2019年06月15日号
次回7月1日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展

会期:2018/05/26~2018/11/25

ジャルディーニ地区、アルセナーレ地区ほか[イタリア]

いつもは夏だったので、10月にヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展を訪れたのは初めてだが、5月にスタートでも、週末はこんなに多くの人が来るのかと改めて驚く。おそらく、妹島和世が全体のディレクターをつとめた2010年のビエンナーレが、日本の建築家のプレゼンスが過去最大だったことを踏まえれば、今回はやや寂しかった。アルセナーレのエリアでは、伊東豊雄による作品の幾何学性を紹介する映像インスタレーション(《台中国立歌劇院》の個展で使われていたもの)、SANAAによる曲面ガラスの空間インスタレーション、手塚建築研究所の《ふじようちえん》など、手堅く秀作を出品している。ただ、すでにエスタブリッシュされた建築家なので、新しい世代ではない。またアルセナーレと道路を挟んで向かいの香港の展示では、建物の内外に100の実験的なスカイスクレーパーをベタに並べており、一見馬鹿らしいが、これだけ夢のある提案のビルが数多くそろうと壮観で、なかなか興味深かったが、そこに思いがけず、竹山聖も出品していた。

さて、ジャルディーニの日本館はサイズが小さいので、室内でやる限り、どうやってもドイツ館やフランス館のようなダイナミックなインスタレーションを実践することが難しい。こうした状況を意識したのか、今回の貝島桃代、ETHのロラン・シュトルダー、学芸員の井関悠による企画「東京発 建築の民族誌──暮らしのためのガイドブックとプロジェクト」は、ピロティに立体を置いているものの、館内はすべて平面という過去にない展示だった。その内容はメイド・イン・トーキョー的な試みを世界各地から収集するというもので、42組の作品を紹介し、環境の建築的な観察図面集といった趣きである。ビエンナーレならではの祝祭性は控えめとし、美術館で開催するようなきれいにまとまった展示だった。いずれのドローイングも、じっくり読み込むと、相当な情報量をもつが、日本語の図であっても一切翻訳や解説がないのには驚いた(逆にTOTO出版から刊行されたカタログは、本のサイズという限界がるためか、クローズアップの図版も入れて、絵解きを付している)。読むな、視覚的なコミュニケーションを解読せよ、というメッセージだろう。ともあれ、環境やアクティビティをていねいに読みとることに、現在の日本建築界の特徴もよくあらわれていた。

伊東豊雄の映像インスタレーション(左)、SANAAのインスタレーション(右)


手塚建築研究所《ふじようちえん》


日本館ピロティ


tomito architecture《CASACO》


「パレスチナ難民キャンプの都市計画と活動」(左)、宮下幸士「フランスの地図」(右)


アーキエイド牡鹿半島支援勉強会「浜のくらしから浜の未来を考える」


オズワルド・コトノウ「暮らしを取り戻すために」(上)、クリムゾン・アーキテクチュラル・ヒストリアンほか「人々の歌が聞こえますか?」(下)

2018/10/05(金)(五十嵐太郎)

ぽむ企画・たかぎみ江さんの訃報

Twitterのタイムラインを眺めていたら、ぽむ企画のたかぎみ江さんの訃報が飛び込んだ。今年は筆者よりも下の世代の建築史の研究者、大阪歴史博物館の学芸員だった酒井一光が癌で亡くなったが、彼女もあまりに若すぎる。ぽむ企画とは雑誌の取材を通じて、ライターの平塚桂さんのほうから取材される機会はしばしばあったが、イラストも描くたかぎさんとはそれほど多く会うことはなかった。が、サブカルチャーにひっかけながら、これまでにない語彙で建築を考えたり、説明するテキストと、どこかとぼけたようなイラストの絶妙な組み合わせが、大きな魅力だった。ポストモダンの時代は、むやみに建築が小難しく語られていたから、余計その違いが際立っていた。ぽむ企画は、新しい建築の語り口でネットの世界から登場し、雑誌『カーサ ブルータス』や書籍など、紙の媒体に展開したライター+イラストの最初の世代である。それまでは短文でも雑誌に寄稿することから、だんだんステップアップするのが当たり前の時代だったからだ(もっとも、現在はこの構図も崩れようとしている)。しかも、女性二人のユニットも、過去の建築ライターに例がない。

