2022年12月01日号
次回12月15日更新予定

artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

どうぶつかいぎ展

会期:2022/02/05~2022/04/10

PLAY! MUSEUM[東京都]

これほどタイムリーなテーマの展覧会があるだろうか。私が本展に足を運んだのは、奇しくも、ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始した翌日だった。21世紀に入り、世界を大きく揺るがす侵略戦争がまさか起こるとは思ってもみなかったというのが正直な気持ちだ。

本展は1949年に出版された絵本『動物会議』を基にした展覧会である。作者はドイツ人のエーリヒ・ケストナーとヴァルター・トリアーのコンビ。本展の第1幕は「まったく、人間どもったら!」と怒り散らす、ゾウ、ライオン、キリンたちの集会から始まる。彼らの怒りの矛先は、人間が戦争を始めようとしていることに向かっていた。その被害者は紛れもなく子どもたちであることを嘆くのだ。そう、この絵本が書かれた背景には第二次世界大戦があった。ナチスが台頭するドイツ国内で、作者ら自身も翻弄され、それぞれが国外逃亡することで生き延びたのだという。その作者ら自身の怒りが、絵本では動物たちの姿を借りて表現されていた。


PLAY! MUSEUM「どうぶつかいぎ展」会場写真[撮影:加藤新作]


さらに絵本では以下のように物語が展開していく。動物たちは一致団結して立ち上がり、最初で最後の「動物会議」を開き、人間たちに毅然とこう突きつける。「二度と戦争がおきないことを要求します!」。その交渉は難航するが、「子どもは世界の宝」のとおり、子どもたちを愛する気持ちは動物たちも人間たちも同意であることをテコに、動物たちの作戦勝ちで、最後には平和を手に入れる。


梅津恭⼦《無題》(2021)


本展もこの物語に沿い、8人のアーティストたちの作品で構成されていた。圧巻は薄暗い空間に設えられた第5幕「子どもたちのために!」と、第6幕「連中もなかなかやるもんだ」である。動物たちを模した獣毛の塊に角や牙、影絵、皮絵などの展示のほか、動物たちの糞が再現されていたり(匂いはなかったが)、時折、鳴き声が響き渡ったりすることで、動物たちが本当に会議を開いているかのような臨場感にあふれていた。よって動物たちの怒りもひしと伝わるようだった。「まったく、人間どもったら!」と、いまこそ私も声を大にして言いたい。ロシアの侵攻に対し、呆れているのは動物たちだけではない。そのほか大勢の人間たちも同様だ。『動物会議』はいまこそ世界で広く読まれるべき絵本である。と同時に、この絵本に着目した本展に敬意を払いたい。


菱川勢⼀《いざ、動物会議》(2022)



公式サイト:https://play2020.jp/article/the-animals-conference/
エーリヒ・ケストナー原作、イェラ・レープマン原案、ヴァルター・トリアー絵、池田香代子訳『動物会議』(honto本の通販ストア):https://honto.jp/netstore/pd-book_01709939.html

2022/02/25(金)(杉江あこ)

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初沢亜利 写真展「匿名化する東京2021」

会期:2022/01/11~2022/01/30

Roonee 247 fine arts[東京都]

あと10年くらい経ったら、我々はコロナ禍を振り返り、「あのときは大変だったよね」としみじみするのだろうか。2020〜2021年は(おそらく2022年も)誰にとっても忘れられない年になった。後にこの時期の写真や映像を見返した際、皆の顔に一斉にマスクが着いていることをどう捉えるだろうか。これまでの街の風景を一変させたもの、それは紛れもなくマスクだったに違いない。

コロナ禍が始まって以来、私はずっとそんなモヤモヤした気持ちを抱えてきたのだが、そのモヤモヤをクリエーションとして鮮やかに表現していたのが本展だった。それはコロナ禍の東京を舞台に街行く人々の姿を追ったドキュメンタリーで、写真家の初沢亜利は「写真は現在を歴史に置き換える作業だが、コロナ禍東京の自画像がどのように未来を予見するか、撮影者にとっても興味深い」とメッセージを寄せていた。展示写真はなんというか生々しく、アグレッシブで、モヤモヤがいっそうザワザワした気持ちにもなった。コロナ禍がまだ現在進行形のせいだろうか……。タイトルの「匿名化」とは、言うまでもなく皆の顔に一斉にマスクが着いていることを指す。晴れ着姿の新成人たちが笑顔で撮る記念写真もマスクであれば、桜の下でも初詣でもマスク、デモでも選挙活動でもマスクである。いつの間にかマスクが日常化してしまった世の中を記録に残しておきたいという衝動は、クリエーターとして然るべきなのだろう。


