが示されている情報を集める」などの編集方針を示す。さらに「一般の方に科学的情報が魅力的に伝わる記事とデザインを実現する」とあり、この辺りのコントロールが腕の見せどころにもなっている。NOSIGNERといえば、東日本大震災後に災害時に有効な知識や情報を集めて共有するウェブサイト「OLIVE」を立ち上げ、注目を大いに集めた。その後、それは東京都が発行したハンドブック『東京防災』の編集にもつながった。「PANDAID」もその流れを汲んだ活動のようだが、しかし「OLIVE」の充実したコンテンツに比べると、「PANDAID」はまだ途上のように見える。今後のコンテンツ拡充に期待したい。


公式サイト:https://www.pandaid.jp

2020/05/04(月)(杉江あこ)

ポカリスエットCM「ポカリNEO合唱」篇

クライアント:大塚製薬
企画制作:電通・なかよしデザインスプーン


非常事態宣言が発令されてから1カ月以上が経った。長引くコロナ禍で、テレビ放送のあり方も変わった。ニュースやワイドショーなどでは出演者がリモート出演するのが当たり前になり、多くのロケやドラマが撮影中止や延期となったため、過去の番組を再放送する動きが盛んである。では、テレビCMはどうか。海外旅行に行く。家族で行楽地に出かける。友人たちと飲み会を開く。そうしたいままで当たり前にできていたことができない非常事態である。企業はどんな方法で商品やサービスを訴求すればいいのか。いま、新たなコミュニケーションデザインが問われている。

こうした状況下で、ひと際目を引くテレビCMが4月から流れ始めた。大塚製薬「ポカリスエット」のCMである。ひとりの可憐な女子高校生が、自分の部屋でスマホの自撮り画面に向かって歌を歌い始める。が、ひとりではなく、複数人の歌声が重なり合って聞こえてくる。と思った次の瞬間には、やはり自撮りされた複数人の中高校生の顔が画面にタイル状に並び、その数がどんどん増えていく。そして一人ひとりが画面に向かって一所懸命に歌い踊る姿が、小気味良いテンポで、順に大きくフォーカスされていく。同社がこのCMを「ポカリNEO合唱」と名づけたように、これはオンラインを使った新しい合唱なのだ。CMのコンセプト文の冒頭にはこう書かれている。「今はみんなで会えないけれど、歌は歌える」。世の中の空気を鮮やかに読んだ映像表現に、SNSでも高い評価が集まった。



このCMを紹介するネット記事を参照してみると、もともと、同社では「合唱」を軸に昨年秋頃からCMの企画が始まっていたが、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、大勢の中高校生が一堂に集まって合唱するシーンを撮影することが困難になり、急遽、中高校生にそれぞれの自宅で自撮りしてもらう企画へと変更したのだという。まさにピンチが新しい表現を生んだのだ。自宅で過ごす時間を少しでも楽しんでもらおうと、最近はタレントやミュージシャンらによる歌のコラボやリレーの動画配信が盛んである。「ポカリスエット」のCMはこうした動画も彷彿とさせる。スマホを当たり前に持ついまの中高校生たちは、自撮りで自分を表現することに慣れているという。そのためかわずか30秒の映像のなかで、彼らの情熱がワッと伝わり、見ている方も胸が思わず熱くなった。


公式サイト:https://www.otsuka.co.jp/adv/poc/tvcm202004_02.html

2020/05/04(月)(杉江あこ)

アルベール・カミュ『ペスト』

訳者: 宮崎嶺雄
発行所:新潮社
発行日:1969/10/30

フランスの文豪、アルベール・カミュの『ペスト』が、ここ最近、急にベストセラーとなり話題を呼んでいる。4月頭、私も御多分に洩れず新潮文庫を購入し、その奥付を見て驚いた。昭和44年に発行後、平成に一度だけ64刷改刷をするに留まっていたにもかかわらず、令和2年3月30日に87刷である。新型コロナウイルスが猛威を振るうこの非常事態にこそ、疫病を描いた物語を改めて読み、同時体験として共感と教訓を得たいという心理なのか。

