artscapeレビュー
五十嵐太郎のレビュー/プレビュー
東北大学五十嵐研究室ゼミ合宿+原発被災地リサーチ
[福島県]
12月16日と17日の両日、五十嵐研のゼミ合宿を兼ねて、原発事故によって避難指示の対象となった被災地のリサーチを実施した。まず最初に常磐線の木戸駅に近い、楢葉町の住宅と連結する小料理屋「結のはじまり」にてヒアリングを行なう。ここを営むのが、福島の阿部直人の建築事務所から転職した古谷かおりである。また、ならはみらいの西崎芽衣は、京都で社会学を学び、卒業してすぐにここに移住し、空き屋バンクなどの事業を動かしている。続いて、緑川英樹が手がける《木戸の交民家》を見学した。築70年ほどの古民家を再生・活用する活動で、地域コミュニティの交流や米づくりなどにも挑戦している。いずれも3.11がなければ、このエリアと関係なかった若い人が参入し、新しい街づくりにかかわっているのは頼もしい。駅の周囲は入母屋の住宅が並び、個性的な街並みの景観がある。ただ、駅前は急ごしらえの安普請のホテルがもうすぐオープンする予定だった。
川内村では、2016年にオープンした村内唯一のCafe Amazonを訪れた。これが東京ならば、なんの違和感もないが、周りにはお店らしいお店がほとんどなく、つぶれたガソリンスタンドの向かいにぽつんとカフェがある。そこで、なぜこの場所にタイのチェーン店の日本第1号店のカフェができたのか、マネージャーに話をうかがう。東日本大震災のあと、コドモエナジー社が復興支援で、川内村に工場をつくったことがきっかけらしい。また焼き肉店をリノベーションした店舗が、隈研吾風のルーバー改修だなと思ったら、やはり福島の木材利用で両者の関係があることも判明した(正確には内外装は隈事務所ではないが)。なお、ここの女性マネージャーも、タイで20年ほど暮らしてから、いきなり川内村にやってきたという。そしてカフェの存在が、タイと日本の文化交流にも貢献しているようだ。やはり、3.11が縁となって、外部から新しい風が入っているのは興味深い。
2017/12/16(土)・17(日)(五十嵐太郎)
北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃
会期:2017/10/21~2018/01/28
国立西洋美術館[東京都]
2018年はパリで日本の文化を紹介するジャポニスムの展覧会やイベントが目白押しだが、上野の美術館においてその前哨戦と言うべき企画展が続く。「北斎とジャポニスム」展は、19世紀末から20世紀初頭の西洋において北斎の浮世絵がいかに受容されたかについて、当時の研究書、絵画、工芸から丁寧に辿る。おそらく学芸員が頭をひねりながら、細かく調べた類似例を数多く紹介しており、興味深い内容だった。ただし、はっきりとした北斎の絵や構図の引用、彼からの影響と言えるもの、少し似てはいるけどあまり関係ないのでは? といった異なるレベルの事例が混在しているのが気になった。したがって、すべて北斎やジャポニスムだけに起因させるには無理も感じられた。それにしても改めて驚かされるのは、北斎の作品のバリエーションの豊かなことである。なるほど、これだけひとりで多くのパターンを提示していれば、類似例も探しやすいかもしれない。
もうひとつの企画は、前の月に訪れた東京都美術館の「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」である。これはパリで浮世絵と出会い、大きな影響を受けたゴッホの作品を辿るものだ。さらに当時のジャポニスムの様相や、彼の死後に人気が高まり、日本におけるゴッホの紹介の経緯のほか、日本人によるゴッホの聖地巡礼の記録を紹介していたことが興味深い。とりわけ、現地の芳名帳、訪問した人物の書簡、その際の写真やフィルムなどを掘り起こした展示には、調査研究の成果がうかがえる。なお、ゴッホが精神に問題を抱え、晩年に病院で描いた樹木や植物の絵は個人的には面白い作品だが、これらもジャポニスムの文脈で括ることは疑問だった。逆に言えば、こうした企画では、北斎を含む日本の美術とヨーロッパの作品の違いも、あえてきちんと指摘しておかないと、一般の観衆にとっては、なんでもジャポニスムの自己肯定に回収されかねないという危惧も残った。
2017/12/14(木)(五十嵐太郎)
京都鉄道博物館
京都鉄道博物館[京都府]
日曜に京都鉄道博物館を訪れたら、従来の鉄道ファンに加え、やはり家族連れが多く、とても賑わっていた。大空間の吹抜けに数多くの懐かしい実物の車両を並べたり(食堂車で弁当を食べることも可能だった!)、大きな鉄道ジオラマがあるなど、一見、名古屋のリニア・鉄道館と似ているが、決定的に違うのは建築や場所性だろう。リニア・鉄道館が名古屋の海沿い(レゴランドの隣である)という鉄道と関係ない立地であるのに対し、京都鉄道博物館は屋上から隣接して走る東海道新幹線がよく見えたり、営業線と連結しているだけでなく(屋外で往復1kmを走るSLスチーム号に体験乗車できる)、それ自体が歴史的な価値をもつ旧二条駅舎や扇形車庫が展示に組み込まれているからだ。ゆえに、建築ファンとしてもかなり楽しめる。また企画展でも駅舎の展示が多く、鉄道の開通に合わせて建設されたホテルや昔の標準駅舎プランなどが紹介されている。
