2019年11月15日号
次回12月2日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

『移動都市/モータルエンジン』

[全国]

フィリップ・リーブのSF小説を原作とし、「ホビット」のシリーズで知られるピータージャクソンが製作を担当した「移動都市/モータルエンジン」は、「インポッシブル・アーキテクチャー」展が面白かった人におすすめの映画だった。都市が都市を捕食するという設定は、一体何を意味するのかと訝しがったが、驚くべきことに文字通り、見たことがない場面が展開される。すなわち、いきなり最大の見せ場でもある冒頭のシーンが示したように、移動する巨大都市が小さな街を追いつめ、大きな開口部を広げて、相手が所有している資源もろとも内部にとりこむ。具体的には、頂部にセントポール大聖堂を載せた「ロンドン」が、ハーフティンバーの建物をのせた街を追いかける。もっとも、ここは宗教施設ではなく、再び世界の覇権を握るための秘密の場所となり、映画の終盤はここが重要な舞台となった。また最初は不審人物を追いかけていたはずが、「ロンドン」の外に放りだされた主人公=トムの視点で映像が進むことで、巨大都市の隠れたメカの機構や外の世界の様子も描かれる。ゆえに、機械仕掛けの都市の視覚的な快楽に酔いしれることができる作品だ。

60分戦争によって一度世界が滅びたポスト・カタストロフの世界では、いったん技術が退化し、スチーム・パンクの設定のように、異なる発展を遂げたため、都市が移動するのが当たり前になっている。いや正確に言うと、少数派として地表に定住する非移動都市。したがって、アーキグラムのプロジェクトではないが、いろんなウォーキング・シティが登場し、空想建築のオンパレードが目を楽しませる。例えば、虫のように地をはう建築、空に浮く乗物や空中都市。なお、キャラクターとしては、じつは人間よりも、異常な執念でヘスター・ショウを追跡する「復活者(人造人間)」のシュライクが目立つ。破壊の限りを尽くす非情な怪物的相貌ゆえに、それが抱えていた孤独や悲しみが深く突き刺さるからだ。

2019/03/05(火)(五十嵐太郎)

国立西洋美術館開館60周年記念 ル・コルビュジエ 絵画から建築へ—ピュリスムの時代

会期:2019/02/19~2019/05/19

国立西洋美術館[東京都]

美術館に入りいつもの調子で地下に向かうと、通常とは違い、オリジナル側の空間が企画展の会場になっている。言うまでもなく、今回はル・コルビュジエの展覧会ゆえに、彼の建築をダイレクトに感じられる場所を使っているのだ。導入部となる吹き抜けの下の空間は、30年前のル・コルビュジエ展の際、いくつかの大学の研究室が制作した模型を主に活用し、主要な建築作品を紹介していた(このエリアは撮影可能)。3Dプリンタで制作された都市計画の新しい模型もあったが、現状では小さい単位には使えても、大きいヴォリュームはまだ昔ながらの模型のほうが空間を表現しやすいように思われた。ちなみに、古い模型群は広島市現代美術館で保管していたものだが、意外に劣化してないことに驚かされた。

さて、本展の主眼となるのは、建築ではなく絵画である。ゆえに、ル・コルビュジエという名前を使うようになる前の、本名ジャンヌレとして活動していた時代がクローズ・アップされていた。すなわち、最初はキュビスムに喧嘩をふっかけ、1918年に画家のオザンファンとともにピュリスムを立ちあげた。ところが、やっぱりキュビスムはすごいと認識を改め、むしろその影響を受けた後期ピュリスムのパートでは、重ね合わせの表現が出現した背景を紹介している。最後のパートは、ピュリスムの活動が終焉し、建築家としての仕事が忙しくなるなかで、私的に制作された自由な作風の絵画もとりあげている。興味深いのは、後期ピュリスムにおける重ね合わせが、《サヴォア邸》などの建築空間にも認められることを本展が示唆している点だ。もっとも、これはキャプションの文章で指摘されているのみで、もう少し突っ込んだ建築の分析がほしい。コーリン・ロウの透明性の議論でも重ね合わせについては指摘されていたが、せめて本展にあわせて、図解、もしくはレイヤーをわかりやすく表現するような分析模型を新規に制作するといったひと工夫があれば、「絵画から建築へ」というサブタイトルの期待に応えられたのではないか。

