artscapeレビュー
五十嵐太郎のレビュー/プレビュー
analogueの建築
[京都府]
研究室OBを含む建築ユニットのanalogueとkiiriが共同で設計した作品を京都で見学した。美術系の大学教員の夫妻が暮らす、《等持院の住宅》の見学は、1月に案内をもらっていたが、都合がつかず、遅れての訪問となったが、おかげで空っぽの部屋ではなく、蔵書や食器などが入ったセンスのある生活感がわかる状態になっていた(今後も正式なポストやカーテンが加わる予定)。木造二階建てだが、上はロフトだけなので、かわいらしいコンパクトな家である。特徴的なのは、塀がなく、正面と背後の二面接道により視線が貫通できることや、全方位に散りばめた開口によって実際のサイズよりも広く感じることだ。また外構には通り抜け可能な細い路地的な余白を設けている。これはanalogueの村越怜が、かつて勤めていたはりゅうウッドスタジオが手がけた《都市計画の家II》を連想させるだろう。住宅地においてあえて外部の人が通り抜けできる道を提供していたからである。そして《等持院の住宅》の内部はほぼワンルームとし、中央を横断するロフトの床やカーテンで、ゆるやかに空間を分節する。このスケール感だと、什器の造形も重要であり、以前のマンションから運んだ家具にあわせたインテリアが設計されている。
《等持院の住宅》
《等持院の住宅》
はりゅうウッドスタジオ《都市計画の家II》
この家に暮らす版画家の出原司による《京都リトグラフ工房》は、歩いて3分ほどの距離だが、やはりanalogue+Kiiriが先に手がけたものである。つまり、先に仕事場としての離れができてから、家が完成した。なお、出原自身によって一度改修が行なわれていたので、鉄骨事務所に対する二度目のリノベーションである。過去の痕跡を残しつつ、開口を増やしたこと、また間仕切りをなくして、長い空間を一体化させることで、工程に沿って機械や作業台を一列に並べるというものだった。線路沿いの敷地ゆえに、開口の真横を電車が通り、正面は開放的な場とし、街に開く。
《京都リトグラフ工房》
《京都リトグラフ工房》
analogueは、名古屋の《UNEVEN HUB STORE》(2021)でもリノベーションを担当している。集合住宅の一階に入っていたスーパーマーケットの空間を改造し、ファッション、雑貨、コーヒーなどの小さな店舗群、イベントスペース、キッチン、広い通路を設けたものだ。通常、こうした施設では、インテリアはばらばらになりがちだが、建築家が街のマスターアーキテクトのように統一感をつくる試みが興味深い。いずれも単体の建築ながら、街とのつながりを強く意識したプロジェクトである。
《UNEVEN HUB STORE》
《UNEVEN HUB STORE》
2023/02/05(日)(五十嵐太郎)
パリ・オペラ座─響き合う芸術の殿堂
会期:2022/11/05~2023/02/05
アーティゾン美術館[東京都]
一度では消化しきれない情報量のため、二度目の「パリ・オペラ座」展に出かけた。カタログが充実しているので、本に収録されていない映像をすべて見ることも目的である。バレエ(「シーニュ」など)もオペラ(アフリカ系のプリティ・イェンデが歌う「椿姫」など)も攻めた選出だった。本展は、まさにオペラが総合芸術であるがゆえに、建築、絵画、小説、音楽、衣装、舞台美術など、さまざまな角度からパリのオペラ座がいかなる歴史をたどり、かつてどのような場だったのか?を紹介する企画である。フランス国立図書館から借りた作品や資料がバラエティに富み、その濃密な内容に驚かされる。前衛が交差したことで知られるバレエ・リュスは、全体から見ると、ほんの一部でしかないことが、本展の凄みだろう。ルノワールとワーグナーの《タンホイザー》、オペラ・バスティーユにおけるサイ・トゥオンブリーの緞帳といった意外な組み合わせ、あるいは戦国時代の日本を舞台とするジャポニスムのバレエ「夢」という演目が19世紀末に存在していたことなどを、楽しむことができる。また観劇の様子を描いた絵画も多く、人々がどのようにふるまっていたかについての社会史という側面ももつ。
高解像度写真を入り口で見せる「パリ・オペラ座」展
個人的にはやはり当時の舞台美術が数多く紹介されていることが興味深い。背景に古典建築が使われるケースも散見され、17世紀から18世紀にかけては、ジャコモ・トレッリ、カルロ・ヴィガラーニ(工房)、シャルル・ペルティエ、レオナール・フォンテーヌなどの建築家が担当している。またデトランプの絵画《オペラ座の舞台美術のアトリエの情景、ルヴォワ通り(王政復古時代)》からは、どのようにセットを制作していたかもうかがえる。ただ、ひとつ気になったのは、建築関連のキャプションが簡素過ぎること。例えば、シャルル・ガルニエのパリ・オペラ座のファサードのドローイング(1861)があって、それは喜ばしいのだが、よく見ると、二階のコロネードの両端が現在の櫛形ペディメントではなく、まだ普通の切妻ペディメントである。後から変更したのだろうが、意匠的にはかなり重要なポイントにもかかわらず、とくに言及はない。またブレーの《カルーセル広場におけるオペラ・ハウス計画案》(1781)は、パレ・ロワイヤルのオペラ座焼失後の再建案としてひとつだけ説明されている。が、彼は画期的な球体建築のニュートン記念堂を提案した建築家であり、オペラ座の案も当時としてはメガロマニアックなドームをもつという異様なデザインに触れていないのは、もったいない。
