2020年04月01日号
次回4月15日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

東仁川の日本建築

[韓国、東仁川]

韓国から帰国する前に、ソウルの中心部から地下鉄で1時間弱の距離にある、東仁川(トンインチョン)を初めて訪れた。ちょうどアーティストの鎌田友介が、韓国、台湾、ブラジルなど、世界各地に残る日本家屋の調査のために、東仁川でレジデンスをしており、将来の展示プロジェクトの様子をうかがうことが目的だった。観光ガイドの『地球の歩き方』で、このエリアを調べると、中華街は紹介されているが、日本統治時代の近代建築には触れられていない。東仁川は港町であり、早くから異文化の玄関口として機能し、横浜のような街だと理解するとわかりやすいだろう。



東仁川にある旧第一銀行の建物


東仁川に残された日本統治時代の土木工事跡

ともに現在に残る日本家屋を調査している建築再生工房のEUIJUNG LEEと鎌田の両氏の案内によって、東仁川を散策することになった。前者は、倉敷の建築事務所で修行した経験をもち、石とレンガで作られた古い製氷所をリノベーションし、カフェに転用していた。以前、筆者も下田の南豆製氷所の保存運動に関わったことがあったので(結局は解体)、東仁川ではきちんと残せていることに感心した。



製氷所をリノベートしてアーカイヴ・カフェに転用

文学館、現代アートの展示、劇場など「仁川アートプラットフォーム」のエリアは、かつての日本郵船のレンガ造の倉庫を改造したり、倉庫風の現代建築を継ぎ足すなどのデザインが行なわれていた。横浜ならば《BankART1929》の活動に近いだろう。少し坂を登ると、小規模ながら、旧銀行などの近代建築が並ぶ、ストリートは見応えがある。また《仁川開港場近代建築展示館(旧十八銀行)》では、かつての街の状況や主要な近代建築がよくわかる。



「仁川アートプラットフォーム」内のギャラリー


ギャラリー内では東アジア文化都市の展覧会が開催されていた


《仁川開港場近代建築展示館》では、かつての街の様子が模型展示されていた


鉄柱で補強して、ギャラリーになった日本家屋


なるほど、東仁川では実際に今も多くの日本家屋が残っており、補強・改造を経てギャラリー化したところもあったが、印象的だったのは、高層マンション開発の波が押し寄せ、解体間近の日本家屋群が集中する住宅街だった。開発予定地にたつ家屋は、すでに廃棄され、ガラスが破損するなど廃墟化し、津波被害を受けた半壊住居を想起させたからである。



廃墟化した東仁川の日本家屋


マンション開発を待つ東仁川の空き地

2019/07/21(金)(五十嵐太郎)

「Shelter for soul」展

ソウル都市建築展示館[韓国、ソウル]

上海からソウルへダイレクトに移動し、《ソウル都市建築展示館》において「Shelter for Soul」コンペの一次審査に参加した。四ヶ国語で募集した結果、およそ180の提案が世界中から集まり、そこからまず一次審査を通過し、パネルが展示される40作品を選び、さらに実際に1/1をつくる15作品を決定するのが、今回の作業である。これは韓国の建築家協会が主催し、社会的な弱者に配慮する空間の提案を求めるもので、国際的な運動に展開させることをめざしている。



《ソウル都市建築展示館》内部の様子


「Shelter for soul」展の入口

興味深いのは、不特定多数のための提案ではなく、特定の一人を具体的に想定したデザインを考えることが条件になっていること。したがって、通常のコンペに比べると、ただデザインされたドローイングを見ればすむことがなく、それぞれの説明文の読み込みがきわめて重要だ。例えば、半身が麻痺した祖母、退役軍人の父、子供を失った母、引きこもり、ダウン症の知人、発達障害、鬱病、身近なホームレスやストリート・チルドレンなどである。つまり、多くの国からじつに多様な案、いや個人の物語が語られており、それらを理解してから、デザインを判断しなければならない。