《スタイン邸》模型


会場風景


会場風景


「輝く都市」模型


2019/02/19(火)(五十嵐太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00047618.json s 10152791

TPAM2019 ファーミ・ファジール+山下残『GE14』、ファイブ・アーツ・センター『仮構の歴史』、イルワン・アーメット『暴力の星座』

会期:2019/02/16~2019/02/17

Kosha33ほか[神奈川県]

横浜のTPAMは、大学の業務が忙しい2月中旬に開催されるため、毎年なかなか鑑賞できないのだが、今年は最終日のみ、なんとか時間をとることができた。プログラムは、東南アジアのレクチャー・パフォーマンス的な演目を3つだったが、いずれも現代の政治、社会、歴史を扱うかなりヘヴィなテーマである。

ファーミ・ファジール+山下残の『GE14』は、マレーシアで60年変わらなかった与党が変わる歴史的な瞬間に立候補し、勝利したパフォーマーのドキュメント映像にあわせて、弁士が語る後、今度は舞台を路上に移し、本人が演説する。マハティールの野党としての現役復帰にも驚いたが、選挙がもつべき民衆の熱量を羨ましく思う。

同じくマレーシアのファイブ・アーツ・センターによる『仮構の歴史(仮題、ワーク・イン・プログレス)』は、政権交代に伴い、新しい歴史教科書が2020年に発行することを踏まえ、歴史から消されていたマラヤ共産党の非合法活動を掘り起こす試みだった。その過程で激しい批判にさらされたファーミ・レザらが、白か黒かに陥る政権の歴史のあり方を問う。

そしてイルワン・アーメットの『暴力の星座』は、『アクト・オブ・キリング』や『ルック・オブ・サイレンス』のドキュメント映画で知られるようになった9月30日事件後のインドネシアにおける大量虐殺(=共産主義者の排除)が題材である。倉沢愛子がこの事件を経た日本とインドネシアの関係について問題提起した後、アーメットが登場して、いまも続く暴力について考察し、スペクタクル的なエンディングを迎える。

どれをとっても、いまの日本の状況を考えれば、じつはまったくよそ事ではないと思わせるラインナップだ。ただ残念ながら、アートが政治性をもつことは当然という雰囲気が日本にない。それどころか美術でも音楽でも、そうした表現をにじませるだけで「〜に政治を持ち込むな」というふうに炎上が起きている。

2019/02/17(日)(五十嵐太郎)

アーツ・チャレンジ2019

会期:2019/02/13~2019/02/24

愛知芸術文化センター[愛知県]

公募の審査を担当したアーツ・チャレンジ2019の交流会に足を運んだ。これは巨大な愛知芸術文化センターのあちこちに点在する空きスペースを活用する企画であり、10年以上続いているが、幸いにもマンネリとならず、限られた作品数ながらも、新しい場所の挑戦や、これまでにない場所の使い方を実現することができた。全体の傾向としては、動きや揺らぎを感じさせる作品が多く、意図したわけではないが、結果的に今年のテーマになっている。

展示の流れは以下の通り。まず地下の広場から建物に入ると、進藤篤による謎のもふもふした物体群が動きまわり、来場者を出迎える。この場所では、新しいタイプの作品である。続いて、吹き抜けを見上げると、加藤立の街を歩いて愛知県芸文センターに向かう映像のスクリーンが吊り下げられている。これも新しい展示の仕方だ。周囲でヘンな出来事が起きているのは、彼だけが後向きに歩いているのを逆再生しているからである。奥に進んでいくと、無数の葉っぱの絵で壁を埋め尽くす加藤真史の作品がある。よく見ると、さまざまな場面をつなぎ合わせており、いわゆる写実とも違う。そして通路のケースに展示された小林美波によるライフマスク+二次元キャラは、アイデンティティの揺らぎを表現する。屋外の階段踊り場に設置されたYuma Yoshimuraの三日月鏡のインスタレーションも、来場者に反応する光と影の効果によって思わぬ動きを闇に与えていた。