パリ・オペラ座
公式サイト: https://www.artizon.museum/exhibition/past/detail/545
2023/01/29(日)(五十嵐太郎)
第2回 美術の学び展 授業を中からみてみよう
会期:2023/01/17~2023/01/22
サブウェイギャラリーM[神奈川県]
何の前情報もなく、たまたま駅の改札を出たら、思いがけず、興味深い展覧会と遭遇した。神奈川県の中学校の美術の授業がどのように行なわれているかを教員たちが紹介する企画である。やたらと漢字が続く名前だが、約20名のメンバーから構成される神奈川県公立中学校教育研究会美術科部会研究部(略して神中美研究部)が主催し、教育の現場を伝えるものだ。
アートはただ心で自由に感じればよいというイメージが巷にあふれているが、そうした安易な反知性ではなく、鑑賞と創作、いずれの思考も鍛えるさまざまな実践を工夫しており、感心させられた。例えば、絵に対する細かいディスクリプションと考察を伴う「日本美術を味わう~屏風編~」(井出芙美子)や視点や構図を分析する「ドラマティック・風景画」(石川和孝)などである。「文様で学校を飾ろう」(元山愛梨)や「ちいきのTシャツデザイン」(梛野修平)など、全体としてはアートよりもデザイン寄りの試みが多かった。資料性が高いパンフレットも無償で配布されていたが、その装丁はもう少し統一性が欲しいところである。
会場風景
展示説明
「ドラマティック・風景画」展示風景
「ぶつぶつ仏像鑑賞会」展示風景
「水との遭遇」展示風景
会場には、あわせて中学校の美術教科書が置いてあり、やはりガウディは含まれているが、表紙はなんとニューヨークの911跡地に完成したサンティアゴ・カラトラバのオキュラスだった。ほかに天理駅前のコフフン、MADアーキテクツによる越後妻有トリエンナーレの作品《光のトンネル》、クリストやオラファー・エリアソンの大型空間インスタレーションなども紹介されており、バラエティが豊かなことに驚かされた。またトピックとして保存修復の話もあって、昔とだいぶ違うことを知った。
中学校の美術教科書 展示風景
以前、筆者と山崎亮が関わった「3.11以後の建築」展(金沢21世紀美術館、2014-2015)の企画で、dot architectsが金沢の中学校の美術教師にヒアリングを行ない、提案をしたことがある。教員が減らされることで、同じ学校に上下の世代がいなくなると、いろいろな継承がされないことも問題だったが、特に教材費や時間の少なさが深刻だった。そこでdot architectsは、お金がかからなくてもできる新しい教材を提案したのである。したがって、神奈川県の美術教師たちは、自らとても貴重なとり組みを行なっていると思われた。
公式サイト:http://jb-net.biz/manabiten.pdf
2023/01/21(土)(五十嵐太郎)
日常の風景の中に文化財を観る:地域の彫刻と建築を学ぶワークショップ
会期:2023/01/20
慶應義塾大学アート・センター [東京都]
慶應義塾大学アート・センターが企画する「日常の風景の中に文化財を観る:地域の彫刻と建築を学ぶワークショップ」の建築ツアーの講師を担当した。ちなみに、アート・センターでは美術だけでなく、槇文彦による慶応関係のプロジェクトの図面も保管しており、「アート・アーカイヴ資料展ⅩⅩⅢ 槇文彦と慶應義塾Ⅱ 建築のあいだをデザインする」(2022)などの企画展を開催している。さて、ツアーは、午前は三田キャンパスに始まり、岡啓輔による驚異のセルフビルド建築の《蟻鱒鳶ル》(そろそろ完成が近いらしい)とその斜向かいの2つのコアによる丹下健三の《クエート大使館》(1970)、午後は明治学院大学の白金キャンパス(内井昭蔵の個性的な意匠を備えた再開発を含む)、内田祥三の《旧公衆衛生院》(1938)、東京都庭園美術館と「スカイハウス再読」展まで、かなりの強行軍だったが、このエリアに多くの建築があることを再認識する。
明治学院大学の記念館、背後は内井昭蔵による再開発
内田祥三《旧公衆衛生院》