一次通過作品の展示パネル

審査の翌日、「Shelter for soul」展のオープニングに続き、審査を務めたYoungchul Jangと遠藤秀平のレクチャーが行なわれた。前者は学生らとシェルター的なインスタレーションを実践し、後者はかつての難民収容所、ル・コルビュジエのアジール・フロッタン再生プロジェクトを推進している。なお日本からは、宮本佳明、五十嵐も審査員として参加した。ただ、フタを開けてみると、一次通過の40組のうち、日本人はSatoko Yamaguchi+Nakazato、Sachiko Okauraの2組のみであり、やや寂しい結果だった。今後は9月頭に実際のシェルターが完成し、文化駅ソウル284の内外に設置されたものに対し、二次審査を行なう予定である。韓国、中国、アメリカ、タイ、インドネシア、インド、メキシコなど、さまざまな国の制作者がどのようなシェルターを実現するのか楽しみだ。



実際に制作する15作品に選定されたパネル


右がSatoko Yamaguchi+Nakazato の展示パネル


左がSachiko Okauraの展示パネル

2019/07/19(金)(五十嵐太郎)

上海万博博物館、中華芸術宮

[中国、上海]

せっかくの機会なので、今回は上海万博の跡地をまわった。筆者にとっては9年ぶりの再訪であり、新しいオフィスビルなどがたっていたが、国家イベントのレガシーとして懐かしい建築もいくつか残っている。激しい造形の《上海万博博物館》は、その名の通り、万博や世界博などの歴史を紹介する施設だ。入り口には歴代の博覧会の名前と開催年が並び、最後に大阪万博2025が提示されている。



上海万博の跡地の現状


《上海万博博物館》の外観

ロンドン万博(1851)における《クリスタル・パレス》の巨大模型や、複数の万博を通じた近代におけるパリの都市変遷をたどる映像で始まり、各万博の会場模型(ウィーン1873年、シカゴ1893年、サンフランシスコ1915年、など)や新しい乗り物の歴史が続き、ニューヨーク世界博(1939)の《針と球》、ブリュッセル万博(1958)の《アトミウム》、シアトル万博(1962)や大阪万博(1970)の塔など、それぞれのシンボルとなった建築の大きな模型もある。もちろん、ハイライトは上海万博(2010)の記録だ。空間のシークエンスとしては、だんだん登って、最後は屋上に出て、万博会場の跡地を望む。



ロンドン万博(1851)における《クリスタル・パレス》の巨大模型


シカゴ万博(1893)の会場模型


大阪万博(1970)で菊竹清訓が設計した「エキスポ・タワー」の模型


上海万博(2010)を紹介するコーナー

続いて対岸に移動し、《中華芸術宮》を訪れた。上海万博の旧中国館である。斗栱の木組を巨大化したようなデザインによる逆ピラミッド型の赤い建築は、中国風をベタに表現したものだろう。当時、訪れたときはあまりにも長蛇の列で(待ち時間が8時間といった噂も)、最初から入るのをあきらめたパヴィリオンにようやく入ることができた。が、内部は予想していたのだが、エスカレーターで最上階まで登って、スロープで順番にまわりながら降りる空間構成だけで、デザイン的に見るべきものはない。膨大な展示は、団体展のような雰囲気である。中国らしいと感じたのは、絵のサイズが大きいこと。中華芸術宮の外観は、今なおアイコン的な強度をもつ。建築グッズにもなる圧倒的なわかりやすさなのだ。



《中華芸術宮》の外観


《中華芸術宮》の内部。最上階までエスカレーターで登って、スロープで降りてゆく

2019/07/18(木)(五十嵐太郎)

「自由な建築」展、パワーステーション・オブ・アート(PSA)

会期:2019/07/18~2019/10/07

パワーステーション・オブ・アート(PSA)[中国、上海]

上海万博の跡地にある《パワーステーション・オブ・アート(PSA)》において、石上純也の「自由な建築(Freeing Architecture)」展のオープニング・トークに登壇した。パリのカルチエ現代美術財団からの巡回展である。展示物としては、6月に完成した《サーペンタイン・パヴィリオン》が増えたようだが、基本的には同じセットだ。なお、石上が手がけた5つのコンクリートのキャンチレバーがどーんと張りだす「JINS上海環球金融中心店」のインテリアは、紹介されていない。


