artscapeレビュー
村田真のレビュー/プレビュー
BankART AIR 2016 特別展
会期:2016/06/13~2016/06/20
BankART Studio NYK 2F[神奈川県]
先日までやっていた「BankART AIR オープンスタジオ」の選抜展。これはBankARTスクールの「BankART義塾 part2」の授業の一環で、オープンスタジオを見たゼミ生がそれぞれ気に入った1点を選び、アーティストに交渉して作品を借り、チラシをつくり、展覧会を構成し、あわよくば販売にまでつなげようという魂胆だ。選ばれたアーティストは、片岡純也+岩竹理恵、Bico Kondo、廖震平、松田直樹、関本幸治、三田村龍伸ら。作品の大半は先週見たものだが、新作をつくったアーティストもいる。人数が絞られた分会場が広く使え、より展覧会らしくなった印象だ。ゼミ生の稲吉稔はAIRに参加したグループ「似て非works」の代表でもあったため、自分(似て非works)を選んだのだが、これがなかなかの傑作。床に巨大な扇風機を上向きにセットし、天井から吊ったスカート状の半透明の布をフワッと浮き上がらせる装置なのだ。デュシャンとマリリン・モンローを合体させたような、身もフタもない色香を漂わせていた。肝腎の販売のほうは……みんな低調だったみたい。
2016/06/13(月)(村田真)
シリーズ・川崎の美術 樋口正一郎・井川惺亮展
会期:2016/04/09~2016/07/24
川崎市市民ミュージアム・アートギャラリー2・3[神奈川県]
折元とほぼ同世代、ともに1944年生まれの樋口と井川の展覧会。ふたりとも80年代に作品を見ていたが、どちらも枠に張らない布や木材に原色を塗ったような絵画というかインスタレーションだった。この「絵画というかインスタレーション」というのは80年代にけっこう流行ったスタイルで、フランスのシュポール/シュルファスの影響が色濃かったように思う(井川は南仏でクロード・ヴィアラに師事していた)。ところがその後、樋口はパブリックアートの制作および調査研究にのめり込み、井川は長崎大学に赴任して、作品をばったり見なくなってしまう。だから今回ふたりの作品を見るのはほぼ30年ぶりといっていい。なんだ、ぜんぜん変わってないじゃん、と思ったのは井川の80年代の旧作で、さすがに近作・新作はずいぶん変わった。ふたりとも基本的に画面が四角いタブローになった。樋口はパブリックアートも手がけているせいか材質も形態も多彩で、レリーフ状の作品もあるが、井川は画面に絵具を垂らしてクモの糸のように線を張り巡らせ、線と線のあいだにできた余白に色を置いていく、いわば塗り絵の手法で描いている。でも変わらないのはふたりとも原色を用いることと、具象形態を描かないこと。
2016/06/12(日)(村田真)
シリーズ・映像のクリエイティビティ ナム・ジュン・パイクとシゲコ・クボタ ─折元立身が70年代ニューヨークで出会ったアーティストたち
会期:2016/04/09~2016/07/24
川崎市市民ミュージアム・アートギャラリー1[神奈川県]
折元がニューヨーク滞在中の70年代にアシスタントを務めていたナム・ジュン・パイクと、妻の久保田成子のビデオアートを紹介。歴史的には価値ある作品だろうけど、時代的に先端であればあるほど色あせるのは早い。なにより折元展の感動覚めやらぬいま見せられてもね。
2016/06/12(日)(村田真)
生きるアート 折元立身
会期:2016/04/29~2016/07/03
川崎市市民ミュージアム[神奈川県]