展示風景 Roonee 247 fine arts


また、続くタイトルの「東京2021」は別の意味でも記憶に残る年になった。歴史上、初めてパンデミック下でオリンピックが開催されたからだ。開催の是非を巡って翻弄されたのは、紛れもなく東京に暮らす我々市民だった。展示写真はその記憶さえもしっかり留めていた。「もうカンベン オリンピックむり!」と窓ガラスに貼り紙して訴えた病院の上の高架を、オリンピックマスコットがあしらわれた電車が走り行く皮肉な瞬間。人気のない国立競技場から盛大に上がる花火。市民の痛烈な叫びや虚しさ、やるせなさといったものがそこには漂っていた。


展示風景 Roonee 247 fine arts



公式サイト:https://www.roonee.jp/exhibition/room1-2/20211124184908

2022/01/29(土)(杉江あこ)

世界のブックデザイン 2020-21

会期:2021/12/18~2022/04/10

印刷博物館 P&Pギャラリー[東京都]

ニュースアプリやSNSをはじめ、既存の新聞や雑誌もデジタル版へと移行し、電子書籍も市民権をすっかり得たいま、我々はデジタル上で活字を目にする機会が圧倒的に多くなった。紙の書籍はもう遺産となりつつあるのか。そんなデジタル時代に突入したからこそ、かえって書籍への愛おしさが増すような気がする。本展を見てつくづく感じたのは、書籍は体験のデザインであるということだ。

本展は2021年6月に発表されたドイツ・エディトリアル財団主催の「世界で最も美しい本2021コンクール」の受賞書籍を中心に、日本、ドイツ、オランダ、スイス、中国で開催された各国コンクールの入賞書籍を約130点展示したものだ。まさに世界最高峰のブックデザインが一堂に会した。この2年間、新型コロナウイルスの影響で中止や延期になった各国コンクールも多いと聞く。同コンクールの対象となる日本の「造本装幀コンクール」も2020年は中止されたようで、「世界で最も美しい本2021コンクール」への出品は叶わなかったようだ。しかしながら本展では「第54回(2021年)造本装幀コンクール」の受賞作品が展示されており、このなかから次回の入賞を期待したい。


展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー


さて、展示書籍をそれぞれ手に取り眺めたところ、編集や装丁の既成概念を覆す書籍がいくつか見受けられたことが印象に残った。例えば「世界で最も美しい本2021コンクール」銅賞を受賞した『Corinne』はスイスで編集された写真集なのだが、綴じていないのである。背の部分で二つ折りにして全ページを束ねただけの言わば印刷紙の束だ。これは読者が好きなようにページを再編集できるという意図なのだという。また銀賞を受賞した『说舞留痕-山东“非遗”舞蹈口述史』は中国で編集された伝統舞踊に関する資料集なのだが、ページごとにさまざまな風合いの素材や色の紙を使っており、さらに背から丸見えの糸の綴じも独特である。こうなるとクラフトの域だ。デジタル媒体にはできない体験を追い求めた結果、書籍は紙と戯れる時間を純粋に味わうためのプロダクトへと進化したのか。ただ文字や写真、絵を追うだけでなく、カバーを開き、紙や綴じ糸の質感に触れ、ページを繰り、ときにはページを再編集する楽しみを与える。そんな体験そのものに価値を見出す時代がやってきたようだ。


展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー



公式サイト:https://www.printing-museum.org/collection/exhibition/g20211218.php

2022/01/22(土)(杉江あこ)

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奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム

会期:2022/01/15~2022/04/10

東京都庭園美術館[東京都]

本展タイトルを最初に見たとき、何やらすさまじい印象を受けた。サブタイトルが「装うことへの狂気」である。しかし実際に展示を観ていくうちに、企画の面白さに改めて気づき、その意図に非常に納得できた。モードが奇想であるのは、実はいまに始まったことではない。中世の頃から、いや、それより前から洋の東西を問わずあったのだ。例えば西洋のファッションに欠かせなかったコルセットがそのひとつ。女性のウエストを細く締め上げる行為は、冷静に考えれば尋常な発想ではない。同じく中国の伝統的な纏足もそのひとつだ。女性の足を強制的に小さくしようとする行為は痛ましさを感じる。いずれも(男性から見て)女性を理想的な身体のラインにしたいという欲望が根底にあり、それが行き過ぎた矯正となって現われた文化や風習である。