旧二条駅は博物館のルートから言うと出口にあたり、ミュージアムショップが設置されている。館の入口があまりに素っ気ないだけにこれが出口というのは少々もったいない気もするが、最初にこれが出迎えると、あまりにレトロ過ぎるのだろう。ともあれ、1904年に建設された木造駅舎であり、瓦屋根を載せた和風のデザインが目立つ。一方で、鉄筋コンクリート造の扇形車庫はいわゆる有名な建築家が手がけたものではないが、求められる機能をストレートに造形化しており、文句なしにカッコよい。現在は耐震補強のために斜めのブレスが加えられているが、まぎれもなく、モダニズムのデザインである。中央に蒸気機関車を回転させる転車台を据え、それを扇形の車庫や検修車が取り囲む。それぞれの車庫には、大きな開口やトップライトのほか、おそらく蒸気を屋外にはき出させるための煙突が屋根から突き出す。扇形車庫に蒸気機関車がずらりと並ぶ姿は壮観である。
旧二条駅舎
扇形車庫
2017/12/10(日)(五十嵐太郎)
都市活性装置としてのシティハブ重松象平氏公開レクチャ
仙台で実際に市庁舎の建替えプロジェクトが動いていることから、今年の東北大の修士課程ではこれを設計課題に取り上げている。いつもとは格段にスケールが違う巨大な規模の施設であるため、前期はプレデザイン、後期は具体的なデザインというふうに分け、通年のプログラムとしたが、それでも学生たちはかなり苦労していた。そして後期は11月の中間講評に日建設計の勝矢武之氏、12月の最終講評にOMAニューヨーク代表の重松象平氏をゲストクリティックに招いた。講評の後は、せんだいメディアテークで重松氏の公開レクチャーも行なわれた。まず現在のOMAの組織がどうなっているか。OMAニューヨークはいわゆる支部というよりも、世界各地のそれぞれの事務所が、ロッテルダムのコールハースと対等の関係をもち、個別に自主的な活動をしているという。こうした組織のあり方は、かつてのMVRDVやBIGなどのように、優秀なOMAの子どもたちが独立してライバルにならないよう、引き留めておく側面もあるようだ。
重松のレクチャーは、決して早口のマシンガントークではないのに、高密度な内容だった。おそらく無駄がない効率的かつユーモアのあるプレゼンテーションだからだろう。そしてワシントンDCのXブリッジのプロジェクト、メトロポリタンミュージアムの展示デザイン、マイアミのアートフェア、facebookの社屋、ケベック国立美術館の新館、虎ノ門ヒルズ ステーションタワー、福岡の天神ビジネスセンターなど、社会を観察しつつ、いまという時代を意識したOMAニューヨークのエッジが鋭いデザインが示された。学生の保守的な課題案よりも、ラディカルなリアル・プロジェクトの数々は、確かにOMAの遺伝子を継承している。そして従来は建築分野とされないことにも切り込み、新しい領野を意欲的に開拓していた。特にハーバード大学の大学院スタジオでは、食をテーマにしたリサーチを行なっており、今後の展開が興味深い。なお、質疑応答では、自らが帰国子女枠を使いながら、日本で大型のプロジェクトを進めていることのほか、現在の日本の状況に腐らず、建築の可能性を探究すべきであることが語られた。
2017/12/08(金)(五十嵐太郎)
本を、つくってみた ─アーティストブックの制作と展示─
会期:2017/11/28~2017/12/17
ギャラリーターンアラウンド[宮城県]
O JUNが企画した展覧会であり、約20名のアーティストが参加し、東京のナディフや仙台のギャラリーターンアラウンドなど、各地で作家を振り分けながら開催しているものだ。会場には、さまざまな解釈によるアートとしての本(棒状のオブジェに対し、ページのように、ひらひらと紙を加えるなど)や、本を用いた作品(オブジェを栞にしたり、2冊の本をかみ合わせるなど)が集まる。そしてオープニングにおける丸山常生のパフォーマンスは、ブックエンド、書物、床、ポストイットなどを使い、空間を書物化する試みだった。
トーク・イベントでは、筆者がせんだいスクール・オブ・デザインで制作した前衛的な装幀の雑誌『S-meme』の軌跡を話した後、O JUN氏と対話を行なう。興味深いのは、彼が大学院のときに筆者の恩師である横山正先生と夢の本をつくるプロジェクトがあったのを知ったこと(実現しなかったが)。なお、イベント時は床に写植のように、大量のチューブから絵の具を盛った水戸部七絵の二作品がばらばらに置かれていたが、トークの後、本来の位置に戻し、二枚の抽象画を左右に並べると、突然「本」に見えたのも印象的だった。このシンプルな形式性が、非本→本の閾値を超えるトリガーなのである。
懇親会の二次会で、アーティストブック展のカタログをデザイン+編集した小池俊起氏と製本を担当したanalogの菊地充洋氏と飲む。今回の攻めたカタログのデザインが『S-meme』の遺伝子を受け継ぎながら、より洗練されたものになったことを確認した。小池は学生のとき、楠見清のゼミで助手の斧澤未知子が持ってきた『S-meme』に出会ったという。なお、ちょうど『S-meme』は、ストックホルムのArkDesギャラリーにおいて、世界の建築・デザインの本や雑誌を紹介する展覧会「A Print Stockholm」で取り上げられている(https://arkdes.se/en/a-print-stockholm/)。
左=櫻胃園子、吉川尚哉ほかの作品 中=O JUN 右=水戸部七絵
2017/11/28(火)(五十嵐太郎)