今回、初めて利用した10階の中庭に展示されたのは、ナノメートルアーキテクチャーによる風で揺らぎ、鈴が鳴るクニャクニャした構築物である。じつはこの作品は当初のプランを変更した。スタティックだったデザインが柔軟なものに変わり、前よりも良くなったように思う。そして最後の12階ギャラリーでは、窓から見える外の風景と共鳴しつつ、風景を再解釈する三瓶玲奈の絵画と、大東忍による不気味な踊りの絵画+空間インスタレーションが展示された。

進藤篤


加藤立


加藤真史


Yuma Yoshimura


ナノメートルアーキテクチャー


大東忍(設営中の様子)

2019/02/12(火)(五十嵐太郎)

インポッシブル・アーキテクチャー もうひとつの建築史

会期:2019/02/02~2019/03/24

埼玉県立近代美術館[埼玉県]

筆者が監修した「インポッシブル・アーキテクチャー」展は、ややマニアックな企画と思っていたが、フタを開けてみると、予想を裏切る大入りとなった。一般的に美術館の集客が難しい2月にもかかわらず、以前に同館で企画した「戦後日本住宅伝説」展を超える人出で、実現されなかった建築への関心の高さがうかがえる。Tweetでの反響を確認すると、普段は美術館に足を運ばない層がかなりいるようだ。実際、いつもより有料入場者数の割合も大きいらしい(招待券をもらっていない来場者が多い)。もちろん、ザハ・ハディド・アーキテクツ+設計JVによる《新国立競技場》のプロジェクトという日本で最も有名なアンビルドを紹介しているおかげもあるが、SF、アニメ、漫画、映画、文学、IT、ユートピアなどを好む、さまざまな層にアピールしている。また年表を巻末の付録とせず、表紙から始まり、作品のページとパラレルに続く異例の形式をとったカタログの売れゆきも好調だ。このデザインは、いちいちうしろをめくらなくても、同じ時代にどのような建築が実現したかを、同じページで確認できるというメリットがある。

2月11日、筆者は建畠晢館長とトークを行なったが、これも大盛況で、立ち見がでるほどだった。ロシア構成主義のウラジーミル・タトリンによる《第3インターナショナル記念塔》を入り口とし、《新国立競技場》を出口とする展示のフレームは、建畠が決めたものである。なお、2019年は第3インターナショナルが構想されてから100年のタイミングであり、「インポッシブル・アーキテクチャー」展の最後の巡回展を行なう時期は、東京オリンピックが開催される2020年となる。またザハ・ハディドは、ロシア構成主義から影響を受けており、AAスクールの修了作品でもテーマとしていた。トークでは、企画の意義、準備の経緯、最初に展示の可能性を調査した《新国立競技場》を出品した背景などが語られた。なお、展示予定だった白井晟一による《原爆堂》が直前に不出品となった理由は、このプロジェクトが本当に実現することに向けて動きだしたからである。つまり、インポッシブルではなくなったためで、喧嘩別れではない。

ウラジーミル・タトリン《第3インターナショナル記念塔》(1920)模型[制作:野口直人]


前川國男《東京帝室博物館建築設計図案懸賞募集》(1931)模型[制作:京都工芸繊維大学 松隈洋研究室]


ジュゼッペ・テラーニ《ダンテウム》(1938)模型[制作:千葉工業大学 今村創平研究室]


黒川紀章《東京計画1961-Helix計画》(1961)模型


村田豊《ポンピドゥー・センター競技設計案》(1971)


荒川修作+マドリン・ギンズ《問われているプロセス/天命反転の橋》(1973-2018)


2019/02/11(月)(五十嵐太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00047565.json s 10152788

文字の大きさ