通読してみて、やはり想像どおり、物語と現在の状況とがよく似ていて震えた。舞台はカミュの生まれ故郷であるアルジェリアの港町オラン。ひとりの医師の目と、彼の友人が残した手帳の観察記録を通して、物語は淡々と進んでいく。ネズミの死体発見から始まり、ペストが人々を徐々に襲って病や死に至らせると、町がついに封鎖されてしまう。その町の中で、医師と交流のあるさまざま立場の人たちの行動や心理がつぶさに描かれていく。この災禍を「みずからペストの日々を生きた人々の思い出のなかでは、そのすさまじい日々は、炎々と燃え盛る残忍な猛火のようなものとしてではなく、むしろその通り過ぎる道のすべてのものを踏みつぶして行く、はてしない足踏みのようなものとして描かれるのである。」とカミュは描写する。そう、現在、私たちが直面しているこの非常事態宣言下もまるで「足踏み」のようではないか。

本書は「不条理の哲学」と評されている。疫病や戦争、貧困などの不条理な状況下に置かれたとき、結局、人々が取る行動や心理は、昔もいまもあまり変わらないことが切々と伝わる。そもそも本書が発表されたのは1947年。第二次世界大戦直後だったことから、当時のフランス人にはまだ記憶に新しい戦争体験と重なったようだ。しかし当時と現在とでは、大きく異なる点がある。それは現代には進んだテクノロジーがあるということだ。当然ながら医療が進化している一方、世界中の都市がロックダウンしても、我々にはインターネットという強い武器がある。物語のなかでは封鎖された町の人々が引き離された家族や恋人と連絡を取る方法は電報しかなかったが、現代にはビデオ通話がある。学校には通えないが、オンライン授業が試み始められている。会社に通勤せずともリモートワークが実践されている。買い物もネット通販が盛んだ。インターネットだけではない。休業を余儀なくされた企業や人々の間では、新しい仕事への可能性を柔軟に探ろうとする動きがあり、また同時に新しい生活スタイルも築かれつつある。「Withコロナ」や「Afterコロナ」という言葉が生まれているように、このコロナ禍をきっかけとして、いま、社会の大きな価値転倒が起ころうとしているのかもしれない。そう考えると、疫病は人間社会を荒療治するために不意にやって来る“神”のような存在にも思えてくるのだ。疫病神とはよく言ったものである。

2020/04/30(木)(杉江あこ)

白 の中の白 展 白磁と詞という実験。

会期:2020/03/13~2020/07/05(※)

無印良品 銀座 6F ATELIER MUJI GINZA Gallery1[東京都]

※4月11日より臨時休館

本展は小規模ながら、白磁に焦点を当てたユニークな展覧会だ。白磁とは白い磁器。もともとは中国で誕生した青磁と白磁の歴史にもさらりと触れつつ、本展でハイライトとするのはバウハウスで発達したモダンデザインの白磁である。それについて本展では「白無地の価値を『発見する』」と表現している。主な展示品はティーポットとカップ&ソーサーで、白磁の素地と、お茶を淹れて飲むという機能は共通しながら、さまざまな形状や曲線の違いを見ることができた。例えばヴァルター・グロピウスがデザインしたティーポットとカップ&ソーサーには、どことなく建築的な佇まいを感じてしまう。

カジミール・マレーヴィチ、デザインのティーポット(1923) ©知識たかし

またロシア・アバンギャルドのひとつと言われる「シュプレマティズム」を宣言した芸術家、カジミール・マレーヴィチがデザインしたティーポットやカップも大変興味深い。代表作《White on White(白の上の白)》を彷彿とさせる形状で、まさに彼の世界観を表現していた。そして日本の白磁として取り上げられたのは柳宗理と森正洋の食器である。彼らは言うまでもなく、日本の食卓に白磁をもたらした代表的デザイナーだろう。本ギャラリーではモダンデザインを軸に企画展を開催していることから、本展でもいわゆる日本の産地に多くある、窯元や作家自身が形を考えてつくる白磁は登場しない。その点にやや物足りなさを覚えてしまうのは私だけか。

