artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

岡山芸術交流

会期:2022/09/30~2022/11/27

岡山市内各所[岡山県]

3度目だから皆勤賞で訪れている岡山芸術交流は、日本で乱立する芸術祭のなかでも、街の中心部にコンパクトに作品を集め、なんとか1日でまわることが可能なこと(ただし、すべての映像作品をフルで見ると無理)、日本人の作家や地域アートが少ないこと、逆に日本でなじみがない海外の作家が多く、西欧の国際展のようであることなど、独特の存在感をもつ。今回はリクリット・ティラヴァーニャをアーティスティックディレクターに迎え、前の2回に比べて、アジア系の作家が増えた印象を受けた。また前回、2019年のピエール・ユイグがディレクターだったときのような不気味な作品は消え、だいぶ健康的になっている。なお、総合プロデューサーが起こした問題については、残念ながら、どこにも表明はなかった。今回は会場に加わったおかげで、久しぶりに岡山後楽園を再訪し、かつて馬が走る様子を眺めるためにつくられた外周の観騎亭まで見学した(作品が設置していければ、普段は閉じているらしい)。その後、園内を散策し、遊びのある庭や東屋の風流なデザインが、ポストモダンの時代には関心をもたれていたのに、いまの建築には欠けていることを痛感した。また岡山天満屋のショーウィンドウでファッションの広告の横に展示された片山真里の写真は、絶妙な場所の選択である。



後楽園の観騎亭、デヴィッド・メダラ『サンドマシン 青竹のバタンガス》




岡山後楽園の流店




天満屋の片山真里作品


岡山城の中の段では、池田亮司による巨大なモニターの映像を楽しんだが、まだそれほど日が暮れていなくても、輝度が高いことで、十分に鑑賞できる。2009年に東京都現代美術館で開催された池田の個展において、壁いっぱいに投影されたプロジェクションが度肝をぬいたが、映像関係の技術はさらに進化しているのだろう。城のモニターも、原理的には横方向に無限につなぐことが可能である。

なお、今回、屋内における映像作品は駆け足でまわった代わりに、シネマ・クレール丸の内でアピチャッポン・ウィーラセタクンの映画『MEMORIA メモリア』(2021、136分)を鑑賞する時間だけは確保した。これは主人公の頭のなかだけに響く爆破音を契機に、音そのものを言語化したり、遠くからの波動を体験するような特殊な作品であり、絶対に映画館という場で見るべきタイプの作品だった。

ところで、シネマクレール近くの1階に珈琲店が入る岡山禁酒会館は、空襲に対して奇跡的に焼け残ったもので、当初から変わらない名前も含めて、興味深い大正時代の建築である。今回、市内をまわって気づいたのは、実は町の中心にいわゆるチェーン店が目立たず、個性的なお店が多いことだった。



池田亮司《data.flux [LED version]》audiovisual installation




禁酒会館




プールにあるプレシャス・オコモヨン《太陽が私に気づくまで私の小さな尻尾に触れている》、左にオーバーコート《COME TOGETHER》、右奥に藤本壮介による喫煙所




ヤン・ヘギュ《ソニック コズミック ロープー金色12角形直線織》、岡山市立オリエント美術館



岡山芸術交流:https://www.okayamaartsummit.jp

2022/10/30(日)(五十嵐太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00062611.json s 10180873

北加賀屋

千鳥文化、MASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)[大阪府]

3年ぶりに大阪の北加賀屋を訪れた。dot architectsが昭和30年代の文化住宅をリノベーションした《千鳥文化》は、さらに変化し、ギャラリーとして大きな白い空間や小さい店舗群が出現していた。メイン・エントランスにおけるガラスの吹き抜けは相変わらずカッコいいし、かつての部屋にはアート作品や個性的なお店が入り、ますます魅力を増している。確かに前にうかがったとき、今後はまだ手をつけていないエリアも、改造していくと話を聞いていたが、その通りになっていた。東京では場所の性格を根こそぎ変えてしまう、つまらない大型の再開発が目立つのに対し、おおさか創造千島財団がまちづくりに関与することによって、かつての労働者の住宅に手を加えた《千鳥文化》や《MASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)》(2012)など、これほどユニークな空間が実現可能であることに改めて驚かされる。ちなみに、北加賀屋のエリアでは、京都市立芸術大学の彫刻専攻有志による「サーフィン(ここにあるビーフン)」展を開催しており、マップを確認すると、千鳥文化のほかに周辺の3ヶ所を会場にしていた。



