artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

バンコク・アート・ビエンナーレ2022と国立美術館

会期:2022/10/22~2023/02/23

バンコク芸術文化センター、JWDアートスペース、サイアム博物館ほか[タイ、バンコク]

バンコク市内の複数の会場を用いて、コロナ禍を意識したバンコク・アート・ビエンナーレ2022が開催されていた。メイン会場は、ニューヨークのグッゲンハイム風に吹き抜けのまわりに螺旋スロープの空間をもつバンコク芸術文化センター(BACC)である。外壁にはアマンダ・ピンボディバキア(Amanda Phingbodhipakkiya)の作品が大きく描かれていた。BACCでは、館内の上層を会場に用い、タイの作家が多いのは当然として、ダミアン・ジャレ(Damien Jalet)、キムスージャ(Kimsooja)、片山真理ほか、ロシア、モンゴル、ドイツ、オーストラリア、イタリア、インドネシアなどから参加しており、思いのほか賑やかだった。そして身体の痛みを伴う作品が目立つ。ビエンナーレの全体テーマは「カオス」であり、35ヵ国から参加している。なお、入場は無料だが、街中でも分散展示していた。今回、全会場をまわる時間はなかったが、おそらくワット・ポーやワット・アルンなどの有名寺院では、作品を見るために、拝観料を支払う必要がある。またサムヤーン・ミッドタウンセントラル・ワールドなどのショッピングモールでは、屋外に作品を展示していた。



バンコク芸術文化センター




バンコク芸術文化センター(左はキムスージャ)




バンコク芸術文化センターの吹き抜けの展示


倉庫のフロアを転用した本格的なギャラリー、JWDアートスペースは、作品数が多く、第2会場というべきエリアだった。ここは東南アジア、アフリカ、ギリシア、ロシア、南米の作家でかため、辺境へのまなざしが強い。サイアム博物館も、ビエンナーレの街なか会場として活用され、敷地内の別棟や屋外に宮島達男らの作品を展示している。なお、これは1922年に竣工した洋風近代建築を保存した施設だが、展示はインタラクティブな仕かけが多い分、内容は薄い。もっとも、タイ的とは何かという全体テーマの設定は興味深く、もしこれを日本でやったら、どうなるか考えさせられる。

ところで、タイの美術の流れを知るために訪れた国立美術館は、西洋の様式建築の外観をもつ。ここは改修中のため入れないエリアが多かったため、こじんまりとした展示だったが、1949年に開催された政府主導の美術展を起点に、アートの洋風化と近代化の流れを紹介していた。またアートの教育活動に貢献したイタリア人の彫刻家シン・ピーラシーに関する企画展を開催していた。




JWDアートスペース。Nengi Omukuの作品展示風景




ビエンナーレ 会場風景、サムヤーン・ミッドタウンの屋外展示。Maitree Siriboonの作品




宮島達男の作品 展示風景、サイアム博物館




シン・ピーラシーの作品 展示風景、国立美術館


公式サイト:https://bab22.bkkartbiennale.com

2023/02/16(月)〜2023/02/19(木)(五十嵐太郎)

バンコクのショッピングモール

[タイ、バンコク]

12年ぶり、3回目のバンコクは、コロナ禍の入国ハードルがないことと、浅子佳英による近年のショッピング・モール報告が気になって訪れた。したがって、これまでと違い、寺院はほとんど見学しなかった。到着した初日は、大雨だったため、屋外を歩かなくてもすむように、丸一日かけて、サイアム・センターターミナル21など、スカイトレインの駅と連結する商業施設をいくつかまわり、なんと2万5千歩も歩いた。美術館をはしごしても、なかなかこの数字には到達しない。外部なき都市空間、すなわちひたすら巨大な室内空間に飲み込まれるような体験だった。ともあれ、エムクオーティエマーブンクロンセンター(MBK)など、駅とモールのあいだに外部空間が存在する場合、透明な折りたたみ式の構築物を広げることによって、濡れずにアクセスできる。またスカイトレインが高架であるため、ショッピング・モールの基準となるフロアは基本的に2階だ。豪雨や洪水などにより、チャオプラヤー川の水位が上昇し、バンコクがときどき浸水することを踏まえれば、合理的な計画だろう。