いまから振り返ると、ブログが使われていたネットの創成期、ぽむ企画がプロになる前の、京都大学の学生だったときから注目し、彼女たちが人に知られるきっかけをつくった筆者として(ぽむ企画はそれを「五十嵐隊長によるビッグバン」と呼んでいた)、たかぎさんが亡くなったことを本当に残念に思う。じつは当時、今後はぽむ企画に続く書き手がいっぱい登場すると考えていた。ところが、意外にその後、彼女たちのような建築系のライターは増えていない。確かに、Twitterでいろいろな悪口を書いて、自分をマウンティングして満足するような匿名の輩は数多い。しかし、結局はユーモアをもちながら、建築をポジティブに伝えられる才能がない。ぽむ企画はそれを成し遂げた稀有な存在である。

2018/09/25(火)(五十嵐太郎)

ロレーヌ国立バレエ団『トリプルビル』

会期:2018/09/21~2018/09/22

ロームシアター京都[京都府]

ロレーヌ国立バレエ団による『トリプルビル』をロームシアター京都で鑑賞した。横浜におけるKAATの公演は満員だったらしいが、席に空きが目立ったのに驚かされた。もっとも、コンテンポラリーダンスというよりも、バレエ好きの親子が結構いたのは興味深い。音楽はフィリップ・グラス、バッハ、デイヴィッド・チューダー。振付は実験的な新作のほか、フォーサイスの脱構築やポストモダンのカニングハムによるものという歴史的な演目を含む、3作品が並ぶというのに、あまりにもったいない。今年のサマーソニックのトリをつとめたBECKが、がらがらだったことも信じがたい風景だったが。ちなみに、フォーサイスの『STEPTEXT』は、同じ京都のホールで27年ぶりに上演される機会だった。

特に印象に残ったのは、冒頭のベンゴレア&シェニョー振付による新作『DEVOTED』である。ミニマル音楽を背景に、バレエのポワント(爪先立ち)を徹底的に反復することによって、そのジャンルを代表する身体の技術を異化させる。音楽とダンスがいずれも繰り返しを継続し、異様な迫力を帯びるのだが、(おそらく凡ミスもあったが)たぶん意図的に未完成のものを混入させることで、さらに緊張感を強めていた。あまりに全員がポワントを完璧に行なうよりも、ポーズが崩れるかもしれないぎりぎりの状態を一部組み込むことで、まさに目が離せなくなる。そうしたなかで日本人の大石紗基子が、キレキレの高速回転と安定感のある静止を見せることで、びしっと全体を引き締めていた。『STEPTEXT』は、断片的にバッハの音楽を切り刻みながら挿入するために、無音の状態が長く続き、これも緊張感をもたらす。音楽と運動が完全に一致しながら、ずっと流れるのは当たり前のダンスだが、両者をズラしたところにいまなお新鮮な感動を与えてくれる。

2018/09/22(土)(五十嵐太郎)

磯崎新《京都コンサートホール》

[京都府]

磯崎新が設計した《京都コンサートホール》(1995)を、元所員の京谷友也の案内で見学した。これまで機会に恵まれず、きちんとホールの内部やバックヤードを見学できたのは初めてだ。まだ自治体にお金がぎりぎり残っていた時代にしっかりとつくられた公共建築である。やはり、そうした意味でも建築は時代の産物である。したがって、オープンして20年以上が経つが、材料もあまり劣化していない。コンペでは、磯崎のほか、槇文彦、高松伸、石井和紘らのポストモダンを賑わせた建築家が参加し、1991年のヴェネツィア・ビエンナーレ建築展の日本館でも川崎清がコミッショナーとなって、各案が展示された注目のプロジェクトだった。当時は磯崎が『GA JAPAN』においてデミウルゴス論とビルディングタイプに関する連載を開始した時期に近いが、なるほど彼の案はホールの形式を深く考察しながら、新しい空間を提案することに成功している。