《千鳥文化》のギャラリー




《千鳥文化》


《千鳥文化》から歩いて数分の場所に、dot architectsの事務所がある。これもおそらく工場をリノベーションしたもので、設計はもちろん、多くの資材を備えており、施工の実験や展示のモックアップなどもできる大空間をもつ。まさに設計と現場施工を行なう、dot architectsの特殊な活動スタイルを支える場だった。やはり、ここから徒歩圏で行けるのが、約1000m2の工場・倉庫を大型のアート作品の保管所に改造した《MASK》である。ちょうど、毎年行なわれる一般公開「Open Storage 2022─拡張する収蔵庫─」だったことから、持田敦子の独立した階段や回転する壁のインスタレーション、ならびにこれまでの作品紹介の展示を見ることができた。壁の作品はもともと太田市美術館・図書館でも発表されたものだが、《MASK》のシャッターを用いて、《拓く》(2021)が制作された。なお、巨大な空間では、その背後にヤノベケンジの《サンチャイルド》(2011)ほか、やなぎみわ、名和晃平、金氏徹平、宇治野宗輝らの見覚えのある作品と再会した。もっとも、美術館のホワイトキューブで鑑賞するのとは、全然違う環境ゆえに、新鮮な見え方を誘発する。とくにメタリックな作品は、相性が良いように思われた。



dot architectsの事務所




MASK 持田敦子の回転する壁




持田敦子の階段からMASKの奥を見る




持田敦子の作品紹介




ヤノベケンジや名和晃平の作品を収蔵


「Open Storage 2022-拡張する収蔵庫-」

会期:2022年10月14日(金)〜10月16日(日)、10月21日(金)〜10月23日(日)
会場:MASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)(大阪府大阪市住之江区北加賀屋5-4-48)


関連記事

アートを育てるまち、北加賀屋──見に行く場所から、つくる場所へ|小倉千明:フォーカス(2021年04月15日号)

2022/10/29(土)(五十嵐太郎)

すべて未知の世界へ ─ GUTAI 分化と統合

会期:2022/10/22~2023/01/09

大阪中之島美術館、国立国際美術館[大阪府]

1950年代後半から60年代まで日本の前衛美術を牽引した具体美術協会(以下、具体)の解散50年という節目に際し、彼らの拠点となった土蔵を改造した展示施設「グタイピナコテカ」が登場した大阪の中之島において、2つの美術館が共同し、大規模な企画展を開催している。すなわち、大阪中之島美術館は「分化」、その隣の国立国際美術館は「統合」をテーマに掲げ、それぞれのアプローチによって、多様かつ独創的な活動を振り返るものだ。大阪の吉原治良が中心となって具体は活動し、大阪万博にも参加したが、関西発のアート集団として、この2館はふさわしい場所だろう。

前者の「分化」では、環境やコンセプトなどのキーワードで作品を整理し、キャプションには学芸員の解説ではなく、作家本人の言葉を入れているのだが、その内容の熱いこと! 時代の息吹を感じる。またオプアート的な作品や、百貨店の屋上でアドバルーンに作品を吊った空中展覧会=「インターナショナル スカイ フェスティバル」(11月に美術館でこれを再現しているが、未見)など、あまり知らなかった活動を学ぶことができた。そして後者の「統合」では、「握手の仕方」/「空っぽの中身」/「絵画とは限らない」という3セクションによって、絵画の拡張と解体を通じた精力的な創作活動を紹介している。作品を貸し出している館をチェックしたら、芦屋市立美術博物館が多いのは当然としても、意外に宮城県美術館も具体を所有していることに初めて気づいた。仙台に戻って、「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」を鑑賞したついでに常設に寄ったら、大阪のGUTAI 展にあわせたのか、吉原治良、田中敦子、山崎つる子、菅野聖子らの作品をまとめて出している。