アイコンサイアム




アイコンサイアムのなかのアイコンラックス




サイアム・ディスカバリー




サイアム・パラゴンのシネコン




駅のホームからターミナル21が見える




エムクオーティエ 中庭の屋外通路にも雨避けの構築物


こうしたショッピング・モールが郊外ではなく、都心で発達するのは、もちろん熱帯の環境ゆえに、冷房が効いた空間が求められるからだろう。タイ、インドネシア、ベトナムなどの東南アジアでは、しばしばモダニズムのピロティが風通しがよい日陰として活用される事例も目撃してきたが、やはり空調の方が快適なのだ。こうした駅直結モール群は、ドバイでも観察され、しかも屋内スキー場や巨大な水槽を備えるなど、凄まじい進化を遂げているが、まわりは砂漠に囲まれた街であり、日本とはあまりに状況が違う。だが、バンコクは電線が多い、ごちゃごちゃした街並みのアジア的な環境ゆえに、日本と比較しやすい。それだけに、ありえたかもしれない未来を想像し、近年の東京における再開発デザインの遅れを痛感した。空間の大きさ、ダイナミックな吹き抜け、プランやテーマの多様性、力が入ったデザイン、そして元気であること。いずれの点においても、バンコクの方が東京に優っている。バンコクでは、中国、台湾、シンガポールの商業施設などで試みられた手法もとり入れているが、それらを総合しつつ、実験的な空間にも挑戦している。



スキー・ドバイ


2023/02/16(月)、18(水)、19(木)(五十嵐太郎)

マルタン・ブルブロン『エッフェル塔~創造者の愛~』、ジャン=ジャック・アノー『ノートルダム 炎の大聖堂』

[全国]

もうすでに日本で公開されているが、ひと足先にパリのランドマークの建設プロセスを描いた映画『エッフェル塔~創造者の愛~』を鑑賞し、以下のコメントを寄せた。


様式なき造形ゆえに、当初のエッフェル塔は「建築」として評価されなかった。
しかし、結果的にその大胆な構造は、20世紀建築の可能性の扉を開く。
そして今や現地では目撃できない建設途中の姿が凛としていること!
この映画はなぜ一人の技術者が新しい美を創造しえたかについて独自の解釈を与えた。


ギュスターヴ・エッフェルは、いわゆる技術者であり、ボザールで様式を徹底的に学ぶ建築家ではなかったがゆえに、新しい構造の可能性を自由に考えることができたのだが、映画においてそのへんの背景はややわかりにくい。19世紀は様式にもとづく芸術的な建築が限界を迎え、構造と芸術が引き裂かれた時代だった。また、もうすでに完成した状態でしか、われわれは見ることができないので、この映画の見所のひとつは巨大なセットとしてつくられた建設途中のエッフェル塔だろう。独創的なポイントは、史実に対し、エッフェルの秘められたラブストーリー(フィクション)を組み込んだことによって、新しい解釈を与えたことである。ネタバレになるので詳細の記述は避けるが、2000年代に入り、東京タワーにスカートをはかせたいといった思いがけない卒業設計が登場し、塔の女性化に衝撃を受けたことを個人的に思いだした。塔はしばしば男性的なものとされているからだ。


パリのもうひとつのランドマークの映画が、日本では4月公開に公開される。2019年にノートルダム大聖堂の屋根で火災が発生し、燃える姿が世界に衝撃を与えた事件をモチーフにした作品『ノートルダム 炎の大聖堂』だ。当時のリアルな映像(おそらく、報道や個人が撮影した素材)も交えたドキュメンタリー・タッチの映画である。そして消防隊の視点からとらえたことが大きな特徴だ。警報が鳴ったにもかかわらず、誤作動と判断された初期発見のミス、渋滞や塔を登る途中のドアが開かないことによる初期消火の失敗が重なったうえに、そもそも消防を前提としない高い構築物ゆえに、いかに大変な現場だったことがわかる。歴史を振り返ると、尖塔は落雷によって火災を繰り返しており、われわれがよく知る姿は19世紀にヴィオレ・ル・デュクが新しくデザインしたものだ。映画では、聖遺物に対する属人的な管理にも驚かされた(もし担当者がもっと遠い場所にいて、駆けつけることができなかったら?と思う)。火災をテーマとする映画は少なくないが、これは人命救助ではなく、文化財のために消防隊が命をかける特殊な事例である。なお、セットやVFXの出来が良いことも最後に付記しておく。


『エッフェル塔~創造者の愛~』公式サイト:https://eiffel-movie.jp
『ノートルダム 炎の大聖堂』公式サイト:https://notredame-movie.com

2023/02/08(水)(五十嵐太郎)

analogueの建築

[京都府]

研究室OBを含む建築ユニットのanalogueとkiiriが共同で設計した作品を京都で見学した。美術系の大学教員の夫妻が暮らす、《等持院の住宅》の見学は、1月に案内をもらっていたが、都合がつかず、遅れての訪問となったが、おかげで空っぽの部屋ではなく、蔵書や食器などが入ったセンスのある生活感がわかる状態になっていた(今後も正式なポストやカーテンが加わる予定)。木造二階建てだが、上はロフトだけなので、かわいらしいコンパクトな家である。特徴的なのは、塀がなく、正面と背後の二面接道により視線が貫通できることや、全方位に散りばめた開口によって実際のサイズよりも広く感じることだ。また外構には通り抜け可能な細い路地的な余白を設けている。これはanalogueの村越怜が、かつて勤めていたはりゅうウッドスタジオが手がけた《都市計画の家II》を連想させるだろう。住宅地においてあえて外部の人が通り抜けできる道を提供していたからである。そして《等持院の住宅》の内部はほぼワンルームとし、中央を横断するロフトの床やカーテンで、ゆるやかに空間を分節する。このスケール感だと、什器の造形も重要であり、以前のマンションから運んだ家具にあわせたインテリアが設計されている。