アーティストはだれしも自分の「生」とアートの一体化を夢見るが、「生」のほうは本人もコントロールできない偶然性に支配されるため、いつ、どこで、どんなふうにアートと合体するかわからない。折元の場合1990年代なかばに父が亡くなり、アルツ気味の母の世話をしなければならなくなったことから、なかば強引に生活とアートが合体した。せざるをえなくなった。それが「アート・ママ」シリーズだ。母の幼少期の苦い思い出を元に、巨大なハリボテの靴をはかせて写真に収めた《スモール・ママ+ビッグシューズ》、ベートーヴェンの「運命」に合わせて母の髪の毛を逆立てたりする映像《ベートーベン・ママ 川崎》など、母をモチーフにした連作を発表。いけない言い方だが、母がアルツを背負ってアートに闖入してきた感じ。折元にとっては新たなモチーフの発見であると同時に、母の再発見でもあったのではないか。さらに、介護の合間に抜け出して飲み屋で息抜きする1時間に、メモ用紙の裏に描いた500点ものドローイング《ガイコツ》や、海外で500人もの老婆を集めて食事をふるまうパフォーマンス《500人のおばあさんの昼食》など、「アート・ママ」から派生した作品もある。特にガイコツのシリーズは圧巻、ドローイングに感動するのは久しぶりだ。第2会場では、フランスパンを顔につけて街を練り歩く「パン人間」シリーズをはじめ、70-90年代の作品を中心に紹介しているが、どこか浮いているというか、「アート・ママ」ほどの説得力が感じられないのは、生とアートが一致していないからだろうか。逆にだから尾を引くような重苦しさがなく、安心して笑って見てられる面もある。いやあ見てよかった。
2016/06/12(日)(村田真)
ポンピドゥー・センター傑作展 ─ピカソ、マティス、デュシャンからクリストまで─
会期:2016/06/11~2016/09/22
東京都美術館[東京都]
ルーヴル展が2、3年に一度、オルセー展が4、5年に一度くらいの割合で開かれてるとすれば、ポンピドゥー展は10年に一度くらいだろうか。それでもルーヴルとオルセーに比べれば有名作品の絶対数が少ないので、展覧会のテーマや展示構成に工夫を凝らさなければ人は入らない。そこで今回考えられたのが「1年1作家1作品」という方式。フォーヴィスムやキュビスムの前衛芸術が立ち上がる1906年から、ポンピドゥー・センターの開館する1977年まで約70年を、各年ひとりの作品でたどるというもの。トップの1906年を飾るのはラウル・デュフィの《旗で飾られた通り》。いささか地味かなと思ったが、よく見るとフランス国旗のトリコロールが林立している風景ではないか。そうやって見渡してみると、赤、白、青を使った作品が多い気がする。あとで気づくのだが、展示は3フロアに分かれ、地下1階の壁が赤、1階が青、2階が白を基調にしており、会場もトリコロールになっているのだ。少し進んで、1913年にはデュシャンの初のレディメイド作品《自転車の車輪》があるが、じつはこれ1964年の再制作。次の1914年はデュシャンの兄のレイモン・デュシャン=ヴィヨンの彫刻が来て、続く15、16年は第1次大戦のため、アルベール・グレーズの《戦争の歌》とピエール・アルベール=ビロの《戦争》が飾られるといったように、何年にだれの作品を持ってくるか、けっこう考えられている。ちなみに第2次大戦中の1944年は、ジャン・ゼーベルガーとアルベール・ゼーベルガーの写真《ドイツ軍が撤退するオペラ座広場》で、45年は壁が空白のまま、エディット・ピアフの歌が聞こえてくるという趣向。45年にだって作品はたくさんつくられてるはずなのに、あえて外すという選択だ。この年になんでこの画家が? と首を傾げる選択もある。フォーヴィスムの創始者マティスはトップに来てもいいはずだが、晩年の1948年の作品《大きな赤い室内》が来ている。いい作品だけどね。逆に、ピカソとともにキュビスムで知られるようになるジョルジュ・ブラックは、キュビスム以前の1907年、まだフォーヴィスムの時代の絵が出ている。これもまたいい作品だが。そして最後の1977年は、レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースによるポンピドゥー・センターの模型だが、その前年は「Georges Pompidou」の文字をアレンジしたレイモン・アンスの平面作品、さらに前年の1975年は、ポンピドゥー・センター建設のために取り壊される建物に介入したゴードン・マッタ=クラークの映像が出品され、なんだか自画自賛で終わってるぞ。
2016/06/10(金)(村田真)