役得としては、なまこ壁の外観に対し、効果的な採光によって室内が想像以上に明るい慶應の《三田演説館》(1875)、移築され、薄い膜によってかつての空間のヴォリュームを想起させる《ノグチ・ルーム》(1951/2005)、明治学院大の《インブリー館》(1889頃)などは、これまで内部に入ったことがなく、貴重な体験だった。また学生のときのインド・ネパール旅行で犬に噛まれ、帰国後の6回目の狂犬病の注射のために、確か足を運んだ旧公衆衛生院も、数年前から郷土歴史館として公開されている。
三田キャンパスの魅力は、近現代の建築群が連携していることだろう。曾禰中條建築事務所による一連の《図書館旧館》(1912)、《塾監局》(1926)、《第一校舎》(1937)は、だんだんゴシック的な意匠を減らし、3番目はバットレスのみが残る。こうした垂直性を強調した建築に対し、槇事務所は水平性のモダニズムを得意とするが、やはり周辺環境を踏まえたデザインを試みている。例えば、《図書館新館》(1981)は、バットレスの高さを意識した垂直の要素をもち、さらにミラノのドゥオモに言及している。この大聖堂は、イタリア北部ということで、ゴシックの垂直性と古典主義の水平性が混在した意匠をもち、実際に《図書館新館》の北面の輪郭はドゥオモと似ている。また《大学院棟》(1985)は、ポストモダンが盛り上がった時代であり、槇の作品であっても、遊びや装飾のデザインが認められる。広場に対する時計塔や面ごとにファサードを変えるなど、細かく場を読み込んでいる。なお、槇事務所は《図書館旧館》の保存、免震化、リノベーションも1982年と2020年に手がけている。
《図書館旧館》
《塾監局》
《図書館新館》のドゥオモ風ファサード
《大学院棟》
「スカイハウス再読」展 展示風景
公式サイト:http://www.art-c.keio.ac.jp/news-events/event-archive/workshop-tour-2023/
特別展示・テーマ展示「ランドスケープをつくる」第2回「スカイハウス再読」
会期:2022年12月10日(土)~2023年1月29日(日)
会場:東京都庭園美術館 正門横スペース
(東京都港区白金台5-21-9)
企画展示 横浜国立大学大学院/建築都市スクール Y-GSA
2023/01/20(金)(五十嵐太郎)
ハン・ジェリム『非常宣言』、パク・デミン『パーフェクト・ドライバー』ほか韓国映画・ドラマ
あまり日本では話題にならなかったが、航空パニック×バイオテロのジャンルを掛け合わせたハン・ジェリム監督の映画『非常宣言』(2022)は、ハリウッド映画と比べてまったく遜色ない傑作だった。すでに航空パニックものはさまざまな作品が存在するが、ここまで深い絶望を感じさせるのは初めてであり、特に終盤において乗客が下すある決断は前例がなく、衝撃的だろう。難点をあげるとすれば、いまいちとらえどころがない犯人像か(仕かけたテロの行方を見届けない映画『機動警察パトレイバー the Movie』[1989]の帆場暎一みたい?)。だからこそ、その存在はサイコで不気味なのだけど。
同じく1月に封切りされた『パーフェクト・ドライバー」(2020)は、とにかくカッコいい。韓国映画はすでに幾つも女性アクションの傑作を生みだしているが、『ベイビー・ドライバー』(2017)+『グロリア』(1980)的に展開する本作品も仲間入りだろう。個人的にラストは三重に予想を裏切られた。『シュリ』(1999)を鑑賞したとき、韓国でこんなスリリングなスパイ・アクション映画がつくれるのかと驚いたが、もうそれが当たり前になっている。
建築に注目すると、集合住宅は実際に都市風景の中で林立しており、韓国の映像の得意分野だろう。昨年末に日本で公開されたマンション・ディザスター・パニック『奈落のマイホーム』(2021)は、突然、巨大な陥没穴が生じ、マンションが地下500mに転落していく。冒頭は群像紹介でややだれるが、落下が始まった後はありえない事態だけに、特撮技術の迫力が光る。そしてサバイバルのなかに笑いの要素もあり、ラストは感動も起こさせる奇跡の作品だった。韓国のドラマやNetflixのオリジナル映画では、『#生きている』(2020)や『Sweet Home─俺と世界の絶望─』(2020)など、集合住宅を舞台とするゾンビものの名作が続く。
ロッテワールドタワー ソウルスカイ展望台から撮影したマンション群
特筆すべきは、感染対策のために、外部から閉鎖されたロックダウン的な状況下の人間関係を嫌らしく表現した『ハピネス』(2021)である。これは途中で正気に返る近年の傾向を入れつつ(『CURED』[2017]など)、コロナ禍と共有する問題を接続させ、そこにマンション内格差のテーマを加え、極限状況における人間の怪物化を描く。もちろん、ウイルスが引き起こす症状よりも、利己的な人間の心の方が恐ろしい。
『非常宣言』公式サイト:https://klockworx-asia.com/hijyosengen/
『パーフェクト・ドライバー』公式サイト:https://perfectdriver-movie.com
2023/01/15(日)(五十嵐太郎)