artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

人生、いろどり

会期:2012/09/15

シネスイッチ銀座[東京都]

「葉っぱ」で年商2億を成し遂げた実話をもとにした劇映画。徳島県上勝町を舞台に、おばあちゃんたちが自発的に新商売に踏み出した無謀な試みと挫折、そして成功の物語を描く。それぞれ性格の異なる役柄を演じた吉行和子と中尾ミエ、そしてとりわけ富司純子の演技がすばらしい。限界集落や老人といった現代社会の周縁が叛乱するという痛快な物語もおもしろい。
だが、この映画を凡百のサクセス・ストーリーから明確に一線を画しているのは、それが登場人物の内側に広がる陰を巧みに描写しているからだ。女社会に率先されることをよしとしない男社会の家父長的な面子、女社会のなかでも決して他人に明かせない恥の意識。心の奥底に本音を畳み込みながら、それぞれ男社会と女社会に帰属することで保たれる共同体の均衡。この映画の視点は、かねてから日本社会の秩序を再生産してきた自己の内部と外部に通底するこの「制度」を、外側から是非を問うのではなく、あくまでも内側から生環境として描くリアリズムに置かれている。
かたちこそ異なるとはいえ、都市社会における共同体の条件もこれとおおむね大差ないことを考えると、成功するにせよ失敗するにせよ、私たちが生きるうえで格闘しなければならないのは、他者を蹴落とすマネーゲームのルールなどではなく、みずからにまとわりつくこの暗い陰なのだ。その陰があってこそ、彩りが鮮やかに輝くことを描いた傑作である。

2012/10/01(月)(福住廉)

横尾忠則 葬館@豊島へ

会期:2012/09/07~2012/10/08

SCAI THE BATHHOUSE[東京都]

アーティストにとって「老い」とは何なのだろうか。横尾忠則の同ギャラリーでの4年ぶりとなる個展を見て、思わず考えてしまった。なぜなら、横尾の新作には、以前にも増して、老いてなおますます盛んな創作意欲が明らかにみなぎっていたからだ。むろんY字路のシリーズに不穏な雰囲気がないわけではない。けれども描写された絵の根底には、それをはるかに凌駕して絵を描く喜びが充溢していた。展示されたすべての絵は、それぞれ巧妙に描き分けられている。ただ、その絵の向こう側には、嬉々として絵筆を振るう横尾の同じ姿がたしかに感じられるのだ。画家としての爛熟、いやいや、むしろ画狂と言うべきなのか。やがてどんな画境に到達するのか、今後がますます楽しみである。

2012/09/29(土)(福住廉)

プレビュー:よみがえりのレシピ

会期:2012/10/20

ユーロスペース[東京都]

おいしいものを食べたい。できるだけ安全で、健康によい食べものを。人間にとって当たり前の欲求を、改めて見直す機運が昨今高まっている。この映画は、山形県内で細々と栽培されている「在来作物」についてのドキュメンタリー。「在来作物」とは、「ある地域で世代を超えて栽培者によって種苗の保存が続けられ、特定の用途に供されてきた作物」のこと。品種改良を繰り返して均質化された農作物が効率的に生産される現代社会では長らく忘れられていたが、大量生産・大量消費・大量廃棄という社会の仕組みが反省されるなか、地域資源のひとつとして注目が集まりつつある。本作は、山形在来作物研究会の会長で山形大学准教授の江頭宏昌と、山形イタリアンこと「アル・ケッツァーノ」のオーナーシェフ奥田政行の2人を中心に、さまざまな農家の人びとの実践例を紹介するもの。急峻な山の斜面の森林を伐採し、焼畑の後、栽培されるカブの美しさに圧倒されるが、それが奥田の手によって調理されると、ひときわ美味しく見えるからたまらない。いくぶん「在来作物」のポジティヴな面を強調しすぎるきらいがあるにはせよ、それでも観覧者の食欲を刺激しつつ、「在来作物」というオルタナティヴについて考えさせる、きわめて良質のドキュメンタリー映画である。