コルセット、1880年頃 イギリス、神戸ファッション美術館蔵


本展はそうしたモードの奇想さを20世紀の芸術運動、シュルレアリスムの理念に重ね合わせて検証した点がユニークだ。シュルレアリスムが表現しようと試みた無意識や夢、心の奥に潜む欲求などは、確かにファッションに表われやすい。日本の花魁の装いもその一例として紹介されていて、そうかと思い当たった。平成の頃に流行ったコギャルファッションもきっとその流れなのだ。あの独特な化粧や髪型、服装は、彼女らなりに美を追い求めるうちに表面化した形に過ぎない。それはシュルレアリスムの絵画と同じだったのだ。


展示風景 東京都庭園美術館[撮影:大倉英揮(黒目写真館)]


毛髪で編まれたドレスや、リアルな鳥があしらわれた帽子、目玉が大きくプリントされたワンピース、かかとのない厚底靴など、展示作品は古典ファッションからコンテンポラリーアートまで幅広く網羅されていた。こうして一度に見渡すと、人はいつの時代も装うことへの執念を絶やすことがないのだなと感じる。結局、それが生きる原動力となっているのだろう。シュルレアリスムの知識がなくとも、しっかりとした解説により十分に楽しめる展覧会となっている。


舘鼻則孝《Heel-less Shoes (Lady Pointe) 》(2014/個人蔵)[撮影:GION]



公式サイト:https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/220115-0410_ModeSurreal.html

2022/01/22(土)(杉江あこ)

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未来へつなぐ陶芸─伝統工芸のチカラ 展

会期:2022/01/15~2022/03/21

パナソニック汐留美術館[東京都]

数年前より私は有田焼の仕事に携わり、産地に何度も足を運んで、窯元や作家の方々と交流を持ち続けてきた。彼らの制作活動の背景に共通してあるもののひとつに、日本工芸会の存在がある。同会の会員になるには推薦人を立てる方法もあるが、準会員以上になるには「日本伝統工芸展」に入選することが条件となる。なかでも日本工芸会新人賞を受賞してこそ、陶芸作家として初めて認められるといった風潮もあるようだ。そうして彼らは毎年、「日本伝統工芸展」に大作を出品し、腕試しをすることが作家人生のサイクルとなる。日本工芸会は陶芸作家にとっての拠り所であり、自らを証明するアイデンティティでもあるのだろう。


展示風景 パナソニック汐留美術館


本展は、そんな日本工芸会の中心的存在である陶芸部会50周年を記念した展覧会だ。私も「日本伝統工芸展」を何度か訪れたことがあるが、これまでの百貨店の催事場で行なわれる展示とは異なり、美術館での展示はなかなか新鮮だった。しかも日本工芸会発足当時の1950年代からの作品を一望できたことは大変興味深く、第I章で初の重要無形文化財保持者となった陶芸作家4人の作品が観られたことも貴重だった(富本憲吉、濱田庄司といった民藝運動の作家らがその4人のうちに入っていたことは驚きだった)。あえて言うなら、第II章の「産地と表現」として括った展示コーナーで産地の特徴についてもう少し深掘りしてほしかったとも思う。なぜなら、陶芸は産地により土、焼成方法、技法、様式などがまったく異なるからだ。それが日本の陶芸の複雑さであり、面白さにつながっているからである。


展示風景 パナソニック汐留美術館


最後の第Ⅲ章では「未来へつなぐ伝統工芸」として現代作家の作品が一挙に紹介されていた。私も陶芸作家の方々と交流していて感じるが、彼らは伝統工芸の産地で伝統技術を継承して作品づくりに挑んでいながらも、決して過去を向いているわけではない。未来に向かって、新しい表現やスタイルを生み出すことにつねに一所懸命である。「伝統とは革新の連続である」とよく言われるように、新しいことに挑まなければ伝統工芸を継ぐことはできないからだ。そんな彼らの後ろ盾となっているのが、日本工芸会という存在なのだろう。


公式サイト:https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/22/220115/

2022/01/14(金)(杉江あこ)

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