白髪一雄《天雄星 豹子頭》(1959)、国立国際美術館




鷲見康夫《作品》(1961)、大阪中之島美術館 キャプションは作家の言葉を使用している 



向井修二《記号化されたトイレ》(2022)、大阪中之島美術館




「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」会場風景、宮城県美術館




菅野聖子《アルファからオメガまで1》(1970)、宮城県美術館


具体の活動は、やはり同時代の海外の動きを想像しながら見ると興味深いのだが、まさに金沢21世紀美術館で開催中の「時を超えるイヴ・クラインの想像力─不確かさと非物質的なるもの」展において関連性が紹介されていた。クラインは1950年代に日本で柔道を学んでいるが、具体にも興味をもっていたという。なるほど、その作風はものの具体性やアクション(行為の痕跡)という共通項をもつし、風船を空に放つクラインの「気体彫刻」と「インターナショナル スカイ フェスティバル」の類似性も指摘できる。なお、金沢では、早逝のクラインと関連する作家を組み合わせており、白髪一雄の作品のほか、中之島美術館と同様、細長いビニールチューブに色がついた水を入れて垂らす元永定正の「作品(水)」を天井に展示していた。かくして世界的な同時代性において、具体を再検証する試みになっている。



クライン・ブルーの顔料を使ったインスタレーション《青い雨》《ピュア・ブルー・ピグメント》、金沢21世紀美術館 光庭



元永定正《作品(水)》 、大阪中之島美術館



元永定正の展示風景、金沢21世紀美術館


公式サイト(大阪中之島美術館): https://nakka-art.jp/exhibition-post/gutai-2022/
(国立国際美術館)https://www.nmao.go.jp/events/event/gutai_2022_nakanoshima/

「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」

会期:2022年10月8日(土)〜11月27日(日)
会場:宮城県美術館(宮城県仙台市青葉区川内元支倉34-1)

「時を超えるイヴ・クラインの想像力─不確かさと非物質的なるもの」展

会期:2022年10月1日(土)〜2023年3月5日(日)
会場:金沢21世紀美術館(石川県金沢市広坂1-2-1)

2022/10/28(金)(五十嵐太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00062766.json、/relation/e_00062771.json、/relation/e_00062474.json、/relation/e_00062545.json s 10180874

十和田市現代美術館「名和晃平 生成する表皮」展ほか

十和田市現代美術館、space、十和田市地域交流センター[青森県]

約1年半ぶりに、十和田市に足を運んだ。藤本壮介が設計した《十和田市地域交流センター》(2022)が、商店街の銀行跡地に新しくオープンしたからである。大きな白い壁にいくつかの矩形の開口部をもうけ、空や街の風景を切りとる建築だ。訪問した日は晴天だったから、白い壁と青い空の対比がもっともよく映えるタイミングである。壁の背後には屋内広場が展開し、夏期は中心部が噴水にもなっているという。オープニングにあわせて、大ギャラリーは、十和田市現代美術館と連携し、「名和晃平 生成する表皮」展の別会場として使われていた。ここでは表皮が物理的に安定せず、微妙に変化を続ける黒い作品群が並べられている。美術館の方では、常設の期間限定展示《PixCell-Deer#52》(2018)のほか、企画展のエリアにおいて、空気が沸きでるシリコン・オイルの新バージョン《Biomatrix(W)》(2022)、未見だった初期ドローイング群、ドットを落としていく絵画の新しいシリーズ「White Code」(2022)が紹介されていた。やはり、その創作にはさまざまな実験を伴う、理系アートというべき作品である。



名和晃平の初期のドローイング


前回と比べて、美術館の常設に新顔が加わっていた。前述の《PixCell-Deer#52》、塩田千春の赤い糸と船による《水の記憶》、そしてレアンドロ・エルリッヒによる鏡を用いた巨大な建物風インスタレーションである。3番目の作品は位置的に見落としやすいが、美術館の背後、すなわち元駐車場エリアの新棟に設置された。さまざまなホワイトキューブに固定した常設の作品を最大の特徴として登場したが、街に新しい息吹を送り込みながら、館そのものも変化している。もともと筆者は、この美術館の設計コンペの審査員をつとめていたので、完成後も成長が続いていることが喜ばしい。ちなみに、名和も、筆者が審査と展示を担当したキリンアートアワード2002(K.K.の問題作「ワラッテイイトモ、」で話題になったとき)から見続けている作家である。また十和田の街中では、船の移動をテーマとする「青柳菜摘 亡船記(サテライト会場 space)」展を複数の会場で開催中だった。この会場をめぐる途中で、ストリートファニチャーの一環として、アーティストだけでなく、マウントフジアーキテクツも鏡面の屋外ベンチを設置していたことに気づいた。