《等持院の住宅》




《等持院の住宅》



はりゅうウッドスタジオ《都市計画の家II》


この家に暮らす版画家の出原司による《京都リトグラフ工房》は、歩いて3分ほどの距離だが、やはりanalogue+Kiiriが先に手がけたものである。つまり、先に仕事場としての離れができてから、家が完成した。なお、出原自身によって一度改修が行なわれていたので、鉄骨事務所に対する二度目のリノベーションである。過去の痕跡を残しつつ、開口を増やしたこと、また間仕切りをなくして、長い空間を一体化させることで、工程に沿って機械や作業台を一列に並べるというものだった。線路沿いの敷地ゆえに、開口の真横を電車が通り、正面は開放的な場とし、街に開く。



《京都リトグラフ工房》



《京都リトグラフ工房》


analogueは、名古屋の《UNEVEN HUB STORE》(2021)でもリノベーションを担当している。集合住宅の一階に入っていたスーパーマーケットの空間を改造し、ファッション、雑貨、コーヒーなどの小さな店舗群、イベントスペース、キッチン、広い通路を設けたものだ。通常、こうした施設では、インテリアはばらばらになりがちだが、建築家が街のマスターアーキテクトのように統一感をつくる試みが興味深い。いずれも単体の建築ながら、街とのつながりを強く意識したプロジェクトである。



《UNEVEN HUB STORE》




《UNEVEN HUB STORE》


2023/02/05(日)(五十嵐太郎)

パリ・オペラ座─響き合う芸術の殿堂

会期:2022/11/05~2023/02/05

アーティゾン美術館[東京都]

一度では消化しきれない情報量のため、二度目の「パリ・オペラ座」展に出かけた。カタログが充実しているので、本に収録されていない映像をすべて見ることも目的である。バレエ(「シーニュ」など)もオペラ(アフリカ系のプリティ・イェンデが歌う「椿姫」など)も攻めた選出だった。本展は、まさにオペラが総合芸術であるがゆえに、建築、絵画、小説、音楽、衣装、舞台美術など、さまざまな角度からパリのオペラ座がいかなる歴史をたどり、かつてどのような場だったのか?を紹介する企画である。フランス国立図書館から借りた作品や資料がバラエティに富み、その濃密な内容に驚かされる。前衛が交差したことで知られるバレエ・リュスは、全体から見ると、ほんの一部でしかないことが、本展の凄みだろう。ルノワールとワーグナーの《タンホイザー》、オペラ・バスティーユにおけるサイ・トゥオンブリーの緞帳といった意外な組み合わせ、あるいは戦国時代の日本を舞台とするジャポニスムのバレエ「夢」という演目が19世紀末に存在していたことなどを、楽しむことができる。また観劇の様子を描いた絵画も多く、人々がどのようにふるまっていたかについての社会史という側面ももつ。



高解像度写真を入り口で見せる「パリ・オペラ座」展


個人的にはやはり当時の舞台美術が数多く紹介されていることが興味深い。背景に古典建築が使われるケースも散見され、17世紀から18世紀にかけては、ジャコモ・トレッリ、カルロ・ヴィガラーニ(工房)、シャルル・ペルティエ、レオナール・フォンテーヌなどの建築家が担当している。またデトランプの絵画《オペラ座の舞台美術のアトリエの情景、ルヴォワ通り(王政復古時代)》からは、どのようにセットを制作していたかもうかがえる。ただ、ひとつ気になったのは、建築関連のキャプションが簡素過ぎること。例えば、シャルル・ガルニエのパリ・オペラ座のファサードのドローイング(1861)があって、それは喜ばしいのだが、よく見ると、二階のコロネードの両端が現在の櫛形ペディメントではなく、まだ普通の切妻ペディメントである。後から変更したのだろうが、意匠的にはかなり重要なポイントにもかかわらず、とくに言及はない。またブレーの《カルーセル広場におけるオペラ・ハウス計画案》(1781)は、パレ・ロワイヤルのオペラ座焼失後の再建案としてひとつだけ説明されている。が、彼は画期的な球体建築のニュートン記念堂を提案した建築家であり、オペラ座の案も当時としてはメガロマニアックなドームをもつという異様なデザインに触れていないのは、もったいない。



パリ・オペラ座


公式サイト: https://www.artizon.museum/exhibition/past/detail/545

2023/01/29(日)(五十嵐太郎)

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