2020年05月15日号
次回6月1日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

インポッシブル・アーキテクチャー もうひとつの建築史

会期:2019/02/02~2019/03/24

埼玉県立近代美術館[埼玉県]

筆者が監修した「インポッシブル・アーキテクチャー」展は、ややマニアックな企画と思っていたが、フタを開けてみると、予想を裏切る大入りとなった。一般的に美術館の集客が難しい2月にもかかわらず、以前に同館で企画した「戦後日本住宅伝説」展を超える人出で、実現されなかった建築への関心の高さがうかがえる。Tweetでの反響を確認すると、普段は美術館に足を運ばない層がかなりいるようだ。実際、いつもより有料入場者数の割合も大きいらしい(招待券をもらっていない来場者が多い)。もちろん、ザハ・ハディド・アーキテクツ+設計JVによる《新国立競技場》のプロジェクトという日本で最も有名なアンビルドを紹介しているおかげもあるが、SF、アニメ、漫画、映画、文学、IT、ユートピアなどを好む、さまざまな層にアピールしている。また年表を巻末の付録とせず、表紙から始まり、作品のページとパラレルに続く異例の形式をとったカタログの売れゆきも好調だ。このデザインは、いちいちうしろをめくらなくても、同じ時代にどのような建築が実現したかを、同じページで確認できるというメリットがある。

2月11日、筆者は建畠晢館長とトークを行なったが、これも大盛況で、立ち見がでるほどだった。ロシア構成主義のウラジーミル・タトリンによる《第3インターナショナル記念塔》を入り口とし、《新国立競技場》を出口とする展示のフレームは、建畠が決めたものである。なお、2019年は第3インターナショナルが構想されてから100年のタイミングであり、「インポッシブル・アーキテクチャー」展の最後の巡回展を行なう時期は、東京オリンピックが開催される2020年となる。またザハ・ハディドは、ロシア構成主義から影響を受けており、AAスクールの修了作品でもテーマとしていた。トークでは、企画の意義、準備の経緯、最初に展示の可能性を調査した《新国立競技場》を出品した背景などが語られた。なお、展示予定だった白井晟一による《原爆堂》が直前に不出品となった理由は、このプロジェクトが本当に実現することに向けて動きだしたからである。つまり、インポッシブルではなくなったためで、喧嘩別れではない。

ウラジーミル・タトリン《第3インターナショナル記念塔》(1920)模型[制作:野口直人]


前川國男《東京帝室博物館建築設計図案懸賞募集》(1931)模型[制作:京都工芸繊維大学 松隈洋研究室]


ジュゼッペ・テラーニ《ダンテウム》(1938)模型[制作:千葉工業大学 今村創平研究室]


黒川紀章《東京計画1961-Helix計画》(1961)模型


村田豊《ポンピドゥー・センター競技設計案》(1971)


荒川修作+マドリン・ギンズ《問われているプロセス/天命反転の橋》(1973-2018)


2019/02/11(月)(五十嵐太郎)

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演劇研修所第12期生修了公演 アーサー・ミラー作『るつぼ』

会期:2019/02/08~2019/02/13

新国立劇場[東京都]

17世紀後半のアメリカで少女の虚言から起きたセイレム魔女裁判の実話をもとに、赤狩りが跋扈していた時代のアメリカで、アーサー・ミラーが執筆した作品である。言うまでもなく、単に昔の出来事を戯曲化したわけではなく、赤狩りの状況を魔女裁判に重ねあわせたものだ。全体としては3時間を超える大作であり、前半は物語がゆっくりと進み、正直、それほど引き込まれなかったが、特に休憩を挟んだ後半は、狂信と人間性とは何かを力強く問う凄まじい演劇だった。俳優としては、やはり主役級の二人、すなわちアビゲイル役の悪女ぶりと、人間性あふれるジョン役の葛藤が印象に残った。たわいもない少女たちの夜の儀式が目撃されたことをきっかけに、人々が疑心暗鬼になる集団ヒステリーというべき悲劇が引き起こされるのだが、近代以前の歴史や、第二次世界大戦後のアメリカの状況を学ぶにとどまらず、現在の日本で観劇することの意味を考えなければいけないだろう。

おそらく日本ならば、キリスト教の背景から想像される魔女ではなく、「非国民」と名指しすることが排除のパワーワードになるだろう。戦時下の日本はもちろん、現在もネット上では次々と「非国民」という言葉が軽々しく使われ、敵認定されている。実社会においてはまだはっきりとした影響力をもっていないかもしれないが、何かが引き金になると、歯止めがきかなくなるのではないか(関東大震災後の流言がもたらした朝鮮人虐殺のように)。そうした意味で、「るつぼ」はよそ事の話ではなく、アクチュアリティを感じる作品だった。ある意味でテクノロジーが進化しても、人間性が変わらないことで、この作品は普遍的な価値をもっているわけだが、そんなことが絶対に起きないような社会はありうるのだろうか。

2019/02/09(土)(五十嵐太郎)

ARICA『孤島 On the Island』

会期:2019/01/31~2019/02/04

北千住BUoY[2019/02/03(日)]

会場は佐藤研吾/In-Field Studioが築半世紀以上の店舗に対して必要最小限のリノベーションを施した北千住BUoYであり、2階はカフェになっている。地下はボーリング場の風呂場がまだ残っており、ARICAの4年ぶりの新作はその痕跡を活かした作品になっていた。すちわち、会場が『孤島』のためにつくられた舞台美術のように見えたのである。そして巨大なドレス=拘束具としての切断された家具をのせた、つねに傾く正方形の台と格闘する安藤朋子の登場。これは寓話としての島だろう。生と死の宙吊りになった彼女の身体に、記憶を語るあらかじめ録音された声と、西原尚が激しくモノを鳴らす生の音、そして福岡ユタカの演奏がかぶさっていく。筆者はすでに「RealTokyo」のサイトでも、『孤島』のレビューを書いたので、ここでは建築的な視点からもう少し論じたい。