したがってモダンデザイン以前の白磁も登場しないのである。そもそも白磁(陶磁器)は6世紀の中国で誕生し、11世紀の宋時代に目覚ましい発展を遂げた。この時代に官窯(中国宮廷の窯)となった景徳鎮窯で染付を盛んに生産したことから、中国磁器=染付のイメージが広まるが、実は青磁を得意とする窯、白磁を得意とする窯などさまざまな窯が誕生した。この中国磁器に大きく影響を受けたのが、日本初の磁器産地となった有田だ。有田でも染付を多く生産し、のちに色絵も誕生するのだが、やはり青磁や白磁も生産していた。一方で15〜16世紀の李氏朝鮮では、染付の原料である呉須が産出されなかったことなどから、生産されたのは主に白磁だった。いわゆる「李朝白磁」である。これが東洋における白磁の大きな流れだ。

とはいえ、白磁に対する解釈はさまざまだ。むしろ本展で白磁を際立たせていたのは、タイトルにもあるとおり「詞」である。展示室の外壁には、日本の前衛詩人、北園克衛が残したコンクリートポエトリー《単調な空間》が印象的に用いられていた。モダンデザインの白磁に対する、この解釈はなかなか新鮮だった。

展示風景 ATELIER MUJI GINZA Gallery1 ©ATELIER MUJI GINZA 2020

北園克衛『煙の直線』(國文社、1959) ©ATELIER MUJI GINZA 2020


公式サイト:https://atelier.muji.com/jp/exhibition/680/

2020/04/06(月)(杉江あこ)

安西洋之『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?──世界を魅了する〈意味〉の戦略的デザイン』

発行所:晶文社
発行日:2020/02/25

本書は、イタリアが得意とするビジネス戦略を解き明かした一冊である。メイド・イン・イタリー、つまりイタリアの製品(主にファッション、食品、インテリアデザイン、自動機械)が、世界市場で存在感を発揮しているという事実に対し、著者は二つのキーワードを提示する。それは「意味のイノベーション」と「アルティジャナーレ」だ。両方とも聞き慣れない言葉かもしれない。前者は「モノやサービスがもたらす意味を変えること」で、必需性や利便性、機能性とは関係なく、言うならばユーザーが熱烈に愛してやまないモノやサービスを開発することである。後者は「職人的」を意味するイタリア語だ。この二つを得意としながら、イタリアの企業は「狭く深い」市場を開拓する。それは大量生産を基本とする米国や中国、ドイツなどの企業や産業とは対極的な手法である。

イタリアの紳士服をはじめ、スパークリングワイン「プロセッコ」、スローフード運動、ショパンピアノコンクールで公式ピアノの一社に採用されたというピアノ、ノートブランド「モレスキン」、イタリア北部の都市レッジョ・エミリアが行なう先進的な幼児教育など、本書で紹介するメイド・イン・イタリーの事例は幅広い。結局、ユーザーが熱烈に愛してやまないモノやサービスをつくるには、その開発者自身がまず欲しいと思うかどうかが問われる。自分が愛せないものを他人が愛せるのかという原点に行き着くわけだ。その点でイタリア人は「好き」「美しい」「おいしい」といった審美眼に長けているだけでなく、それを主張することをいとわないため、意味のイノベーションを実現しやすい。アルティジャナーレを重視する点と合わせ、実に人間的なビジネス戦略だと実感する。日本の企業がもっと積極的に学ぶべき点は、この意味のイノベーションだろう。本書ではその具体的な手法も説き明かされているので参考にしたい。

いま、イタリアと言えば、新型コロナウィルス感染者が世界でもっとも多い国のひとつとしても動向に関心が集まっている。そんなタイミングで出版された本書は、やや不運にも思えるが、一方でこのコロナ禍で見えてきたのは、イタリア人の文化や習慣、人間性だ。例えば三世帯同居率の高さや、身内や親しい人同士でのハグやキスの多さは、真偽のほどはわからないが、感染を広げた原因としても指摘された。しかしどんな苦境に陥っても、窓やバルコニーから身を乗り出して、皆で歌を歌い励まし合う姿を捉えた映像には心を打たれた。いずれもイタリア人の人間性を物語る一面ではないか。本書を読んで驚いたのは、イタリア人経営者のひとりが「ルネサンスの偉大なアーティストたちのDNAを引き継いでいる」と発言していること。どうやらイタリア人の多くにこうした自負があるようだ。この誇り高さにはまいった。

2020/03/27(金)(杉江あこ)

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