「自由な建築」展を解説する石上純也


会場構成も石上純也が手がけていた

もっとも、ガラス建築のカルチエでは緑に包まれた明るい空間の展示だったが、上海は閉ざされた美術館の上階において、作品ごとに小部屋に仕切られ、かなり見せ方が違う。「四角いふうせん」や「テーブル」など、これまでギャラリーという特殊な場で実験的な「建築」をインスタレーションとして出現させた彼が、建築の模型や図面を見せるいわゆる普通の建築展を開催したことが大きなポイントだろう。それだけ美術館の外部で進行するリアル・プロジェクトが世界各地で増えており、中国の《谷間のチャペル》もすでに建設を開始している。オープニング後のディナーは、カルチエがバックについているだけに、ゴージャスだった。果たしてこの展覧会を、日本に巡回できるだろうか。


《サーペンタイン・パヴィリオン》の模型を解説する石上純也


石上純也が手がけたことで話題をよんだ「JINS上海環球金融中心店」のインテリア

さて、《PSA》は発電所をリノベーションした高い煙突つきの巨大建築である。ゆえに、ロンドンのテート・モダンを想起させるだろう。同時開催は、イヴ・クライン×李禹煥×丁乙「挑戦する魂(The Challenging Souls)」展、エレーヌ・ビネの建築写真展(ジョン・ヘイダック、ル・コルビュジエ 、リベスキンドの作品など)、1階のチェコのおもちゃデザイン展「ミニ・ワンダーズ(Mini Wonders)」など、盛りだくさんだった。やはり、スケール感を生かした大きなインスタレーションは迫力があり、現代美術の展示場としてのポテンシャルをもつ。PSAは建築系の展示が多く、今年はジャン・ヌーヴェルやゴードン・マッタ・クラークの展覧会などが続くようで、充実したラインナップに驚かされた。


発電所をリノベーションした《パワーステーション・オブ・アート》には、高い煙突がついている


イヴ・クラインの展示風景


エレーヌ・ビネの建築写真展の風景


チェコのおもちゃデザイン展「ミニ・ワンダーズ」の風景

2019/07/17(水)(五十嵐太郎)

フィーバー・ルーム、プラータナー:憑依のポートレート

会期:2019/06/30~2019/07/03

東京芸術劇場[東京都]

東京芸術劇場において、「響きあうアジア2019」のプログラムを通じ、現代のタイに関わる舞台芸術を2つ体験した。ひとつは2年前、開始時間を間違える痛恨のミスで見逃したアピチャッポン・ウィーラセタクンの《フィーバー・ルーム》(2015)である。普通に客席で座るのではなく、舞台側を使う演出は、ほかにも体験したことがあるけど、これほど効果的な作品は初めてだった。というのは、これまでは基本的に客と演者の両方が舞台側にいるという設定だったが、本作は舞台と客席の関係を反転し、しかもプロジェクターが投影する映像の一方向性を逆に利用していたからである。

(以下の内容は、少しネタバレ的な部分を含むが、たとえそれを知っていたとしても、予想を超える体験になるはずだ)。

前半は舞台側で完結しており、正面と左右に吊り下げられたスクリーンに囲まれ、病院から川や洞窟をさまよう映像を鑑賞する。が、観客席と隔てる幕が開けると、夜の豪雨と雷鳴の風景が出現し、そこからはプロジェクターが放つ光の粒子を全身に浴びる体験に移行するのだ。これはスクリーンの彼方、いや夢の中に没入する奇跡の映像体験である。そしてCGや3Dを駆使した大予算のハリウッド映画にもできない世界だ。どんなにお金をかけようとも、結局は旧来の劇場のシステムをなぞっているからである。


もうひとつの作品は、タイの小説家ウティット・ヘーマムーン×岡田利規×塚原悠也《プラータナー:憑依のポートレート》(2018)である。なんと休憩を一回挟み、4時間超えの長丁場だった。若いアーティストという個人、サブカルチャーの受容、国家の社会的な激動が絡みあう、四半世紀にわたる性と政治をめぐる物語である。特に俳優らがもみくちゃになる激しい身体運動は、演劇ならではの見せ場だった。日本人にとっては、あまりタイの歴史はなじみがないが、同時代の出来事を想像しながら、共感して鑑賞することができる。考えてみると、岡田の《三月の5日間》(2004)も、大きな歴史的事件(=アメリカのイラク攻撃)と渋谷の一角の若者の性愛をパラレルに描いた演劇であり、《プラータナー》の演出に向いていたのではないか。

公式サイト:https://asia2019.jfac.jp/

2019/07/03(金)(五十嵐太郎)

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