けっして水平になることがない可動の空間装置は、かつてクロード・パランが提唱した斜めの機能、もしくは荒川修作+マドリン・ギンズの建築的な作品を想起させた。不安定な台は、ガタガタと動き、安藤が場所を変えると、すぐに重心がずれて別の方向に傾く。斜めの機能とは、従来の建築が絶対的な条件とした水平と垂直に代わる、第三の軸としての斜めの空間を提唱し、そのダイナミックな運動性を積極的に評価するものだ。島は人工的な構築物ではない。ゆえに、知的なテキストとは逆に、不規則な地盤のうえで、絶えずバランスをとりながら立つことが要請され、生の身体性がむきだしになる。その緊張感に満ちた舞台だった。さらに建築的な視点を加えると、動く建築からパワード・スーツ的なアイデアまでを横断したアーキグラムも頭をよぎった。

2019/02/03(日)(五十嵐太郎)

シアターコモンズ ’19 シャンカル・ヴェンカテーシュワラン「犯罪部族法」

港区立男女平等参画センター・リーブラ リーブラホール[東京都]

初めて訪れた田町のリーブラホールにて、シアターコモンズが企画したシャンカル・ヴェンカテーシュワラン演出の「犯罪部族法」を観劇した。日本ではほとんど見る機会がないインドの作品である。冒頭はカースト制を暗示するように、静かに男が掃除する場面が続く。ホウキでチリを円形にはいていくさまは儀式的でもある。そしてイギリス支配時の法が、カースト制につながっていたことを踏まえ、異なる文化的な背景をもつインドの南北の二人が、それぞれの差別の意識と経験を語る形式をとって、ときにはユーモラスに演劇は進行する。だが、よくできた物語をなぞるものではない。じっと観客を見つめる演者(これも観客と演者の役割の交代である)、舞台上の二人が互いの役を演じること、カースト制がもたらす本当の悲劇の表象不可能性、レクチャーのようなデータの提示、水の受け渡しなど、まさに問いかける演劇である。

演劇の後、同じ会場において、シアターコモンズ ’19のオープニング・シンポジウム「未来の祝祭、未来の劇場」が開催された。ディレクターであり、司会をつとめた相馬千秋は、オリンピックを控え、都市をサバイブするツールとしての演劇というテーマを説明し、高山明はドイツの体験をもとに脱演劇としてのブレヒトとルター(「演劇」ではなく、「演劇ちゃん」という言葉!)、シャンカルはインドのジャングルでの実践(都市から離れた場所ではあるが、意外に集落が密集し、人は多いらしい)、そして安藤礼二は折口信夫の可能性を語る。特に終盤の高山の意思表明が印象に残った。すなわち、いわゆる「演劇」の解体を受け入れること(あるいはそれへの期待?)、俳優ではない一般人が参加する場合にどこまで自分が彼らの生活に関与するのか、固定した演劇の観客層ではない人にどうやって接続するかなどである。演劇が終わり、そして始まるのかもしれない。

2019/01/20(日)(五十嵐太郎)

終わりのむこうへ : 廃墟の美術史

会期:2018/12/08~2019/01/31

渋谷区立松濤美術館[東京都]

展示の出だし(18世紀のユベール・ロベールやピラネージなど)と終わり(現代の元田久治や野又穣など)は、お約束のラインナップであり、とくに目新しくはない。が、本展をユニークなものとしているのは、日本の近代における廃墟の受容を検証していることだ。なるほど、西洋の廃墟は石や煉瓦の構築物であるから、朽ち果てても全部が消滅することはなく、部分的に残存し、かつての姿をしのぶことができる。一方、日本の場合、木造の建築は跡形もなく消える。例えば、平城宮跡には礎石が並んでいるだけで、あとは100%復元し、ピカピカの大極殿院や朱雀門がたっており、廃墟の情緒を感じることは難しい。もちろん、ヨーロッパでも廃墟の美は近世に発見されたものだが、日本では近代にその概念を輸入する以前は、積極的に廃墟をモチーフにした絵画はなかった。したがって、磯崎新が言及するような廃墟は、きわめて西洋的な廃墟である。

本展でも江戸時代の歌川豊春による《阿蘭陀フランスカノ伽藍之図》など、西洋から輸入された銅版画を参考に描いた作品はあるが、色使いを含めて、だいぶ印象が違う。また明治時代にアントニオ・フォンタネージが工部美術学校で教鞭をとるにあたって、廃墟のデッサンを持ち込み、学生らにその模写をさせていた資料は興味深い。本展によれば、百武兼行によるイギリスの風景画こそが、日本人が初めて意識的に描いた廃墟の絵だという。日本画でも廃墟を描くようになるが、このあたりのパートが本展の白眉だろう。またシュルレアリスムは、西洋でも日本でも廃墟をモチーフとする多くの作品をもたらした。気になったのは、関東大震災や太平洋戦争により都市が灰燼に帰した風景が出現したことは、はたしてどれくらい画家に影響を与えたのかということ。このあたりはむしろ、「ゴジラ」をはじめとして映画や漫画などのサブカルチャーが受けとめたのかもしれない。

2019/01/17(日)(五十嵐太郎)

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