2012/09/20(木)(福住廉)

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2012

会期:2012/07/29~2012/09/17

十日町市、津南町一帯[新潟県]

5回目を迎えた妻有のトリエンナーレ。海外の著名なアーティストを招聘することより、地域に入り込んで持続的な表現活動に取り組むアーティストを重視しつつあることや、芸術祭のなかで特定のテーマに絞った展覧会を開催するなど、ここ数年で成熟期に入ったように見受けられる。ボルタンスキーの《最後の教室》やタレルの《光の家》、日大芸術学部彫刻コース有志による《脱皮する家》など、定番の作品が充実してきたことも大きい。
今回の見どころとしては、まずボルタンスキーの《No Man’s Land》が挙げられるが、古着の物量は確かにすさまじいものの、それらが集積した山を枠組みで底上げしているのが見え見えで、いくぶん感動が薄れてしまったことは否めない。とはいえ、夕闇のなかで乗降を繰り返すクレーンの姿は、ラウル・セルヴェのアニメーションのようで、非常に印象的だった。
新鮮な感動を覚えたのは、リクリット・ティーラヴァニットの《カレーノーカレー》。カレーで国際的なアートシーンに登り詰めたアーティストとして知られているが、正直その味にはさほど期待していなかった。ところがタイカレーをベースに、妻有の食材をふんだんに取り入れたカレーは、ほっぺたが落ちるほどのうまさ。地の野菜を使ったピクルスを開発するなど、スタッフの献身的な働きも手伝って、みごとな料理に仕上がっていて驚いた。これはもはや作家本人というより、むしろ実働するスタッフの作品として評価したい。
さらに、土をテーマとした《もぐらの館》も、大変クオリティの高い展覧会だった。閉校した小学校を会場に、美術家と左官職人、陶芸家、写真家、土壌研究者による作品が展示されたが、全体のテーマが非常に明快なうえ、それぞれの空間が巧みにメリハリをつけられており、土の質感や色、成分、働きなどについて楽しみながら体感することができた。これは、本展を企画した坂井基樹の手腕によるところが大きいのだろう。
「カレー」と「土」に共通しているのは、いずれもそのおもしろさがアーティストの手から遠く離れたところで生まれているということだ。これをアーティストの役割の退化と考えるのか、それともアートそのものの進化ととらえるのか。世界でも類例が見られない地域型の国際展は、なかなかおもしろい展開をしている。

2012/09/17(月)(福住廉)

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国立動物園を考える

会期:2012/09/09

東京大学弥生講堂 一条ホール[東京都]

文字どおり「国立動物園」の設立に向けて議論するシンポジウム。国立動物園を考える会の会長の小菅正夫のほか、NPO法人どうぶつたちの病院沖縄の長嶺隆、東京大学の木下直之がそれぞれ口頭発表した後、到津の森公園園長の岩崎俊郎による司会のもと、登壇者全員で討議した。とりわけ後半の全体討議を聞いていて気がついたのは、動物園が抱える問題と美術館が抱えるそれが、きわめて対照的な関係にあるということ。つまり、毎年4,000万人もの人びとが訪れる動物園は、大衆的な人気と必要性をすでに獲得しているにもかかわらず、国レベルでの支援がほとんど望めない反面、歴史的に文化行政から厚遇されてきた美術館は今になってようやく大衆化に躍起になっている。動物園が当初から地域に根づき、これから地域を超えた総合化に取り組もうしている一方、美の普遍性を標榜してきた美術館は逆に地域社会に何とかして関与しようとしている。双方のあいだには、ちようど真逆のベクトルが行き交っているわけだ。であれば、いっそのこと、「国立美術動物園」という混合施設の可能性を検討してみてもおもしろいだろう。

2012/09/09(日)(福住廉)