塩田千春《水の記憶》



レアンドロ・エルリッヒ《建物─ブエノスアイレス》



マウントフジアーキテクツのベンチ


名和晃平 生成する表皮

会期:2022年6月18日(土)~11月20日(日)
会場:十和田市現代美術館(青森県十和田市西二番町10-9)

青柳菜摘 亡船記

会期:2022年9月17日(土)~12月18日(日)
会場:space(青森県十和田市西三番町18-20)ほか6会場

2022/10/20(木)(五十嵐太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00060940.json、/relation/e_00062108.json s 10180869

大宇根によるレンガと町田の建築群

[東京都、宮城県]

町田市の大宇根建築設計事務所を訪問し、さまざまな作品を案内してもらった。事務所が入る幹ビルもそのひとつだが、徒歩圏のビルや学校群などを含めて、同市内で実に多くの建築を手がけている。しかも共通する特徴をもち、いずれもレンガ、もしくはタイルが外壁に使用されており、一般人にもなじみやすいキャラクターを獲得していた。

もともと大宇根弘司は、前川國男の事務所で長く働いていたことで、耐候性をもつ打ち込みタイルに精通し、1982年に独立した後も、外壁を保護する建材の探究を継続するなかで、レンガの可能性に注目していたからである。最初に手がけた《町田市立国際版画美術館》(1986)では、質感や焼成方法を何度もテストし、温かいベージュ色の風合いを実現したという。そして水路などの外構も設け、公園の施設として長く市民に親しまれてきた。しかし、現在、国際工芸美術館を含むパークミュージアム構想が立ち上がり、版画美術館の内部を生活通路が貫通することで、大宇根はもとの考え抜かれたデザインと空間のアイデンティティが毀損されることを問題視している。



《町田市立国際版画美術館》


ほかにも市民文学館、《町田市民文学館 ことばらんど》(2006)、《青少年施設ひなた村》(1993)、榎本学園による各種の専門学校(保育1989年、調理師1998年、美容2012年、製菓2005年)、住宅などが町田に点在し、それぞれに異なるレンガの表現を展開していた。時間が経過しても耐久性のある素材が、豊かな表情を与えている。



《青少年施設ひなた村》




町田の美容専門学校、奥は福祉保育専門学校


また同一の建築家が、街並みのイメージを形成する可能性も感じられた。町田以外では、宮城県美術館の《佐藤忠良記念館》(1990)や山梨県立美術館の南館(2004)や向かいの文学館(1989)など、前川建築に関係するプロジェクトも興味深い。また津波で被災しつつも、構造的に問題はなかったが、結局は解体された海辺の《マリンパル女川》(1994)も、大宇根事務所の作品である。これは311直後の風景があまりに印象的だったので、筆者の著作『被災地を歩きながら考えたこと』(みすず書房、2011)の表紙に用いた。津波の被害がほとんどなかった松島に近作があり、別の日に改めて《東京エレクトロン松島クラブ》(2021)を見学した。松林の背景を際立たせるように、やや薄い色のレンガを用いるほか、内外に石や木など、本物の材料を効果的に用い、物語性を与えている。また高台に位置していることから、食堂・バーからの景観は良く、宿泊部屋もラグジュアリー感があり、企業の保養/研修施設として理想的な環境だった。



《佐藤忠良記念館》(ハーフミラーに映るのは本館)とアリスの庭




《山梨県立文学館》




右はレンガの外壁が残る《マリンパル女川》(2011年4月1日撮影)




《東京エレクトロン松島クラブ》


2022/10/14(金)(五十嵐太郎)