限られたヴォリュームの制限のなかで、大ホールと小ホールをいかに構成するかが課題のコンペだったが、磯崎の提案はユニークである。最初に出迎えるエントランスホールである、螺旋のスロープに囲まれた吹き抜けの上部に、未来的な照明がつくUFOのような小ホールをのせるという解決法だった。京谷によれば、柱が囲む多角形のエントランスホールは、磯崎が好むヴィラ・アドリアーナの「海の劇場」がモチーフではないかという。また敷地に対して、少し角度を振った大ホールは、音響性能にすぐれたいわゆるシューボックスの形式を基本としながらも、ステージを囲むようなワインヤード式の座席を上部に加え、空間に彩りを添えている。また中心軸からずらしたパイプオルガンや空間のフレームも、空間を和らげており、興味深い。

《京都コンサートホール》外観


エントランスホール


小ホール(左)、小ホール ホワイエ(右)


大ホール


大ホール ホワイエ

2018/09/18(火)(五十嵐太郎)

玉置順《トウフ》、FOBA《ORGAN I 》《ORGAN II 》

[京都府]

京都へのゼミ合宿の機会を利用し、1990年代半ばに登場した2つの建築を見学した。玉置順による画期的な住宅の《トウフ》と、FOBAの拠点である宇治の事務所《ORGAN I 》である。院生だった筆者が現代建築の批評を執筆するようになった時期の話題作だが、いずれも20年ほど前に現地を訪れたものの、なんのアポイントメントもとっていなかったので、外観を見学したのみで帰ったために、内部に入ったのは今回が初めてである。

《トウフ》は名称が示すように、矩形の白いヴォリュームが印象的な住宅であり、公園に面した絶好の立地だ。ただし、今風の開いた建築ではなく、公園があまりに目の前なので、むしろ絞られた開口のみが公園と対峙する。特徴は、外部の白いヴォリュームと内部をえぐったかのような空間のあいだに大きな懐をもち、そこに異なる色味をもったいくつかのサブの空間を設けていること。もともと高齢者向けの住宅として設計されており、確かに中心のワンルームを核にしたバリアフリーの建築でもある。また天井が高いことで、使い倒されても、変わらない空間の質を維持していた。当初から居住者は変わったが、壁の細い穴にぴったり入るマチスの画集も設計の一部らしく、これが残っていたことは興味深い。

FOBAの事務所《ORGAN I 》は、真横に同じデザイン・ボキャブラリーをもつ大きなビル《ORGAN Ⅱ 》が建ち、これも彼らの設計によるものだ。いずれもトラックなどの外装に使われる材料を転用したメタリックな表皮に包まれたチューブがランダムに成長し、あちこちで切断したような造形である。FOBAの事務所は3階建てだが、基本的に全体のヴォリュームを持ち上げ、周辺の環境や形式を意識しながら、開口のある切断面が設けられていた。もっとも、竣工後に周辺にマンションが増えたことで、眺めが変わってしまったところもなくはない。室内には大量の書籍が高く積まれており、事務所の歴史を感じさせる。見学の途中で梅林克が合流し、台湾のプロジェクトや最近の木造住宅シリーズなどの熱いトークに聞き入った。

《トウフ》外観


《トウフ》脇の玄関(左)、公園に面した絞られた開口(右)


玉置順さん


《ORGAN I 》外観


《ORGAN I 》外観(左)、事務所内観(右)


《ORGAN II 》外観


ふたつの模型

2018/09/17(月)(五十嵐太郎)

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